【民法103条1号の「保存行為」の意味】

1 民法103条1号の「保存行為」の意味

民法103条は、権限の定めのない代理人の代理権の範囲を定めています。
詳しくはこちら|権限の定めのない代理人の代理権の範囲(民法103条)の基本
代理権の範囲の中身は、保存行為利用・改良行為と定められています。本記事では保存行為の内容を説明します。

2 民法103条の条文

最初に、民法103条の条文を確認しておきます。1号には、保存行為とだけ記述されています。この4文字と、これが適用される状況から、いろいろな解釈が展開されます。

民法103条の条文

(権限の定めのない代理人の権限)
第百三条 権限の定めのない代理人は、次に掲げる行為のみをする権限を有する。
一 保存行為
二 代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内において、その利用又は改良を目的とする行為

3 新版注釈民法

最初に、新版注釈民法の見解を整理しつつ紹介します。

(1)基本的な意味

保存行為の基本的な意味は、国語辞書的な意味、つまり、現状を維持する行為であると説明しています。これは、他の規定での保存行為の意味(解釈)と変わりません(後述)。

基本的な意味

保存行為とは、財産の現状を維持するために必要な行為をいう(→旧注民第4巻49〔浜上〕)。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p85

(2)「物」についての「現状の維持」

保存行為が現状維持を意味することは当然のことです。次に、現状の維持をさらに深堀りしていきます。まず「物」についての現状の維持とは、普通に考えると物理的状態の維持です。
この意味を拡げて(抽象度を上げて)、経済的価値の維持も含むこともあります。具体例は腐りやすい食物を売却して金銭に変える、という行為です。物理的状態は変化しましたが、経済的価値は変化していない(維持されている)といえます。

「物」についての「現状の維持」

あ 原則

ア 意味=物理的状態の維持 ここにいう現状の維持とは、物については物理的状態の維持を原則として指す。
イ 具体例 損傷した物についての必要性が認められる修繕は、その代表例である。

い 例外(物理的状態維持が不可能)

ア 意味=経済的価値の維持 もっとも、物理的状態を維持することができないときには、経済的価値の維持も含まれうるとする見解が一般的である(我妻339、四宮238)。
イ 具体例 腐敗しやすい物を売却して金銭に替えることは、これにあたる。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p85

(3)権利や債務についての「現状の維持」

次に権利や債務についての現状の維持とはどのようなものでしょうか。不動産の所有権が失われるリスクを避けるために登記をすること、また、金銭債権の消滅時効を避けるために時効の完成猶予の措置をとることです。単に放置しておく、というわけではなく積極的なアクションが含まれるのです。
債務を弁済すること、はどうでしょうか。金銭を失うところ着目すると現状維持を超えるけれど、同時に債務消滅の効果も得られるので全体の経済的価値としては、ここまででプラスマイナスゼロです。さらに、債務不履行責任を回避できることも含めると全体では経済的にプラスです。負担が増すことを回避したことになるので、保存行為に該当します。

権利や債務について「現状の維持」

あ 基本=権利の消滅や負担増加の回避

観念的な権利や債務については、権利が失われることや損なわれること、負担が増すことがないようにすることが現状の維持にあたる。
未登記不動産につき登記をすることや時効中断の措置(注・現在の完成猶予)が代表例である。

い 財産全体の経済的価値の維持→含む

もっとも、観念的な権利や債務については、経済的な価値や負担こそがその本質的内容であるといえるものもある。
そのようなものについては、財産全体からみて経済的価値を維持することが現状の維持にあたりうる。

う 債務弁済の扱い

ア 保存行為該当性→肯定 その例として、弁済期が到来した債務の弁済が挙げられるのが一般的である
(それをしなければ債務不履行の責任を生じたり、遅延利息が累積したりすることになるため、金銭などその他の財産の処分を伴うにもかかわらず保存行為とされる)。
イ 民法103条の適用→否定 なお、弁済は意思表示でも法律行為でもないとするのが現在の一般的な見解である。
これに従うならば、債務の弁済そのもの本条の適用対象となる行為ではない(債務の弁済は、第三者がすることもできるから、「代理人」がした弁済は、本人の意思に反しない限りその権限の有無にかかわらず「有効」であり、それによって債務は消滅する)。
ウ 債務弁済を目的とする行為の代理権の有無の判定→民法103条の適用あり 弁済が保存行為であるか否かによって、金銭債務の弁済のために銀行に送金依頼をする契約、物の引渡債務の弁済のためにする運送契約などについて、代理権の有無が定まることになる。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p85、86

4 裁判所の手続→現状維持に含む

現状の維持という「保存」のプリミティブな意味が、現状維持という趣旨を軸にしてさらに拡がります。具体的には訴訟その他の裁判所の手続を行うことも、実質的に権利の喪失や経済的負担を避けるものであれば現状維持(保存行為)に含まれることになります。

裁判所の手続→現状維持に含む

保存行為に該当する例として、上に挙げたもののほかに、
相手の訴えの提起に対する応訴
(家庭裁判所が当時の家事審判規則106条1項により選任した相続財産管理人に関して、最判昭47・7・6民集26・6・1133)、
不在中の本人に代わって不動産競売開始決定に対して異議申立てまたは抗告をすること(大判大3・11・13民録20・926)
などがある
(なお、これらは、いずれもそれ自体が意思表示または法律行為ではない。
したがって、本条の直接の適用が問題となるのは、それらをするための弁護士との委任契約等である)。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p86

5 金銭債権の取立・相殺→保存分類・利用分類の見解あり

金銭債権について、取立(回収)をすることは現状維持(保存行為)にあたるでしょうか。
債務者の資力が悪化すると回収が困難(不能)になります。そこで、取立をして現金にすることは損失回避であり、現状維持(保存行為)にあたるという考えがあります。
一方、金銭債権の行使なので利用行為にあたり、これは権利の性質を変えないといえるので、2号にあたる、という見解もあります。
保存行為(1号)にあたるという見解でも、性質を変えない利用行為(2号)にあたるという見解でも結論(代理権の範囲に含まれる)は同じです。
ただ、現実的な状況に着目すると、債務者の資力(支払能力)によって、回収は先延ばしにして金利を稼いだ方がよい状況も、逆に一刻も早く回収しないと回収不能になる状況もあります。そこで状況によって現状維持(保存行為)といえるかどうかが変わるということになります。
なお、相殺も実質的な債権回収(と弁済)なので、債権の取立と同じことがあてはまります。

金銭債権の取立・相殺→保存分類・利用分類の見解あり

あ 2つの見解

期限が到来した金銭債権の取立てについては、保存行為にあたるとする見解(幾代339以下)と利用行為にあたるとする見解(鳩山・法律行為292、川島344)がある(なお、債権の取立ても意思表示でも法律行為でもないから、本条の直接の適用が問題となるのは、これをするための契約等である)。

い 理由

ア 保存分類とする理由 前者は、債務者の資力悪化その他の権利の実現に対する実際的不安は常に存在するため、実質的には保存行為といってよいとする。
イ 利用分類とする理由 それに対して、後者は、単に現状を維持する行為というよりも、権利を利益になるよう行使するものであるから利用行為というべきであるとする(川島344)。

う 分類による結論の違い→なし(民法103条に関して)

債権の取立てが権利の性質を変えるものではないといえるならば、保存行為であるか利用行為であるかの区別は実際上の重要性を持たない。

え 「性質の変更」という発想→否定

この点につき、取立てによって債権を金銭に替えることは、権利の性質の変更にあたるように見えるものの、債権は弁済を得ることを目的とするから、弁済を受けることは債権の目的を達成することにすぎず、財産上の変動を加えるものではないとして、本条によって許される利用行為に属するとする説明もある(鳩山・法律行為292)。
しかしながら、債権の取立ては債権を消滅させる行為であり、債権の目的の達成もまた債権消滅の原因となるものであるから、この説明は適当とは言いがたい。
このため、取立てを「代理権」の範囲に属するというためには、保存行為にあたるとするほかないであろう。

お 具体的状況による保存・利用の判別→否定

もっとも、弁済期が経過しても債権の全額回収が可能であり続けることもある一方で、取立てを認めると取立金の代理人による費消の危険もありうるから、期限が到来した債権の取立てを一般的に保存行為にあたるとすることには、確かに疑問の余地もある。
これによると、債権の回収可能性(つまり、その時点における取立ての必要性)に照らして保存行為となるか否かが定まる、とすることも考えられる。
しかしながら、そのようにすると、支払を求められた債務者が支払に応じた場合、弁済資力に不安がなかったときには権限のない者に対する弁済となり、弁済資力に不安があったときには権限のある者に対する弁済となるため、(民法478条による債務者の保護があるとはいえ)債務者を不安定な状態に置くこととなり不当である。
したがって、弁済期到来後の債権の取立ては一般的に保存行為にあたると解することが適当であろう。

か 相殺→保存分類(債権取立と同じ扱い)

なお、期限の利益を放棄せずにする相殺を保存行為にあたるとする見解がある(川島343)。
期限が到来した債権の取立てを一般的に保存行為にあたるとするならば、この見解は支持されてよい(相殺の場合には、債権に代わる価値の代理人による費消のおそれもない)。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p86、87

6 保存行為に該当しない行為

「保存」行為という言葉はとても単純ですが、これにあたるかどうかの判定が難しいものもたくさんあります。保存行為(現状維持)にはあたらないと判断される行為を整理します。
代物弁済、更改は、債務消滅の面では現状維持といえますが、対象物の所有権を失うことや新たな債務を負担することなど、対価の部分では現状維持を超えます。
物価変動や被災のリスクを回避するために何らかの物を購入や売却(金銭に変える)ことは、そのような「リスク」が確実に発生するわけではないので現状維持の枠を超えてしまいます。
現在係属中の訴訟を取り下げること、訴訟代理人を解任することは有利な訴訟の結果を獲得する機会を失うので現状維持とはいえません。
逆に訴訟代理人を選任(依頼)することで、訴訟を提起して財産の価値を維持する、つまり現状維持につながるような発想もありますが、訴訟で請求が認められないこともありますし、また、依頼の費用負担もあります。これも現状維持とはいえません。

保存行為に該当しない行為

あ 代物弁済・更改

以上に対して、保存行為に該当しないとされる例として、代物弁済や更改(鳩山・法律行為291、川島343。弁済と同様に債務を消滅させるものであるが、新たな利益の交換を含むため、単に現状を維持する行為とは言えない)、

い 物価変動対策としての売却や購入

物価の変動を考慮して下落のおそれが強いものを処分し、騰貴する見込みの強いものを購入すること(我妻339。もっとも、改良行為に当たるとされている。しかしながら、物または権利の性質を変えることになるため疑問である)、

う 被災リスク対策としての売却

物を、その性質上滅失・損傷のおそれがあるというわけではないが、戦災で焼失するおそれがあるとして処分して金銭に替えること(最判昭28・12・28民集7・13・1683。ただし、この判決には、焼失のおそれが相当強い場合には保存行為にあたると解すべきである〔石田(穣)394〕、財産全体の観点または財産的価値の維持という観点から処分が許されることもあるためこの判決は形式的すぎる〔四宮238〕、といった批判がある)、

え 相続財産管理人(清算人)による訴訟取下・訴訟代理人解任

相続財産管理人による、被相続人が提起していた訴訟の取下げ・被相続人の選任した訴訟代理人の解任(東京高判昭57・10・25家月35・12・62。保存行為に該当しないだけではなく、本条所定の行為のいずれにもあたらないとする)、

お 訴訟代理人の選任

家出して不在となった夫に代わり妻が夫名義の訴訟代理人を選任すること(東京高判昭46・1・28民集26・7・1299)などがある。
※佐久間毅稿/於保不二雄ほか編『新版 注釈民法(4)』有斐閣2015年p87、88

(2)コンメンタール民法

次に、コンメンタール民法の、民法103条の「保存行為」の説明を紹介します。
現状維持を意味することや、全体の経済的価値の維持を含むという見解が説明されています。

コンメンタール民法

あ 保存行為の意味

〔2〕「保存行為」とは、財産の現状を維持する法律行為である。

い 保存行為の典型例

家屋修繕(のために結ぶ契約)・消滅時効の中断などだけでなく、

う 財産全体の経済的価値の維持→含む

期限の到来した債務の弁済、腐敗しやすい物の法律的処分(たとえば、売却)のように、財産全体として観察して現状の維持とみられる法律行為をすべて包含する。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p230

7 石田穣・民法総則

石田穣氏の見解も、以上のものとほぼ同じです。
被災を回避するために不動産を売却することについて、一律に判断できず、焼失のおそれがかなり強い場合であれば保存行為(現状維持)にあたる、という見解をとっています。

石田穣・民法総則

あ 保存行為の意味

第一は、保存行為である(一〇三条一号)。
保存行為とは、財産の現状を維持する行為である。

い 保存行為の典型例

財産の補修や時効の中断などがその典型であるが、
相手方の訴提起に対する応訴(最判昭四七・七・六民集二六巻六号一一三三頁(二八条に関する))や、
相手方の訴提起に応訴した訴訟における控訴や上告(最判昭四七・九・一民集二六巻七号一二八九頁(二八条に関する))、
腐敗や損壊しやすい物の換価処分も、保存行為に入る。

う 被災回避のための売却→保存分類の可能性あり

応召した夫から財産管理を任された妻が戦災で焼失するおそれがあるとして家屋を売却するのは、保存行為に当たらないとされるが(最判昭二八・一二・二八民集七巻一三号一六八三頁)、焼失するおそれがかなり強い場合には、保存行為に当たると解すべきである。
※石田穣著『民法総則 民法大系1』信山社2014年p761

8 民法252条5項の「保存行為」の意味(概要)

以上で説明したのは、民法103条1号の「保存行為」の意味でした。この点、別の条文でも「保存行為」という用語は登場します。その1つは民法252条5項(令和3年改正前は252条ただし書)の、共有物に関する条文です。
適用される状況は違いますが、基本的な解釈は共通しています。
詳しくはこちら|共有物の保存行為の意味と内容

本記事では、民法103条1号の「保存行為」の意味について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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