【2つの分割手続(遺産分割と共有物分割)の違い】
1 2つの分割手続(遺産分割と共有物分割)の違い
相続によって生じた共有のことを遺産共有といいますが、法的性質は通常の共有(物権共有)と同じです。ただし分割手続の種類だけは違います。具体的には、遺産共有については遺産分割、物権共有については共有物分割です。
詳しくはこちら|遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)
では、この2種類の分割手続はどのように違うのでしょうか。実はとても似ているのですが、形式面、実質面でいろいろと違いもあります。本記事では遺産分割と共有物分割の違いを説明します。
2 分割手続の種類の基本ルール(前提・概要)
2つの分割手続の違いの説明の前に、どんな場合に、どちらの分割手続を使えるのか、というところが複雑なので、これを整理しておきます。
まず根源的・根本的なルールは、「共有物分割では遺産共有の解消はできない」ということです。
ここから派生するルールは3つに整理できます。
まず、単純なケースとして、特定の財産の全体が遺産共有である場合に、その解消は共有物分割ではなく遺産分割に限る、ということです(前述)。
次に、遺産共有と物権共有が混在している場合のルール2つがあります。
1つは、遺産共有グループと物権共有グループに分けて、この2グループの間の共有の解消は共有物分割である、というルールです。
2つ目は、(2グループのうちの)遺産共有グループの中の(遺産)共有の解消は遺産分割である、というルールです。
分割手続の種類の基本ルール(前提・概要)
あ 根源的ルール(大前提)
共有物分割では遺産共有を解消することはできない(遺産分割でしか解消できない)
い 分割手続の種類の基本ルール
ア 遺産共有の分割の規律a
全体が遺産共有のケース
遺産共有の解消→共有物分割ではなく、遺産分割のみ
イ 遺産共有の分割の規律b-1
遺産共有と通常共有とが併存しているケース
遺産共有持分と通常共有持分との間の共有関係の解消→共有物分割
ウ 遺産共有の分割の規律b-2
遺産共有と通常共有とが併存しているケース
(そのうち)遺産共有(部分)の解消→遺産分割
※水津太郎稿『新しい相続法』/『ジュリスト1562号』有斐閣2021年9月p51
詳しくはこちら|遺産共有の法的性質(遺産共有と物権共有の比較)
3 「遺産分割上の権利」の内容(水津太郎氏指摘)
前述のように、分割手続をキッチリと区分しているのには理由があります。当然ではありますが、2つの分割手続で内容にいろいろな違いがあるのです。
先程の根源的なルールで、遺産共有の解消を遺産分割に限定していたのは、裏返しにすると、相続人に遺産分割でだけ使えるメリットを与えている(確保する、保障する)ということになります。このメリットのことを「遺産分割上の権利」と呼ぶことがあります。まず、水津太郎氏の説明を紹介します。
「遺産分割上の権利」の内容(水津太郎氏指摘)
そこで、共同相続人は、遺産分割手続によって遺産の分割がされることについて、「遺産分割上の権利」を有するものとされる(部会資料42・3頁))。
遺産の一部分割の請求を制限する他の共同相続人の「利益」(民法907条2項ただし書)は、その者が有する「遺産分割上の権利」によって享受することができる利益を意味するものと考えられる。
※水津太郎稿『新しい相続法』/『ジュリスト1562号』有斐閣2021年9月p51
4 「遺産分割上の権利」の内容(当サイト・まとめ)
「遺産分割上の権利」の要点を改めて整理してみると、次のようにまとめられると思います。
「遺産分割上の権利」の内容(当サイト・まとめ)
あ 対象となる財産
(共有物分割では請求者(原告)が特定した財産であるが)
遺産分割では(原則として)相続財産すべてである(当然分割の財産は除外される)
い 割合
(共有物分割では共有持分割合(=法定相続分または指定相続分)であるが)
遺産分割では具体的相続分が使われる
う 判断要素
(共有物分割では限定的だが)
遺産分割では広い範囲の事情(民法906条に例示されたもの)が判断要素となる
え 配偶者居住権
(共有物分割では、「配偶者居住権」に相当する権利の設定は採用されないが)
遺産分割では、配偶者居住権の設定が採用されることがある
5 遺産分割と共有物分割の手続の違い・まとめ
遺産分割と共有物分割の手続には違いがあり、その実質部分を説明してきましたが、形式的な違いももちろんあります。細かいものも含めて2つの分割手続の違いを整理してみます。参考として、財産の分割として3つ目に挙げられる離婚に伴う財産分与も付け加えておきました。
遺産分割と共有物分割の手続の違い・まとめ
あ まとめ
種類 共有物分割 遺産分割 (清算的)財産分与(参考) 職分管轄 地方裁判所・簡易裁判所 家庭裁判所 家庭裁判所 土地管轄 被告の住所地 調停=相手方の住所地、審判=相続が開始した地 調停=相手方の住所地、審判=申立人または相手方の住所地 手続の種類 (形式的形成)訴訟 家事調停・審判 家事調停・審判・離婚訴訟の付帯処分 当事者 共有者全員(固有必要的共同訴訟) 相続人全員 (元)夫と妻 対象財産 特定の共有物(後記※1) 遺産すべてor一部(後記※2) (実質的)夫婦共有財産すべて(後記※3) 割合 共有持分割合 具体的相続分(後記※4) 寄与度 判断要素 対象の共有物に関するものに限定される 広範な親族関係に及ぶ 広範な夫婦関係に及ぶ 遡及効 なし あり(民法909条) なし 職権による給付命令 あり(民法258条4項) あり(家事事件手続法196条) あり(家事事件手続法154条2項4号) 裁判所による分割禁止の有無 なし あり(後記※5) なし 根拠 民法258条 民法907条2項、258条 民法768条 申立手数料 対象財産の価額による 1200円(調停・審判) 1200円(調停・審判)
い 補足説明
(※1)複数の共有物の組み合わせは可能である
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における一括分割(複数の不動産・複数種類の財産を対象とする)
(※2)遺産の一部の分割請求
平成30年改正民法(令和元年7月1日施行)により遺産の一部の分割請求が新設された
(※3)清算的財産分与の対象財産は実質的夫婦共有財産であるが、裁判所は、一方の特有財産部分(持分割合)も含めて給付の対象とすることができる
※東京高判平成10年2月26日
(※4)具体的相続分
法定相続分を特別受益や寄与分によって修正したものである
詳しくはこちら|特別受益の基本的事項(趣旨・持戻しの計算方法)
詳しくはこちら|寄与分|全体|趣旨・典型例
(※5)裁判所による分割禁止
遺産分割の審判では5年以内の遺産分割禁止を決定することができる
詳しくはこちら|遺産分割の禁止(4つの方法と遺産分割禁止審判の要件)
(共有物分割訴訟で共有物分割禁止の判決をすることはできない)
6 遺産分割と共有物分割の分割類型の優先順序の比較
次に、実質的な分割手続の内容についてみてゆきます。どの分割類型を選択するか、ということについては、一定の基準(優先順序)があります。大まかな方向性は同じですが、現物分割の順位に違いがあるようにみえます。ただこれは、現物分割の内容(種類)として違うことを意味していることに注意が必要です。
遺産分割と共有物分割の分割類型の優先順序の比較
あ 同質性
遺産の共有及び分割に関しては、共有に関する民法256条以下の規定が第一次的に適用せられ、遺産の分割は現物分割を原則とし、分割によって著しくその価格を損する虞があるときは、その競売を命じて価格分割を行うことになるのである
民法906条は、その場合にとるべき方針を明らかにしたものに外ならない
※最高裁昭和30年5月31日
※最高裁平成6年3月8日(昭和30年判例を踏襲)
い 違い
ア 共有物分割
共有物分割では現物分割よりも全面的価格賠償の方が優先(または同順位)である
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の選択基準(優先順序)の全体像
通常、対象財産は1個であり、狭義の現物分割のことである
狭義の現物分割=1個の財産を複数個の財産に分ける
対象財産が複数個である場合には、(現物分割の中の)個別分割の優先度は遺産分割と同様に上がると思われる
イ 遺産分割
遺産分割では現物分割が最優先(1番目)である
詳しくはこちら|遺産分割の分割方法の基本(分割類型と優先順序)
通常、対象財産(遺産)の個数が複数であり、(現物分割の中の)個別分割のことである
個別分割=1個の財産を複数個の財産に分けるわけではない
7 共有物分割と遺産分割の分割類型の違い
共有物分割と遺産分割の分割類型の枠組みは同じであり、似ているのですが、違いもあります。形式的な違いとして、共有分割があります。(全体を)共有のまま分割完了とすることができるかどうか、です。遺産分割では可能ですが、共有物分割は特定の共有物の共有を解消すること自体が目的なので、全体を共有のままとしておくことはできません。
共有物分割と遺産分割の分割類型の違い
あ まとめ
分割類型
共有物分割
遺産分割
(清算的)財産分与(参考)
現物分割
◯
◯
◯
換価分割
◯
◯
◯
(全面的)価格賠償・代償分割
◯
◯
◯
共有分割(後記※6)
✕(後記※7)
◯(後記※8)
あり(後記※9)
用益権設定(後記※7)
✕
◯(配偶者居住権も含む)
◯
(※6)「共有分割」とは、共有のままで分割を完了させる(共有状態を形成・維持する)ことである
(※7)一部を共有のままとする分割(一部分割)は可能である
(※8)遺産分割では共有分割を採用できる
詳しくはこちら|遺産分割における共有分割(共有のままとする分割)
(※9)意図的に完全な解決を先送りにするために共有とする財産分与(裁判所が、様子見のために財産分与をしない)もあり得る、ただし批判もある
※沼田幸雄稿『財産分与の対象と基準』/野田愛子ほか編『新家族法実務大系 第1巻』新日本法規出版2008年p493
詳しくはこちら|財産が複雑であるため財産分与請求を棄却した裁判例(消長見判決)
い 参考記事
ア 共有物分割の分割類型
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の基本(全面的価格賠償・現物分割・換価分割)
イ 遺産分割の分割類型
詳しくはこちら|遺産分割の分割方法の基本(分割類型と優先順序)
8 用益権設定により分割する方法
分割方法として、用益権(利用権)を設定するというものがあります。遺産分割では使われることが比較的よくありますが、共有物分割では一般的ではありません。
用益権設定により分割する方法(※7)
あ 共有物分割(概要)
実務では、裁判所が用益権設定の方法を採用することはほとんどない
ただし、理論的に否定されているとは言い切れない
詳しくはこちら|共有物分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)
い 遺産分割(概要)
条文に規定のある配偶者居住権や、規定はない用益権設定が広く採用されている
詳しくはこちら|遺産分割における用益権設定による分割(現物分割の一種)
う 財産分与(参考)
離婚に伴う財産分与では、裁判所が、用益権(利用権)設定の方法をとることがある
詳しくはこちら|財産分与として利用権を設定する方法(法的問題点)
詳しくはこちら|財産分与として不動産の利用権を設定した裁判例(集約)
9 民法906条に着目した遺産分割と共有物分割の違い
前述のように、裁判所による遺産分割と共有物分割の直接の根拠は民法258条で共通しており、判断の枠組みは同じです。
一方、遺産共有にだけ適用される条文として民法906条があります。
このことから、遺産分割において裁判所が判断する際の判断材料(考慮事情)は、(共有物分割よりも)広い範囲に及ぶ、ということがいえます。
民法906条に着目した遺産分割と共有物分割の違い
あ 民法906条の条文(前提)
遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
※民法906条
い 遺産分割と共有物分割の違い(見解)
・・・遺産の分割には、遺産の分割について、「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して」行なう旨を定める規定がある(民法906条)が、現物分割や競売による分割という分割方法について定める民法258条2項のような規定はない。
そのため、一定の方法による分割の可否および分割方法の選択順序について、本稿で明らかにされた内容(注・共有物分割)の規律は、さしあたり、裁判による共有物分割についてのものであり、家庭裁判所の審判による遺産分割についてのものではないといわなければならない。
※山田誠一稿『民法256条・258条(共有物の分割)』/広中俊雄ほか編『民法典の百年Ⅱ』有斐閣1998年p532
10 遺産分割と共有物分割の目的の違い
以上では、2つの分割手続における分割類型に着目して違いを説明してきました。この点、もっと広い意味で(より抽象的に)、裁判所が決定する具体的な分割の方法としては、遺産分割の方が柔軟性が高いといえます。
共有物分割についても判例によって柔軟化・自由化が大きく進んでいますが、それでも遺産分割の方が柔軟性が高いのです。この柔軟性の違いの1つとして、(代償分割・価格賠償における)履行確保措置の内容や採否の傾向が挙げられます。
詳しくはこちら|遺産分割における代償分割の履行確保措置
詳しくはこちら|全面的価格賠償の判決における履行確保措置の内容(全体)と実務における採否
遺産分割と共有物分割の目的の違い
したがって、遺産分割の場合は財産の社会的機能や経済的価値が最大限に発揮されるように適切な分配を期するものとされている。
そのため、裁判所は遺産分割の場合には民法258条の共有物分割の場合に比べて柔軟な分割方法を認めているといえる。
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1583
11 価格賠償・代償分割の明文規定の有無の違い(令和3年改正前)
遺産分割については、家事事件手続法に代償分割を定める規定があります。共有物分割でこれに相当するのは(全面的)価格賠償ですが、この分割類型は、令和3年の民法改正でようやく条文に登場しましたが、それまでは条文がありませんでした(判例が認めたという状態でした)。
詳しくはこちら|共有物分割の分割類型の明確化・全面的価格賠償の条文化(令和3年改正民法258条2・3項)
なお、ネーミングについて、判例が「代償」ではなく「賠償」の語を使った経緯についてはちょっとしたうんちくがあります。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の「賠償金」の用語と性質(令和3年改正前)
価格賠償・代償分割の明文規定の有無の違い
あ 代償分割の規定(遺産分割)
遺産分割には代償分割を定める規定が以前から存在した(家事事件手続法195条、旧家事審判規則109条)
詳しくはこちら|遺産分割における代償分割の基本(規定と要件)
代償分割(価格賠償に相当する)分割類型の存在(可能性自体)は、以前から否定されることはなかった
※直井義典稿『いわゆる全面的価格賠償の方法による共有物分割の許否』/『法学協会雑誌115巻10号』1998年p1583
い 判例による価格賠償(共有物分割)
ア 令和3年改正前
共有物分割には全面的価格賠償を定める規定はないが、平成8年判例が認めた(基準を立てた)
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
イ 令和3年改正後
令和3年改正により、全面的価格賠償が条文上の規定として追加された
詳しくはこちら|令和3年改正民法258条〜264条(共有物分割・持分取得・譲渡)の新旧条文と要点
本記事では、遺産分割と共有物分割という2種類の分割手続の違いを説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産や相続(遺産分割)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。