【後発的自己借地権のケースで現物分割を選択した裁判例(借地権の共有物分割・東京地判平成20年10月9日)】
1 後発的自己借地権のケースで現物分割を選択した裁判例(借地権の共有物分割・東京地判平成20年10月9日)
東京地判平成20年10月9日は、借地権だけを対象とした共有物分割訴訟で、裁判所が現物分割を採用したものです。判断の中で、混同消滅の例外(後発的自己借地権)や持分割合の判断など、他の事例でも参考になるものが複数含まれています。本記事ではこの裁判例について説明します。
2 事案(権利関係変動の時系列)
最初に事案内容を時系列に沿って整理しておきます。借地契約をした当初は変わったことはありませんでしたが、その後の権利移転(競売や売買)によって、土地所有者がX、借地権者(借地人)がXとY、という関係が生じたところがポイントです。ただ、土地上の建物はXY共有ではなく、複数建物のうち建物甲(グループ)はXが単独所有、建物乙(グループ)はYが単独所有という状態でした。実際にはこのYは、複数人ですが、1グループ(1人)と考えても最後まで違いは生じないので、単に「Y」と記載します。
事案(権利関係変動の時系列)
あ 借地契約締結(原始契約)
賃貸人(土地所有者)=E
賃借人(建物甲・建物乙所有者)=Y
い 建物甲+その敷地部分の借地権の移転
Xが建物甲+その敷地部分の借地権を競売で取得した
その後Xが参加人Xにこれらを売却した
賃貸人(土地所有者)=E
賃借人=X(建物甲所有)・Y(建物乙所有)
う 借地人の1人が土地(全体)を取得
Xが土地(全体)を(Eから)取得した
賃貸人(土地所有者)=X
賃借人=X(建物甲所有)・Y(建物乙所有)
え 共有物分割請求権の行使
Xが「準共有借地権」について共有物分割を請求した
3 判決文
以下、判決文を、テーマごとに分けて引用します。
(1)前提事実
判決文のうち前提事実の認定の部分です。前記の事案のまとめの内容が文章になっているものです。
前提事実
1)Cは、Dより件外建物及び本件建物の所有を目的として、三筆の土地からなる本件土地を賃借していた。
2)D及びCのそれぞれに相続が発生し、また、上記賃貸借契約は更新されるなどしたが、最後の相続が発生した平成一四年一〇月時点において、被告らを賃借人、Dを相続したEを賃貸人として、本件土地を対象とし、賃料を月額二六万四五〇〇円とする、本件建物及び件外建物の所有を目的とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が存在していた(以下では、本件賃貸借契約上の建物所有を目的とする借地権を「本件借地権」という。)。
被告らは、本件土地上の件外建物を所有し、本件借地権の準共有者である。
3)被告らは、本件土地上に存在する件外建物及び本件建物を所有していたところ、脱退前原告は、平成一六年一一月一〇日、本件建物(別紙物件目録二記載の二ないし六の建物)を競売手続(当庁・平成一五年(ケ)第一六四九号事件。これは、別紙物件目録二記載の一ないし六の各不動産に係る競売申立事件である。)によって買い受けて取得した。
4)脱退前原告は、平成一八年九月八日、被告らに対し、上記一の⑤共有物分割請求事件に係る訴えを提起したが、その訴訟係属中である平成一九年三月二〇日、別紙物件目録二記載の各不動産(同目録一記載の土地、本件土地及び本件建物)を全て参加人に売却した。上記に基づき、参加人は、同年四月二六日、上記訴訟の脱退前原告の訴訟上の地位を承継して、本訴手続に参加し(本件承継参加申立事件)、他方で、脱退前原告は、同年一〇月一〇日、前記一の訴訟上の和解において、被告らの同意を得て脱退した。
5)脱退前原告又は参加人と被告らとの間で、本件借地権の分割について協議が調った事実は認められない。
(2)混同に関する当事者の主張
この裁判例のメイン判断は「混同消滅が適用されない」という部分です。
これに関する当事者の主張として、民法179条1項ただし書か520条ただし書にあてはまるということしか指摘されていません。平成3年改正の借地借家法15条2項として、後発的自己借地権の規定が作られているので(後述)これを主張すれば足りるはずですが、この主張はなされていなかったようです。
混同に関する当事者の主張
(被告らの主張)
ア 脱退前原告が本件建物の取得によって本件借地権の一部を取得したとしても、平成一七年一〇月三一日、本件建物の底地(本件土地)を取得したため、本件借地権は、混同(民法一七九条本文、五二〇条本文)により消滅した。
イ 脱退前原告が、混同の例外として一時的に準共有に係る本件借地権を有していたとしても、脱退前原告の準共有に係る本件借地権及び本件建物を目的とした株式会社a銀行の根抵当権は、平成一八年一二月二六日の解除により消滅した。これに基づき脱退前原告に対する根抵当権が消滅し、脱退前原告が有していた準共有に係る本件借地権も消滅した。
(参加人の主張)
以下のとおり、本件は、民法一七九条一項ただし書、五二〇条ただし書に該当し、本件借地権は消滅しない。
ア 本件借地権は、被告らと脱退前原告との準共有となっており、賃貸人Eと賃借人脱退前原告以外の「第三者」である被告らが賃借人として権利を主張する立場にあった。本件借地権は、本件土地という三筆の土地にまたがる一個の契約に基づく不可分の借地権であり、「賃借人の地位」が被告らと準共有の対象となっている以上、たとえ、脱退前原告が本件土地の所有権を取得したとしても、「賃貸人の地位」と「賃借人の地位」とが完全に一体化して本件借地権が消滅することはあり得ない。
イ 株式会社a銀行のために脱退前原告の準共有に係る本件借地権及び本件建物を目的とする根抵当権が設定されており、これは、混同の例外に当たるし、本件借地権を放棄した訳でもない脱退前原告が、上記銀行への債務を弁済して根抵当権を解除したからといって、その有していた準共有に係る本件借地権を失う理由はない。
(3)裁判所の判断・混同→適用否定
メイン判断の結論は、混同消滅を適用しない、というものでした。前述のように、借地借家法15条2項の後発的自己借地権として認められる(混同消滅が例外的に適用されない)ので、結論としては妥当だと思われます。
ただ、判決の理由(記述)として、「賃借権は」「準共有権の対象とされていた」という言い回しは不正確(誤り)だと思います。この言い回しだと「賃借権の所有権」という概念が存在することが前提となっています。しかし現在では「◯◯権の所有権」という概念は否定されています(後述)。
次に、「「当該他の物権が第三者の権利の目的であるとき」に該当し」という説明が登場します。具体的権利の名称をあてはめると、「借地権が第三者(Y)の権利(所有権)の目的である」ということになります。前述の「借地権の所有権」という概念を認めることが前提となっています。
さらに、「持分放棄(民法二六四条、二五五条)をしたのと同じ利益を他の共有者が受ける理由はない」という記述が登場します。これは、仮に混同消滅が適用された場合の効果が「Xの有する借地権の共有持分が消滅する→Yだけが借地権を有する(単独帰属となる)」ということを前提としているように読めます。
裁判所の判断・混同→適用否定
被告らは、脱退前原告が平成一七年一〇月三一日、本件建物の底地(本件土地)を取得したため(脱退前原告が本件土地を取得したことは争いがないが、《証拠省略》によると、その売買の日は、同年九月二八日である。)、本件借地権は、混同(民法一七九条本文、五二〇条本文)により消滅したと主張する。
そこで、検討するに、借地借家法によって効力の強化されている建物所有を目的とする賃借権(借地権)については、民法一七九条一項の「他の物権」に準じて、同項を類推適用し、その混同消滅の是非を検討するのが相当である。
上記一のとおり、本件借地権は、被告らと脱退前原告との準共有となっていた。
イ 制限物権が第三者の権利の目的に該当するという判断 そうすると、賃借人脱退前原告の本件借地権は、賃貸人Eと賃借人脱退前原告以外の「第三者」である被告らの準共有権の対象とされていたのであるから、民法一七九条一項ただし書の「当該他の物権が第三者の権利の目的であるとき」に該当し、脱退前原告が本件建物及び本件借地権を取得した後、本件建物の底地(本件土地)を取得したからといって、本件借地権は、混同の例外として、消滅しないと解すべきである(東京高判昭三〇・一二・二四高民集八巻一〇号七三九頁結論同旨)。
ウ 混同例外の趣旨 また、混同の例外の規定(民法一七九条一項ただし書、五二〇条ただし書)の制度趣旨が、混同によって第三者の権利に理由のない変動を生じさせないことにあることにかんがみると、借地権の準共有者の一人が土地の所有権を取得したことによって、その者が持分放棄(民法二六四条、二五五条)をしたのと同じ利益を他の共有者が受ける理由はないといわなければならない。
エ 結論→混同適用否定(借地権存続) 以上の説示に照らすと、脱退前原告の準共有に係る本件借地権及び本件建物を目的とした株式会社a銀行の根抵当権が、平成一八年一二月二六日に解除されているからといって、そのことによって、脱退前原告が有していた準共有に係る本件借地権が消滅する理由もない。
よって、脱退前原告が有していた本件借地権は、本件土地の取得によって消滅したとはいえないから、混同による消滅をいう被告らの主張は、採用し得ない。
(4)裁判所の判断・現物分割の可否→可能
以上のように、裁判所は、借地権の準共有の状態にある、という判断をしたので、次に、共有物分割の判断、つまり分割方法としてどのような内容を採用するか、という判断に進みます。
ここで、借地権の帰属に変動を生じさせることは、借地権(賃借権)の譲渡ということになるので、地主(賃貸人)の承諾が必要になります。
詳しくはこちら|賃借権の譲渡・転貸の基本(賃貸人の承諾が必要・無断譲渡・転貸に対する明渡請求)
つまり、借地権の準共有者だけでは処理が完結しない、ということになります。
ただし、本件では、共有物分割の当事者のうち1人が地主(賃貸人)である、という特殊性があります。そこで「地主の承諾」も判決に含まれると考えれば、この問題は生じません。そこで裁判所は、現物分割を採用することは可能である、と判断します。
裁判所の判断・現物分割の可否→可能
したがって、本件借地権の現物分割は可能であると解するのが相当である。
(5)持分割合→平等推定否定・「建物の面積」割合採用
現物分割では、具体的な分割線を特定しますが、その前提として、持分割合の特定が必要です。ここで一般的な不動産の共有物分割では登記上、持分割合が明記されているのであまり問題は生じません。しかし、借地権の場合も、賃借権の登記であれば持分割合が登記されていますが、代用対抗要件(建物登記による対抗力)の場合には借地権の(準)共有持分割合は登記されていません。
この点、持分割合が不明である場合には均等と推定する規定があります(後述)。しかし本件では、この推定規定は使わず、建物の面積(の合計)を借地権の準共有持分割合として使いました。
持分割合→平等推定否定・「建物の面積」割合採用
(6)分割線の選択→参加人の予備的請求内容を採用
最後に、分割線について、当事者が出した提案(主張)のうち合理的なものを裁判所が採用しました。
分割線の選択→参加人の予備的請求内容を採用
4 関連テーマ
本裁判例では、複数のテーマ(論点)が登場しています。それぞれ、別の記事で説明しています。
(1)後発的自己借地権(混同例外)
自己借地権、つまり混同消滅の例外については、借地借家法15条が規定しています。
詳しくはこちら|自己借地権の基本(混同回避の趣旨・種類・認める範囲)
(2)借地権の共有物分割
「借地権」の共有物分割では、賃貸人(地主)からみると、借地権譲渡ということになるので、単純に考えると賃貸人の承諾が必要ということになります。つまり、賃貸人との関係が問題となります。
詳しくはこちら|借地権の共有物分割(現物分割・換価分割に伴う問題)
(3)共有持分割合の判定(民法250条の均等推定)
共有であることははっきりしているけれど共有持分割合が不明である、という場合には、割合は均等と推定されます。あくまでも「推定」なので、個別的事情によっては具体的事情から(均等ではない)割合を認定することもあります。
詳しくはこちら|共有であるかどうか・持分割合の認定(民法250条の推定・裁判例)
(4)借地権の所有権という概念のおかしみ
「共有持分権」とは、複数人に帰属している「所有権」を意味します。同じノリで、「所有権以外の権利」が複数人に帰属する場合に「準共有持分権」と言いたくなります。本裁判例でも「借地権が準共有権の対象である」という言い回しが登場しました。しかしこれだと「借地権の所有権」と言っているのと同じだから不正確または誤りだ、という指摘があります。
詳しくはこちら|「共有持分権」「準共有持分権」という用語の意味や適否
本記事では、後発的自己借地権のケースで現物分割を選択した裁判例(東京地判平成20年10月9日について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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