【協議・決定ない共有物の使用に対し協議・決定を行った上での明渡請求】
1 協議・決定ない共有物の使用に対し協議・決定を行った上での明渡請求
共有物(共有不動産)を誰が使用(占有)してよいか、という事項は、共有物の管理方法に該当するので、共有者の持分の過半数で決する(意思決定をする)ことになります。
詳しくはこちら|共有物の(狭義の)管理行為の基本的な内容
しかし、実際には共有者は親族同士であることが多く、正式な協議や意思決定をしないまま、共有者の1人が使用していることがよくあります。その場合でも、他の共有者は明渡請求をすることは原則としてできません。
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)
ここで、明渡請求をする前処理として共有物の使用方法の協議・意思決定をして、その上で明渡請求をする”という発想が出てきます。本記事ではこのような場合の法的判断を説明します。
2 昭和41年判例の引用(概要・前提)
最初に、昭和41年判例の判決文を押させておきます。
結論として明渡請求を否定したものですが、この中で当然に(は明渡請求を認めない)、という記述があり、また、明渡を求める理由を示せば明渡請求を認めるという記述もあります。そこで、協議・意思決定をした上でなら明渡請求が認められるのではないかという発想につながります。
昭和41年判例の引用(概要・前提)
けだし、このような場合、右の少数持分権者は自己の持分によつて、共有物を使用収益する権原を有し、これに基づいて共有物を占有するものと認められるからである。
従つて、この場合、多数持分権者に対して共有物の明渡を求めることができるためには、その明渡を求める理由を主張し立証しなければならない”のである。
※最判昭和41年5月19日
詳しくはこちら|共有物を使用する共有者に対する明渡請求(昭和41年最判)
3 令和3年改正後の民法252条1項(条文)
この問題について、令和3年改正で、民法に新たなルール(条文の記載)が作られました。
共有物の管理についての意思決定は持分の過半数で決するというものは、改正前から変わりません。この後に(後段として)、共有物を使用する共有者があるときも同様ですることが新たに明記(新設)されたのです。
令和3年改正後の民法252条1項(条文)
共有物を使用する共有者があるときも、同様とする。
※民法252条1項
4 民法252条1項後段の具体例=決定なしの使用
令和3年改正で付け加えられた民法252条1項後段が適用される典型例は、共有者による意思決定がないのに、つまり無断で共有者の1人が共有物を使用(占有)している状況です。
たとえばABCが各3分の1の持分割合で建物を共有していて、ABCで話し合いや意思決定をしていないのに、Aが居住しているという状況です。
この場合には、ABCが話し合いをして、「Bが使用(居住)する」ことにBCが賛成すれば過半数に達するので意思決定として成立します。Aが反対していてもこのような意思決定をすることができる、ということになります。結果的にAは退去することになります。
民法252条1項後段の具体例=決定なしの使用
あ 中間試案補足説明
試案第1の1(1)②の考え方によれば、実際に共有物を使用している共有者の同意を得ることなく、各共有持分の価格の過半数により、実際に共有物を使用している共有者とは別の者が共有物を独占的に使用することを定めることもでき、その定めにより独占的に使用することが認められた共有者は、従前共有物を使用していた共有者に対し、引渡しを求めることができることになる。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p4
い 改正のポイント
共有者間の定めがないまま共有物を使用する共有者の同意なく、持分の過半数でそれ以外の共有者に使用させる旨を決定することも当然に可能。
※「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」法務省民事局2021年p31
5 令和3年改正の経緯=使用している共有者の扱い
前述のような、共有者による使用方法の意思決定は、一見当たり前のように聞こえますが、令和3年改正前は、別の見解もありました(むしろ有力でした)。実際に使用(占有・居住)している共有者がいる場合は、これを保護するという解釈もあったのです。保護すべきかどうか、保護する場合、どの程度保護するのか、ということについて統一的な見解はなかったのです。令和3年改正で、規範(扱い)が統一されたといえます。
令和3年改正の経緯=使用している共有者の扱い
あ 中間試案補足説明
ア 改正前の解釈論の傾向
現行法下では、特段の定めなく共有物を使用(占有)している共有者がある場合に、本来は持分の価格の過半数で決することができる共有物の管理に関する事項の定め(共有物を実際に使用する者を定めるなど)をするにも、共有物を現に使用する者の同意なくその利益を奪うことは相当でないことを理由に、全ての共有者の同意を得なければすることができないとする見解が有力である。
イ 改正前の解釈論の不合理性=改正の理由
しかし、共有者間の定めによって共有物を使用している共有者であれば格別、共有者間の定めがないまま(事実上その使用が単に黙認されている場合を含む。)、共有物を使用する共有者を保護する必要性が高いとはいえない(なお、遺産共有の場合に相続人の1人が遺産に属する財産を使用しているケースについては、試案第4の1(1)参照)。
また、共有物の管理に関する事項の定めは、持分の価格の過半数で決することができるはずであるにもかかわらず、そのような理由から、共有者全員の同意や、使用する共有者の同意がなければ定めることができないとすると、利用方法が硬直化することになる。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p4
い 改正のポイント
[問題の所在]
1.共有物を使用する共有者がいる場合に、その共有者の同意がなくても、持分の価格の過半数で共有物の管理に関する事項を決定できるかは明確でない。
→無断で共有物を使用している共有者がいる場合には、他の共有者が共有物を使用することは事実上困難
※「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」法務省民事局2021年p31
う 松尾弘氏見解
ア 合意の重視
これらの新規定は、共有物の管理の一環として、共有者による共有物の使用についても、共有者間の合意または必要な決定(管理に関する決定。民法252①*)に基づいて行うべき原理(合意の重視)を確認したものと考えられる。
※松尾弘著『物権法改正を読む』慶應義塾大学出版会2021年p34
イ 早い者勝ちの否定(合意の優先)
これは、共有者間の決定によらずに共有物を使用し始めた共有者の「早い者勝ち」を許すべきではなく、合意によらずに共有物を使用する共有者を持分価格の過半数の決定によって排除しうる旨の規律であり、共有物の管理に関しても、共有ルールに従った共有者間の決定ないし合意を重視する方向性を示すものと解される。
※松尾弘著『物権法改正を読む』慶應義塾大学出版会2021年p35
6 令和3年改正前のいろいろな解釈論(概要)
前述のように、令和3年改正前は、共有物を使用(占有)する共有者を保護する解釈が一般的となっていました。最高裁判例はなく、多くの解釈が提唱されていました。いろいろな解釈については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|協議・決定ない共有者による共有物の使用の保護(令和3年改正前の解釈)
7 遺産共有における共有者間の決定の特別扱い→否定傾向
ところで、遺産共有の場合には、以上のような扱いとは異なる、具体的には遺産分割完了までは相続人(共有者)全員の同意がない限り従来(現状)の使用方法を変更する決定はできない、という見解もあります。
しかし、令和3年改正で多数決が重視(尊重)される方向となっており、従来の使用方法が保護される(例外)のは、共有者間の決定があり、かつ、現在使用する共有者に「特別の影響」が及ぶ場合に限定されています。
詳しくはこちら|共有者が決定した共有物の使用方法(占有者)の事後的な変更(令和3年改正後)
そこで現在では、遺産共有も含めて、新ルールが統一的に適用される、という考え方の方が一般的になっているといえるでしょう。
遺産共有における共有者間の決定の特別扱い→否定傾向
あ 遺産共有を別扱いとする見解(の紹介)
②しかし、同じく共有であっても遺産共有(最判昭30.5.31民集9巻6号793頁は、相続財産の共有が「民法249条以下に規定する『共有』とその性質を異にするものではない」というが)の場合には、目的物の使用についての争いは基本的に遺産分割の問題として処理すべきであり、「それまでは従来の使用方法を多数決で変えることはできない」(星野・前掲判批(注・星野英一〔判批〕法学協会雑誌84巻5号〔1967〕)690頁)、すなわち、使用に関する合意は共有者全員で行うべきだとするものだろう(山田誠一「共有者間の法律関係(2)」法協102巻1号〔1985〕105頁が判例分析の結果として①②の区別を指摘する)。
※小粥太郎稿/小粥太郎編『新注釈民法(5)』有斐閣2020年p565
い 遺産共有を別扱いとしない見解
(6)以上に述べたことは、遺産共有の場合にも妥当する。
遺産共有の場合、目的物の使用についても基本的に遺産分割による決定を待つべきであり、それ以前の管理に関する事項の変更には相続人全員の同意を要するとする見解もある(小粥太郎編『新版注釈民法(5)」(有斐閣、2020年)565頁〔小粥〕(注・「新版」は誤記であり「新」が正しい)参照)。
しかしながら、遺産分割は権利の終局的帰属を定める手続であって、それに至るまでの間の物の使用収益の在り方まで支配し固定させるものではなく、相続人の一人であることは共有物につき既得権を(252条3項の「特別の影響」が認められないのに)保護されるべき理由にならない。
※佐久間毅稿『所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し』/『法律のひろば74巻10号』ぎょうせい2021年p26
※中込一洋著『実務解説 改正物権法』弘文堂2022年p46参照
8 共有者から使用承諾を受けた第三者に対する明渡請求
ところで、共有者Aが、知人や親戚である(共有者ではない)Dに、共有不動産での居住を許していた場合はどうでしょうか。この点、以前から、共有者から使用承諾を受けた第三者の使用は、(使用を承諾した)共有者の使用と同視するという解釈が確立していました。
これが前提となるので、この場合でも、共有者BCが「Bが居住(使用)する」という意思決定をした上で、Dに明渡請求をすることが認められることになります。
共有者から使用承諾を受けた第三者に対する明渡請求
あ 中間試案=みなす理論
(注8)②及び③に関し、共有者が第三者に当該共有物を使用させている場合には、共有者が共有物を使用していると評価する。
※民法・不動産登記法部会『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案』2019年12月p2
い みなす理論(従来・参考)
共有者から使用承諾を受けた第三者が共有物を利用(占有)する場合、これを共有者の利用と同視する解釈は確立している
※最判昭和63年5月20日
詳しくはこちら|共有者から使用承諾を受けて占有する第三者に対する明渡請求
9 被相続人と同居していた相続人の保護(平成8年判例)
以上の説明は、共有物の使用方法の決定がない時点で共有者の1人が占有している、ということを前提とした一般論でした。理論的には、共有者の1人として共有物を使用している(占有権原は共有持分権である)という状態です。
この点、共有者の1人が、共有持分権ではない占有権原に基づいて占有していることもあります。
まず、平成8年判例が示した、被相続人との間の使用貸借契約に基づく占有というものが挙げられます。この場合は、共有者全員で使用方法の協議・決定をしても、この占有権原(使用貸借)を消滅させることはできません。
被相続人と同居していた相続人の保護(平成8年判例)
あ 平成8年判例(概要)
被相続人と同居していた相続人は、被相続人との間に始期付使用貸借契約が推定される
相続開始後、遺産分割完了までは、他の共有者は明渡(と金銭の)請求をすることができない
詳しくはこちら|被相続人と同居していた相続人に対する他の共有者の明渡・金銭請求(平成8年判例)
い 使用方法の決定をした上での明渡請求
『あ』に該当するケースでは、占有共有者(相続人)は、使用貸借契約による占有権原を有している
共有者が共有物の使用方法の意思決定をしても占有権原を喪失させることはできない
10 配偶者居住権と共有者の意思決定の関係(参考)
共有者の1人が、共有持分権に基づいて占有するのではなく、配偶者居住権に基づいて使用(居住)している場合もあります。この占有権原は共有者による使用方法の意思決定とは別次元のものです。そこで、共有者の協議や決定でこの占有権原(配偶者居住権)を消滅させることはできません。
配偶者居住権と共有者の意思決定の関係(参考)
あ 部会資料
この規律は、遺産共有にも適用されることを前提としているが、配偶者居住権が成立した場合には、他の共有者は、配偶者居住権者の使用収益を受忍すべき立場になるため、別途、消滅の要件を満たさない限り配偶者居住権は存続し(民法第1032条第4項、第1038条第3項参照)、本文①の規律(注・民法252条1項)に基づいて配偶者居住権を消滅させることはできないと考えられる。
※『民法・不動産登記法部会資料51』p7
い 改正のポイント
配偶者居住権が成立している場合には、他の共有者は、持分の過半数により使用者を決定しても、別途消滅の要件を満たさない限り配偶者居住権は存続し(民法1032Ⅳ、1038Ⅲ参照)、配偶者居住権を消滅させることはできない。
※「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」法務省民事局2021年p31
う 遺産分割における配偶者居住権(参考)
遺産分割の方法の1つとして、配偶者居住権を設定する方法がある
詳しくはこちら|遺産分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)
11 使用の黙認が共有物分割で不利に働く構造(概要)
前述のように、共有者Aが共有不動産を使用して、共有者BCが、積極的には認めていないけど対立したくないので退去を要求もしないという状況はとてもよくあります。ここで、共有物分割をした場合、当該不動産(100%所有権)をAが取得する結果(全面的価格賠償)が選択される可能性が高くなります。つまり黙認していたBとCは不動産を失うことになるのです。そこで、B・Cとしては、このような結果を防ぎたいのであれば、以上で説明した方法でAに明渡を請求した方がよい、という構造があるといえます。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性判断における利用状況重視への批判
12 決定した使用方法の変更(参考・概要)
以上で説明したのは、共有物の使用方法の意思決定がなされていない状況を前提としていました。
これとは別に、いったん共有物の使用方法を決定した後はどうなるか、という問題があります。具体的には、共有者ABCで「Aが使用(居住)する」と決定した後に、「Bが使用する」という決定をする(Aを退去させる)ことができるか、という問題です。
これについては、以前はAの承諾が必要という傾向がありましたが、令和3年改正でルールが作られました。それは、原則としては持分の過半数で決定できる(Aの承諾は不要)、「特別の影響」がある時だけAの承諾が必要、というものです。
詳しくはこちら|共有者が決定した共有物の使用方法(占有者)の事後的な変更(令和3年改正後)
本記事では、共有物の使用方法の意思決定がないまま共有者の1人が使用している場合に、他の共有者が協議、意思決定を行った上で明渡請求をした場合の法的判断を説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に共有物(共有不動産)の使用・占有(居住)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。