【借地法・借家法の立法前の賃料増減額請求(慣習・事情変更の原則)】

1 借地法・借家法の立法前の賃料増減額請求(慣習・事情変更の原則)

借地(建物所有の土地の賃貸借)や建物の賃貸借(借家)では、賃料(地代・家賃)の金額が相場から外れた場合に、賃料の増減額請求をして、金額を是正することができます。
詳しくはこちら|借地・借家の賃料増減額請求の基本
これは、借地借家法にそのような規定があるから可能なのです。
逆にいえば、借地借家法の誕生前、さらにその前にあった借地法、借家法の誕生前までさかのぼると、賃料増減額請求を認める規定はありませんでした。しかし、結論として賃料増減額請求は認められていました。本記事では、立法で作られる前の賃料増減額請求を説明します。古い話しですが、現在でも借地借家法が適用されない契約の解釈として使えることもあります。

2 慣習(民法92条・法例2条)による賃料増減額請求

(1)まとめ

賃料増減額請求を認める規定がなかった時代には、賃料増減額請求を認める慣習があった、という理由で、これを認めていました。理論的には、慣習があるから当事者の意思となっていたという理解と、慣習が法律として扱える状態になったという理解があります。どちらの考え方でも、結論として慣習を理由として賃料増減額請求を認めていた、ということは間違いありません。
以下、この問題について説明している(見解を示している)ものを紹介します。

(2)新版注釈民法・民法92条

新版注釈民法は、民法92条(事実たる慣習)を根拠とした判例を指摘した上で、これを批判し、法例2条(慣習法)を根拠とすべきであった、と指摘しています。さらに、借地法・借家法が施行された後でも、適用エリア外の賃貸借について、賃料増減額請求を認めた判例を紹介し、これは法例2条を根拠としたという説明をしています。

新版注釈民法・民法92条

あ 借地法・借家法の施行前

ア 民法92条により賃料増減額請求を認めた判例 借地借家における賃料の増減請求につき、借地法・借家法の施行前、大審院大正3年10月27日判決(民録20・818)、大審院大正4年6月8日判決(民録21・910)は、これを民法92条の問題としてとらえ、そのような慣習があることを認めた。
イ 法例2条により賃料増減額請求を認める見解 しかし、当時、このような慣習は法令に規定のない事項に関するものであったとみうるから、法例2条(注・現在の法適用通則法3条)によって処理されるべきであっただろう。
したがって、慣習による意思を問題にする必要はなかった、と考えられる(来栖・前掲論文626)。

い 借地法・借家法施行後

ア 賃料増減額請求を認めた判例 借地法・借家法施行後、大審院昭和13年8月1日判決(民集17・1585)は、賃料の増減請求をなしうることは、借地法施行区域外においても一般に行われつつある慣習法である、とした。
また、地代家賃統制令による統制地代につき、東京地裁昭和26年8月16日判決(下民集2・8・1016)は、物価庁の告示変更にさいしては、特別の取りきめのないかぎり、賃貸人が賃借人に対し、当然その最高限までの増額を請求できる慣習法があることを認めた。
イ 判例の読み取り→法例2条が根拠 これらの判決の根拠条文は明らかでないが、慣習法ということばを使っていることや、当事者の慣習による意思を問題としていないことからみて、法例2条が根拠になっている、と推測される。
争点は法令に規定のない事項に関するのだから、妥当というべきである。
※淡路剛久稿/川島武宜ほか編『新版 注釈民法(3)』有斐閣2010年p270

(3)新版注釈民法・借地法12条

新版注釈民法の借地法12条の解説では、慣習法または事実たる慣習が根拠となっていたことを指摘しています。その背景には公平の原則がある、とも指摘しています。

新版注釈民法・借地法12条

(立法前の話し→慣習による)
本条は、契約成立当時の地代・借賃を維持することが、公平の原則に反するばあいに、当事者に増減の請求権をみとめたものである。
本条をふくむ借地法が、大正10年に制定されるまえは、慣習法または事実たる慣習によって、地代の値上げがみとめられ、確定した判例となっていたものを、本条が吸収したわけである。
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p628

(4)新基本法コンメンタール借地借家法・借地借家法11条

新基本法コンメンタール借地借家法の11条の解説では、明治時代の判例は慣習法を根拠としていたが、大正時代の判例は事実たる慣習を根拠としていた、と説明しています。

新基本法コンメンタール借地借家法・借地借家法11条

あ 慣習法として認めていた時代

賃料増減請求権については、借地法12条、借家法7条および本法11条・32条にそれぞれ規定されているが、それ以前は、当初は「公租公課ノ増徴ニ因リ地主ノ負担増加スルカ又八土地ノ隆盛繁昌等ニ四リ附近ト共ニ地価ノ騰貴スルカ如キ事由ノ発生セルニ拘ハラス借地人ニ於テ承諾ヲ為サルカ為メ地料増加ノ途ナク面カモ貸借関係ハ尚ホ之ヲ将来ニ継続セサルヲ得サルニ於テハ地主ノ痛苦独リ甚シキモノアリ故ニ此ノ如キ場合ニ於テ地主ハ借地人ニ対シ増額ヲ強要スルヲ得ルコト即チ訴訟上ノ請求ヲ為シ得ルコトハ本院ノ一般慣習法トシテ認ムル所ナリ」として、地代増額請求権は慣習法に基づくものであるとしていた(大判明40・7・9民録13輯811頁)。

い 事実たる慣習として認めていた時代

その後、判例は、地代増額請求権を民法92条の慣習(いわゆる事実たる慣習)とみなして、普通これによる意思をもってなすべき地位にあって取引を行うものは、特に反対の意思を表示しない限りこの慣習に従う意思を有するものと推定するとして、事実たる慣習としての地代増額請求権を認めた(大判大3・10・27民録20輯818頁、同旨大判大3・12・23民録201160頁)。

う 実定法化

これらの判例により認められた慣習としての地代増額請求権が、借家の家賃について、また、減額請求権についても実定法化されたのが借地法12条および借家法7条の規定であり、本法11条および32条に承継されている。
※澤野順彦稿/田山輝明ほか編『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p68

(5)新基本法コンメンタール借地借家法・借地借家法32条

新基本法コンメンタール借地借家法の32条の解説では、11条と同じであるという指摘とともに、実質的根拠は事情変更の原則(後述)である、と指摘しています。

新基本法コンメンタール借地借家法・借地借家法32条

この規定(注・借地借家法32条)は、11条の地代等増減請求権の規定と同様に、判例法上事実たる慣習として認められていた地代増額請求権を立法化したものであり、その実質的根拠は、事情変更の原則にあると一般に理解されている(星野234頁)。
※澤野順彦稿/田山輝明ほか著『新基本法コンメンタール 借地借家法 第2版』日本評論社2019年p205

(6)広瀬武文・借地借家法

広瀬武文氏は、借地法12条は、それ以前の慣習を根拠とした判例の理論を成文化したものである、と説明しています。

広瀬武文・借地借家法

(注・借地法12条について)
本條による増減額請求權制度は慣習を法的根據として確立されていた増額請求権についての判例理論を成文化したものである。
※広瀬武文『借地借家法 法律学体系コンメンタール篇19』日本評論社1950年p137

3 民法92条(事実たる慣習)と法適用通則法3条(慣習法)の違い(参考)

(1)条文(民法92条・法適用通則法3条)

以上の説明の中では、「慣習」を、事実たる慣習慣習法の2つに区別していました。この説明をしておきます。その前に、2つの条文を確認しておきます。

条文(民法92条・法適用通則法3条)

あ 民法92条

(任意規定と異なる慣習)
第九十二条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。
※民法92条

い 法の適用に関する通則法

(法律と同一の効力を有する慣習)
第三条 公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。
※法適用通則法3条

(2)民法92条(事実たる慣習)と法適用通則法3条(慣習法)の違い

この2つの違いは、当事者の意思解釈レベルなのか、法規(として扱う)レベルなのか、というところにあります。適用の場面では、すでに法規(任意規定)がある事項について使われるかどうかという違いが現れます。
ただ前述のように、賃料増減額請求の根拠がこの2つのどちらであっても結論に違いはありません。
<民法92条(事実たる慣習)と法適用通則法3条(慣習法)の違い>

あ 民法92条→事実である慣習

本条(注・民法92条)は、慣習が法律行為解釈の標準となることを定めたものであるから、ここにいう「慣習」は「慣習法」の程度に達せず、単に社会の習俗的規範として存在するものを指す。
学者は、普通、これを、慣習法である慣習と対比する意味において、「事実である慣習」という
(これに対して、個人的な習慣などで、社会的な規範としての意味をまったく持たないものは、「単なる習慣」と呼ぶことができよう)。

い 法例2条(法適用通則法3条)→慣習法

これに対して法としての意義を有する慣習、すなわち慣習法については、法例2条が
「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル慣習ハ法令ノ規定ニ依リテ認メタルモノ及ヒ法令ニ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効力ヲ有ス」
と規定していた
(現在の法適用通則§3では、「公の秩序又は善良の風俗に反しない慣習は、法令の規定により認められたもの又は法令に規定されていない事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有する。」と現代用語化された)。

う 違い1

ア 事実である慣習→意思解釈レベル 両者の差異は、
第1に、「事実である慣習」は当事者の意思を解釈する標準となることによって意思表示の内容となったうえで、はじめて効力を有しうる(本条〔3〕参照)のに反し、
イ 慣習法→法規レベル 慣習法は当事者の意思に関係なく法規としての効力を有する点、

え 違い2

ア 事実である慣習→任意規定を改廃する 第2に、このことと関連して
「事実である慣習」は任意規定を改廃する効力を持つが、
イ 慣習法→任意規定を改廃できない 慣習法は、たとえ任意規定でも法規のある事項については、その法としての意義を認められない点、換言すればそれを改廃する効力を有しない点にある。・・・

お 他の見解の存在

なお、「慣習」、「事実である慣習」、「慣習法」のそれぞれの意義および相互関係については、さらに論議が交わされている。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p197、198

4 スライド法の成立根拠と事情変更の原則(参考)

継続賃料の鑑定の手法の中の1つであるスライド法の説明の中で、賃料増減額請求の背後には事情変更の原則がある、という指摘があります。条文上、経済事情の変動による不公平が賃料変更の要因とされていることに着目した説明です。

スライド法の成立根拠と事情変更の原則(参考)

(スライド法の成立根拠→賃料増減額請求→背景に「事情変更の原則」あり)
スライド法の成立根拠として考えられるのは、借地借家法11条及び32条における賃料等増減請求権である。
・・・そして、条文の背後にある法の基本的な考え方は、「事情変更の原則」にある。
契約は守られなければならないが、それには契約を締結した様々な事情に大きな変化がなければという前提が必要である。そして、契約締結の前提条件が大きく変化したならば、もはや原契約を履行することは衡平の観点から妥当性を欠くと考えられるのである。通常、長期の契約関係におかれる賃貸借契約においては、特に、社会の変化、経済情勢の変化が起こりうることは当然予想されることであるので、法は例示項目として「その他経済事情の変動」を賃料改定の要因としたのである。そうであるならば、スライド法は現行の賃料の相当、不相当を判断する場において重要な役割を担わされているといえよう。
・・・
法のいう「事情変更の原則」を基礎に置くということは、結局、契約当初の貸主借主の立場を維持し、経済社会の変動によって一方に偏った賃料=「不相当な賃料」を、衡平の観点から現状に合うように変更することである。
※賃料評価実務研究会著『賃料評価の理論と実務〜継続賃料評価の再構築〜』住宅新報社2006年p94

5 事情変更の原則(参考)

賃料増減額請求の実質的な根拠は事情変更の原則であると考えられます(前述)。この事情変更の原則とは、信義誠実の原則(民法1条2項)を根拠として認められる一般的な理論で、契約締結後に想定外の事情が生じた場合に、契約内容を変更や契約の解消を認める、というものです。
詳しくはこちら|事情変更の原則(契約後の想定外の事情による変更・解除)
ただ、賃料増減額請求に関する過去の判例では、「慣習」を根拠に認めていたのであり、ストレートに事情変更の原則を適用していたわけではありません。

6 現在における慣習による賃料増減額請求(参考)

借地、借家契約では、賃料増減額請求が借地借家法の規定として作られているので、現在では慣習を使うことはありません。この点、借地借家法の適用がない賃貸借では、慣習による賃料増減額請求や、場合によっては、事情変更の原則による賃料増減額請求を活用する場面もあり得ます。
詳しくはこちら|借地借家法の適用がない賃貸借における賃料増減額請求

本記事では、借地法・借家法の立法前の賃料増減額請求について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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