【所有者による明渡請求が権利濫用となった後の法律関係(金銭請求)】
1 所有者による明渡請求が権利濫用となった後の法律関係(金銭請求)
不動産の所有者が明渡請求をしたケースで,裁判所が権利の濫用として請求を認めないことがあります。典型例は,買主(新所有者)が対抗力のない占有者に対して明渡を請求するパターンです。
詳しくはこちら|土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)
明渡は認められなかった場合に,金銭(使用対価)の請求は認められるはずです。金銭請求を認める理論には複数のものがあります。また,金銭請求が(も)認められないこともあります。
本記事では,明渡請求が権利の濫用として認められなかった場合のその後の法律関係について説明します。
2 金銭支払の要否(共通・原則)
所有者による明渡請求が権利の濫用として認められなかったことを前提とします。所有権があること自体が否定されたわけではありません。また,占有権原を認めたわけでもありません。
それだけを考えると,不法占有と同じことになるので,使用対価(金銭)の支払義務が存在するのが原則です。
これに対して,事案内容によって不法とはいいきれない,と考え,場合によっては金銭支払(請求権)をも否定する,という見解もあります。
金銭支払の要否(共通・原則)
あ 金銭支払を肯定する見解
貸主(注・所有者)は,権利主張が否定されただけで,所有権そのものは,貸主に帰属している。
反対に,借主は,「占有」の存続は認められるものの,その占有には法的権原はない。
したがって,不法占有状態になるから,「占有」に係る「対価」(地代・家賃相当分)は支払わなければならないであろう。
※近江幸治稿『使用貸借の明渡請求が権利濫用とされる場合に立退料を支払えば権利濫用でなくなるか』/『判例時報2410号』判例時報社2019年8月p128
い 事案によって異なるという見解
(事案によっては)
占有者の事実利用は適法であり,かつ不当利得性もない,というのが,この場合の権利濫用の反射効である。
要するに,権利濫用の効果も決して一義的に解すべきではなく,各々の場合に応じて段階づけが可能ではなかろうか。
※岡本詔治稿/『法律時報58巻12号』日本評論社1986年11月p121
3 不当利得・不法行為構成の見解
権利の濫用により明渡を回避できた占有者が金銭を支払う根拠(理論)としていくつかのものがあるので順に説明します。
最初に,不法占有ということから単純に考えると,不当利得や不法行為(損害金)ということになります。
不当利得・不法行為構成の見解
あ 見解の内容
ア 不当利得構成
占有者には不当利得返還義務が生じる
※森島昭夫『事実的契約関係』/『法教93号』p93参照
イ 不当利得・不法行為構成
(所有権に基づく無権限占有者に対する明渡請求について)
権利濫用とされる場合の法的な効果としては,所有権からの機能が全面的に押さえられるのではなく,当該事情のもとで物権的請求権の行使が制約されるのみであるから,所有者は,事後的に,無権原で占有を続ける侵害者に対し,不当利得の返還(703・704)ないし損害賠償(709)の請求をなしうると考えられ(なお,前掲大判昭11・7・10【昭和11年7月10日】),
少なくとも地代相当額の請求ができる
※谷口知平ほか編『新版 注釈民法(1)総則(1)改訂版』有斐閣2002年p180,181
い 批判
従来の権利関係が合法的に存続するのであるから,「不当利得」という評価は現実の感覚に合わない。
※近江幸治稿『使用貸借の明渡請求が権利濫用とされる場合に立退料を支払えば権利濫用でなくなるか』/『判例時報2410号』判例時報社2019年8月p128
4 事実的契約関係理論
権利の濫用には,適法化する性質があると考えると,不当利得や,不法行為ということと整合しません。そこで,(不動産を利用する)合意はないけれど契約関係を認める,という見解もあります。この場合には,契約に基づいて金銭を支払う義務が発生した,ということになります。
ただこの考え方は,契約を認める根拠がはっきりしていないという弱点があります。
事実的契約関係理論
あ 見解の内容
契約は意思だけではなく,事実からも成立するとする理論を基礎とする
占有者と所有者の間に,契約関係を認める
※水本浩『民法セミナー(上)』一粒社1972年p7
※五十川直行『いわゆる『事実的契約関係理論』について』/『法学協会雑誌100巻6号』p88〜
※森孝三『事実的契約関係』/『現代契約法大系 第1巻』有斐閣1983年p216〜参照
※近江幸治『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』成文堂2006年p25〜参照
い 批判
明確な法的根拠がない
5 権利濫用による権利関係の発生(創設)
権利の濫用は適法化する性質があるということを強調すると,権利の濫用の効果(機能)として,権利関係を発生させることができる,という考えに至ります。このような見解を採用したと読める裁判例もあり,また学説もあります。ただ現在,一般的になっているとはいえないでしょう。
権利濫用による権利関係の発生(創設)
あ 見解の内容
権利濫用により実定法上の権利関係が発生する
※近江幸治『建物の使用借主の死亡と使用借権の相続』/『私法判例リマークス27号』p30〜参照
い 裁判例
(所有権行使が権利濫用として許されない場合の原告と被告との法律関係について)
一種の放任状態として放置し,専ら不当利得の理のみでこれを律すべきではなく,権利濫用による所有権行使の排斥を対抗力具備の場合と同視して両者間に適法なる土地使用上の法律関係の成立を認めることは可能且つ妥当である
※名古屋高判昭和36年10月6日
※東京地判昭和35年8月29日同趣旨
※東京地判平成22年8月5日(後記)
う 古い学説
(対抗力のない借地権について)
新地主の土地所有権の行使が権利濫用として排斥される場合には,従前の借地権が対抗要件を具備していなくとも,これを具備していたと同様の借地契約関係の当然承継が行われるというべきである
※古山宏『借地借家関係において権利濫用の法理が適用された場合における爾後の法律関係』/『判例タイムズ120号』1961年p2〜
6 実務における判断の実情
前述のように,新所有者としては明渡請求が権利の濫用として否定されても,単純に考えれば,金銭請求だけは認められることになりますが,事案によっては金銭請求をも否定するという見解もあります。
実際には,(明渡請求とともに)金銭請求も権利の濫用にあたるというケース(東京地判平成27年6月8日)や,明渡請求が権利の濫用となる結果,新所有者が従前の使用貸借を引き継ぐため,金銭請求も認めないという(と読める)ケース(東京地判平成22年8月5日)もあります。平成22年東京地判は,権利濫用の結果,新所有者に占有権原(使用借権)を主張できると指摘しているので,前述の「権利濫用による権利関係の発生」のと同じ考え方のようにも思えます。この2つの裁判例は別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|土地・建物の明渡請求について権利濫用の判断をした裁判例(集約)
結局,明渡請求が権利の濫用として認められなかった場合に,金銭の請求は認められるのか,それも認められないのか,ということについてはっきりと判別できる判断基準があるわけではないのです。
本記事では,明渡請求が権利の濫用として認められなかった場合のその後の法律関係(金銭の請求)について説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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