【共有物分割訴訟の訴訟物と既判力の範囲(分割請求権)】
1 共有物分割訴訟の訴訟物と既判力の範囲(分割請求権)
共有物分割訴訟は、形式は訴訟、実質は非訟、という特殊な性質があります。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)
「実質は非訟の性質」とはいっても、完全に非訟事件と同じ扱いではありません。扱いが異なる点の1つが訴訟物と既判力の範囲です。
純粋な非訟事件であれば訴訟物、既判力はありません。しかし、共有物分割訴訟については分割請求権(の存否)が訴訟物となり、既判力が生じる、という見解が一般的なのです。本記事ではこのことを説明します。
2 既判力の範囲の原則→訴訟物とイコール(前提)
本記事のテーマに入る前に、訴訟物の内容と既判力の(客観的)範囲は同一である、ということを押さえておきます。以下では訴訟物と既判力の2つが出てきますが、その範囲は同じです。
既判力の範囲の原則→訴訟物とイコール(前提)
このように、訴訟上の請求と既判力の対象とは一致するのが原則である。
※兼子一ほか著『条解 民事訴訟法 第2版』弘文堂2011年p521
3 共有物分割訴訟の訴訟物・既判力→分割請求権
共有物分割訴訟の訴訟物、既判力の範囲については、判例が分割請求権(の存否)である、と判断しており、下級審裁判例も学説もこの見解をとっているものが多いです。
(1)昭和27年最判→分割請求権の存在(訴訟物・既判力)
最初に昭和27年最判を紹介します。訴訟物は分割請求権の存在であるため、それ以外の(判決理由中の)判断の部分には既判力は生じない、という判断をしています。
昭和27年最判→分割請求権の存在(訴訟物・既判力)
最判昭和27年5月2日
(2)平成20年東京地判→分割請求権の存在(既判力)
平成20年東京地判も、中間判決として既判力の範囲について共有物分割請求権の存在である、と判断しています。
平成20年東京地判→分割請求権の存在(既判力)
※東京地判平成20年11月18日(中間判決)
(3)民法注解財産法→分割請求権(訴訟物・既判力)
民法注解財産法の見解も、訴訟物、既判力の範囲は分割請求権の存否であるというものです。
民法注解財産法→分割請求権(訴訟物・既判力)
あ 訴訟物→分割請求権
まず、共有持分権に基づく共有物分割請求権(これが訴訟物である。)の存否の判断という第1段階がある。
この段階では、裁判所は、権利の発生・障害・消滅の原因事実の有無を判断することになる。
※遠藤浩ほか監『民法注解 財産法 第2巻 物権法』青林書院1997年p556
い 既判力→分割請求権の存否
すなわち、形成判決によって形成権が消滅した後も、形成権が基準時において存在したことが既判力によって確定されているとして、形成権がなかったことを前提にした主張を既判力の作用によって排斥する必要性は、共有物分割訴訟についても同様である。
※遠藤浩ほか監『民法注解 財産法 第2巻 物権法』青林書院1997年p557
すなわち、共有物分割訴訟においても、まず、通常の訴訟と同様、当事者は請求原因事実や抗弁事実の主張立証を要し(後記4.7.1参照)、裁判所はこれらの事実の存否を認定したうえで請求棄却判決をすることも可能であり(後記4.7.4参照)、本案判決には共有物分割請求権の存否につき既判力が生ずる(第1段階の訴訟事件性)。
※遠藤浩ほか監『民法注解 財産法 第2巻 物権法』青林書院1997年p558
4 梅本吉彦氏見解→分割請求権(訴訟物・既判力)
梅本氏の見解も同様です。形式的形成訴訟の一般論(非訟事件手続の一般論)としては訴訟物はないけれど、共有物分割訴訟は違う、という指摘をしています。
梅本吉彦氏見解→分割請求権(訴訟物・既判力)
あ 共有物分割訴訟の訴訟物
共有物分割の訴えの訴訟物は、共有持分権に基づく共有物分割請求権であり、その実体法上の性質は物権的請求権と解するのが相当である。
い 共有物分割訴訟の既判力
既判力は、共有物分割請求権についてのみ生じ、共有持分権にまでは及ばない(最判(二小)昭和二七・五・二民集六巻五号四八三頁、小山昇・民商二五巻三号〔同・著作集二巻二九六頁〕、三ヶ月章・法協七三巻三号〔同・判例一八八頁〕)。
※梅本吉彦著『民事訴訟法 第4版』信山社出版2009年p201
う 形式的形成訴訟の一般論(参考)
その場合に、厳密にいえば、形式的形成訴訟では訴訟物を観念できないので、形成要件を構成する実体法上の権利関係について、その存否又は内容の変更について当事者間の合意により訴訟の和解をするとともに、係属中の訴訟について訴えを取り下げる旨を合意するという形態により決着を図るべきであるという批判も予想される。
しかし、形式的形成訴訟であっても、一切訴訟物を観念できないとすることには、前述したように疑問がある。二〇一頁参照。)。
※梅本吉彦著『民事訴訟法 第4版』信山社出版2009年p202
5 前提問題(共有者・共有持分)への既判力の否定
ところで、共有物分割訴訟の既判力が現実に問題となるのは、前提問題についての判断です。
共有物分割訴訟では前提問題として共有者と共有持分割合を認定しますが、この判断について既判力は生じないのです。理論的には、後から別の訴訟が起こされて、その中で、すでに終わった共有物分割訴訟の判決とは異なる判断がなされる可能性もある、ということになります。
前提問題(共有者・共有持分)への既判力の否定
あ 柳川俊一氏見解→共有者と持分割合に既判力なし
共有物分割訴訟においては、前提問題として共有者と持分の多寡を判断することにはなるが、その点の判断には既判力がないから(このいみにおいても、登記にかかわらず、画一的に実質関係に従って共有者と持分の確定をする要請があるとは思われない)、持分譲渡の当事者間においては、持分を有するとされた者に分割により帰属した権利につき、別個に決済すれば足りるであろう。
※柳川俊一稿/『最高裁判所判例解説民事篇昭和46年度』法曹会1972年p106
い 山本和彦氏見解→共有物ではないという判断に既判力なし
畑
共有物分割は今も訴訟ですが、前提問題が争われる余地もあるのでしょうね。
山本(克)(注・山本克己氏)
共有物であるかどうかについても争いがある場合ですかね。
・・・
山本(和)(注・山本和彦氏)
共有物ではないということについては既判力を及ぼす必要がありますよね。
それを理由に共有物分割が棄却されたとしても、共有物ではないということについて既判力は生じないですよね。
※『論究ジュリスト15号』有斐閣2015年11月p176
6 訴訟物の不存在による請求棄却
前述のように、共有物分割訴訟の訴訟物は分割請求権(の存否)です。民事訴訟の一般論として、裁判所は訴訟物の存否を判断し、仮に訴訟物が存在しない(認定できない)と判断した場合には請求棄却の判決をします。
共有物分割訴訟では、分割請求権が存在すると認定できない場合には請求棄却とする、ということになります。
逆に、分割請求権が認定できた(存在すると判断した)場合には特殊な例外以外は請求棄却にすることはできなくなります。
詳しくはこちら|共有物分割訴訟の性質(形式的形成訴訟・処分権主義・弁論主義)
訴訟物の不存在による請求棄却
あ 梅本吉彦氏見解
係争物について共有関係が存在しない場合、請求の対象とされた物が分割すべき共有物でない場合、不分割の特約がある場合(民二六五条)、その他分割が禁止されている場合(民九〇八条)等は、請求棄却になる(小山・前掲書二九七頁)。
※梅本吉彦著『民事訴訟法 第4版』信山社出版2009年p202
い 梶村太市氏見解
ア 不適法却下の例(参考)
共有物分割の訴えが、①共有者全員を相手としていないとき(必要的共同訴訟の要件欠如)、②分割協議が既に成立しているとき(訴えの利益の欠如)は、不適法として却下されます。
イ 分割請求権不存在による請求棄却
そして、③不分割契約(民二五八条一項ただし書)が存在するとき、④共有持分権を主張・対抗しえないときは、共有物分割請求権の不存在により、請求は理由なしとして棄却されます。
※梶村太市稿『登記実務家のための相続法読本(10)』/『登記研究607号』テイハン1998年8月p16
7 共有物分割訴訟の判決確定後の形成力失効
(1)田中恒朗氏見解
共有物分割訴訟の判決は形成力を持ちます(既判力とは別です)。形成力の一般論として、別の訴訟で否定できない(無効を主張できない)というものがあります。形成力を否定したいのであれば、判決自体を否定する手続をとる必要があります。再審請求などの手続のことです。
ただし、そもそも共有者ではない者が当事者となってなされた判決は(実際の共有者には及ばないので)結果的に判決の効力はないと思われます。
田中恒朗氏見解
あ 共有自体の否定→判決失効
共有共有物分割の判決確定後に目的物が共有者(とされた者)らの共有でないこと(第三者の所有であること)が共有者(とされた者)と第三者との間の民事訴訟の判決で確定されたときは、共有物分割の判決は効力を失うと解されるが、
い 形成力の範囲内→判決効維持
目的物につき、すでに分割の協議が調っていたことを理由として分割の処分の無効を主張することは、共有物分割の判決の形成力に抵触するから許されない。
※田中恒朗著『遺産分割の理論と実務』判例タイムズ社1993年p170
(2)状況変化による再度の共有物分割訴訟(平成15年東京高判)
いったん共有物分割訴訟の判決が確定した後で、特殊な事情があったケースで、2回目の共有物分割訴訟が認められた裁判例があります。
事案としては、1回目の訴訟では、各共有者の資力が否定されたため、全面的価格賠償は採用されず、消去法的に換価分割の判決となりました。その後、共有者全員が形式的競売を避けたいと考えるようになり、また、共有者Aが持分を第三者Xに売却しました。Xは他の共有者の持分を取得することを希望し、また、資力もありました。つまり、2回目の訴訟で全面的価格賠償が実現することが見込まれる状況だったのです。なお、この判決としては、自判せず、1審に差戻したので最終的な具体的分割方法は判断していませんが、差戻審では、Xが取得する全面的価格賠償が採用されたと思われます。
状況変化による再度の共有物分割訴訟(平成15年東京高判)
あ 再度の共有物分割訴訟を認める要件
・・・共有物を競売により売却し、売得金を共有持分の割合で分割することを命じた前訴判決の確定後に、共有者全員が、判決の命じた方法により共有物を分割することに反対し、かつ、前訴判決の確定後に生じた事情の変更により、前訴判決の命じた分割方法以外の分割方法を採用できる可能性がある場合には、共有者は再度共有物分割の訴えを提起できるものと解するのが相当である。
い 理由
すなわち、共有物分割をめぐる紛争も民事訴訟であり、紛争解決に当たっては、紛争当事者の一致した意思は尊重されるべきところ、前訴判決の確定後に生じた事情の変更により、前訴判決の命じた分割方法以外の分割方法を採用できる可能性があり、共有者全員が前訴判決の命じた方法による共有物分割に反対であるような場合にまで、判決の効力を理由に前訴の命じた分割方法による以外はないとするのは相当でないからである。
う 事案のあてはめ
本件の場合、前訴では、本件土地建物の状況から、本件土地建物を現物分割することは不可能であり、また、共有者のだれもが資力を有していなかったため、価格賠償の方法による分割も採用できなかったが、前訴確定後、Aから共有者の地位を承継した控訴人会社が、本件において、少なくとも被控訴人に対する賠償金を支払ってその共有持分を取得する意思がある旨を表明しているものであり、しかも、控訴人ら、被控訴人の双方は、一致して競売による共有物の分割に反対である旨陳述していることは、1に認定したとおりである。
そうすると、前訴の判決が確定していることをもって訴えの利益がないとはいえず、他に本件訴えが不適法であるとする事由は認められない。
※東京高判平成15年11月27日
本記事では、共有物分割訴訟の訴訟物と既判力の範囲について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に共有物分割などの共有不動産に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。