【ライフライン設置権の規定と解釈(平成29年改正民法213条の2、213条の3)】
1 ライフライン設置権の規定と解釈(平成29年改正民法213条の2、213条の3)
住宅には各種ライフラインが必須なので、他人所有の土地(私道)に配管を設置せざるをえない場合(導管袋地)には、設置する権利を認められます。
詳しくはこちら|ライフライン設置権の全体像(トラブル具体例・民法改正・提訴の形式・合意の形式)
このライフライン設置権は従来、解釈によって認められていたのですが、平成29年の民法改正で条文として整備されました。
本記事では、この規定や解釈について説明します。
2 ライフライン設置権の創設背景と旧法下での取り扱い
ライフラインの設置に関して、改正前(旧法)には明確な規定がなく、相隣関係規定の類推適用などの解釈で対応していました。今後は、ライフライン設置が(改正前よりは)円滑になりました。
ライフライン設置権の創設背景と旧法下での取り扱い
あ 旧法の問題点
(ア)現代的なライフライン設置に関する明確な規定がなかった(イ)排水のための低地の通水(民法220条)等の規定のみ
い 旧法下での対応
(ア)民法の相隣関係規定や下水道法11条等の類推適用(多数説、下級審裁判例)(イ)法的根拠・手続が不明確(ウ)隣地所有者不明の場合の対応が困難
う 判例(平成14年最判)
給排水設備の事案において、相隣関係規定や下水道法11条等を類推適用することにより、他の土地の使用を認めた
※最判平成14年10月15日
え 新法での立法的解決
平成29年改正により、条文(民法213条の2、213条の3)を新設した
3 民法213条の2、213条の3の条文
最初に、条文を確認しておきます。枝番のある条文番号で、2つの条文が作られました。民法213条の2が一般的ルール、213条の3が、土地の現物分割や一部譲渡があった場合の特則(特別ルール)です。
民法213条の2、213条の3の条文
あ 民法213条の2
(継続的給付を受けるための設備の設置権等)
第二百十三条の二 土地の所有者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付(以下この項及び次条第一項において「継続的給付」という。)を受けることができないときは、継続的給付を受けるため必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができる。
2 前項の場合には、設備の設置又は使用の場所及び方法は、他の土地又は他人が所有する設備(次項において「他の土地等」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
3 第一項の規定により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用する者は、あらかじめ、その目的、場所及び方法を他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に通知しなければならない。
4 第一項の規定による権利を有する者は、同項の規定により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用するために当該他の土地又は当該他人が所有する設備がある土地を使用することができる。この場合においては、第二百九条第一項ただし書及び第二項から第四項までの規定を準用する。
5 第一項の規定により他の土地に設備を設置する者は、その土地の損害(前項において準用する第二百九条第四項に規定する損害を除く。)に対して償金を支払わなければならない。ただし、一年ごとにその償金を支払うことができる。
6 第一項の規定により他人が所有する設備を使用する者は、その設備の使用を開始するために生じた損害に対して償金を支払わなければならない。
7 第一項の規定により他人が所有する設備を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、その設置、改築、修繕及び維持に要する費用を負担しなければならない。
※民法213条の2
い 民法213条の3
第二百十三条の三 分割によって他の土地に設備を設置しなければ継続的給付を受けることができない土地が生じたときは、その土地の所有者は、継続的給付を受けるため、他の分割者の所有地のみに設備を設置することができる。この場合においては、前条第五項の規定は、適用しない。
2 前項の規定は、土地の所有者がその土地の一部を譲り渡した場合について準用する。
※民法213条の3
4 ライフライン設置権の発生要件(民法213条の2第1項)
ライフライン設置権は、他の土地に設備を設置または他人の設備を使用しなければ継続的給付を受けられない場合に発生します。ライフラインの具体的内容は電気、ガス、水道水(上水道)、下水道などです。
ライフライン設置権の発生要件(民法213条の2第1項)
あ 適用範囲
(ア)継続的給付を受けようとする者自身に権利を認める(イ)継続的給付を行う事業者(電力供給会社など)には適用されない(ウ)継続的給付を受けるために必要な限度を超える大がかりな設備の設置は対象外
い 他の土地を利用する必要性
(ア)他の土地に設備を設置し、または他人が所有する設備を使用しなければ継続的給付を受けることができないこと(イ)他の土地に囲まれていることは要件ではない
う 対象となる継続的給付
ア 例示
電気、ガス、水道水の供給
イ その他の具体例
下水道の利用
う 権利行使の範囲
継続的給付を受けるため必要な範囲内
5 ライフライン設置権の内容と性質
ライフライン設置権は他の土地へ設備を設置する権利と他人所有の(既存の)設備を使用する権利を含みます。法定の権利で、他の土地所有者の承諾なく発生し、受忍義務が課されます。ただし、妨害された場合には差止判決を取得して排除することがが必要です。当然ですが、実力行使が可能になるほどの円滑化が図られたわけではありません。
ライフライン設置権の内容と性質
あ 権利の内容
ア 設備の設置
他の土地に設備を設置する権利
イ 設備の利用
他人が所有する設備を使用する権利
い 権利の性質
ア 法定の権利
他の土地等の所有者の承諾の有無にかかわらず発生する
イ 受忍義務
他の土地等の所有者は設備の設置等を受忍する義務を負う
ウ 実力行使不可・差止手続要
私的な実力行使による権利実現は認められず、妨害行為の差止めの判決が必要である
う 事情変更による権利の消滅・変更
要件を満たさなくなった場合、当該権利は消滅または変更される
6 設備の設置・使用の場所・方法(民法213条の2第2項)
ライフライン設置権の中身として、具体的にどこに設置するのか、という問題があります。これについては「損害最小ルール」があります。他の土地に対し、損害が最も少ない方法を選択する必要があります。複数の選択肢がある場合、継続的給付の必要性と損害を比較衡量し判断します。
設備の設置・使用の場所・方法(民法213条の2第2項)
あ 損害最小ルール
他の土地または他人が所有する設備のために損害が最も少ないものを選ばなければならない
い 複数の選択肢→相対的判断
複数の選択肢がある場合、継続的給付を受ける必要性と他の土地に生じる損害を踏まえて判断する
7 ライフライン設置権の権利行使
(1)ライフライン設置権の行使手続(民法213条の2第3項)
ライフライン設置権が発生したことを前提として、これを行使する時には事前通知の義務があります。権利行使前に、目的、場所、方法を他の土地所有者に通知する必要があります。
ライフライン設置権の行使手続(民法213条の2第3項)
あ 事前通知義務
ア 通知の時期
権利行使の前(あらかじめ)に通知する
イ 通知の内容
目的、場所および方法
ウ 通知の相手方
他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者
エ 所在不明の場合の対応
所有者の所在が不明の場合は、公示の方法による通知(民法98条)を用いる
い 通知の目的(趣旨)
(ア)相手方に、設備設置等の内容について権利の発生要件充足の判断を可能にする(イ)相手方に、受入れの準備を可能にする
う 土地の使用との関係→別
設備がある土地の使用に関する通知とは別である(後記※1)
※民法209条3項、213条の2第4項後段
(2)土地使用権(民法209条)の要点
前記のように、ライフラインを設置することと、設置のために他人の土地を使用することは別です。土地の使用については、同じく平成29年改正で作られた別のルール(民法209条)が適用されます。正確には、民法213条の2第4項後段が、209条を準用しています。
土地使用権(民法209条)の要点(※1)
あ 使用できる土地
(ア)設備を設置する他の土地(イ)他人が所有する設備がある土地
い 隣地使用権に関する規定の準用
(ア)居住者の承諾がない限り、住家に立ち入ることはできない(イ)損害が最も少ない日時、場所および方法を選ばなければならない(ウ)あらかじめ土地使用の目的、日時、場所および方法を通知しなければならない(エ)損害を受けた者は償金を請求できる
8 償金支払義務
ライフライン設置権が発生すれば、文字どおり設置することは可能となりますが、償金支払義務も発生します。設置時の一時金や継続的損害に対する定期払い、既存の設備に接続した時の償金について細かく条文でルールが作られました。
償金支払義務
あ 設備「設置」の場合(民法213条の2第5項)
ア 設置(工事)による損害→一時金
設備の設置工事の際に生じる損害は、一時金として支払う
イ 継続的な損害→1年ごと
設備の設置によって土地が継続的に使用できなくなることによる損害は、1年ごとの定期払が可能である
い 設備「接続」の場合(民法213条の2第6項、第7項)
ア 設置(工事)による損害→一時金
設備の設置工事の際に生じる損害は、一時金として支払う
イ 費用の分担
設備の設置、改築、修繕、維持に要する費用は、利益を受ける割合に応じて負担する
う 分割や一部譲渡の場合の例外
分割や一部譲渡により生じた導管袋地の場合、償金支払義務を負わない(後記※2)
え 参考判例(土地通行の償金→1年ごとの定期払い)
公道に至るための他の土地の通行権について、償金を1年ごとの定期払の方法で支払うことを認めた。
※最判昭和38年2月21日
9 土地の分割・一部譲渡の場合の特例(民法213条の3)
以上がライフライン設置権の基本ルール(民法213条の2)です。次の条文(民法213条の3)は、土地分割(共有物分割の1つである現物分割)や一部譲渡により生じた場合の特例を規定しています。他の分割者や譲受人の所有地のみに設備設置が可能で、償金支払義務が免除されます。これにより、分割や譲渡時の対応準備と第三者への負担回避を図っています。
土地の分割・一部譲渡の場合の特例(民法213条の3)(※2)
あ 共有地の分割により導管袋地が生じた場合
(ア)他の分割者の所有地のみに設備を設置可能(イ)償金支払義務を負わない
い 土地の一部譲渡により導管袋地が生じた場合
(ア)譲渡人は、譲受人の所有地のみに設備を設置可能(イ)償金支払義務を負わない
う 趣旨
(ア)分割や譲渡の際に予め対応方法を準備できるため(イ)分割者以外の土地所有者への負担を回避する(ウ)囲繞地通行権(民法213条1項・2項)と同じ趣旨である
え 既設の設備がある場合の扱い
基本的には、民法213条の2第2項により、当該設備を使用することが損害の最も少ない方法として特定され、当該設備を使用しなければならない
10 民法213条の2、213条の3の法的構成に関する問題点
ライフライン設置権の基本的な規定や解釈を説明してきました。最後に、注意事項や問題点を整理しておきます。
民法213条の2、213条の3の法的構成に関する問題点
あ 設置された導管等の所有権
ア 通説的見解
隣地に付合せず、所有権は設置者に留保される
イ 他の制度との比較(ア)隣地使用権→足場等は作業終了後撤去する(イ)隣地通行権→通路の舗装等は隣地の構成部分となる(強い付合)(ウ)通水用工作物→隣地所有者の所有物で、使用権のみ認められる
い 法的構成に関する問題点
ア 一般的な工作物所有の権利との比較
他人の土地上に工作物を所有する場合の物権は通常、地上権(区分地上権を含む)である
民法213条の2、213条の3により生じる権利は地役権である
立法論として、区分地上権の設定請求や法定区分地上権の成立を認めるアイデアもあった
イ 相隣関係規定(法定地役権)として新設されたことによる影響(ア)合意による地役権設定でも「ライフライン設置目的」が可能になる可能性がある(イ)従来、区分地上権で処理されてきた事案への影響が生じる可能性がある
11 ライフライン設置権の権利濫用(概要)
ライフライン設置権は、個別的な事情に特殊性がある場合には、例外的に否定されることもあります。権利の濫用としてライフライン設置権が否定されたケースについて別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|ライフライン設置権が権利の濫用となった判例(最判平成5年9月24日)
参考情報
※安達敏男ほか著『改正民法・不動産登記法実務ガイドブック』日本加除出版2021年p191〜196
※松尾弘著『物権法改正を読む 令和3年民法・不動産登記法改正等のポイント』慶應義塾大学出版会2021年p23〜27
※七戸克彦著『新旧対照解説 改正民法・不動産登記法』ぎょうせい2021年p28〜32
※荒井達也著『Q&A 令和3年民法・不動産登記法改正の要点と実務への影響』日本加除出版2021年p171〜175
本記事では、平成29年の民法改正で新設されたライフライン設置権について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に私道(私有地)へのライフライン設置に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。