【土地・建物への共同抵当権設定後の建物再築と法定地上権の成否(平成9年判例・全体価値考慮説)】
1 土地・建物への共同抵当権設定後の建物再築と法定地上権の成否
法定地上権が成立するかどうかという解釈の問題の1つとして、土地と建物の両方に抵当権を設定した後に建物が(解体され)再築されたケースがあります。本記事では、この解釈論について説明します。
2 平成9年判例の結論部分=否定説
この解釈については、以前見解は分かれていましたが、平成9年が解釈を統一しました。平成9年判例の結論は、原則として法定地上権の成立を否定し、例外として、土地の抵当権者が建物について同順位の抵当権設定を受けた場合には成立を肯定するというものです。
平成9年判例の結論部分=否定説
あ 前提事情
所有者が土地及び地上建物に共同抵当権を設定した後、右建物が取り壊され、右土地上に新たに建物が建築された
い 原則
原則として(特段の事情のない限り)、新建物のために法定地上権は成立しない
う 例外(特段の事情)
例外的に法定地上権が成立する特段の事情の具体例
=新建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新建物が建築された時点での土地の抵当権者が新建物について土地の抵当権と同順位の共同抵当権の設定を受けたとき
※最判平成9年2月4日
3 新建物の同順位抵当権があっても例外扱いとなったケース
ここで、平成9年判例より前の下級審裁判例で、再築建物に、土地と同一順位の抵当権設定を受けたという事例が登場していました(最初の抵当権設定時には建物は存在しなかったの平成9年判例が当てはまらない事例でしたが)。
「再築建物に土地と同一順位の抵当権設定」という部分だけをとらえると、平成9年判例の例外(特段の事情)にあたり、法定地上権が成立する、ということになりそうです。しかしこの事例では、再築建物の抵当権よりも配当上優先となる租税債権が存在するという特殊事情がありました。実質的には再築建物に設定した抵当権は2番であったのと同じことです。
そこで平成9年判例の基準でいうところの例外(特段の事情)には当たらない、つまり結果的に原則に戻って法定地上権が成立しない、ということになった、と説明できます。
新建物の同順位抵当権があっても例外扱いとなったケース
建物価格や租税債権の額等に照らし土地の抵当権者に不利益が生じない場合であっても、この理に変わりはなく、租税債権によって土地抵当権者に不利益が生ずる抽象的可能性がある限り、法定地上権の成立を否定すべきものである。
※東京地判平成8年6月11日
4 平成9年判例の理由=全体価値考慮説
平成9年判例の説明に戻ります。平成9年判例が採用した見解のベースは、抵当権者が土地と建物の全体の価値を把握しているという考え方です。全体価値考慮説といいます。
平成9年判例の理由=全体価値考慮説
あ 全体価値考慮説の採用
土地及び地上建物に共同抵当権が設定された場合、抵当権者は土地及び建物の全体の担保価値を把握している
い 合理的意思の内容
抵当権設定当事者の合理的意思は次の内容である
抵当権の設定された建物が存続する限りは当該建物のために法定地上権が成立することを許容する
しかし、建物が取り壊されたときは土地について法定地上権の制約のない更地としての担保価値を把握しようとする
う 法定地上権の成立を肯定した場合の不合理性
仮に、抵当権が設定されない新建物のために法定地上権の成立を認めるとすれば、抵当権者は、当初は土地全体の価値を把握していたのに、その担保価値が法定地上権の価額相当の価値だけ減少した土地の価値に限定されることになって、不測の損害を被る結果になる
これは、抵当権設定当事者の合理的な意思に反する
※最判平成9年2月4日
5 平成9年判例による公益と当事者意思の関係の指摘
もともと、法定地上権の制度趣旨としては、当事者の意思の尊重とともに公益もあります。
詳しくはこちら|法定地上権の制度趣旨(建物保護の理由=当事者意思や公益)
公益を重視すると、法定地上権の成立を肯定する方向になります。
これについて、平成9年判例は、公益よりも当事者の意思を優先するということを明言しました。
平成9年判例による公益と当事者意思の関係の指摘
※最判平成9年2月4日
6 執行妨害行為の横行と全体価値考慮説の関係
平成9年判例が全体価値考慮説(否定説)を採用した背景には、当時、執行妨害行為が横行していたことも指摘されています。つまり、法定地上権の成立を肯定すると、執行妨害的な行為を助長することになりかねない、ということがいえるのです。
執行妨害行為の横行と全体価値考慮説の関係
すなわち、バブル経済の崩壊過程において、融資金の返済ができず、かといって素直に抵当権の実行に応じたくない債務者が、従来の判例理論を逆手にとって、旧建物を取り壊して新建物を建築し、それを別の債権者のための抵当に付すとか、あるいは第三者に土地を貸して、その第三者に新建物を建築させるといった事態が多数発生した。
全体価値考慮説は、このような実質的な執行妨害に対処するために開発された理論であるといって過言ではなかろう。
土地の抵当権者のために新建物に土地と同一順位の抵当権が設定されるなら、従前からの利益は確保されるわけであるから、法定地上権を否定する必要性がなくなるのは当然である。
※松本恒雄稿『民法388条(法定地上権)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p688
7 全体価値考慮説への批判(概要)
以上のように、平成9年判例が採用した全体価値考慮説には理由や背景がありますが、これを批判する見解もあります。
全体価値考慮説への批判(概要)
あ 不合理性が現実化する具体例
土地を購入後に建物を建築する状況や、震災により住宅が倒壊した状況において、全体価値考慮説を採用すると不合理な事態が生じる
詳しくはこちら|全体価値考慮説の不合理性が現実化する具体例
い 更地信仰の影響
全体価値考慮説は、土地と建物の全体の評価よりも更地の評価の方が高いという考え方(更地信仰)を反映している
更地信仰はバブル経済をひきおこすなどの弊害がある
詳しくはこちら|更地信仰が全体価値考慮説に及ぼした影響とその批判・反論
8 従来の通説=肯定説=個別価値考慮説
なお、平成9年判例の前には、法定地上権の成立を肯定する見解が優勢であり、通説となっていました。通説が理由としていたのは、土地の抵当権だけに着目すると、当初から法定地上権相当の価値を控除した価値しか把握していなかったという考え方です。これを個別価値考慮説といいます。
従来の通説=肯定説=個別価値考慮説
そこで、土地又は建物の一方のみが競売に付されたときは、土地抵当権については法定地上権の価値を控除した交換価値を実現すれば足りる
新建物のために法定地上権の成立を認めても、地上権の内容を旧建物を基準として定める限り、土地抵当権を侵害することはない
※春日通良稿/『最高裁判所判例解説 民事篇 平成9年度』法曹会2000年p209、210
本記事では、土地・建物の両方に抵当権を設定した後に建物が再築されたケースで法定地上権が成立するかどうかという解釈論を説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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