【明渡による営業補償における廃業の判断と明渡料算定】
1 明渡による営業補償における廃業の判断と明渡料算定
2 営業廃止の補償の要件
3 営業廃止を要する事情の類型と具体例
4 営業廃止の補償内容(項目の全体)
5 売却損の内容と基準
6 減価償却残価(帳簿価格)の位置づけ
7 建物・土地の明渡料の算定(概要)
1 明渡による営業補償における廃業の判断と明渡料算定
一般的に建物や土地の明渡の際の明渡料(立退料)には営業補償が含まれます。
詳しくはこちら|賃貸建物の明渡料の金額の基本(考慮する事情・交渉での相場)
詳しくはこちら|借地の明渡料の相場|訴訟と交渉の違い|借地権価格・正当事由充足割合
そして,明渡の対象の場所で行われていた営業を廃止(廃業)することになる場合,廃業を前提として営業補償を計算することになります。ここで,廃業するしかない状況をどのように判断するか,また,廃業の補償金額をどのように計算するのか,ということが問題となります。本記事ではこのようなことを説明します。
2 営業廃止の補償の要件
土地の収用の補償に関して,営業廃止と認める基準があります。一般的な建物や土地の明渡にも流用できる考え方です。
要するに,転居して営業を維持することはできないということが,廃業を前提とすた補償が必要となる要件となります。
<営業廃止の補償の要件>
あ 移転の原則(前提)
公共事業の施行により取得する(収用する)土地の上にある建物は,移転することが原則である
い 営業廃止を要する事情(営業廃止の補償の要件)
合理的な移転先地において,法令等の制限等により従前の営業を継続することが客観的にみて不可能と認められる
=営業を廃止することについて社会的妥当性があると認められる
う 営業廃止の補償
『い』に該当する場合,営業廃止の補償を行う
※用地補償実務研究会編著『営業補償の理論と実務 改訂4版』大成出版社2014年p185
3 営業廃止を要する事情の類型と具体例
営業を他の場所で継続する(移転する)ことはできない,という状況のカテゴリが整理されています。5つのカテゴリと,それぞれの具体例を整理しておきます。
<営業廃止を要する事情の類型と具体例>
あ 法令による場所制限
法令等により営業場所が限定又は制限される業種で営業を廃止せざるを得ない
ア 営業許可により営業場所が具体的に限定されている業種
・(いわゆる花街内の)料亭,待合,個室付浴場業(ソープランド),モーテル業等
・キャバレー,ナイトクラブ,ダンスホール,料理店,バー,喫茶店,麻雀店,パチンコ店等
・ホテル,旅館,簡易宿泊所等
(注)法令に抵触する場合であっても許認可の行政機関と協議し,廃止可否を判断する。
イ 一定基準により営業場所の制限を受ける業種
・公衆浴場
・たばこ小売業
い 場所密着店舗
特定地に密着した店舗であって適当な移転先がないと認められる場合
・◯◯だんご,銀座◯◯,◯◯煎餅等,特定の土地に密着した店名を「のれん」として営業している有名店の場合
・法隆寺清水寺,善光寺等の門前町の土産物店等
う 物理的場所限定営業
営業場所が物理的条件等により限定される業種で営業を廃止せざるを得ない場合
・貸しボート業,釣船業,小型造船業等
・自転車預り業,手荷物預り業等
え 社会的条件による場所制限
騒音,振動,臭気等を伴う業種で社会的条件により営業場所が限定される業種で営業を廃止せざるを得ない場合
養豚養鶏場,火薬工場,液化ガス工場,公害関連工場,廃棄物処理場等
お 地域コミュニティ依存店舗
生活共同体を営業基盤とする店舗等であって,当該生活共同体から移転することにより営業再開が特に困難と認められる場合
・ダム事業で集落の住民を専らの顧客としている小売店が,集団移転先とは異なる場所へ移転することになり,従来の経営形態,資本力等では営業の継続が見込まれない場合
※関東地区用地対策連合協議会・損失補償算定標準書・細則第26第1項
4 営業廃止の補償内容(項目の全体)
以上で説明した基準によると営業を廃止せざるを得ないとなったケースでは,営業廃止を前提とした補償が必要になります。
補償の内容は,営業廃止をすることとなった場合に事業者(営業主)が受ける損失ということになります。項目としては,営業権(営業そのもの)の価値のほかに,資産を投げ売ることによるディスカウント相当額(売却損)や従業員に支払う手当類などがあります。
<営業廃止の補償内容(項目の全体)>
あ 営業権の補償
営業(権)そのものの評価額の補償
詳しくはこちら|営業権(のれん)の意味と一般的な評価方法
い 資本に関して通常生ずる損失の補償
ア 営業用固定資産の売却損(後記※1)イ 営業用流動資産の売却損(後記※1)ウ その他資本に関して通常生ずる損失
う 労働に関して通常生ずる損失の補償
ア 解雇予告手当相当額イ 転業期間中の休業手当相当額ウ その他労働に関して通常生ずる損失
え 転業期間中の従前の収益(所得)相当額の補償
お 解雇従業員に対する離職者補償
※関東地区用地対策連合協議会・損失補償算定標準書43条
※関東地区用地対策連合協議会・損失補償算定標準書・細則第26
※用地補償実務研究会編著『営業補償の理論と実務 改訂4版』大成出版社2014年p181,182
5 売却損の内容と基準
前記の補償内容の1つに,売却損があります。これは,急いで売る(投げ売りをする)ことによって,代金が時価よりも低くなってしまう差額(ディスカウント分)のことです。具体的な対象物によってディスカウント幅は違います。標準を50%とする基準があります。
<売却損の内容と基準(※1)>
あ 前提事情
『ア・イ』の資産を現実に売却できる(売却する)
ア 固定資産
機械,器具,備品などの
イ (営業用)流動資産
商品,仕掛品及び原材料など
い 売却における減価
専門業者や同業者に低廉な価格で売り渡されたり,一般消費者に投げ売りされたりする場合が多い
正常価格(現在価格=時価)で売却することは困難であり廉価に処分される
(卸売価格が時価よりも低いことと似た構造である)
う 減価の基準
減額(売却損)の基準(目安)は50%が標準とされている
※関東地区用地対策連合協議会・損失補償算定標準書・細則
※用地補償実務研究会編著『営業補償の理論と実務 改訂4版』大成出版社2014年p205,206
6 減価償却残価(帳簿価格)の位置づけ
売却損の計算の中で現在価値(時価)が使われますが,実際にはこの金額を簡単に決められないことがよくあります。ここで帳簿価格を使うという発想が生まれます。なんとなく,公的な基準を使った「価格」なので適正だと思ってしまいますが,あくまでも帳簿価格は会計上(便宜的に課税の負担を複数の時期に分散する)のものであって,マーケットの評価額と一致するように設定されているわけではありません。帳簿価格イコール時価とは限らないので注意を要します。
<減価償却残価(帳簿価格)の位置づけ>
あ 減価償却残価(帳簿価格)の内容
帳簿価格は,購入価格又は再調達原価から減価償却費相当額を控除した額(残価)である
い 減価の意味
一般的な減価の要因として,物理的,機能的,経済的要因が考えられる
企業会計上の減価償却は期間的な損益計算を正確に費用配分することを狙いとしている
実際の減価と会計上の減価は一致するわけではない
う 減価償却残価と現在価値との違い
帳簿上の残価である帳簿価格(減価償却残価)は現在価値(時価)を表しているとは限らない
(通常の売却ができない場合の「売却損」の計算において帳簿価格を用いるのは妥当ではない)
え 具体例
帳簿価格はゼロであっても十分にその機能を果たしている(現在価値を有している)場合がある
※用地補償実務研究会編著『営業補償の理論と実務 改訂4版』大成出版社2014年p206
7 建物・土地の明渡料の算定(概要)
以上で説明した営業廃止の補償は,そのまま建物や土地の適正な明渡料になるとは限りません。正当事由の充足程度(割合)によって違ってきますし,また,営業以外の要素も明渡料に反映されます。建物や土地の明渡料算定方法については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|賃貸建物の明渡料の金額の基本(考慮する事情・交渉での相場)
詳しくはこちら|借地の明渡料の相場|訴訟と交渉の違い|借地権価格・正当事由充足割合
本記事では,建物や土地の明渡に伴う営業廃止の判断と,営業廃止の補償内容(明渡料算定)について説明しました。
実際には,個別的事情によって,明渡料の計算方法や最適な対応方法が違ってきます。
実際に営業用の施設の明渡(料)に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。