【共有物分割訴訟における権利濫用・信義則違反・訴えの利益なし(基本・理論)】
1 共有物分割訴訟における権利濫用・信義則違反・訴えの利益なし(基本・理論)
共有物分割請求権は、これが行使されると最終的には裁判所が何らかの形で分割する(共有を解消する)ことになります。共有者には、分割の自由が保障されています。
詳しくはこちら|共有の本質論(トラブル発生傾向・暫定性・分割請求権の保障)
しかし、例外的に共有物分割請求が認められないこともあります。権利の濫用などを理由として裁判所が共有物分割を認めないことがあるのです。
本記事では、共有物分割請求自体を否定する権利濫用、信義則違反(請求棄却)や訴えの利益なし(却下)についての基本的な理論面について説明します。
2 一般的な権利濫用・信義則の意味(概要)
共有物分割請求が権利の濫用や信義則違反となるかどうかを説明する前に、そもそも権利の濫用や信義則(違反)とはなんのことなのか、を簡単に押さえておきます。一言でいえば非常識な行為ということになりますが、根本的な意味や解釈は次のようになっています。
一般的な権利濫用・信義則の意味(概要)
あ 権利の濫用の典型例(判断要素)
ア 目的・意図イ 利害のアンバランスウ 手段・経緯の不当性エ 権利者の矛盾行動
い 信義則(違反)の意味
ア 誠意をもった行動(に反する)イ 一般的な期待に沿った行動(に反する)ウ 一般に期待される信頼を裏切らない行動(に反する) 詳しくはこちら|信義則(信義誠実の原則)と権利の濫用の基本的な内容と適用の区別
3 共有物分割における権利濫用主張の位置づけと傾向
もともと、共有という状態は望ましいものではなく、原則形態である単独所有を実現するまでの暫定的な権利形態とされています。別の角度からいうと、共有物分割請求は極力尊重されるということです。これを裏返すと、権利の濫用のような例外的な事情がある場合にだけ、共有物分割請求が否定されるということになります。
例外ではありますが、実際には、共有物分割を請求された側(共有物分割訴訟の被告)が権利の濫用を主張するケースは多いです。
共有物分割における権利濫用主張の位置づけと傾向
あ 形式的形成訴訟の性質(前提・概要)
共有物分割訴訟では、原告の主張・立証の不備により請求棄却にすることはできない
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)
い 共有物分割請求における権利濫用の位置づけ
共有者が共有物分割を請求した場合に、請求された側(被請求者)がこれを止めるには権利の濫用くらいしか手段がない
う 共有物分割請求における権利濫用の主張の実情
共有物分割請求訴訟において
被告が、原告の分割請求は権利の濫用にあたると主張することが少なくない
※秦公正稿『共有物分割の自由とその限界』/『現代民事手続の法理−上野秦男先生古稀祝賀論文集』弘文堂2017年p120
え 形式的形成訴訟と請求棄却の理論的関係(参考・概要)
形式的形成訴訟という性質と(権利濫用などによる)請求棄却は整合しない
共有物分割訴訟が形式的形成訴訟であるという見解は論証が不十分であるという指摘もある
詳しくはこちら|形式的形成訴訟(共有物分割)と権利濫用による請求棄却の理論的関係
4 共有物分割請求の権利濫用が問題となる典型
実際に権利濫用と認められるかどうかは別として(後述します)、権利濫用ではないか、という発想が生じる類型(パターン)はある程度決まっています。
相続において共有のままという内容で遺産分割を終えた(共有とする内容の遺言も含む)ケース、夫婦間で住居(などの財産)が共有となっているケース、共用の通路が共有となっているケースです。これらのケースでは背景にある事情から、分割請求をするのは不当(非常識)だと思えることが多いのです。
共有物分割請求の権利濫用が問題となる典型
あ 遺産流れ
ア 権利濫用が問題となる事情
遺産分割が完了し、建物が複数の相続人の共有となった
相続人(共有者)の1人が当該建物に居住している
イ 遺産流れと全面的価格賠償(参考)
遺産流れの後の共有物分割では、全面的価格賠償が認められる傾向もある
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情
い 夫婦間の共有
不動産が夫婦の共有となっている(夫婦共有財産)
→共有物分割と(離婚に伴う)財産分与が重複する状態となっている
う 共有(共用)通路
通路として使用する土地が共有となっている
詳しくはこちら|共有の私道の共有物分割(肯定・否定の見解とその根拠)
え 形式的競売が無剰余取消となる可能性(概要)
共有不動産がオーバーローンである
→換価分割となった場合に、その後の形式的競売が無剰余取消となり売却が実現しない可能性がある(という主張がなされたが)
このような理由による権利の濫用、訴えの利益を欠くという主張は否定されている
※京都地裁平成22年3月31日
詳しくはこちら|オーバーローン不動産の換価分割の現実的意義
5 共有物分割請求の権利濫用の判断基準・要素
(1)学説
実際に共有物分割請求が権利濫用と認められるケースは多くあります。権利濫用の理由となる事情は、大きく客観面と主観面に分けられます。権利の濫用そのものの解釈論では、この客観面、主観面のどちらが判断材料になるのか、ということで大きな議論(いろいろな見解)があります。
この点、少なくとも共有物分割に関する実務では通常、主観面も客観面も、両方を総合的に考慮します。客観面とは、分割する(単独所有にする)こと自体が不合理である、つまり、分割した結果、大きな不利益が発生する、というものです。主観面とは、分割を請求する者に着目して、その目的が不正・不当であるというものです。
ただ、もともと共有物分割請求はとても重要な権利なので、これを止めることになる権利の濫用を使うことは極めて特殊な事案に限定するべきだ、という見解が拡がっています。
学説
あ 川井健氏見解→慎重を要する
なお分権請求権の行使が権利濫用(1III)に当たることがありうるが、分割自由の原則からみて権利濫用の認定には慎重なることを要しよう(同旨:大阪地判昭41・2・28判時446・50)。
※川井健稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(7)』有斐閣2007年p469
い 秦公正氏見解(客観面・主観面の分類)
・・・分割請求が権利の濫用と評価される型は、主として
①共有関係の目的、性質等に照らして、分割の自由の貫徹が著しく不合理な場合、
②分割請求が請求権者の加害目的ないし意思によりなされた場合に分けられる。
※秦公正稿『共有物分割の自由とその限界』/『現代民事手続の法理−上野秦男先生古稀祝賀論文集』弘文堂2017年p126
う 山里盛文氏見解→主観面必要
・・・私見においては、共有物の分割自由が原則とされていることからすると、共有物分割請求権は、その原則を具体化する権利であり、また、後で検討するように憲法上の基本権の内容を形成する権利であることからすると、権利濫用の法理の適用については、慎重に、すなわち、客観的要因のみではなく、主観的要因をも考慮したうえで、権利濫用に該当するか判断すべきであると考える。
さらに、適法に成立した権利の行使は、原則として、その行使を認めるべきであり、その行使を制限するにはそれなりの理由が必要であろう。
その理由は、客観的要因のような単なる利益衡量ではなく、その権利を行使する者の主観的態様も含めて判断すべきであると考える。
※山里盛文稿『区分所有建物が存在する兄妹間の共有に係る土地につき競売による分割請求が権利の濫用に当たるとされた事例』/『日本不動産学会誌32巻2号』2018年9月p139
(2)裁判例
裁判例としても、前述の学説のような見解が採用されています。抽象的な基準(権利濫用の発動要件)として、分割の自由を貫徹させることが・・・著しく不合理というものを挙げる裁判例や、性質上分割ができない(場合だけ)と指摘する裁判例、権利の濫用の発動を抑制する方向性を示す裁判例などがあります。
裁判例
あ 「分割の自由の貫徹が著しく不合理」基準
ア 平成17年大阪高判
各共有者の分割の自由を貫徹させることが当該共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割請求権の行使が権利の濫用に当たると認めるべき場合があることはいうまでもない。
※大阪高判平成17年6月9日
イ 平成8年東京地判
各共有者の分割の自由を貫徹させることが当該共有関係の目的、性質等に照らして著しく不合理であり、分割請求権の行使が権利の濫用に当たると認めるべき場合のあることは否定することができない。
※東京地判平成8年7月29日
い 性質上分割不可能に限定
ア 判断基準→性質上分割不可能に限定
・・・以上に説示した共有物分割請求権の法的性質、公益的目的に照らすと、当該共有物がその性質上分割することのできないものでない限り、共有物分割請求権を共有者に否定することは許されないと解するのが相当である。
イ あてはめ(参考)
被告H及び被告B野は、権利濫用の評価根拠事実として、大間原子力発電所の危険性や風評被害を主張しているが、共有物分割後の土地利用目的いかんによって、共有物分割請求権の行使が否定されるものではなく、その主張は失当である(したがって証拠調べの必要性がない。)。
※青森地判平成17年5月10日
う 権利濫用抑制傾向
民法の共有は分割の自由を本質とするものであって、その制限は共有者間の不分割契約のときだけしかも五年をこえない期間だけに限って認めているところから考えて、被告の主張全部を合わせても、なお原告の本件建物の共有分割請求は、権利の社会性に反せず、権利の行使として是認できるものと言わざるを得ない。
※大阪地判昭和41年2月28日
6 客観面(分割実現の不合理性・不利益)の具体的内容
共有物分割をすること自体が不合理であるという事情があると、分割請求が権利の濫用であると認められる方向に働きます。要するに、分割することが望ましくないという事情のことです。多くの事情を総合して判断(評価)しますが、判断に影響を与える事情のカテゴリはある程度決まっています。
客観面(分割実現の不合理性・不利益)の具体的内容
あ 建物への居住の経緯・現状
(共有建物の分割において)
共有建物の居住利用などが前提とされたこと
共有建物が依然として生活の本拠とされている(=転居の事実がない)
い 共有通路の使用目的・性質・現状
(共用する共有通路(道路)において)
通路としての使用目的、通路という性質の有無
通路として現に利用されていること(=他の通路の設置・利用がされていないこと)
詳しくはこちら|共有の私道の共有物分割(肯定・否定の見解とその根拠)
う 現在の使用者の意思
共有物を現在使用する者(分割を求められた者)に、今後も同様の使用を継続する意思がある
例=共有建物に居住する意思、共用通路として使用する意思
え 退去を強制される状況
ア 分割類型の予測
(共有建物の分割において)
現物分割、全面的価格賠償の方法を選択できない=換価分割の方法しかとれない場合
→分割を求められた者(現在の使用者)が退去を余儀なくされる
イ 被請求側の転居可能性
現在の使用者(分割を求められる者)の年齢、収入、労働能力などによる経済状態を基礎として、転居・代替住居の取得をすることが不可能(困難)である
お 請求者側の必要性
分割を求める側の経済状態などから、即時分割(金銭取得)の必要性が低い
分割を求める側に、分割を貫徹する強い意思がない
か (夫婦の)離婚の際の財産分与の予測
(夫婦共有財産の分割において)
離婚へ向けた行動がない(弱い)
婚姻関係の破綻がない(弱い)
財産分与となった場合に当該共有物を被請求側が取得すると予測される
※秦公正稿『共有物分割の自由とその限界』/『現代民事手続の法理−上野秦男先生古稀祝賀論文集』弘文堂2017年p126、127
7 主観面(加害意図)の判断の例(概要)
原告の加害意図とは、簡単にいえば、被告を困らせることが目的になっているということです。当然、原告がそのようなことを言う(主張や本人尋問)ことはないので、訴訟提起に至るまでの事情や訴訟の中の主張や立証からそのような目的を持っていると判断できるということです。逆に、訴訟提起前の交渉段階の対応が丁寧であれば、加害意図は否定される方向となります。
主観面(加害意図)の判断の例(概要)
あ 加害意図を詳細に認定した裁判例
原告が共有物分割請求をするに至った経緯から、原告が被告への不満を晴らす目的(被告を困らせる目的)を持っていると判断できる
※東京地裁平成19年1月17日
詳しくはこちら|共有物分割訴訟において権利濫用・信義則違反・訴えの利益を判断した裁判例(集約)
い 調停申立が否定方向に働いた裁判例
権利の濫用を否定する理由の1つとして、共有物分割の訴訟提起前に民事調停を申し立てていたことが指摘された
※東京高判平成6年11月30日
詳しくはこちら|共有物分割訴訟において権利濫用・信義則違反・訴えの利益を判断した裁判例(集約)
8 明渡請求における権利濫用の判断の要点(参考)
共有物分割請求が権利の濫用となるのはどのような状況か、ということを考える時には、不動産の明渡請求が権利の濫用となる状況が参考になります。明渡請求のケースでは、事前(提訴前)の任意の交渉をしていないことが権利濫用を認めることにつながりやすいです。また、相場より著しく安く買った(上で明渡請求をした)ことも権利濫用を認める方向に働きます。
詳しくはこちら|土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)
また、明渡請求が権利の濫用であると認められるようなケースでも、一定の金銭(明渡料)を支払えば、権利の濫用ではなくなる(濫用阻却となる)こともあります。
詳しくはこちら|土地の買主による明渡請求は明渡料支払により権利濫用を避けられる
以上のことは明渡請求に関するものですが、共有物分割請求にもあてはまると思います。
9 訴えの利益なしとする共有物分割訴訟の却下
以上で説明したのは、共有物分割訴訟が請求棄却となる理論でしたが、これとは別に訴え却下となる理論もあり得ます。
具体例の1つは、共有の土地の境界が未確定であるケースです。オーバーローンの不動産が換価分割となった場合に無意味なので訴え却下とする発想もありますが、これだけの理由では却下にはならないのが一般的です。
一方、権利の濫用にあたる場合に、請求棄却ではなく却下とする、という発想もあります。
訴えの利益なしとする共有物分割訴訟の却下
あ 土地境界の未確定
ア 訴えの却下
土地を対象とする共有物分割訴訟において
境界(筆界)が未確定であることにより、訴えの利益がないものとして却下されることがある
※東京地裁昭和62年5月29日
詳しくはこちら|共有物分割訴訟において権利濫用・信義則違反・訴えの利益を判断した裁判例(集約)
イ 現物分割の否定(参考)
境界(筆界)が未確定である土地を対象とする共有物分割訴訟(提訴)自体は認めた上で、現物分割を不可能と判断するケースもある
詳しくはこちら|「土地だけ」の現物分割の可否の判断(類型別)
い 競売の無剰余取消見込み(概要)
換価分割の判決が見込まれる共有物分割訴訟において、対象不動産がオーバーローンである場合
訴えの利益がないものとして却下するという発想もある
これを否定する裁判例がある
※京都地裁平成22年3月31日
詳しくはこちら|形式的競売における無剰余取消の適用の有無(オーバーローン不動産売却の可否)
う 権利の濫用(による却下の可能性)
(共有物分割訴訟も含めた一般論として)
権利濫用の場合には、実体上の権利行使不許ということで、請求棄却との判決をする例が多いようである(共有物分割訴訟でも同様である)が、訴え却下いうことも考えられないでもないだろうか。
※奈良次郎稿『全面的価格賠償方式・金銭代価分割方式の位置付けと審理手続への影響』/『判例タイムズ973号』1998年8月p25
え 棄却と却下の違い(参考)
実体上の請求権を否定する場合→請求棄却とする
訴訟要件(実体ではない)を否定する場合→訴え却下とする
10 権利濫用・信義則を判断した裁判例(概要)
以上のように、共有物分割訴訟における権利の濫用や信義則違反については、いろいろな理論的な問題があります。実際に裁判所が権利の濫用や信義則違反を判断した実例については、別の記事で整理しながら説明しています。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟において権利濫用・信義則違反・訴えの利益を判断した裁判例(集約)
11 区分所有建物の敷地のみの共有物分割(概要)
区分所有建物の敷地(土地)だけを対象とする共有物分割を権利の濫用として否定する見解もあります。これについては、区分所有法(特に分離処分禁止)との関係が問題となり、複数の見解があります。この問題については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|区分所有建物の敷地の共有物分割の可否(複数見解)
12 換価分割判決の後の形式的競売申立の権利濫用(概要)
以上では、共有物分割請求自体が、権利濫用として認められないことがありますが、これとは別に、換価分割の判決の後の、形式的競売の申立が権利の濫用となるという発想もあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|換価分割判決による形式的競売の申立の権利濫用
13 遺産分割における分割禁止の審判(参考)
ところで、遺産分割の場合は、裁判所が一定期間の分割禁止を定めることができます。分割自体を回避するものです。
詳しくはこちら|遺産分割の禁止(4つの方法と遺産分割禁止審判の要件)
共有物分割では、裁判所が(一定期間の)分割禁止を決定することはできません。
遺産分割における分割禁止に相当するものが、(共有物分割における)権利の濫用ということもできます。
この点、遺産分割禁止の要件と、共有物分割が権利の濫用となる状況は違いもありますが、相互に参考にはなります。
本記事では、共有物分割請求を否定する権利濫用や信義則違反などの理論について説明しました。
実際には、個別的な事情によって結論は違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。