【適法な転貸借における目的物返還義務(民法613条)】
1 適法な転貸借における目的物返還義務(民法613条)
賃貸人Aが承諾をすれば、賃借人Bは、さらにCに転貸することができます。
詳しくはこちら|賃借権譲渡・転貸禁止(民法612条)の趣旨と制限の理論
賃貸人の承諾を得た転貸のことを適法な転貸借といいます。適法な賃貸借については、民法613条のルールが適用されます。本記事では、民法613条のルールのうち、目的物返還義務について説明します。
2 民法613条の条文
最初に、民法613条の条文を確認しておきます。本記事で説明するルールは1項です。
民法613条の条文
第六百十三条 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人と賃借人との間の賃貸借に基づく賃借人の債務の範囲を限度として、賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。
2 前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。
3 賃借人が適法に賃借物を転貸した場合には、賃貸人は、賃借人との間の賃貸借を合意により解除したことをもって転借人に対抗することができない。ただし、その解除の当時、賃貸人が賃借人の債務不履行による解除権を有していたときは、この限りでない。
民法613条
3 転借人の善管注意義務(前提)
民法613条1項では、転借人Cが賃貸人Aに対して直接義務を負う、ということが書いてあります。その義務の基本的なものは、善管注意義務です。
転借人の善管注意義務(前提)
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p289
4 目的物の返還請求権と返還義務の基本
本題である、(契約が終了した時の)目的物返還義務の説明に入ります。民法613条1項によって、AがCに対して返還を請求できることになります。ただ、Aが返還請求をしない限りは、CはBに対して返還します。
(1)賃貸人Aから転借人Cに対する返還請求→可能
賃貸人Aから転借人Cに対する返還請求→可能
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p289
(2)賃貸人Aへの返還と転貸人Bへの返還の関係→原則はB
賃貸人Aへの返還と転貸人Bへの返還の関係→原則はB
あ 原則→Bへの返還が必要
転借人は、賃貸人から返還請求がない限り、賃借人(転貸人)に対して目的物を返還しなければならない
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p289
い 占有改定によるBへの返還→否定
転借人が原賃貸人に対する占有改定の意思を表示しても、転貸人に目的物を返還したことにはならない
※最判昭和38年10月4日
5 転借人Cの故意過失による滅失・毀損の責任
実際の問題としてよくあるのは、正常に目的物の返還ができなくなったケースです。つまり目的物に滅失、毀損が生じた場合の責任です。
まず、転借人Cの故意、過失により滅失・毀損が生じたケースについて説明します。
Cが(Aに対して直接)責任を負うのは当然です。
問題は、Bが責任を負うかどうかです。古い判例では責任を認めたものがありますが、Bに(Cの)選任、監督に過失があった場合だけ責任を負う、という見解(学説、裁判例)もあります。
(1)賃貸人A・転借人Cの間→賠償責任あり
賃貸人A・転借人Cの間→賠償責任あり
あ 賃貸人→直接請求可能
目的物の滅失・毀損が転借人の責めに帰すべき事由による場合、賃貸人は民法613条に基づき、直接転借人に対し債務不履行を理由として損害賠償を請求することができる
い 不法行為→請求可能
また、不法行為の責任を負わせることも可能である
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p290
(2)賃貸人A・賃借人Bの間→賠償義務は限定的
賃貸人A・賃借人Bの間→賠償義務は限定的
あ 責任肯定説(履行補助者構成・昭和4年大判)
転借人の過失によって目的物を滅失毀損したときは賃借人は賃貸人に対して責に任ずる
(転借人を履行補助者とみて、債務不履行一般の問題に解消し、賃借人の責任を認めた)
※大判昭和4年6月19日
い 過失責任説
ア 学説
賃借人が転借人の選任・監督に過失のあるときだけ、賃貸人に対して責任を負う(我妻462、石田144)
イ 裁判例
・・・このように家屋の賃借人が自らその家屋に居住せず、さらにこれを賃貸ないし使用貸により第三者をして、居住させ、しかもそのことにつき賃貸人の承諾を得ている場合に、その賃借物が右第三者(賃借人のいわば履行代用者)の責に帰すべき事由により焼失した場合には、賃借人としては右第三者の選任監督につき過失がある場合にのみ賃貸人に対し右賃借物の焼失による損害賠償の義務を負担するものと解すべきである(右履行代用者に故意あるいは重大な過失がある場合には、賃借人の選任あるいは少くともその監督に過失があるものとされる場合が多いであろう。なお、右賃借人が会社であり、履行代用者がその会社員である場合にも右と異る法理を用いなければならない理由は見当らない)。
※東京地判昭和40年9月25日
う 責任否定説
転借人の地位は賃借人に従属するものではなく、賃借人に無過失責任を認める根拠もないから、賃借人に責任はない(末川博・破毀判例民法研究II〔昭6〕155)
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p290
6 賃借人Bの故意過失による滅失・毀損の責任
次に、故意、過失により目的物が滅失・毀損したケースについて説明します。Bが(Aに対して)責任を負うのは当然です。一方、Cは責任を負いません。
(1)賃貸人A・賃借人Bの間→賠償責任あり
賃貸人A・賃借人Bの間→賠償責任あり
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p290
(2)賃貸人A・転借人Cの間→賠償義務なし
賃貸人A・転借人Cの間→賠償義務なし
あ 連帯債務→否定
本来の連帯債務関係であれば、転借人も賃貸人に全責任を負うことになる
しかし、賃借人と転借人は本来の連帯債務関係ではなく、連帯債務に準じた特殊な地位にすぎない
い 転借人→責任なし
慣習法上の転貸借の実体を前提とすれば、転借人に責任を認める余地はない
※篠塚昭次稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p290
本記事では、適法な転貸借のケースにおける目的物返還義務について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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