【最判平成9年4月25日(全面的価格賠償の判断のための差戻)の内容】

1 最判平成9年4月25日(全面的価格賠償の判断のための差戻)の内容
2 平成9年判例の事案の内容
3 借地権の共有物分割の問題点(参考)
4 原審(平成7年東京高判)の要点
5 平成9年判例の判決内容
6 平成9年判例が指摘した相当性を肯定する事情
7 平成9年判例による相当性の判断の評釈(賛同)
8 平成9年判例の事案の相当性の検討

1 最判平成9年4月25日(全面的価格賠償の判断のための差戻)の内容

共有物分割訴訟で,全面的価格賠償という分割類型を初めて最高裁が認めたのは平成8年判例です。その後も,最高裁は全面的価格賠償を認め,定着するに至っています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)
本記事では,平成8年判例の次に全面的価格賠償を認めた最高裁判例(平成9年判例)を説明します。

2 平成9年判例の事案の内容

まず,平成9年判例の事案の内容をまとめます。土地と借地権を対象とした共有物分割です。

<平成9年判例の事案の内容>

あ 事案の要点

Aは,建物及び借地権を有していた
土地(底地)はB会社が所有していた
B会社の代表者はAの四男Yであった
Aは,借地権及び建物を含む全財産を長男Xに包括遺贈する内容の公正証書遺言を作成した
Aは亡くなった
Yは遺留分減殺請求権を行使した
その結果,建物及び借地権は,Xが6分の5,Yが6分の1の(準)共有持分を有することとなった
共有物分割請求がなされた

い 権利関係
建物+借地権 X6分の5,Y6分の1の共有(共有物分割の対象
土地(底地) B会社所有(代表者はY)

※最判平成9年4月25日

3 借地権の共有物分割の問題点(参考)

ところで,(準共有の)借地権を共有物分割の対象とすることについて,理論的な問題点がいくつかあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|借地権の共有物分割(現物分割・換価分割に伴う問題)

4 原審(平成7年東京高判)の要点

平成9年判例の原審(控訴審)では,全面的価格賠償という分割類型自体が否定されました。そこで,全面的価格賠償の要件(相当性や実質的公平性)を満たすかどうかという判断自体がなされませんでした。
実は,原審の判決は平成7年であって,これは,初めて最高裁が全面的価格賠償を認めた平成8年判例が出るより前だったのです。
つまりこの案件は,控訴審判決でXは全面的価格賠償を否定されたので,全面的価格賠償を認める初の最高裁判例を目指して上告したところ,上告審の審理中に,別の訴訟で最高裁が全面的価格賠償を認めた,という状況だったのです。先を越されたともいえますし,別の判例に便乗できたともいえます。

<原審(平成7年東京高判)の要点>

あ 分割方法についての希望

Xは,予備的な分割方法として,自らが本件借地権等を単独で取得し,Yに対してその持分の価格を賠償する全面的価格賠償の方法による分割を希望(提案)した

い 裁判所の判断

裁判所は,全面的価格賠償による分割は許されないとして,全面的価格賠償の方法の採否について具体的に審理判断することなく,換価分割を選択した
※東京高判平成7年8月30日

う 背景(平成8年判例との関係)

最高裁として全面的価格賠償という分割類型を初めて認めたのは平成8年判例である
詳しくはこちら|全面的価格賠償の基本(平成8年判例で創設・令和3年改正で条文化)
原審判決は,平成8年判決が出されるよりも前の時点であった
当時は全面的価格賠償という分割類型を否定する見解も一般的であった

5 平成9年判例の判決内容

平成9年判例の判断のコア部分を引用します。
原審(控訴審)では,全面的価格賠償の要件を満たすかどうかを判断していないままだったので,最高裁として全面的価格賠償の要件を満たすかどうかを判断せず,差し戻しました。ただ,差し戻すために,最小限の判断,つまり全面的価格賠償の相当性否定できない,ということだけは判断しています。

<平成9年判例の判決内容>

・・・本件借地権等は亡AからXに対して遺贈されたものであり,Yがこれに対して遺留分減殺請求権を行使した結果,その共有関係が発生したものである上,六分の一の持分を有するにすぎないYが競売による分割を提案しているのに対し,六分の五の持分を有するXは,今後も本件建物に居住することを希望し,自らがこれを単独で取得する全面的価格賠償の方法による分割を提案していることにかんがみると,本件借地権の存続期間などの事情によっては,必ずしも本件借地権等をXに取得させるのが相当でないとはいえないし,Xの支払能力次第では,本件借地権等の適正な評価額に従ってYにその持分の対価を取得させることとしても,共有者間の実質的公平を害することにはならないものと考えられる。
この点をいう論旨は理由があるから,原判決は破棄を免れず,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
※最判平成9年4月25日

6 平成9年判例が指摘した相当性を肯定する事情

平成9年判例は,相当性を肯定する(正確には,否定できないと判断する)事情として4つを挙げています。いずれも,全面的価格賠償の相当性を認める事情の典型的なものです。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情

<平成9年判例が指摘した相当性を肯定する事情>

あ 居住維持(利用状況)

取得希望者Xは共有建物に居住している

い 共有関係の発生原因(遺産流れ)

共有関係が発生した原因は遺留分減殺請求権の行使である

う 持分割合

他の共有者Yの有する共有持分割合は小さい

え 分割方法についての共有者の希望

他の共有者Yは換価分割を希望している
※最判平成9年4月25日

7 平成9年判例による相当性の判断の評釈(賛同)

前記の4つの事情があると,なぜ「相当性」が認められるか,要するに共有物を1人に取得させることが妥当なのか,ということについて,(平成8年判例の)判例解説が指摘しています。

<平成9年判例による相当性の判断の評釈(賛同)>

あ 評釈

右事案における共有関係は,共同相続人の一人であるYからの遺留分減殺を原因として発生したものである。
Yの遺留分は,本来,金銭的に償うことが可能であったものであるし(民法一〇四一条一項),右の共有関係が物権法上の共有の性質を有するとしても,実質的には,その分割は遺産分割に準ずる面を有している。
また,Yの持分は六分の一にすぎず,本件建物等をYの持分割合に応じて現物分割することは不可能であるから,他の共有者であるXが分割を請求する以上,いずれにしても,Yが現状どおり本件建物等の使用を続けることはできない関係にある
したがって,一般的にいえば,本件は,全面的価格賠償の方法による共有物分割に馴染む事案である。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p875

い 遺留分減殺請求と全面的価格賠償の関係(概要)

遺留分減殺請求を受けた者が共有関係を回避する対応策として,価額弁償の抗弁(共有物分割の)全面的価格賠償がある
詳しくはこちら|遺留分減殺請求・価額弁償と全面的価格賠償(共有物分割)の関係

8 平成9年判例の事案の相当性の検討

前述のように,平成9年判例自体は,全面的価格賠償の「相当性」が認められるかどうか,という最終判断をしていません。その後差戻審で審査したはずです。
前述の(平成8年判例の)判例解説は,「相当性」について検討を加えています。仮にXが建物と借地権の全体を取得した場合に,借地契約が終了するリスクや建替承諾がなされる非訟手続を要するなど,好ましくない状況となる可能性があります。そこで全面的価格賠償の「相当性」が否定される可能性が指摘されています。

<平成9年判例の事案の相当性の検討>

しかし,このような分割方法を採るか否かの具体的な判断に当たっては,借地権の存続期間(本件借地契約は,昭和五年に期間を二〇年と定めて締結されたものであるが,既に本件建物は朽廃に近い状態にある。一方,Xは,本件訴訟が決着したら,借地非訟事件手続により本件建物の改築許可を申し立てる意向のようである。),底地をY経営のB有限会社が所有していること,XとY(B有限会社代表者)との関係は円満を欠いていること,Xの支払能力等の事情を総合的に考慮する必要があろう。
これらの事情次第では,全面的価格賠償の方法による共有物分割が認められないこともあり得る事案といえるであろう。
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p875

本記事では,全面的価格賠償(という分割類型)を認めた平成9年判例について説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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【全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情】
【遺留分減殺請求・価額弁償と全面的価格賠償(共有物分割)の関係】

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