【夫婦間の共有物分割請求の可否(財産分与との関係)を判断した裁判例】
1 夫婦間の共有物分割請求の可否(財産分与との関係)を判断した裁判例
夫婦間の財産の清算は、通常、財産分与として行います。夫婦間の共有となっている財産について、財産分与ではなく共有物分割請求をすることができるかどうか、という問題があります。
詳しくはこちら|夫婦間の共有物分割請求の可否の全体像(財産分与との関係・権利濫用)
これについて、共有者が夫婦である、という理由だけで共有物分割は否定されません。このことを正面から判断した裁判例がありますので、本記事ではこれを説明します。
2 理由1=遺産分割と財産分与の比較
まず、夫婦間では共有物分割請求ができない、という発想もありましたが、これは遺産共有では遺産分割を優先する、つまり共有物分割はできない、という判例の理論の流用からきています。
遺産分割も財産分与も、家庭裁判所が審判(または訴訟の附帯処分)として判断するものであり、裁判所が出した結論に既判力はありません。
この点、遺産分割では共同相続人間の共有持分割合は、法定相続分(割合)ではっきりと決まります。
一方、財産分与では、標準とする割合は2分の1ですが、夫・夫の寄与の程度によって大きく変わることが多いです。
詳しくはこちら|財産分与割合は原則として2分の1だが貢献度に偏りがあると割合は異なる
そこで、共有持分割合を既判力つきでしっかりと決める(確定する)必要性があるかどうかを考えると、遺産分割では必要性が小さい、財産分与では必要性が大きい、と、この裁判例は指摘しています。このような違いがあるので、財産分与に遺産分割の解釈を流用することは合理的ではありません。
この裁判例では、既判力の点を、財産分与とともに、別の選択肢として共有物分割訴訟を認める理由としています。
理由1=遺産分割と財産分与の比較
あ 遺産分割と共有物分割(前提)
(第3−1(1)ア)
共同相続人が相続財産を共有する場合に、その分割については、遺産分割手続によるべきであって、共有物分割請求が許されないと解される前提には、①相続分は、法律上その割合が明確に規定されており、共同相続人の範囲に争いのない限り、相続分の割合は一義的に明らかであること、②相続財産の範囲に争いがある場合には、遺産確認の訴えによって、相続財産の範囲を既判力をもって確定することができること(相続財産の範囲の確定を通じて、遺産を構成する個々の財産につき、相続人が各相続分に応じた共有持分権を取得したことを各相続人間の共通の前提とすることができ、これによって遺産の具体的な配分の手続を進めることができる。)を指摘することができる。このような前提があるからこそ、相続財産の共有の場合に、遺産分割審判のみを認め、共有物分割請求を認めなくても、権利義務関係の確定の見地から、格別、不都合を生じることはない。
(参考)遺産分割と共有物分割の法的問題は別の記事で説明している
詳しくはこちら|遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)
い 遺産分割と財産分与の違い
(第3−1(1)イ)
しかしながら、財産分与の場合には、上記のような前提を欠いているといわざるを得ない。
被告も前提とするように、夫婦共同財産の分配の割合は、具体的な数値をもって予め定められているものではなく、夫婦共同財産の形成に対する寄与の度合をしん酌して決められるべきものであって、これを既判力をもって確定すべき方法はない。また、仮に夫婦共同財産に属するか否かについて当事者間に争いがあったとしても、この点についても、既判力をもって確定しうる手段が確立しているとも言い難い。したがって、夫婦共同財産を財産分与によって分配、清算しても、分配による所有権の取得については既判力をもって確定されるものではないし、分配の前提となる事柄についても確定されるものでもない(これに対し、共有物分割請求の場合には、当事者双方の共有持分の割合が認定され、その認定された共有持分の割合に基づいて、共有物分割が行われ、共有物分割請求権の存在については既判力が及ぶことによって、共有物分割による所有権取得の効果は争い得なくなる。)。
そうすると、夫婦の共有財産について、共有物分割請求を認めずに、財産分与請求のみを認めることは、共有物の分割を希望する者に不都合を生じさせるといわざるを得ない。
う 財産分与と共有物分割の非競合(単独名義)
(第3−1(1)ウ)
また、財産分与の場合には、対象となる夫婦共同の財産が夫婦の共有名義ではなく、どちらか一方の単独名義となっていることも珍しくない。このような事案については共有物分割を論じる余地はなく、専ら財産分与請求をするしかないのであって、その意味においても財産分与請求と共有物分割請求はそれぞれが想定する場面を共通にするものでもない。
え まとめ
(第3−1(1)エ)
したがって、遺産分割について共有物分割請求が許されず、遺産分割の審判手続によるものとする最高裁判所の判例は、夫婦の共有財産の分割については、妥当しないというべきである。
※東京地判平成20年11月18日(中間判決)
なお、「う」の部分で、単独名義である場合は共有物分割はできないということが指摘されていますが、実質的な夫婦の共有である場合は、状況によっては財産法上の共有の規定が適用されることもあります。その場合は、単独所有登記であっても共有物分割ができることもあるはずです。このことは別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|単独所有登記だが実質的な(元)夫婦共有の不動産の共有物分割
3 理由2=有責性による離婚不可への対抗措置確保
次に、別の角度から考えます。夫婦間が破綻していても、有責性のために離婚請求が認められない状況があります。このような場合には財産の共有を解消する手段として共有物分割しか残っていないことになります。そこで最後の手段を奪うことは不合理である、という実質面からの指摘もなされています。
理由2=有責性による離婚不可への対抗措置確保
あ 判決文
(第3−1(2))
加えて、夫婦の中には、一方の側からの離婚請求が、有責配偶者であること等の理由から排斥される事案もあり、たとえこのような事案であっても、夫婦の共有名義となっている財産の共有物分割の途が閉ざされるべき理由はないところ、仮に被告主張のような前提に立てば、共有物分割の途が完全に閉ざされ、不当な結果となる(もとより、個別の事案によっては、共有物分割請求が権利の濫用として排斥される可能性はあるが、およそ夫婦財産の清算は財産分与請求によるべきであって、共有物分割請求が許されないと解することはできない。)。
※東京地判平成20年11月18日(中間判決)
い 補足説明(判例タイムズ)
(『あ』の判断)については、実務上、見過ごせない点であるが、被告はこの点についての法律的な解決方法について、積極的には主張しているようには窺えない(判決文では明らかではないが、本件は原告が被告との協議離婚届けを被告に無断で提出しただけではなく、既に他の女性と同棲していることも窺われる事案であり、原告が離婚訴訟を提起した場合には、有責配偶者による離婚請求の可否の問題が取り上げられることが必至の事案であったことも、本件訴訟の背景としてあるようである。)。
※『判例タイムズ1297号』p307〜
4 理由3=財産分与と共有物分割の非競合(特有財産)
最後の理由として、夫婦間の共有でも特有財産については財産分与の対象とならない、という指摘があります。仮に、一律に夫婦間では共有物分割ができないとすると、財産分与も共有物分割もできない状態となり不合理な結果となってしまいます。
理由3=財産分与と共有物分割の非競合(特有財産)
さらに、夫婦の共有財産といえども、その取得の時期、財源、経緯等の事情から、財産分与の対象とならないものもあるのであるから、この点に照らしても被告の主張は採用することができない。
※東京地判平成20年11月18日(中間判決)
5 平成20年東京地判の結論
この裁判例は、以上のような検討の結果として、夫婦間でも共有物分割請求をすることができるという判断を示しました。
平成20年東京地判の結論
以上によれば、本件の共有物分割請求は適法であり、本件建物の所在地を管轄する裁判所である当裁判所(東京地方裁判所)は裁判管轄を有するというべきである。
※東京地判平成20年11月18日(中間判決)
6 夫婦間の共有物分割の可否の判断の新規性
なお、平成20年東京地裁の裁判例より前に、この解釈について検討した学説や裁判例は見当たりません。そもそも問題として取り上げるようなことではなかったといえるかもしれません。
夫婦間の共有物分割の可否の判断の新規性
※『判例タイムズ1297号』p307〜
7 夫婦間の共有物分割を認めた判例(参考・概要)
実際に、平成20年東京地裁の裁判例よりも前に、夫婦間の共有物分割を認めた判例があります。ただし、前述の解釈論については触れられてもいません。
夫婦間の共有物分割を認めた判例(参考・概要)
ただし、共有物分割と財産分与の関係については争点となっていない
※大阪高判平成7年3月9日
※最判平成8年12月17日(原審を維持した)
詳しくはこちら|夫婦間の共有物分割請求の可否の全体像(財産分与との関係・権利濫用)
本記事では、夫婦間の共有物分割と財産分与との関係を判断した裁判例を紹介しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法が違ってきます。
実際に夫婦間の共有財産に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。