【不動産競売における物件明細書の記載の効力(誤りの是正・公信力なし)】

1 不動産競売における物件明細書の記載の効力(誤りの是正・公信力なし)

不動産競売では競売不動産の基本情報や権利関係が記載された物件明細書が作成され、公表されます。入札候補者はこれをみて入札するかどうか、入札金額をどうするか、などを検討します。実際には物件明細書の記載が誤っていることもあり、ここからいろいろな問題が生じます。
本記事では、物件明細書の記載の効力や誤っている場合の対応について説明します。

2 民事執行法62条・物件明細書に関する規定

最初に、不動産競売における物件明細書に関するルールである民事執行法62条を確認しておきます。
裁判所書記官が物件明細書を作成するということ、記載事項として買受人にとって重要な情報が定めてあります。また、物件明細書を公表するということも書いてあります。実際には、ウェブサイト(BIT)上で公表されるので多くの方はこれを見て入札を検討する、ということになります。

民事執行法62条・物件明細書に関する規定

(物件明細書)
第六十二条 裁判所書記官は、次に掲げる事項を記載した物件明細書を作成しなければならない。
一 不動産の表示
二 不動産に係る権利の取得及び仮処分の執行売却によりその効力を失わないもの
三 売却により設定されたものとみなされる地上権の概要
2 裁判所書記官は、前項の物件明細書の写しを執行裁判所に備え置いて一般の閲覧に供し、又は不特定多数の者が当該物件明細書の内容の提供を受けることができるものとして最高裁判所規則で定める措置を講じなければならない
3 前二項の規定による裁判所書記官の処分に対しては、執行裁判所に異議を申し立てることができる。
4 第十条第六項前段及び第九項の規定は、前項の規定による異議の申立てがあつた場合について準用する。
※民事執行法62条

3 物件明細書の誤りへの手続上の対応→売却不許可・執行抗告

この点、物件明細書に誤ったことが記載されることも実際にはあります。その場合、買受人の立場としては、誤った判断を前提に不動産を買ってしまうことになるので、誤りが重大であれば裁判所は売却不許可とします。売却許可決定が出てしまった後に執行抗告を申し立てる方法もあります。

物件明細書の誤りへの手続上の対応→売却不許可・執行抗告

・・・物件明細書の作成またはその手続に重大な誤りがあれば、売却不許可事由となり(民執71⑥)、それにもかかわらず売却許可決定がされたときは、それにより権利を害される者は、執行抗告ができる(民執74I)。
※中野貞一郎著『民事執行・保全入門 補訂版』有斐閣2013年p102

競売手続におけるイレギュラー事態への対応については別の記事で説明します。
詳しくはこちら|不動産競売で不動産が損傷・滅失した場合の救済手段(売却不許可・売却許可取消)

4 物件明細書の誤りの実体上の効力→公信力なし

(1)まとめ

実際には、売却手続が終わってから、つまり買受人が所有権を取得した後に、物件明細書の記載について関係者の間で意見の対立が起きることがあります。典型例は、物件明細書には(買受人に対抗できる)「借地権がある」と書いてあるけれど、土地の買受人が「実際には借地権はない」と主張して土地の明渡を請求する、というケースです。
このようなケースでは、物件明細書に「借地権がある」と書いてあって是正されないまま競売が終わったので、もう「借地権はある」ということで決まった、という発想も浮かびます。しかし、物件明細書の記載はあくまでも書記官の判断(意見)です。その後の訴訟で裁判官が実際の過去の事情から借地権が存在するかどうかを判断することになるのです。
たとえば、競売の段階では土地の占有者(建物所有者)が、土地の賃貸借契約書を提出しなかったため書記官が「借地権はない」と判断したところ、競売完了後の訴訟で初めて賃貸借契約書を提出した場合、裁判官が借地権があると判断することはあります。最初から提出しなかったので信用性が下がりますが、とにかく物件明細書の記載とは別の判断になることもあるのです。

(2)中野貞一郎「民事執行・保全入門」→公信力なし

物件明細書の記載があってもそのとおりの権利関係となるわけではない、ということを別の言い方をすると物件明細書には公信力がないということになります。これについては学説も認めています。

中野貞一郎「民事執行・保全入門」→公信力なし

・・・物件明細書の記載に公信力があるわけではないから、物件明細書に記載されたかどうかにかかわらず存続すべき権利は存続し、消滅すべき権利は消滅する(民執規30の4、民568参照)。
※中野貞一郎著『民事執行・保全入門 補訂版』有斐閣2013年p102

(3)東孝行氏論文→公信力と自縛力なし+手続基準効と公証的効力あり

東孝行氏も公信力を否定し、また、自縛力を否定しています。一方で、競売手続上は物件明細書の記載内容が前提とされること(手続基準効)と、事実上の影響(公証的効力)はある、と指摘しています。

東孝行氏論文→公信力と自縛力なし+手続基準効と公証的効力あり

あ 権利確定の効力(公信力)→なし

このように、法定地上権に関して記載された物件明細書の記載の効力はどのようなものであるかということが、物件明細書の効力一般の問題の一環として問題となる。
物件明細書は裁判所が現況調査報告書および審尋の結果その他一件記録上の資料に基づいて記載したものであり、証拠調べにみられるような関係人の積極的な参加など権利確定手続を経ないまま記載したものであるから、その記載には権利確定の効力がないことはいうまでもない。

い 自縛力→なし

そして、物件明細書は、裁判ではないから、自縛力も有しない
したがって、記載の後で訂正の必要があれば訂正することも許される。

う 手続基準効→あり

しかし、物件明細書に法定地上権が成立する旨の記載がなされると、特段の修正を要する資料がない限り、その記載が基準となってそのまま売却から配当へ進み、売却代金納付による登記嘱託(法一八八条、八二条)のためにさらに不動産引渡命令の発動の可否を決するために(法一八八条、八三条)有力な指標を提供する(いわば「手続基準効」)。

え 公証的効力→あり

民事執行手続が終了したあとに法定地上権の成否が判決手続、民事調停手続等において争われるときは、物件明細書の記載は証拠となりうるのであるから、少なくとも、「当該民事執行手続においては法定地上権」が成立するものと認められた」ことを内容とする「公証的効力」はあるものというべきである。
※東孝行稿『法定用益権をめぐる実務上・手続上の問題点』/加藤一郎ほか編『担保法大系 第1巻』金融財政事情研究会1984年p530、531

(4)判例→競売公告に公信力なし

古い時代の競売手続では物件明細書は存在せず、代わりに競売公告に権利関係が記載されていました。この競売公告について、判例は公信力がないと判断しています。

判例→競売公告に公信力なし

あ 昭和28年最判→公信力なし

借家法により第三者に対抗し得る賃借権競売公告に記載なくとも、それにより右対抗の権利が消滅するものではない
※最判昭和28年3月17日

い 昭和46年最判

ア 公告の記載→公信力なし 建物保護に関する法律一条による対抗要件を具備した土地の賃借権は、競売期日の公告に記載がなくても、その対抗力が消滅するものではない
イ 賃借人の申告がなかったこと→直ちに影響なし また、執行裁判所の取調に対して土地の賃借権者が賃借権の申出をしなかつたとしても、それが直ちにその賃借権の効力に影響を及ぼすものではない
※最判昭和46年10月14日

(5)物件明細書の書式における「公信力なし」の注意書き

現在の競売手続の実務で使われている物件明細書では、1枚目の目立つ場所に注意書きとして公信力がないということを分かりやすい言葉で書いてあります。

物件明細書の書式における「公信力なし」の注意書き

(注・物件明細書の書式として)
《注意書》
1 本書面は、現況調査報告書、評価書等記録上表れている事実とそれに基づく法律判断に関して、執行裁判所の裁判所書記官の一応の認識を記載したものであり、関係者の間の権利関係を最終的に決める効力はありません訴訟等により異なる判断がなされる可能性もあります)。
※園部厚著『書式 不動産執行の実務 全訂12版』民事法研究会2022年p181

(6)民事執行規則30条の4・物件明細書の誤りがある場合の措置(参考)

少し話題が変わりますが、民事執行規則の中に、物件明細書の記載事項とは異なる事項を基礎として売却基準価額を決めるやり方が書いてあります。要するに、物件明細書の記載が誤っているので、売却基準価額の計算では物件明細書の記載は使わない場合の扱いです。物件明細書の記載が誤っていることもあることを前提としたルールといえます。

民事執行規則30条の4・物件明細書の誤りがある場合の措置(参考)

(物件明細書の内容と売却基準価額の決定の内容との関係についての措置)
第三十条の四 執行裁判所は、売却基準価額を定めるに当たり、物件明細書に記載された事項の内容が当該売却基準価額の決定の基礎となる事項の内容と異なると認めるときは、当該売却基準価額の決定において、各事項の内容が異なる旨及びその異なる事項の内容を明らかにしなければならない。
2 前項の場合には、裁判所書記官は、同項に規定する各事項の内容が異なる旨及びその異なる事項の内容物件明細書への付記、これらを記載した書面の物件明細書への添付その他これらを物件明細書上明らかにするものとして相当と認める措置を講じなければならない。
※民事執行規則30条の4

本記事では、不動産競売における物件明細書の権利関係の記載の効力について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不動産競売に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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