【境界未確定により全面的価格賠償を否定した裁判例(平成21年東京地判)】
1 境界未確定により全面的価格賠償を否定した裁判例(平成21年東京地判)
共有物分割訴訟で全面的価格賠償が主張されることはとても多いです。全面的価格賠償の要件は平成8年判例が明示しましたが、抽象的なものであって、はっきりと判定できるわけではありません。
詳しくはこちら|共有物分割における全面的価格賠償の要件(全体)
実際の事例として、共有の土地の境界が未確定であったことが原因となって、全面的価格賠償が否定され、換価分割が選択された、という裁判例があります。本記事ではこの裁判例を説明します。
2 共有土地の位置の特定の否定
この裁判例のいろいろな判断は、境界が未確定である、つまり土地の位置が特定できない、という事情が元になっています。最初に、判決のうち土地の位置が特定できないと判断している部分を引用します。
原告が提出した代用図面と、それを元に作成した測量図の両方について正確性が欠けていると判断します。その結果、土地の位置が特定できないと判断しています。
共有土地の位置の特定の否定
あ 代用図面の正確性(否定)
・・・代用図面は、昭和13年3月26日の合筆によって消滅して現在は存在しないはずの101番1の土地の存在を前提としたものとなっており、合筆後の100番の土地や100番1の土地の現況を正しく反映したものといえるのか疑問がある。
い 測量図の正確性(否定)
(原告は、代用図面に基づいて100番1の土地を測量・特定した測量図を提出した)
また、・・・測量図自体も、被告の立会を得ずに独自に測量したものにすぎない上、100番の土地(101番1の土地を含む。)と100番1の土地の総面積が登記面積よりも増加している点を考慮しても、100番の土地と100番1の土地の面積について、登記面積との間で数百平方メートル単位の齟齬が生じており、(旧)100番の土地から分筆された (旧)100番1の土地に縄延びが生じている点でも合理性を欠くといわざるをえない。
しかも、(旧)100番の土地に合筆されたはずの101番1の土地が現在の100番の土地に接していないという点でも、・・・測量図は不自然であり、100番の土地と100番1の土地を特定するに足りるものということはできない。
う まとめ(位置の特定の否定)
その他、分筆の経過や100番の土地から分筆された他の土地との関係等に鑑みると、本訴訟において提出された証拠等によっても、100番1の土地の位置を特定することはできないというべきである。
※東京地判平成21年11月26日
3 現物分割の否定
共有物分割の対象の土地の境界が未確定であることを前提として、3つの分割類型を選択できるかどうかを判断します。
最初に、現物分割については、土地の位置が特定できないということだけを理由にして否定しています。
現物分割の否定
※東京地判平成21年11月26日
4 全面的価格賠償の相当性を肯定する方向性
次に、全面的価格賠償を選択できるかどうか(特段の事情が認められるかどうか)の判断をします。
共有土地の取得を希望する被告は、当該土地を利用していて、また、持分割合も9割と大きいです。判決は、これらの事情は全面的価格賠償(の相当性)を肯定する方向に働くと評価しています。なお、これらの事情は全面的価格賠償の相当性を認める事情の典型的なものに含まれています。
詳しくはこちら|全面的価格賠償の相当性が認められる典型的な事情
全面的価格賠償の相当性を肯定する方向性
あ 利用状況・持分割合
・・・100番1の土地は、被告会社が所有する100番の土地と一体のものとして被告会社によって利用されていることのほか、被告らの関係や原告の持分割合等からすると、原告の持分10分の1を被告会社に取得させることに一定の合理性があることは否定できない。
い 境界未確定
・・・100番1の土地の位置を特定することができないことから、第三者が100番1の土地を取得すると境界確定の問題が生じてしまうため、紛争を実質的に一回で解決するという点からも、原告の持分を関係の深い被告側(被告会社)に取得させるのが望ましいということもできる。
※東京地判平成21年11月26日
5 全面的価格賠償の実質的公平性の否定
ところで、共有物分割の対象の土地の上か隣接地に、被告所有の建物があり当該土地は借地となっていたのです。このことと、共有土地の位置を特定できないという事情が合わさると、別の問題が出てきます。それは、建物の位置が共有土地の上であるか、そうでない(隣接地上)かによって、当該土地が負担する借地権の対抗力の有無が変わるのです。
全面的価格賠償を選択する場合、共有物の評価額を元にして賠償金額を算定します。ここで土地が負担する借地権に対抗力があるかないかで評価額が違ってくるのです。結論を簡単にいうと、2とおりの評価額のどちらを採用しても、適正額ではない可能性が残るということになります。適正額ではない賠償金額を定めた場合、不公平になります。つまり、実質的公平性の要件を満たさないということになります。
ところで、境界未確定による減価をするかしないかということも、一応両方の判断があり得ます。この点でも、2とおりの評価額があることになります。
結論として、賠償金額の候補が複数存在する、ということを理由として、実質的公平性を満たさないという判断に至っています。
相当性が認められても、実質的公平性が否定されれば全面的価格賠償は選択できません。
全面的価格賠償の実質的公平性の否定
あ 借地権の対抗力の有無の判定不能
しかしながら、100番1の土地の評価に関し、100番1の土地に被告会社を借主とする借地権が存在したとしても、前記のとおり、100番1の土地の位置が特定されていないことからすると、被告会社の所有名義となっている建物・・・が100番1の土地上に存在するか否かが明らかでないということになり、そうすると、上記の借地権が第三者に対抗することができるものであるのかも明らかでないことになるから、借地権の存在又は不存在のどちらか一方を前提として100番1の土地の評価額を定め、原告の持分を被告会社に取得させると、当事者間の実質的な公平を害することになりかねない。
い 土地の位置の判定不能
また、100番1の土地の位置が不確定であることは前記のとおりであり、被告ら以外の第三者がこれを取得する場合には実際上一定の減額要素となることは否定できないところであるが、一方で、その減額割合を前提として、100番1の土地に隣接又はこれを包含する100番の土地を所有する被告会社に原告の持分を取得させると、被告らの関係に鑑みて、原告との間の実質的な公平を害することになるし、他方で、位置が不確定であることを理由とする減額をしないこととして、被告会社に原告の持分を取得させるとすると、上記の第三者に対抗可能な借地権の存否の点を合わせ考えると、被告会社の代償金の支払能力(支払意思)が明らかでない。
・・・全面的な価格賠償の方法による分割をすべき特段の事情が存在するとまではいえず・・・
※東京地判平成21年11月26日
6 換価分割の選択(消去法による結論)
最後の換価分割ですが、仮にこれを選択した場合には、その後第三者に売却されるので問題が生じます。つまり、境界未確定や借地権の対抗力の有無を判定できないので、競売で取得した第三者との被告の間では紛争となることが予想されます。判決は、このような支障を指摘しながら、消去法として換価分割を選択しました。
換価分割の選択(消去法による結論)
※東京地判平成21年11月26日
7 境界未確定による分割請求の権利濫用(参考・概要)
前述のように、境界が未確定であると、3つの分割類型のいずれを選択しても、一定の支障が生じます。そのようなことから、共有物分割請求自体を権利の濫用として認めない、という判断がなされることもあります。これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟における権利濫用・信義則違反・訴えの利益なし(基本・理論)
本記事では、境界が未確定である土地の共有物分割で全面的価格賠償が否定された裁判例を説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産や共有物分割に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。