【所在等不明共有者の不動産の共有持分取得手続(令和3年改正)】
1 所在等不明共有者の不動産の共有持分取得手続(令和3年改正)
共有者の1人が誰か分からない、または所在が分からないという場合には、管理や変更の意思決定ができなくて困るので、裁判所の決定を得てこれらの意思決定をすることができるようにする制度が、令和3年の民法改正でできました。
詳しくはこちら|所在等不明共有者がいる場合の変更・管理の裁判手続(令和3年改正)
詳しくはこちら|賛否不明共有者がいる場合の管理の裁判手続(令和3年改正)
令和3年改正ではさらに、このような場合に、強制的に特定や所在が不明の共有者の共有持分を他の共有者が買い取ることができる制度もできました。金銭を支払って共有者から排除する仕組みなので、キャッシュアウトの制度、とも呼べます。本記事ではこの制度について説明します。
2 持分取得裁判を活用する状況の例
持分取得の裁判はとても画期的な制度ですが、この手続は、共有物分割の前処理として活用することが想定されています。最終的に(共有物分割によって)共有を解消するとしても、その前の段階で共有者を減らしておくといろいろなメリットがあるのです。不在者財産管理人の選任を避けられるというのがその1つです。
とはいっても、共有物分割とは関係なく、多数派となる(持分の過半数を確保する)ことで、共有者間の意思決定をしやすくする、という活用方法も非常に有用です。
持分取得裁判を活用する状況の例
あ 共有物分割の前処理として共有者削減(持分集約)
最終的に分割協議が調わず、裁判による共有物分割を実施しなければならない場合にも、その共有者の数が少ない方が、手続の負担も重くならないため、共有者の数を減らすことは重要である(遺産分割の実務でも、相続分の譲渡や放棄といった手段をとり、当事者の数を減らす工夫がされている。)。
い 共有者削減(持分集約)の各種手続の比較(コスト)
所在等不明共有者の持分を取得して共有者の数を減らす手段として、不在者財産管理人や検討中の所有者不明土地管理人の選任を経て、その持分を譲り受ける方法もあるが、いずれにしても報酬の支払等の負担が問題となる。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第17回会議(令和2年8月25日)『部会資料41』p7
3 条文規定(民法・非訟事件手続法)
最初に、条文の規定を押さえておきます。用語としては、特定できない共有者と所在が分からない共有者をあわせて、「所在等不明共有者」といいます。所在等不明共有者の持分を取得する裁判所の制度のうち、基本部分は民法262条の2に規定され、細かい手続の内容は非訟事件手続法87条に規定されました。
条文規定(民法・非訟事件手続法)
あ 民法262条の2
(所在等不明共有者の持分の取得)
第二百六十二条の二 不動産が数人の共有に属する場合において、共有者が他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、裁判所は、共有者の請求により、その共有者に、当該他の共有者(以下この条において「所在等不明共有者」という。)の持分を取得させる旨の裁判をすることができる。この場合において、請求をした共有者が二人以上あるときは、請求をした各共有者に、所在等不明共有者の持分を、請求をした各共有者の持分の割合で按分してそれぞれ取得させる。
2 前項の請求があった持分に係る不動産について第二百五十八条第一項の規定による請求又は遺産の分割の請求があり、かつ、所在等不明共有者以外の共有者が前項の請求を受けた裁判所に同項の裁判をすることについて異議がある旨の届出をしたときは、裁判所は、同項の裁判をすることができない。
3 所在等不明共有者の持分が相続財産に属する場合(共同相続人間で遺産の分割をすべき場合に限る。)において、相続開始の時から十年を経過していないときは、裁判所は、第一項の裁判をすることができない。
4 第一項の規定により共有者が所在等不明共有者の持分を取得したときは、所在等不明共有者は、当該共有者に対し、当該共有者が取得した持分の時価相当額の支払を請求することができる。
5 前各項の規定は、不動産の使用又は収益をする権利(所有権を除く。)が数人の共有に属する場合について準用する。
※民法262条の2
い 非訟事件手続法87条
(所在等不明共有者の持分の取得)
第八十七条 所在等不明共有者の持分の取得の裁判(民法第二百六十二条の二第一項(同条第五項において準用する場合を含む。次項第一号において同じ。)の規定による所在等不明共有者の持分の取得の裁判をいう。以下この条において同じ。)に係る事件は、当該裁判に係る不動産の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に属する。
2 裁判所は、次に掲げる事項を公告し、かつ、第二号、第三号及び第五号の期間が経過した後でなければ、所在等不明共有者の持分の取得の裁判をすることができない。この場合において、第二号、第三号及び第五号の期間は、いずれも三箇月を下ってはならない。
一 所在等不明共有者(民法第二百六十二条の二第一項に規定する所在等不明共有者をいう。以下この条において同じ。)の持分について所在等不明共有者の持分の取得の裁判の申立てがあったこと。
二 裁判所が所在等不明共有者の持分の取得の裁判をすることについて異議があるときは、所在等不明共有者は一定の期間内にその旨の届出をすべきこと。
三 民法第二百六十二条の二第二項(同条第五項において準用する場合を含む。)の異議の届出は、一定の期間内にすべきこと。
四 前二号の届出がないときは、所在等不明共有者の持分の取得の裁判がされること。
五 所在等不明共有者の持分の取得の裁判の申立てがあった所在等不明共有者の持分について申立人以外の共有者が所在等不明共有者の持分の取得の裁判の申立てをするときは一定の期間内にその申立てをすべきこと。
3 裁判所は、前項の規定による公告をしたときは、遅滞なく、登記簿上その氏名又は名称が判明している共有者に対し、同項各号(第二号を除く。)の規定により公告した事項を通知しなければならない。この通知は、通知を受ける者の登記簿上の住所又は事務所に宛てて発すれば足りる。
4 裁判所は、第二項第三号の異議の届出が同号の期間を経過した後にされたときは、当該届出を却下しなければならない。
5 裁判所は、所在等不明共有者の持分の取得の裁判をするには、申立人に対して、一定の期間内に、所在等不明共有者のために、裁判所が定める額の金銭を裁判所の指定する供託所に供託し、かつ、その旨を届け出るべきことを命じなければならない。
6 裁判所は、前項の規定による決定をした後所在等不明共有者の持分の取得の裁判をするまでの間に、事情の変更により同項の規定による決定で定めた額を不当と認めるに至ったときは、同項の規定により供託すべき金銭の額を変更しなければならない。
7 前二項の規定による裁判に対しては、即時抗告をすることができる。
8 裁判所は、申立人が第五項の規定による決定に従わないときは、その申立人の申立てを却下しなければならない。
9 所在等不明共有者の持分の取得の裁判は、確定しなければその効力を生じない。
10 所在等不明共有者の持分の取得の裁判は、所在等不明共有者に告知することを要しない。
11 所在等不明共有者の持分の取得の裁判の申立てを受けた裁判所が第二項の規定による公告をした場合において、その申立てがあった所在等不明共有者の持分について申立人以外の共有者が同項第五号の期間が経過した後に所在等不明共有者の持分の取得の裁判の申立てをしたときは、裁判所は、当該申立人以外の共有者による所在等不明共有者の持分の取得の裁判の申立てを却下しなければならない。
※非訟事件手続法87条
4 対象の限定→不動産のみ
所在等不明共有者の持分を取得する手続が使えるのは、不動産だけです。正確には、借地権など、不動産を使用する権利も含みます。
対象の限定→不動産のみ
あ 規定の内容
持分取得裁判の対象は、不動産・不動産の使用又は収益をする権利である
※民法262条の2第1項、5項
い 不動産に限定した理由
パブリック・コメントでは、幅広くこれを認めるべきとの意見もあったが、所有者不明土地対策の観点からは、その範囲は土地及び土地と密接に関連する建物とすれば足りると思われる。
また、不動産を対象とした場合には、その使用権についても認めないと結局当該不動産の利用に支障を来すとも思われるので、その使用権も対象とすることが考えられる(なお、民法第264条は、共有に関する規定を所有権以外の財産権にも準用している。)。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料30』p20
5 裁判手続(当事者・管轄)
この手続は、所在等不明共有者Aの持分を取得したい共有者Bだけが裁判手続上の当事者となります。Bは相手方(被告)にはなりません。AとBの1対1の構造というわけではありません。
裁判手続(当事者・管轄)
あ 申立人
共有者
※民法262条の2第1項
い 相手方
申立人以外の共有者は当事者とならない
※民法262条の2第1項参照
う 管轄裁判所
共有物の所在地を管轄する地方裁判所
※非訟事件手続法87条1項
6 特定不能・所在不明の証明の具体的内容・報告書サンプル(概要)
この手続を利用できるのは、「共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき」です。つまり、共有者の氏名(個人)や名称(法人)が分からない、または、どこにいるかが分からない、のどちらかです。一定の調査をしたけれど分からない(知ることができない)、という状況が必要です。具体的な調査の内容としては、登記情報や戸籍・住民票の情報といった公的な資料を取り寄せることや、申立人が、所在等不明共有者以外の共有者に所在を知らないかを質問することが想定されています。
戸籍から共有者が亡くなっていることが判明した場合は、戸籍から判明した相続人がどこにいるかが分からない、という状況が必要となります。戸籍上相続人がいない場合には原則として氏名が分からないにあたります。
詳しくはこちら|特定不能・所在不明の内容と証明(調査)方法・調査報告書サンプル
7 遺産共有の除外
この持分取得の裁判手続は、取得しようとする持分(所在等不明共有者のもっている持分)が遺産共有である場合、つまり、共同相続で遺産分割が未了というケースでは、原則として使えません。最初から相続人が1人である、または遺言、相続放棄、相続分の譲渡などにより結果的に相続人が1人だけとなった場合には、遺産共有の持分とはならないので使えます。なお、たとえばEとFの持分が遺産共有だとした場合に、E・Fの両方が所在不明であれば、Eの持分とFの持分をセットとしてみると遺産共有ではない扱いになります。
次に、遺産共有(遺産分割未了)の持分であっても、相続開始から10年が経過していれば使えます。相続開始から10年経過後でも、持分取得裁判の申立人以外の共有者が遺産分割の申立をした場合には、やはり原則に戻って持分取得の裁判はできなくなります(後述)。
まとめると持分取得の裁判よりも遺産分割を優先するという基本方針があり、この方針は、相続後10年までは絶対(例外なし)、それ以降は誰も遺産分割の手続をしないなら例外とするということになります。
遺産共有の除外
あ 条文規定
所在等不明共有者の持分が相続財産に属する場合(共同相続人間で遺産の分割をすべき場合に限る。)において、相続開始の時から十年を経過していないときは、裁判所は、第一項の裁判をすることができない。
※民法262条の2第3項
い 解釈
本項が、所在等不明共有者の持分が相続財産に属する場合において、共同相続人間で遺産を分割すべき場合に限ってその対象としているのは、遺産共有の状態が生じていないケースを除外するためである。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p499
う まとめ(結論)
所在等不明共有者の持分が遺産共有である場合は、相続開始から10年が経過するまでは持分取得の裁判をすることはできない
え 遺産共有に該当しない具体例
なお、本文③で、所在等不明共有者の持分が相続財産に属する場合とした上で、共同相続人間で遺産の分割をすべき場合に限ってこの規律の対象としているのは、相続は発生しているものの、遺産共有の状態が生じていないケース(例えば、相続人不存在など)を除外するためである。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第21回会議(令和2年11月10日)『部会資料51』p14
お セットでみると遺産共有ではない状況(数次相続)
例えば、甲土地を所有していたXが15年前に死亡し、その子のAおよびBが甲土地を相続したが、さらにX死亡後から10年後にAおよびBが死亡し、Aの子C・DがAを、Bの子E・FがBをそれぞれ相続した”とする。
・・・②EおよびFが所在等不明であるとき、Cは、E・Fの持分の取得の裁判を申し立てることができるだろうか。
・・・②の場合においては、EとFの持分を一括して取得するのであれば、両者をBの相続分と解することにより、Xの相続開始を起点に考えることができる。
したがって、この場合には、Xの相続から10年以上を経過していることから、Cは、EとFの持分の取得の裁判を申し立てることができると考えられる。
※藤巻梓稿/潮見佳男ほか編『詳解 改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』商事法務2023年p133
8 決定の効果
持分取得裁判の申立を受けた裁判所は、最終的に持分取得の決定をします。この決定の内容は、所在等不明共有者Aの持分を申立人Bに移転させる、というものです。
申立人複数(B1とB2)であるとすれば、Aの持分をB1とB2で分けて(持分割合で按分して)取得する、ということになります。
この点、Aは持分を失う(奪われる)ので、その代わりに対価を請求できることになります。正確には、持分の時価相当額の支払請求権を与えられるということです。
決定の効果
あ 決定の内容(持分の取得)
ア 申立人が1人のケース
「申立人に所在等不明共有者の持分を取得させる」
イ 申立人が複数人のケース
「各申立人に所在等不明共有者の持分を各申立人の持分割合で按分して取得させる」
※民法262条の2第1項
い 決定による対価の請求権発生(条文)
第一項の規定により共有者が所在等不明共有者の持分を取得したときは、所在等不明共有者は、当該共有者に対し、当該共有者が取得した持分の時価相当額の支払を請求することができる。
※民法262条の2第4項
9 「時価」算定における共有減価→単独所有実現の有無による
Aが取得する持分の時価相当額の請求権ですが、その算定方法は条文には規定されていません。共有減価をするかどうかが問題となります。
この点、立法過程の議論の中で法務省は、結果的に単独所有になるならば共有減価をしないが、結果的にまだ共有のままであれば共有減価をするという見解を示していました。この見解は、共有減価の一般論としていえることです。
詳しくはこちら|共有減価の意味(理由)と減価割合の判断要素・相場
なお、持分取得の裁判では、供託命令の際に、この見解を前提として供託金額が定められると思われます。
なお、この見解だと、所在不明共有者が複数いる時に、手続(持分取得裁判)の順序によって金額が違ってしまうという指摘もなされています。
「時価」算定における共有減価→単独所有実現の有無による
あ 中間試案・補足説明
この時価については、いわゆる共有減価が行われるのかが問題となるが、
例えば、請求をした共有者が持分取得の結果単独所有者となる場合には、共有減価をしないが、
持分取得をしてもそのほかに共有者がおり、共有関係が完全には解消しない場合には、共有減価をすることが考えられる。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』令和2年1月p37、38
い 疑問の声(順序による時価の違い)
ア 水津氏(立法担当者)のコメント
○水津幹事
蓑毛幹事が指摘された点に関連して、気になることがございます。
共有減価がされるかどうかについて、1の(1)では、売渡請求権の行使をした共有者が、それにより単独所有となるかどうかによって区別する考え方が示されています。
この考え方によると、共有者A、B、Cのうち、A、Bが不明共有者である場合において、CがAの持分とBの持分について同時に売渡請求権を行使したときと、まず、Aの持分の売渡請求権を行使し、次に、Bの持分の売渡請求権を行使したときとで、Aの持分の時価が変わってくることとなりそうです。
仮にそうだとすると、それでよいのかどうかが気になりました。
※『法制審議会 民法・不動産登記法部会 第9回会議(令和元年10月29日)議事録』p51
イ 日本不動産鑑定士協会連合会のコメント
手続きの順序によって、所在不明共有者が受け取ることができる額が異なることにならないか。
※公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会『民法・不動産登記法の改正について』(法制審議会民法・不動産登記法部会第12回会議(令和2年2月18日)参考資料)p5
10 裁判所による公告・通知
持分取得の裁判の申立を受けた裁判所は、公告と通知をします。公告の目的は、強制的に持分を奪われる共有者Aに対して、これを阻止する最後の機会を与える、というものです。仮にAが異議を出すと、裁判所は持分取得を決定できなくなります。つまり異議の趣旨は、「私(A)の持分を勝手に奪わないでください」というものです。
これとは別に、その他の(AとB以外の)共有者には、申立人として追加される(追加で申立をする)機会を与えるために通知をします。この通知は登記上の住所に宛てて送付する(ことで足りる)ことになっています。転居しても登記上の住所の変更の手続をしていない場合は、追加で申立をすることができないことになってしまいます。
裁判所による公告・通知
あ 公告
裁判所は、一定の事項を公告する
公告後、一定の異議の届出・申立の期間が経過しないと持分取得の裁判をすることができない
※非訟事件手続法87条2項
い 通知
裁判所は、登記上の共有者に対して(公告事項を)通知する
通知は、通知を受ける者の登記簿上の住所又は事務所に宛てて発すれば足りる
※非訟事件手続法87条3項
11 他の共有者からの異議(分割手続の優先)
持分取得の裁判は、前述のように、所在等不明共有者A、持分取得の裁判の申立をした共有者Bの1対1の構造ですが、では、他の共有者Cはどのような対応がとれるのでしょうか。
まず、共有物分割や(遺産共有の場合)遺産分割の請求(申立)をすれば、持分取得の裁判は止まります。要するに、1対1での持分の移転(取得)よりも、共有者全員(相続人全員)で権利の帰属を決める手続(分割手続)の方を優先する、ということになっているのです。
他の共有者からの異議(分割手続の優先)
あ 規定の内容(要点)
ア 異議の前提
異議の届出をするためには、共有物分割または遺産分割の請求をする必要がある
異議の届出をする共有者以外の共有者による共有物分割・遺産分割の請求でもよい
イ 異議届出の期間
制限はない
ウ 異議の効果
裁判所は、持分取得の決定をすることができなくなる
※民法262条の2第2項
い 持分取得裁判よりも分割手続を優先する理由
ア 分割(遺産分割・共有物分割)に共通する事情
遺産共有に限らず、通常共有のケースにおいても、他に分割請求事件が係属しており、その中で、所在等不明共有者の持分も含めて全体について適切な分割を実現することを希望している共有者がいるケースでは、基本的にはその分割請求事件の中で適切な分割をするべきであり、それとは別に、所在等不明共有者の持分のみを共有者の1人が取得する手続を先行させるべきではないと思われる。
イ 相続から10年後における遺産分割の優先
なお、第17回会議では、相続開始から10年を経過した後に、やむを得ない事由があって具体的相続分による分割を求めることができるケースでは、新たな規律を用いるべきではないのではないかとの趣旨の指摘があったが、そのケースも含め、本文②のとおり遺産分割の請求をし、届出をすれば、遺産分割が優先される。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第21回会議(令和2年11月10日)『部会資料51』p14
12 他の共有者による持分取得裁判の申立
他の共有者Cとしては、「A持分をBだけが取得するのは不公平だ」と思うこともあるでしょう。その場合は、「私にも取得させてください」という参加をすることができます。具体的には、Cも新たに持分取得裁判の申立をする、という方法です。
これで、申立人はBとCの2人ということになり、最終的にA持分をBとCで分けて取得することになるのです(前述)。
他の共有者による持分取得裁判の申立
※非訟事件手続法87条2項5号参照
この場合、申立人が複数人ということになる
※「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」法務省民事局2021年p36参照
13 持分取得裁判における供託制度
(1)供託命令と履行
民法上は、持分取得の裁判で対価の請求権が発生する(形成する)だけになっていますが(前述)、非訟事件手続法で、より具体的な手続がルール化されています。
それは供託命令です。裁判所は、移転する(奪うことになる)Aの共有持分の時価に相当する金額を計算して、申立人Bに、その金額を供託するよう命じるのです。そこで、申立の際には、評価額に関する資料の提出が求められています。
詳しくはこちら|持分取得・持分譲渡権限付与の申立書サンプルと説明文書(裁判所公表)
そして、Bがその金額を供託した後に、裁判所は持分取得の裁判をします。つまり、Bは先に金銭を支払わないと持分を取得できないことになります。
供託命令と履行
あ 供託命令
持分取得の裁判の前に、裁判所は供託命令を出す
裁判所が金額を決定する
※非訟事件手続法87条5項
い 供託の履行
申立人は裁判所が決定した金額を供託する
申立人は供託書を裁判所に提出する
※非訟事件手続法87条5項
(2)供託額と対価請求権の金額の関係→差額発生可能性あり
前述の供託命令において裁判所が定める供託の金額は、Aの持分の時価として定めますが、(AとBが主張立証を尽くして)十分な審査で決まったものではありません。たとえば、後からAが現れて、Bに対して供託金は時価より◯円少ないので、差額の◯円を請求するということが成り立つこともあり得ます。
逆に、供託額の方が高かった、という場合には、供託金の取戻は認められません。そのような場合には供託命令の段階で即時抗告の申立をして金額の是正を図るべきだった、ということになります。なお、それ以外の事情があった場合でも、供託金の取戻は原則的に否定されています(後述)。
供託額と対価請求権の金額の関係→差額発生可能性あり
あ 対価請求権と供託金還付請求権(前提)
持分取得(の裁判の確定)の時に、所在等不明共有者は時価相当額の支払請求権を取得する
※民法262条の2第4項
所在等不明共有者は供託金の還付請求権を取得する
い 差額発生(不足供託額)→請求可能
ア 中間試案
時価請求権又は按分額請求権の額につき争いがある場合には、最終的には、訴訟でその額を確定する。
所在不明共有者又は不特定共有者は、請求することができる額が供託金額を超えると判断した場合には、訴訟でその差額を請求することができる。
※民法・不動産登記法部会『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案』2019年12月p9
イ 法務省「ポイント」
供託額(=裁判所による供託命令の金額)と時価相当額が一致するとは限らない
仮に、供託額が時価相当額より低い場合には、差額の請求をすることができる
※「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」法務省民事局2021年p36
う 供託金額部分の対価請求権が否定されるメカニズム
・・・所在等不明共有者は、供託金還付請求権を取得し、時価相当額の支払請求権は実質的に担保されているため、所在等不明共有者が請求をした共有者に対して支払を求めることができるのは、時価相当額の支払請求権と供託金の差額についてのみであると解される・・・。
※村松秀樹ほか編著『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』金融財政事情研究会2022年p134、135
え 差額発生(過剰供託額)→取戻不可
所在等不明共有者の持分の取得の裁判が確定し、効力を生じた後は、供託原因が消滅する可能性はなくなり、供託者は、供託金の取戻しをすることができない(供託法8条2項参照)。
それでは、所在等不明共有者の持分の取得の裁判が確定した後に、供託者が、所在等不明共有者の持分の時価が実際には供託金の額を下回っていたとして、供託金を取り戻すことはできるか。
持分の時価が供託金の額を下回っていたという主張の根拠として考えられるのは、算定の根拠となっていた専門家の意見が誤っていたことや、共有物に不具合があることが事後的に判明したことなどである。
しかし、供託命令における供託金の額に不服がある場合には、供託命令に対する即時抗告によって是正を図るべきであり、所在等不明共有者の持分の取得の裁判が確定した後に蒸し返すことはできないと考えられる。
また、所在等不明共有者の持分の取得の裁判において、持分に何らかの不具合があることによって生ずる不利益のリスクは、裁判の請求をすることを選択した共有者が負うべきであると考えられる。
したがって、仮に持分の時価が供託金の額を下回っていたとしても、取戻原因(供託原因の消滅事由)がなく、供託金の取戻しは認められないと解される。
なお、このような場合には、所在等不明共有者の利得は法律上の原因に基づくものと考えられるため、供託者が所在等不明共有者に対して不当利得返還請求をすることもできないと解される。
※村松秀樹ほか編著『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』金融財政事情研究会2022年p162
(3)共有者の人数・共有持分割合が不明の場合の供託金額算定
ところで、実際に持分取得の裁判を利用するケースの大部分は所在不明のケースであり、特定不能はレアだと思われます。そして、共有者の特定不能のケースに着目すると、共有者が何人なのか、そして各共有者の共有持分割合も分からない、ということがあり得ます。このようなケースでは、供託金額を定める時に困ります。とはいっても共有者の特定不能の場合にも持分取得の裁判を認めるルールになっていますので、裁判所は無理やり供託金額を決めなくてはなりません。
法改正の議論の中では、持分を奪われる側の利益の保護という方針をとって、申立人に不利益にすることが提唱されています。具体的には、共有者が最低2人はいるがそれ以上いるのかは分からないのであれば2人が均等の持分割合をもっていると仮定して全体の価値の半額を供託金額とする扱い、さらには(なんと)不動産全体の価値そのものを供託金額とする扱いも指摘されています。
これでは、せっかく共有者の特定不能でも持分取得の裁判を使えるように設計されているのにとても使いにくいことになってしまうおそれがあります。
共有者の人数・共有持分割合が不明の場合の供託金額算定
あ 所在等不明共有者の利益保護方針
また、持分の時価相当額を算定するにあたっては、当該持分の割合が定まらなければならないが、これまでも議論がされていたとおり、共有者を知ることができない(共有者を特定することができない)ケースの中には、共有持分の割合や、そもそも、共有者の総数が全く分からないケースもあり得る。
こういったケースにおいては、この供託の規定が所在等不明共有者の利益を確保するものであることからすると、基本的には、申立人に不利益な方向で認定をした上で、供託金の額を定めることになるように思われる。
い 具体例→不動産評価額そのもの・2分の1
例えば、請求をした共有者以外の共有者を特定することができないケースでは、共有者の総数を特定することができない以上、土地全体の額を供託の額としたり、各共有者の持分は相等しいものと推定されることを前提に、少なくとも、共有者は請求をした共有者と不特定共有者の2人がおり、特定共有者の持分は2分の1であるとして金額を算定したりすることもあり得ると思われる。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第24回会議(令和3年1月12日)『部会資料56』p13
(4)供託金の取戻→原則否定
ところで、持分取得裁判における供託命令の供託は、民法494条に基づくものではなく、非訟事件手続法87条5項に基づくものです。ただ、供託の性質は、一種の弁済供託です。
仮に通常の弁済供託であれば、供託したBは自由に取戻をすることができます。このとおりだと、Bは共有持分を確定的に取得した(Aは共有持分を失った)にも関わらず、対価の支払が未了(Aは対価の請求権を得たが回収リスクがある状態)となり、不公平となってしまいます。
そこで、持分取得裁判の供託については(持分取得裁判の効力が生じた後は)取戻はできない扱いとなっています。
供託金の取戻→原則否定
あ 供託金の性質(前提)
供託金の法的性質は、所在不明共有者又は不特定共有者の時価請求権ということ又は按分額請求権についての一種の弁済供託と位置付ける。
※民法・不動産登記法部会『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案』2019年12月p9
い 部会資料
ア 部会資料30
(注・持分取得の裁判について)
この仕組みにおける供託は、持分の取得を認めるための要件であり、持分を有効に取得した者に供託金の取戻しを認めることはできないことになると解される。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料30』p16、17
(注・持分譲渡権限付与の裁判について)
また、供託については、持分の移転の効力が生じた後に、供託した者が供託金の取戻しをすることは認められないことになると解される。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料30』p25
イ 部会資料41
この供託は持分取得の裁判をする前提(前提条件)としてされるものであるから、その裁判が効力を生じた後に、供託者が供託金を取り戻すことはできないとすべきと考えられる。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第17回会議(令和2年8月25日)『部会資料41』p8
う 通達
ア 取戻→否定
供託命令に従って供託がされた場合には、供託者は、錯誤等に基づく場合を除き、供託金取戻請求権を行使することができないこととなる。
ただし、供託がされた後、(1)の請求をした共有者が当該請求を取り下げた場合や所在等不明共有者の持分の取得の裁判の申立てが却下された場合には、供託命令の効力が消失し、供託の原因が消滅するため、「取戻しをする権利を有することを証する書面」(供託規則第25条第1項本文)を添付して、供託金の取戻しをすることができる(供託法(明治32年法律第15号)第8条第2項)。
当該書面としては、裁判所書記官が作成した却下決定書の謄本及びその確定証明書又は請求の取下げがあったことを証する書面が想定される。
※法務省通達令和5年3月27日『民法等の一部を改正する法律の施行に伴う供託事務の取扱いについて』p3
イ 供託原因(供託金の性質)
持分取得裁判にかかる供託において「法令条項」は「非訟事件手続法第87条第5項」である
※法務省通達令和5年3月27日『民法等の一部を改正する法律の施行に伴う供託事務の取扱いについて』『別紙1』
(弁済供託そのものではない→民法496条による取戻請求は利用できない)
(5)還付請求権の消滅時効→特例なし
所在等不明共有者Aは供託金の還付請求権を持ちますが、実際に法務局で還付請求をしないまま10年が経過することも多いと思われます。つまり、Bが供託した金銭はAには渡らない可能性がある程度高いのです。これについて特例を定める発想もありましたが、結局採用されていません。10年が経過するとAは供託金を得られないまま、ということになります。
還付請求権の消滅時効→特例なし
しかし、裁判による共有物分割において、価格賠償が選択されたケースなどでは消滅時効に関し特段の規定がないのに、今回の仕組みについてのみそのような規定を置くことは難しいように思われる。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第13回会議(令和2年6月2日)『部会資料30』p17
14 手続の流れ
持分取得の裁判の手続の流れを整理しておきます。申立を受けた裁判所は、公告と通知を行い(前述)、供託命令を出します。所在等不明共有者自身から異議の届出がなく、かつ、申立人以外の共有者からの(共有物分割・遺産分割の申立をした上での)異議の届出もなく、さらに、供託がなされれば、持分取得の裁判をします。その結果、持分の移転の効果が発生するとともに、時価相当額の請求権が発生します。
手続の流れ
あ 申立
い 裁判所による公告・通知
異議届出期間は3か月以上
※非訟事件手続法87条2項、3項
う 異議届出なし
所在等不明共有者による異議の届出(所在判明)がない
申立人・所在等不明共有者以外の共有者による異議の届出(共有物分割または遺産分割の請求)がない
え 供託命令
裁判所が供託命令を出す(金額を裁判所が決定する)
※非訟事件手続法87条5項
お 持分取得の裁判
裁判所が持分取得の裁判をする
確定時に持分取得の効果が生じる
※非訟事件手続法87条9項
時価相当額の請求権が発生する
※民法262条の2第4項
15 申立書のサンプル(概要)
共有持分取得のの裁判は裁判所への申立書の提出から始まります。申立書の記載方法(書式・サンプル)や添付書類については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|持分取得・持分譲渡権限付与の申立書サンプルと説明文書(裁判所公表)
16 持分取得裁判による持分移転登記手続
持分取得を認める決定が確定した時に、実体上持分権が移転します。持分移転の登記申請は、持分を取得した(登記権利者)Bが、持分を失った(登記義務者)Aの代理人として申請します。共同申請の枠組みは維持していますが、現実にはAが単独で申請できるという状況です。法務局としては、決定(裁判)の中に代理権の授与もあると読み込む、つまり決定書を代理権限証明情報として扱います。
持分取得裁判による持分移転登記手続
あ 登記申請の当事者
(2)前記(1)の請求をした共有者に所在等不明共有者の持分を取得させる裁判があり、当該裁判に基づいて当該持分の移転の登記の申請がされた場合には、当該持分を取得した共有者は、当該所在等不明共有者の代理人となると解される。
い 代理権限証明情報・登記原因証明情報→裁判書謄本
また、確定裁判に係る裁判書の謄本が代理人の権限を証する情報及び登記原因証明情報となる。
う 登記原因・原因日付
この場合において、登記原因は「年月日民法第262条の2の裁判」と記載し、登記原因の日付は当該裁判が確定した日(当該裁判がされた日ではない。)とする。
え 登記識別情報(不要)
なお、登記識別情報を提供することを要しない。
※法務省民事局長令和5年3月28日『法務省民二第533号』通達p9
17 契約不適合責任の適用→否定
ところで、持分取得の裁判の制度は、経済的には強制的に持分の売買をしたのと同じです。では、仮に後から問題が発覚した場合、契約不適合責任(瑕疵担保責任)が適用されるのではないか、という発想が出てきます。しかし、これについては否定的な見解が示されています。
契約不適合責任の適用→否定
あ 規定
持分取得裁判の規定に、契約不適合責任を定めるものはみあたらない
い 立法過程での議論
いずれにしても、この仕組みを利用することによるリスクは、持分取得を希望した申立人がとるべきであるとすると、担保責任に関する規律を設けるべきではないとも思われる。
※法制審議会民法・不動産登記法部会第17回会議(令和2年8月25日)『部会資料41』p9
18 賃借権の準共有持分の取得における譲渡承諾
借地権などの不動産の使用収益権の準共有持分も持分取得裁判の対象となります(前述)。この点、賃借権の準共有持分の取得は、形式的には賃借権の譲渡にあたり、賃貸人の承諾がないと解除されることになります。しかし、準共有者間の譲渡については解除は認められない傾向があります。
詳しくはこちら|特殊な事情による賃借権の移転と賃借権譲渡(共有・離婚・法人内部)
仮に解除が認められるような状況であった場合には、借地権譲渡許可の非訟手続で解決する方法もあります。本来、この手続は譲渡人だけが申立をすることができるのですが、準共有者間の譲渡の場合は例外的に譲受人からの申立を認める見解が提唱されています。
詳しくはこちら|借地権譲渡許可の裁判の申立人と申立時期
本記事では、所在等不明共有者の持分を他の共有者が取得する裁判について説明しました。
実際には、個別的な事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有不動産(共有物)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。