【建物賃貸借に伴う広告掲示・設置契約(借地借家法の適用など)】
1 建物賃貸借に伴う広告掲示・設置契約
2 広告掲示・設置契約の典型例
3 広告掲示・設置契約の賃貸借該当性
4 広告掲示・設置契約への借地借家法の適用の有無
5 屋上広告塔に借地借家法の適用を否定した裁判例
6 壁・床面の看板設置を賃貸借の範囲外とした裁判例
7 看板による壁の占有(否定した判例)
1 建物賃貸借に伴う広告掲示・設置契約
営業・事業用の建物賃貸借では,広告を掲示や設置することを伴うことがよくあります。このような建物やビルへの広告掲示・設置契約の法的性質が問題となることがあります。本記事では,このような法的解釈を説明します。
2 広告掲示・設置契約の典型例
本記事で説明する広告の掲示や設置の契約とは,ビルの屋上や壁面などを対象とするものです。
<広告掲示・設置契約の典型例>
ビルの屋上,壁面,袖看板などに広告を施設を設置するまたは広告を掲示する契約
※中田真之助著『新版 ビル賃貸借の法律』ぎょうせい1994年p458
3 広告掲示・設置契約の賃貸借該当性
広告の掲示や設置をする契約が賃貸借に該当するか,ということが一応問題となります。建物の一部の占有を移転するものでなければ賃貸借そのものにはあたらないと思えます。ただ,そうであっても原則的に賃貸借の規定の準用は否定されないでしょう。
<広告掲示・設置契約の賃貸借該当性>
あ 一般的な契約の形式
広告施設のためのスペースの賃貸借の形式を用いるなどさまざまな契約形態があり得る
※中田真之助著『新版 ビル賃貸借の法律』ぎょうせい1994年p458
い 賃貸借の対象物との関係(概要)
賃貸借の対象物は有体物であり,引渡が想定されている
壁面の一部や袖看板(突出物の一定の範囲)は引渡(占有移転)の対象とはならないように思える
(第三者異議の基礎となる占有について,壁面の占有を否定する判例がある(後記※1))
しかし,賃貸借は有体物以外にも広く準用されている
詳しくはこちら|賃貸借の対象物(目的たる物)
むしろ賃貸借(自体の規定の適用)を否定する実益はあまりない
4 広告掲示・設置契約への借地借家法の適用の有無
前述のように広告を掲示や設置をする契約が賃貸借といえてもいえなくても結果(効果)に違いはほとんどありません。しかし,借地借家法が適用されるかどうかは,その判定によって大きな違いが出てきます。適用されるとするとビルが譲渡された場合の対抗力が認められるなどの強い保護が適用されるのです。
これについては,借地借家法の「建物」に該当するかどうかの判定で決まります。この「建物」についての判例の判断基準をあてはめると,一般的には広告を掲示する契約はこれにあてはまりません。
<広告掲示・設置契約への借地借家法の適用の有無>
あ 一般論
(一般的な看板について)
(賃貸借の形式を用いていたとしても)
看板の設置箇所というのは,外壁など,建物の一部にすぎない
→借地借家法の「建物」(い)には該当しない
→借地借家法の適用はない
※『判例タイムズ1390号』p142〜
※中田真之助著『新版 ビル賃貸借の法律』ぎょうせい1994年p458
い 借地借家法の「建物」の解釈(前提・概要)
建物の一部であつても,障壁その他によつて他の部分と区画され,独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するものは,借家法一条にいう「建物」であると解すべき・・・
※最判昭和42年6月2日
詳しくはこちら|借地借家法の『建物』(借家該当性)の判断基準の基本
5 屋上広告塔に借地借家法の適用を否定した裁判例
広告の掲出にはいろいろな形態がありますが,比較的大きな規模の広告塔を屋上に建設する契約について,借地借家法の適用を否定した裁判例があります。規模は大きいのですが,他の部分と隔離されておらず,また,賃貸人もその場所に出入りできた,つまり賃借人が排他的に占有しているとはいえない,という事情などが判断要素となっています。
<屋上広告塔に借地借家法の適用を否定した裁判例>
あ 事案
賃借人Xは賃貸人Yからビルの屋上を広告塔建設を目的として賃借した
本件屋上は本件建物の一部である
い 裁判所の判断
右認定の事実によると,本件屋上はその周囲およびその下方の階下部分とは障壁その他によつて区画されているとはいえ,その上方の空間部分とは全く区画されていないのであるから,右基準(昭和42年判例)にいう「他の部分」と区画されているといえるかどうか疑問であるばかりでなく,独占的排他的支配が可能な構造,規模を有するものとはいえても,現実にはXとYの占有支配が競合していたのであるから,控訴人の本件屋上の占有をもつて利用上完全に独立した部分の占有とみることはできない。
※大阪高判昭和53年5月30日
6 壁・床面の看板設置を賃貸借の範囲外とした裁判例
広告塔ほど規模が大きくはない,よくある小規模な看板の掲出契約が問題となった裁判例もあります。看板を賃借権の範囲外であるという判断ですが,実質的には借地借家法の適用を否定したものであるとも読み取れます。
<壁・床面の看板設置を賃貸借の範囲外とした裁判例>
あ 事案
Yは建物所有者Aから建物を賃借し,建物の店舗部分で営業をしていた
YはAの承諾を得て,店舗の営業のために,建物の1階部分の外壁,床面,壁面に看板を設置した
い 裁判所の判断
メインの建物部分は賃借権を得たものと認めた
看板等の設置権原は賃借権の範囲に含まれていない
看板の設置権原をXに対抗することはできない
※東京高判平成24年6月28日(上告審の最判平成25年4月9日では争われていない)
7 看板による壁の占有(否定した判例)
看板によって壁の占有が認められるか,という点について判断した判例があります。この判断によって,建物収去土地明渡請求の強制執行ができるかどうかが決まる,という状況にあったのです。
結果としては,壁面を事実的に支配しているとはいえない,という判断になりました。なお,この判断は,強制執行の第三者異議の基礎にある占有権の成立要件としての占有についてのものです。
<看板による壁の占有(否定した判例)(※1)>
あ 看板の設置状況
建物の賃借人Cは,ネオン看板・行灯看板(本件広告用工作物)を店舗部分の北側の壁面にはめこみ式に密着して取り付けた
その取付方法は本件広告用工作物を建物本体の柱にボルト等で接合したうえ接合部分を壁面の一部としてモルタル吹付を施したものであった
い 強制執行と第三者異議
土地所有者Aが,借地人(=建物所有者)Bに対して建物収去土地明渡請求を認める判決を得て,これが確定した
Aは強制執行を申し立てた
建物の賃借人Cは,第三者異議の訴えを申し立てた
う 建物賃借人の主張
建物の賃借人Cが,本件広告用工作物(壁など)を占有している
(Bを被告とする)債務名義の効力は及ばない
え 裁判所の判断
本件広告用工作物は,壁面及び本件広告用工作物の一部を毀損しなければこれを分離することができない
・・・
しかしながら,不動産の非独立的な構成部分について占有があるというためには,その部分が特定しているだけでなく,その部分につき客観的外部的な事実支配があることを要するものと解すべきところ,本件において原審が確定した前記事実関係のもとにおいて,被上告人が本件広告用工作物を所有することによつて店舗部分の当該壁面について客観的外部的な事実支配があるものとは認められないというべきである。
※最判昭和59年1月27日
お 占有の判断の枠組み(概要)
占有とは事実的支配であり,社会的評価によって判断する
詳しくはこちら|『占有』概念の基本(判断基準や対象物のバラエティ)
本記事では,建物賃貸借に伴う広告の掲示や設置の契約の法的扱いを説明しました。
実際には,個別的な事情によって法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に建物(ビル)の賃貸借契約に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。