【形式的競売における差押の有無と処分制限効、差押前の持分移転の扱い】
1 形式的競売における差押の有無と処分制限効、差押前の持分移転の扱い
共有物分割訴訟が換価分割の判決で終わった場合、その後形式的競売を行うことになります。形式的競売では、一般的な競売と同じように差押が行われます。差押には処分を禁止する効力がありますが、差押より前に共有者が持分が移転した場合にはどのような扱いになるかということが問題となります。
共有物分割訴訟の換価分割による形式的競売と、他の法律に基づく形式的競売では扱いが違うところもあります。
本記事では、主に共有物分割の換価分割に基づくものを中心として、形式的競売をにおける差押と、差押前の持分移転の扱いについて説明します。
2 形式的競売における差押の有無と処分制限効
形式的競売においても、一般的な競売と同じように差押が行われます。以前はこれを否定する見解もありましたが、現在では、差押による処分禁止効が必要であることから、肯定する見解が一般的となっています。
形式的競売における差押の有無と処分制限効
あ 過去にあった見解
形式的競売の場合は差押の登記をすることは許されず、仮に差押の登記がなされても処分制限効はない
※浦野雄幸『条解 民事執行法』商事法務1985年p893
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法』弘文堂2019年p1705参照
※深沢利一著『民事執行の実務(中) 補訂版』新日本法規出版2007年p1105、1106参照
い 現在の見解
ア 前提
形式的競売の場合においても差押がなされることになる
イ 差押の効力
差押に処分制限効が必要とされるのは、当事者を恒定する必要性、差押債権者の保護の必要性、買受人の保護の必要性によるものであると考えられる
形式的競売においても少なくとも買受人の保護の要請があることは変わらない
形式的競売の場合においても、差押には処分制限効があると解すべきである
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法』弘文堂2019年p1706
※深沢利一著『民事執行の実務(中) 補訂版』新日本法規出版2007年p1105、1106
3 不動産の形式的競売の開始決定の手続の流れ
前述のように、形式的競売の手続の最初の段階で、差押が行われます。裁判所から法務局(登記官)に対して、差押登記の嘱託が行われます。
処分禁止の効力が生じる時点は、差押登記の時とは限らず、競売手続開始決定が所有者に送達された時の方が早ければその時点となります。
不動産の形式的競売の開始決定の手続の流れ
あ 差押の宣言
不動産を対象とする形式的競売において
執行裁判所は、開始決定の際に申立人のために目的物を目的物を差し押さえる旨の宣言をする
※民事執行法188条、45条1項
い 差押登記
ア 裁判所書記官→登記官
執行裁判所の裁判所書記官は、直ちに差押の登記を嘱託しなければならない
※民事執行法188条、48条1項
イ 登記官→執行裁判所
嘱託を受けた登記官は、差押の登記をした場合は登記事項証明書を執行裁判所に送付する
※民事執行法188条、48条2項
う 差押の効力(発生時点)
差押の効力の発生時は、開始決定が所有者に送達された時点か、差押の登記がなされた時点かのいずれか早い時点である
※民事執行法188条、46条1項
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法』弘文堂2019年p1704
(参考)差押の効力については別の記事で説明している
詳しくはこちら|不動産競売における差押の効力(民事執行法46条)の全体像
4 換価分割の判決の後の共有持分の移転と競売申立の可否
差押によって目的物の処分が禁止される効力が生じます(前述)。では、換価分割の判決の後、差押より前に共有持分が移転したら、判決の効力が及ばなくなるのでしょうか。結論としては、判決の効力は持分を取得した者(相続人や持分の譲受人)にも及びます。
競売の申立の際の手続としては、民事執行法23条1項3号の「債務名義成立後の承継人」に執行力が及んでいることを示すために、承継執行文の付与を受けることが必要であるようにも思えます。しかし、東京地裁の運用としては、担保権の承継と同じように、これを示す戸籍や登記に関する資料の提出で足りる(承継執行文は不要)ことにしています。
さらにいえば、持分の譲受人としては、例えば登記を得たことが固有の抗弁とはならない(請求異議訴訟で執行力が及ぶことを否定できない)と思います。
換価分割の判決の後の共有持分の移転と競売申立の可否
あ 前提事情(目的物の処分)
共有物分割訴訟において競売を命ずる判決がされた後(正確には口頭弁論終結後、かつ、差押前の時点)に、その共有持分の全部又は一部が譲渡や相続などにより移転した
い 実体法上の分割契約上の債権の承継(参考)
分割契約上の債権は、持分の譲受人に承継される
※民法254条
※最高裁昭和34年11月26日
詳しくはこちら|民法254条が共有物分割契約上の債権に適用されるか否かの判例・学説
う 競売申立権の存続
ア 条解民事執行法
共有物分割のための競売に関しては、口頭弁論終結後に共有者の一部が変更になっても、現物分割や価格賠償方式によることが不相当であるという判断に影響が生ずることは考えにくいから、共有持分権の譲渡の事実は「承継」(181③)に該当するものとして、承継補充文書(181③)を提出することによって、従前の競売判決に基づいて競売をすることができるものと解される(執行実務・不動産執行(下)424頁)。
※山木戸勇一郎稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1804
イ 民事執行の実務
共有物分割訴訟において競売を命ずる判決がされた後(正確には口頭弁論終結後)に、その共有持分の全部又は一部が譲渡や相続等により移転することがある。
このような場合、共有持分の承継者は、共有者の地位の承継に伴い競売権(ないし競売を申し立てられる地位)も承継すると考えられる。
この場合、申立人は、法181条3項により、一般承継においてはその承継を証する文書を、特定承継にあってはその承継を証する裁判の謄本その他の公文書(持分移転登記のある不動産登記事項証明書等)を提出する必要がある。
※中村さとみほか編著『民事執行の実務 不動産執行編(下)第5版』金融財政事情研究会2022年p440
ウ 平成15年東京高判
(注・換価分割判決の確定後に持分譲渡があったケースにおいて)
ところで、共有物分割請求訴訟の確定判決の効力は、当該事件の当事者であった共有者のみではなく、その事件の事実審口頭弁論終結後に当事者の共有持分を承継した者にも及ぶものである(民事訴訟法115条1項3号)。
※東京高判平成15年11月27日
え 競売手続
ア 承継を証する文書の提出
申立人は、一般承継または特定承継を証する文書(公文書)を提出する
一般承継の証明の例=戸籍事項証明書(戸籍謄本)
特定承継の証明の例=持分移転登記のある不動産登記事項証明書
※民事執行法181条3項
イ 登記手続との関係
(共有物分割訴訟や遺産分割審判の当事者が、登記記録上の共有名義人と一致していない場合)
この場合、判決・審判で認定された共有持分権者ないし共有持分割合を前提とする差押登記はできないというのが登記実務である。
したがって、開始決定による差押登記をするためには、登記記録上共有持分を有する者を当事者とする必要がある。
なお、相続登記を経ない状態で遺産の換価を命ずる遺産分割審判がされた場合、競売を申し立てるに当たっては、相続登記を経由する必要がある
(東京地裁民事執行センターにおいては、相続登記を経ない形式的競売の申立てを認めていない。
当事者に対しては、相続人の協力が得られない場合には代位登記により法定相続分の相続登記を経た上で申立てをするよう教示をするが、被相続人名義のまま申立てがされた場合は、代位登記を経させた上で開始決定をする。)。
※中村さとみほか編著『民事執行の実務 不動産執行編(下)第5版』金融財政事情研究会2022年p439
5 競売手続開始に関する不服申立
以上で説明したように形式的競売の最初の段階で執行裁判所は(開始決定をするとともに)差押をします。開始決定や差押に関する不服申立は執行抗告と執行異議となります。
競売手続開始に関する不服申立
→担保権実行の場合と同様に、執行抗告・執行異議の方法による
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法』弘文堂2019年p1708
6 関連テーマ
(1)共有物分割のための処分禁止の仮処分(参考)
共有物分割訴訟を提起する前から、他の共有者(被告)が共有持分を第三者に譲渡することを防ぐため、処分禁止の仮処分をしておくという発想があります。しかし、実務の解釈では肯定、否定の両方の見解があります。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における保全処分の可否(処分禁止の仮処分など)
一方、保全をしておかないで換価分割の判決となった場合には、前述のように新たに共有者となった者を被告として新たに訴訟をするという必要は生じません。なお、他の分割類型の判決であった場合にも同じように新たな共有者も判決の効力を承継すると思われます。
詳しくはこちら|形式的競売における差押の有無と処分制限効、差押前の持分移転の扱い
(2)遺産分割審判の中間処分としての競売の決定後の共有持分譲渡(参考)
ところで、裁判所が形式的競売を命じるものは、共有物分割訴訟以外にもあります。その1つが遺産分割審判の中間処分としての競売です。
詳しくはこちら|遺産分割審判の中間処分としての換価処分の要件と手続の全体像
この換価処分については、前述の換価分割の判決と違って、決定後に共有持分が第三者(相続人以外)に譲渡された場合、当該譲受人の持分については競売の対象から外れることになります。
遺産分割審判の中間処分としての競売の決定後の共有持分譲渡(参考)
あ 共通する前提事情
遺産分割審判の中間処分として競売の決定がなされた後、相続人(共有者)が目的物の共有持分権を第三者に譲渡した
い 他の相続人への譲渡
他の共同相続人に対して共有持分権が移転した場合
→そのまま競売をすることができる
う 第三者への譲渡
第三者に対して共有持分権が移転した場合
第三者の共有持分権は遺産分割の対象から外れる
※最高裁昭和50年11月7日参照
詳しくはこちら|遺産共有と物権共有の混在(遺産譲渡タイプ)における分割手続
→当該第三者の共有持分権をも含めて競売をすることはできない
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法』弘文堂2019年p1707
(3)区分所有法に基づく競売の判決後の区分所有権譲渡(参考)
換価分割以外の形式的競売として、区分所有法59条に基づく競売があります。
詳しくはこちら|マンションの悪質行為|基本|対応=停止・予防・使用禁止・競売・引渡請求
区分所有法に基づく競売を命じる判決の後に区分所有権が譲渡された場合には、当該判決による競売の申立はできなくなります。共有物分割訴訟における換価分割の判決の後の共有持分の譲渡とは扱いが違うのです。
区分所有法に基づく競売の判決後の区分所有権譲渡(参考)
あ 前提事情
区分所有法に基づく競売を命じる判決が言い渡された
その後、区分所有者(被告)が区分所有権を第三者に譲渡した
い 競売申立権の消滅
区分所有法に基づく競売は、特定の区分所有者の性質に着目して、当該区分所有者との共同生活を解消することを目的としている
→旧区分所有者が受けた競売判決に基づいて、新区分所有者の区分所有権を喪失させることはできない
→競売の申立はできない
※最高裁平成23年10月11日
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法』弘文堂2019年p1707
い 妨害的な区分所有権譲渡への対策
ア 処分禁止の仮処分(否定)
競売妨害目的で区分所有権を譲渡することへの対策として
競売請求訴訟を提起する前段階において、競売権を被保全債権とする処分禁止の仮処分(処分禁止の登記)をすること
→否定されている
※最高裁平成28年3月18日
イ 一般条項の適用
法人格否認の法理や通謀虚偽表示を実体法上の根拠として、当該競売判決に基づく競売が許されると解する余地がある
しかし、実体法上の根拠について実質的な審理を要する
→承継補充文書(民事執行法181条3項)を提出するためには別途訴えを提起する必要がある
※伊藤眞ほか編『条解 民事執行法』弘文堂2019年p1707
本記事では、形式的競売における差押と、差押前の持分移転の扱いについて説明しました。
実際には、個別的な事情によって最適な手法が異なります。
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