【民法252条3項の「特別の影響」の解釈で参考になる区分所有法の規定】
1 民法252条3項の「特別の影響」の解釈で参考になる区分所有法の規定
令和3年改正で、民法252条3項に「特別の影響」という言葉(概念)が登場しました。法改正の議論の中でなされた説明が、今後の解釈では有用なヒントとなるでしょう。
詳しくはこちら|共有者が決定した共有物の使用方法(占有者)の事後的な変更(令和3年改正後)
ところで、「特別の影響」という言葉は、区分所有法には以前からありました。というよりも、区分所有法の言葉を民法に持ってきた、という経緯があるのです。そこで、民法252条3項の「特別の影響」の解釈では、すでに蓄積されている区分所有法の「特別の影響」の解釈が参考になると思われます。
ただ、区分所有法の中には「特別の影響」が2箇所出てきます。どちらが参考になるのか、ということについて、いろいろな見解があります。本記事ではこれについて説明します。
2 「特別の影響」の文言が使われている条文
結局、「特別の影響」という言葉が出てくる条文は区分所有法に2つ、(令和3年で追加された)民法に1つある、ということになります。最初に、3つの条文を押さえておきます。
「特別の影響」の文言が使われている条文
あ 民法252条3項(令和3年改正)・共有物の管理行為
前二項の規定による決定が、共有者間の決定に基づいて共有物を使用する共有者に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない。
※民法252条3項
い 区分所有法17条2項・共用部分の変更
第十七条 共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。)は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議で決する。ただし、この区分所有者の定数は、規約でその過半数まで減ずることができる。
2 前項の場合において、共用部分の変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない。
※区分所有法17条
う 区分所有法31条1項・規約の設定・変更・廃止
規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議によつてする。この場合において、規約の設定、変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない。
※区分所有法31条1項
3 藤巻梓氏指摘→区分所有法31条に倣った
藤巻氏は、民法252条3項は区分所有法31条(1項)に倣ったものである、と指摘しています。
藤巻梓氏指摘→区分所有法31条に倣った
中間試案の提案する解釈は、同法における「特別の影響」の解釈に倣ったものである。
※藤巻梓稿『共有制度の見直し』/『ジュリスト1543号』2020年4月p29
4 佐久間氏指摘→区分所有法31条が参考になる
佐久間氏も同じように、民法252条3項は、区分所有法31条を参考にして設けられた”ことを指摘した上で、解釈(意義)についても区分所有法31条の解釈が参考になる、という見解を述べています。
佐久間氏指摘→区分所有法31条が参考になる
252条3項は区分所有法31条1項を参考にして設けられたものであり、共有者間の決定により共有者の一人に与えられた権利を多数者の新たな決定により制限又は否定することの可否を問題とする点で、両規定は共通するからである。
※佐久間毅稿『所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し』/『法律のひろば74巻10号』ぎょうせい2021年p21
5 松尾弘氏見解→区分所有法17条を参考にできる
松尾氏は、区分所有法31条は規約の設定や変更であり、民法252条の共有物の管理とは近くない、近いのは、区分所有法17条の共用部の変更である、という見解です。広義の管理という意味では、民法252条と区分所有法17条は確かに一致しています。
松尾弘氏見解→区分所有法17条を参考にできる
「前項の場合において、共用部分の変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない」(区所法17②)としている。
共有者の数および持分の多数者に立法によって付与した権限につき、共有者の数および持分の少数者の利益を保護するための例外則として解釈上参考にすることも考えられる。
また、②区分所有法は、より一般的な場面で、「規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議によつてする」ことを原則としつつ(区所法31①前段)、「この場合において、規約の設定変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない」(区所法31①後段)とも規定している。
もっとも、②は共有物の利用・管理をめぐる共有者間の決定に関するルールというコンテクストをさらに越える問題である。
※松尾弘著『物権法改正を読む』慶應義塾大学出版会2021年p37、38
6 荒井達也氏指摘→区分所有法17条と31条は同じ
荒井氏は、区分所有法17条と31条のどちらが参考になるか、という議論に対して、どちらも同じである、と指摘します。
荒井達也氏指摘→区分所有法17条と31条は同じ
・・・
改正法に関して判例が集積するまでの間、実務家としては区分所有法に関する裁判例の傾向を参照しておくことが有益と思われます。
※荒井達也著『Q&A 令和3年民法・不動産登記法改正の要点と実務への影響』日本加除出版2021年p64
7 3つの条文の「特別の影響」の解釈(参考)
話しを変えて、3つの条文に登場する「特別の影響」について、抽象的な解釈を並べてみます。結局3つとも同じといえます。多少の言葉づかいは違いますが、要するに必要性・合理性(有用性)と不利益の比較であり、比較の基準は受忍限度である、という枠組みなのです。少なくとも抽象的な解釈のレベルでは、民法252条3項の「特別の影響」の解釈については、区分所有法17条と31条の両方とも参考にできる、ということになります。
3つの条文の「特別の影響」の解釈(参考)
あ 民法252条3項の「特別の影響」の解釈(概要)
この「特別の影響」とは、当該変更の必要性及び合理性とその変更によって共有物を使用する共有者に生ずる共有者の不利益とを比較して、共有物を使用する共有者が受忍すべき程度を超える不利益を受けると認められる場合を想定している。
※法務省民事局参事官室・民事第二課『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明』2020年1月p5
詳しくはこちら|共有者が決定した共有物の使用方法(占有者)の事後的な変更(令和3年改正後)
い 区分所有法17条2項の「特別の影響」の解釈
(注・区分所有法17条2項の「特別の影響」について)
「特別の影響」というのは、当該変更行為の必要性・有用性と当該区分所有者の受ける不利益とを比較衡量して、受忍すべき範囲を超える程度の不利益をいうものと解されますから、その程度に至らない軽微な影響にすぎないときは、その承諾を得る必要はありません。
※法務省民事局参事官室編『新しいマンション法』商事法務研究会1983年p85
う 区分所有法31条1項の「特別の影響」の解釈
(二) そして、法三一条一項後段は、区分所有者間の利害を調整するため、「規約の設定、変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない」と定めているところ、右の「特別の影響を及ぼすべきとき」とは、規約の設定、変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し、当該区分所有関係の実態に照らして、その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいうものと解される。
※最判平成10年10月30日
詳しくはこちら|管理規約の設定・変更の基本(手続・決議要件・有効性・承諾の要否)
本記事では、民法252条3項の「特別の影響」の解釈で参考になる区分所有法の規定について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
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