【天然果実の取得者変更における帰属の分配(民法89条1項)】
1 天然果実の取得者変更における帰属の分配(民法89条1項)
天然果実を取得する者は、原則として元物の所有者です。では、売買などにより、元物の所有者(果実収取権者)が変わった場合はどうなるか、という問題があります。これについて、民法89条1項がルールを定めています。
本記事では、民法89条1項について説明します。
2 民法89条の条文と趣旨
(1)民法89条の条文
最初に、民法89条の1項、2項に共通する基礎部分を確認しておきます。
まずは条文です。天然果実については1項に定められています。分離する時点で(果実の)収取権を持つ者に、(果実が)帰属する、ということが書いてあります。
民法89条の条文
第八十九条 天然果実は、その元物から分離する時に、これを収取する権利を有する者に帰属する。
2 法定果実は、これを収取する権利の存続期間に応じて、日割計算によりこれを取得する。
法定果実(2項)については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|法定果実の取得者変更における帰属の分配(民法89条2項)
(2)民法89条の趣旨
民法89条は、その1つ前の88条が定めた「果実」の範囲、と関連しています。
民法89条は、果実を収取できる者(収取権者)が変更した場合のルールです。
民法89条の趣旨
あ 果実帰属分配を規定
果実の範囲は民法88条で明確化した
民法89条は収益権者に変更が生じた場合の果実帰属の分配問題を明定している
い 争議予防の機能
次のような事例における果実の帰属に関する疑問を解消し、後日の争議を予防する機能がある
(ア)播種から収穫までの間に農地所有者が変更した場合(イ)賃貸家屋の所有者が月の途中で変更した場合
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p648、649
3 天然果実の帰属に関する複数の法制(日本の法制)
次に、民法89条1項(だけ)の説明に入ります。発想としては、天然果実は、育てた(栽培した)人に帰属させるか、元物の所有者に帰属させるか、の2つがあります。日本の民法は、判定が単純になる元物の所有者を採用しました。
天然果実の帰属に関する複数の法制(日本の法制)
あ 天然果実の所有権の基本構造
天然果実は分離前は元物の構成部分である
分離とともに独立の物となる
い 帰属についての諸外国の法制
ア ゲルマン法=生産主義
「蒔いた者が刈りいれる」
イ ローマ法=元物主義・分離主義
分離時の元物所有者に帰属
次のような利点がある
(ア)天然果実の産出につくした努力の多少に関する決定の困難を避けられる(イ)通常分割することの不適当を避けられる
う 日本の法制
日本民法は、ドイツ民法と同じくローマ主義を採用した
果実が分離して独立の動産となると同時に(分離時の)収益権者に帰属する
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p649
4 民法89条1項の強行性→任意規定方向
民法89条1項は強行規定であるという見解もありますが、任意規定である、という見解が優勢です。
民法89条1項の強行性→任意規定方向
あ 強行性否定(通説)
民法89条1項は公益に関するものではない
任意規定である(特約による変更が可能である)
(富井364、我妻227、我妻=有泉=遠藤117、中島428、米倉378)
い 強行性肯定
民法89条1項は、果実分離時の法律関係により帰属者を画一的に決定する趣旨である
強行規定である(特約による変更はできない)
(鳩山268)
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p649
なお、民法89条2項は任意規定という見解にほぼ統一されています(強行規定であるという見解はみあたりません)。
詳しくはこちら|法定果実の取得者変更における帰属の分配(民法89条2項)
5 分離の経緯→すべて含む
民法89条は、(取得権者の変更があった場合に)分離の時点の取得権者に果実を帰属させる、という単純なルールです。この「分離」にはいろいろな中身がありますが、すべて含みます。
分離の経緯→すべて含む
次のような経緯であっても、分離時の収取権者に天然果実は帰属する
(ア)自然的であるか人為的であるか(イ)何人の手によってなされたか ※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p649
6 収取権者の特定
(1)収取権者の特定→法令・契約により定まる
天然果実の収取権者とは、具体的に誰でしょうか。通常は(前述のように)元物の所有者です。状況によってはそれ以外の者が収取権者である場合もあります。たとえば、地上権者、賃借人などは元物(土地)を所有はしていないですが、土地から生じた天然果実を取得します。
収取権者の特定→法令・契約により定まる
あ 基本
収取権者は物権法その他の規定により定められる
い 収取権者を定める規定の例
(ア)民法206条・元物の所有者(イ)民法189条1項・善意占有者(後記※1)(ウ)民法265条・地上権者(エ)民法270条・永小作権者(オ)民法356条・不動産質権者(カ)民法593条・使用借主(キ)民法601条・賃借人(ク)民法828条・親権者(ケ)民法992条・受遺者
う 収取権者の認定(立証責任)
原則として、元物の所有者が収取権者である
他に収益者の存在が立証されない場合は所有者に属すると推定される
※大判大正5年4月19日
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p649
(2)無断転貸の転借人による植栽→賃貸人(所有者)に帰属
土地の無断転貸のケースで、転借人が植えた植物から天然果実ができた場合に、転借人には果実収取権があるでしょうか。判例は、適法な転貸ではないので、転借人の果実収取権を否定しています。結果的に、原則に戻って所有者(賃貸人)に帰属する、という判断です。
無断転貸の転借人による植栽→賃貸人(所有者)に帰属
あ 判例
賃貸人の承諾なしに田畑を転借し稲苗が植えつけられた場合、果実である稲毛は賃貸人の所有に帰する
※大判昭和6年10月30日
い 他の見解
判例に反対する学説もある
(林良平「動産と不動産」谷口知平=加藤一郎編・新民法演習1総則(昭42)93)
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p649、650
(3)留置権者→収益権の有無に両説あり
(元物の)留置権者には果実収取権があるでしょうか。これは民法89条の解釈から離れますが、肯定、否定の両方の見解があります。果実収取権はない、という見解を前提にすると、(当然ですが)民法89条1項は適用されません。
留置権者→収益権の有無に両説あり
あ 留置権の解釈
留置権者の果実収取権については、肯定説と否定説がある
動産質権者(民法350条)についても同様の議論(両説)がある
い 民法89条1項との関係
留置権者の果実収取権を否定する見解を前提とすれば、民法89条1項は適用されないことになる
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p650
(4)善意占有者→厳密には収取権者と異なる
民法189条の善意占有者(実際には占有権原がないのに、あると誤信している者)は、果実収取権がある扱いになります。これで問題ないのですが、厳密な理論としては、本来の果実収取権ではない(不当利得を否定するにとどまる)といえます。
善意占有者→厳密には収取権者と異なる(※1)
特別に果実所有権の取得が認められる、という構造(趣旨)である
(不当利得を否定するのが、民法189条の本来の目的である)
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p650
(5)差押の効力→天然果実にも及ぶ(参考)
元物の差押のケースでは、天然果実にも差押の効力が及ぶ(果実も含めて競売できる)ことになっています。これは民法89条1項の適用ではなく、民事執行法によるルールです。
差押の効力→天然果実にも及ぶ(参考)
※民事執行法93条、126条
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p650
7 特殊ケースにおける民法89条1項適用の可否
(1)用方外産出物→民法89条1項の直接適用または類推適用
民法89条1項の適用に関して問題となるその他のテーマについて説明します。
まず、元物の用法に従わない産出物の問題です。民法88条の「果実」の定義には当てはまらないから問題となるのです。ただ、結論としては、民法89条1項は適用されます。解釈としては、類推適用とする見解と、直接適用とする見解があります。
用方外産出物→民法89条1項の直接適用または類推適用
あ 類推適用説
(天然)「果実」とは、「物の用法に従い収取する産出物」である(民法88条1項の)
「用法に従わない」産出物は「果実」ではない→民法89条1項の規定は(直接)適用されない
ただし、民法89条1項が類推適用される
い 直接適用説
果実帰属の問題(民法89条)は収益権能そのものの範囲決定の問題とは別問題である
民法89条1項の「天然果実」を広義に解し、用方にしたがわない産出物も含ませる
(舟橋91)
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p650
(2)独立取引可能な未分離果実→民法89条適用なし
民法89条1項は「分離」した果実についてのルールです。この点、「分離していない」場合でも、元物と果実を別にして取引の対象とすることが認められています。つまり、「分離前」であっても、「果実そのものの所有権」を認めることがあるのです。その意味では「分離したのと同じ扱い」といえます。では、民法89条1項が適用されるか、というとそれは否定されています。
独立取引可能な未分離果実→民法89条適用なし
あ 未分離での物権の成立(前提)
未分離のままで独立して取引の客体となりうる果実もある(認められている)
例=蜜柑・桑葉・稲立毛など
この場合は、未分離であっても果実の独立性を認める
果実について他人の物権の成立が認められる
い 民法89条1項の適用→否定
未分離のまま果実の取引(売買)がなされた場合、処分の時に別個の所有権の客体となる
民法89条1項の適用はない
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p650
8 天然果実の差押
(1)天然果実の差押→成熟1か月以内であれば動産扱い
天然果実の差押に関する問題もあります。天然果実が成熟する時期の前1か月の時期には、果実(だけ)の差押が可能です。結果的に「分離したのと同じ扱い」ですが、民法89条1項とは関係ありません。民事執行法上のルールです。
天然果実の差押→成熟1か月以内であれば動産扱い
あ 民事執行法の規定
成熟時期の1か月以内であれば動産と同様に差押の対象となる(民事執行法122条1項)
い 判例
小作人の債権者は小作地の稲立毛を差し押さえて競売可能である
※大判昭2年6月14日
(2)元物所有者の債権者による天然果実の差押→否定
たとえば、土地の賃借人や小作人は、栽培した農作物の所有権をもちます。そこで、土地の所有者の債権者は、農作物の差押をすることはできません。農作物は債務者(=土地所有者)の所有ではないからです。
元物所有者の債権者による天然果実の差押→否定
あ 小作ケース→否定
地主の債権者は小作人が栽培する稲立毛を差し押えることができない
明認方法がなくても同じである
※民法242条ただし書
い 土地譲渡ケース→否定
田地の所有権を譲り受けて移転登記をしない者が植えつけた稲立毛を譲渡人の債権者が差し押えることはできない
※大判昭和17年2月24日
(樹木であれば対抗関係により処理される、ということと異なる)
※田中整爾稿/林良平ほか編『新版 注釈民法(2)』有斐閣2001年p650
本記事では、民法89条1項について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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