【夫婦間の共有物分割の実例(権利濫用の判断など)】
1 夫婦間の共有物分割の実例(権利濫用の判断など)
住居などの不動産が夫婦の共有となっていることはよくあります。夫婦の財産の清算をするのは、通常は離婚に伴う財産分与ですが、特定の共有不動産だけについて共有物分割をするということも原則として可能です。
ただし、共有物分割訴訟の中で、権利の濫用であるとして分割が認められない(棄却となる)ケースもあります。
詳しくはこちら|夫婦間の共有物分割請求の可否の全体像(財産分与との関係・権利濫用)
本記事では、実際にどのようなケースで夫婦間の共有物分割が認められたか、また認められなかったのか、ということを、実例を紹介しつつ説明します。
2 住居を奪う+攻撃的意図→権利濫用肯定(平成17年大阪高判)
最初に、権利の濫用である、と判断され、分割ができなかった裁判例から紹介します。
最初に紹介するケースは、夫が分割請求をした(原告だった)もので、そのまま分割を実施すると妻の居住場所を奪う結果となるものでした。一方で、夫が共有物分割をしないといけない理由が乏しい、ということから権利の濫用にあたると判断されました。
住居を奪う+攻撃的意図→権利濫用肯定(平成17年大阪高判)
あ 前提事情
住居である甲不動産の共有者が夫婦である
夫は負債整理の目的で共有物分割を請求している
い 分割回避の必要性
ア 妻・長女が甲不動産に居住している
夫は既に退去している
イ 妻は収入に乏しいウ 長女は精神疾患であるエ 婚姻費用分担金がゼロまたは少ない金額である
夫が妻に婚姻費用分担金を支払っている
しかしその金額がゼロまたは少ない金額である
う 分割回避の相当性
抵当権が設定されている
→形式的競売によって得られる金額は多くない
→負債整理という主張は不合理である
え 裁判所の判断(結論)
夫から妻への攻撃的な意図がある
共有物分割を認めた場合、妻・長女を苦境に陥れることになる
内容=居住場所を奪う+転居先の確保が困難である
原告の共有物分割請求権の行使は、権利の濫用に当たる→請求を棄却する
※大阪高判平成17年6月9日
3 住居を奪う+離婚まで長期間→権利濫用肯定(平成26年東京地判)
同じく夫が原告となったケースで、そのまま分割を実施すると妻の居住場所を奪う、というところも同じ、という裁判例があります。裁判所はまず、婚姻関係が破綻していないから離婚までに長期間を要するということを指摘した上で、妻の居住場所を奪うことから妻の不利益が大きいと指摘しました。
「仮に離婚に伴う財産分与として清算するのであれば、妻の居住を確保(維持)できるかもしれない」という考えが背景にあるように読めます。財産分与であれば、仮に夫婦の財産が建物だけであったとしても、妻に利用権原だけを与えることで居住を確保する方法などもあるのです。
詳しくはこちら|財産分与として利用権を設定する方法(法的問題点)
一方、夫の側の事情としては、(離婚の問題よりも先に)マンションだけ清算する(共有物分割をする)必要性は小さい、ということを裁判所は指摘しました。結論として権利の濫用であるとして請求棄却となっています。
住居を奪う+離婚まで長期間→権利濫用肯定(平成26年東京地判)
あ 離婚までに期間を要する
・・・裁判上の離婚を直ちに認め得る程度に原告と被告の婚姻関係が完全に破綻しているものと認めることはできない。
また、原告と被告が別居状態となっている原因が専ら被告の責めに帰すべき事由にあることを認めるに足りる証拠もない。
これらによれば、原告と被告の婚姻関係の帰趨が決せられるまでには、更に当事者間の協議又は調停・裁判手続を経ることが必要であり、なお相当期間を要するものと認められる。
い 不利益→大きい
・・・被告は、本件マンションに現在まで約16年間居住しており、原告と被告は本件マンションを共同生活の本拠とする意思で婚姻生活を開始したことが認められるところ、被告が、原告との婚姻関係の継続とともに今後も本件マンションを生活の本拠とすることを希望しており、現時点では、被告に原告の共有持分を取得するための金員を支払う意思及び能力がないこと(弁論の全趣旨)からすると、前記1のとおり原告と被告の婚姻関係が完全に破綻するに至っているとは認められず、その帰趨が決せられていない現時点において競売に付する方法による共有物分割を行う場合、被告にとってその不利益は少なくないものということができる。
う 分割の必要性→小さい
・・・現在の原告の経済状態が、その債務の負担を軽減するために本件マンション等に係る債務を直ちに清算しなければならないほどの状態にあると認めることはできない。
また、原告が上記のとおり新たに中古マンションを購入する意向を有しているとしても、原告と被告の婚姻関係の帰趨が決せられるのを待つことなく、それを実行しなければならない事情があるとまで認めるには足りない。
え まとめ→権利濫用肯定
以上を総合すると、現時点においては、原告が本件マンション等について共有物分割請求権を行使することは、権利の濫用に当たり、許されないというのが相当である。
(注・請求棄却となった)
※東京地判平成26年4月25日
4 競売後に転居先確保可能→権利濫用否定(平成24年東京地判)
ここから先は、権利の濫用を否定した、つまり分割を実行した、という裁判例を紹介します。
最初のケースはマンションの共有物分割で、被告である妻が居住していました。分割を実行とした場合、換価分割(競売)となって、妻は退去させられることになります。これだけだと不利益が大きいといえますが、競売となった場合、妻は売却代金の一部(共有持分割合)を得ることになります。得られる金額を考えると、別の住居を購入できると予測できました。そこで、裁判所は、不利益はそこまで大きくないと判断しました。
一方で、原告は借金があり、かつ、債権者は提訴しており、返済を猶予してくれる状況ではありませんでした。そこで、原告としては、共有物分割によって競売にして売却代金を得る必要性がある、つまり、不当な意図で共有物分割を請求しているわけではない、と判断されました。
結論として、裁判所は権利の濫用を否定し、換価分割を採用しました。
競売後に転居先確保可能→権利濫用否定(平成24年東京地判)
あ 原告の経済状況(分割の必要性)
原告(現在55歳)は、○○法律事務所を営む弁護士である。原告は、平成23年分の所得税の確定申告において、所得金額を約1000万円と申告している。また、○○法律事務所の平成24年1月1日から同年5月31日までの損益計算書においては、7万5289円の赤字とされている。
い 離婚調停
原告と被告は、現在、夫婦関係調整の調停をしている。原告は、被告との離婚を求めているが、被告は、これを拒んでいる。
う 分割結果の予測→住居喪失→不利益大
・・・本件不動産を分割することとした場合、本件不動産は、一棟の建物とその底地であり、現物分割の方法により分割することはできず、弁論の全趣旨によれば、代償分割の方法により分割することもできないから、結局、競売分割の方法により分割するほかない。
そして、本件不動産を競売分割の方法により分割することとした場合、本件不動産に居住する被告と二人の子は、本件不動産から退去せざるを得ず、生活の本拠を失うこととなる。
これにより被告と二人の子が受ける不利益は大きい。
え 代替住居確保→可能
しかし、本件不動産は、代金合計1億1000万円で購入されたものであり、抵当権等の担保物権の設定はされていないことからすれば、仮に、本件不動産について競売をした場合に、その売得金から被告が得るものは、相当額に昇るものと見込まれる上、被告や二人の子の生活に要する費用は、今後、適切な婚姻費用の支払(あるいは、財産分与や養育費の支払)によっても、一定程度は填補されるところでもある。
そうすると、被告が職に就いていないことやその年齢等を考慮しても、それらを原資として、二人の子が転校を避けることができる地域に新たな生活の本拠を構え、生活をしていくことは、不可能であるとまではいえない。
お 不利益の程度→回復可能レベル
この点で、本件不動産を分割することとした場合に被告と二人の子が本件不動産から退去せざるを得ないという不利益は、大きいものではあるものの、回復が不可能な程度のものであるとまではいえない。
か 分割請求の必要性→債務弁済資金調達(不当な意図なし)
また、原告は、Cからの借入金について、Cに対し、1か月18万円の弁済をしなければならず、Cが訴訟を提起しているという現状に弁論の全趣旨を総合すると、Cが今後、弁済を一時的にでも猶予する可能性は乏しいというべきである。そうすると、原告は、当分の間、少なくとも、毎月、婚姻費用とCからの借入金の弁済の負担をしなければならない。
他方で、上記認定事実によれば、原告が現実に得ることができる収入は、上記負担を十分に賄い得るほどに多額であるとまではいえないものと推測される。原告は、弁護士であるが、そうであるからといって、将来にわたり、多額の収入が確実に保障されるものではなく、現に、○○法律事務所の平成24年1月1日から同年5月31日までの損益が約7万円の赤字であることは、上記認定のとおりである。そして、以上の諸事情に原告の年齢を併せ考慮すると、原告が本件不動産を処分し、Cに対する債務の弁済に充てようとすることがおよそ不合理であるとはいえず、原告が被告や二人の子を経済的、精神的に苦境に追い込むためなど不当な意図をもって、本件不動産の共有物分割の請求権を行使しているとまでは認められない。
き 結論→権利濫用否定
・・・以上に認定、説示した諸事情を併せ考慮すると、原告が本件不動産について共有物分割の請求権を行使したことが権利の濫用に当たるとまではいえない。
(注・換価分割を採用した)
※東京地判平成24年11月26日
5 破綻→権利濫用否定(平成30年東京地判)
夫が、夫婦の共有となっていた土地について分割を請求した裁判例です。裁判所は、婚姻関係が破綻していることを指摘しただけで権利の濫用を否定しました。なお、分割対象の土地は駐車場として、妻の1台分以外は第三者に貸していました。そこで分割を認めても、妻の居住場所を奪うという状況ではなかったのです。このことも判断に影響していると思われます。
破綻→権利濫用否定(平成30年東京地判)
あ 対象土地の現状→駐車場
・・・本件土地2・・・は、現在は駐車場として一部を第三者に賃貸しているほか、被告が自動車1台分の駐車場を使用している。
い 共有持分割合
本件土地2の所有権(持分)についての登記は、・・・原告持分14876分の13976、被告持分14876分の900となっている。
う 権利濫用→「破綻」により否定
民法その他の法律には夫婦の共有財産を婚姻継続中に分割することを禁止する規定はなく、また、これを一般的に禁止する理由はない。そして、原告と被告との婚姻関係が既に破綻しているとの離婚訴訟の第一審判決がされていることに照らすと、原告の被告に対する本件土地2の共有物分割請求が権利濫用であるとはいえない。
(注・原告が取得する全面的価格賠償が採用された)
※東京地判平成30年2月14日
6 有責配偶者の相手方による共有物分割請求(平成8年最判・参考)
最高裁判例となった事例でも、夫婦間の共有物分割を認めたものがあります。これは、有責配偶者の相手方配偶者の方が共有物分割を請求した(原告であった)というケースです。そのため、財産分与との関係や、権利の濫用といった問題点は主張自体されておらず、裁判所も積極的に判断したというわけではありません。
有責配偶者の相手方による共有物分割請求(平成8年最判・参考)
あ 事案の要点
X(夫)とY(妻)は別居をして破綻状態にあるがまだ離婚をしていなかった
XはYに対して、夫婦で共同生活をしていた建物について共有物分割を請求した
控訴審(原審)の係属中にXYの協議離婚が成立した
い 原審判決
控訴審は、Xが取得する全面的価格賠償の判決を言い渡した
※大阪高判平成7年3月9日
う 最高裁判決
裁判所は、全面的価格賠償の許否について職権で実体判断を示すことをせず、いわゆる例文判決をもって上告を棄却した
(=全面的価格賠償の結果は維持された)
※最判平成8年12月17日
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p880参照
え 共有物分割訴訟提起の経緯
Xは、Yの提起した別件の離婚訴訟において、Yが有責配偶者であると主張し離婚請求を争っていた(離婚を拒否していた)
ことから、離婚訴訟において予備的にせよ財産分与を求めることなく、共有物分割の訴えを提起したものと推測される
したがって、この共有物分割訴訟は、財産分与請求の実体を有するものであるといえる
※河邉義典稿/法曹会編『最高裁判所判例解説 民事篇 平成8年度(下)』法曹会1999年p881
本記事では、夫婦間の共有物分割の実例を紹介しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に夫婦の間の離婚や共有不動産に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。