【使用貸借における有益費償還請求権(民法595条)】
1 使用貸借における有益費償還請求権(民法595条)
無償で他人の物を利用する契約として、使用貸借があります。使用貸借契約では、貸主が有益費を支出した場合、貸主に償還請求をすることができます。本記事では、これに関するいろいろな解釈を整理しました。
2 条文と条文の内容
有益費は条文上、通常の必要費以外の費用にあたります。
(1)民法595条の条文
民法595条の条文
第五百九十五条 借主は、借用物の通常の必要費を負担する。
2 第五百八十三条第二項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。
※民法595条
(2)条文内容の整理
民法595条は他の条文を準用していますが、要するに、借主による改良のための支出があれば、貸主がその金額を支払う、というルールになっています。
条文内容の整理
あ 有益費償還請求の要件
借主が目的物改良のために支出をしたこと
その支出により生じた価格の増加が目的物返還時に現存すること
(請求時期は目的物返還時)
い 償還額の算定
貸主の選択により、「借主が支出した金額」または「目的物の増価額」のいずれかを選択する
(通常は少ない方が選択される)
※民法595条2項、583条2項、196条2項
3 有益費の定義と具体例
有益費の定義と具体例を整理します。
有益費の定義と具体例
あ 有益費の定義
有益費とは、物の保存に必要ではないが、物の利用・改良のために支出され、その価値を増加させる費用である
い 有益費の具体例
建物のドアを新しい(高品質な)ものに交換する費用
システムキッチンを新しいモデルに更新する費用
自動車にカーナビ(新型)を設置する費用
う 有益費に含まれないもの
契約内容に照らして不相当に贅沢な改良等の費用(奢侈費)
4 有益費償還請求権の要件(制限)
条文上は、シンプルなルールですが、実際には解釈上の制限があります。つまり、償還請求が認められるためには一定の要件があるのです。
有益費償還請求権の要件(制限)
あ 収去義務との関係
借用物に他の物を附属させた場合、収去可能なものは収去義務がある(599条1項)
収去義務のある附属物については、収去義務を果たさずに償還請求はできない
償還請求が認められるには以下のいずれかが必要である
(ア)収去義務が履行不能であること(599条1項ただし書)(イ)貸主によって収去義務が免除されたこと
い 用法遵守義務との関係
改良行為自体が用法遵守義務(594条1項)違反の場合、有益費償還請求は認められない
用法遵守義務違反となる具体例
(ア)改良が貸主の意に反することを借主が知っていた場合(イ)貸主の意に反することを知りうべきだったにもかかわらず改良を行った場合
5 特別なケースの有益費償還請求
特殊事情がある場合は、別のルールによって有益費相当額の請求が認められることもあります。
特別なケースの有益費償還請求
あ 委任に基づく改良行為の場合
貸主の委任を受けて改良行為をした場合は、649条・650条により投下費用の求償が可能である
この場合は583条の準用よりも有利であり、583条の準用は否定される
い 事務管理に該当する場合
貸主に対する関係で事務管理となる場合は、事務管理の費用償還請求権の法理により求償可能である
702条の適用を肯定し、595条2項の適用は否定される
ただし702条3項の場合(本人の意思または利益に反する事務管理)のみ、595条2項の適用を認める
う 事務管理に該当しない場合
原則として借主は有益費償還請求権を持たない
貸主は以下の対抗措置が可能である
(ア)無権限の改良行為を不法行為として損害賠償請求(イ)所有権に基づく妨害排除請求(原状回復請求)(ウ)594条1項違反による使用貸借契約の解約
6 有益費償還請求に関するその他の論点
有益費償還請求の周辺部分の問題を整理しておきます。
有益費償還請求に関するその他の論点
あ 有益費償還義務者
有益費償還義務を負うのは貸主である
貸主から目的物を売買により譲り受けた者は償還義務を負わない(対価を支払って譲り受けたため不当利得なし)
目的物を贈与により譲り受けた者は償還義務を負う
い 留置権
有益費投下が委任・事務管理となる場合には留置権が認められる
それ以外の場合は留置権は否定される
う 消滅時効
費用償還請求権については除斥期間(600条)の規定がある
貸主の損害賠償請求権についても除斥期間の適用がある
7 建物の無断増築ケースの裁判例
使用貸借の有益費償還請求が実際に問題になるケースにはいろいろなものがあります。典型例の1つは建物の増改築です。
建物の無断増築ケースの裁判例
あ 請求肯定
無断増築による増価の償還請求を認めた
※千葉地判昭和38年6月17日
い 請求否定
「使用貸借における借主は、買戻特約付売買の買主又は転得者とは異なり、善良な管理者の注意をもって借用目的物を管理すべき義務があり、貸主の意に反して保存行為以外の改良行為をなしえず、貸主に無断で、あるいは貸主の制止を無視して、専ら借主の便宜のためにのみ借家に増築をした場合、貸主に対する費用償還請求権はない」
※東京高判昭和56年5月28日
8 本記事の理論の実例での活用
詳しくはこちら|住居の使用貸借におけるリフォーム工事・有益費の請求や契約解除(事例解説)
9 参考情報
参考情報
※山中康雄稿/幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)増補版』有斐閣2003年p111〜113
本記事では、使用貸借における有益費償還請求について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
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