【遺産分割前の遺産処分におけるみなし遺産制度(民法906条の2)(解釈整理ノート)】

1 遺産分割前の遺産処分におけるみなし遺産制度(民法906条の2)(解釈整理ノート)

遺産分割の前に、相続人の1人が遺産のうち一部を処分してしまうと、その後の遺産分割では「処分した財産」を除外することになります。当然、そのままでは不公平なので、是正する解釈(判例)が以前からありましたが、民法改正でルールが改良されました。本記事では、このルール(民法906条の2)に関する細かい解釈を整理しました。
なお、遺産分割の不公平の是正の全体像については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺産の中の特定財産の処分(譲渡)の後の遺産分割(不公平の是正)

2 民法906条2の条文と趣旨

(1)民法906条の2の条文

民法906条の2の条文

民法
(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
第九百六条の二 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
※民法906条の2

(2)民法906条の2の趣旨

民法906条の2の趣旨

本条は、共同相続人の一人が遺産分割前に遺産に属する財産を処分した場合に、処分をしなかった場合と比べて取得額が増えるといった不公平が生ずることがないよう、これを是正する方策を設けるものである

3 遺産分割の対象財産の基本と民法906条の2による例外

(1)遺産分割の対象財産(前提となる基本ルール)

遺産分割の対象財産(前提となる基本ルール)

遺産分割は、相続開始時に存在し、かつ、遺産分割時に存在する財産を共同相続人間において分配する手続である
遺産分割時には存在しない財産は原則として遺産分割の対象とならない
例=第三者が相続財産を滅失、毀損させた場合など

(2)民法906条による例外の設定

民法906条による例外の設定

あ 「全員」の合意(1項・判例の明文化)

当事者全員の合意により遺産分割時に存在しない財産を遺産分割の対象に含めることができる
※最判昭和54年2月22日家月32巻1号149頁

い 「それ以外の相続人全員」の合意(2項・新設)

遺産分割前に共同相続人の一人が他の共同相続人の同意なしに遺産に属する財産を処分した場合、処分を行った共同相続人の同意は不要とし、他の共同相続人の同意さえあれば、遺産分割の対象として遺産に含めることができる

4 民法906条の2第2項適用の要件→遺産帰属+処分+同意

民法906条の2第2項適用の要件→遺産帰属+処分+同意

あ 遺産への帰属

処分された財産が相続開始時に被相続人の遺産に属していた

い 処分要件

処分財産を共同相続人の一人または数人が処分した
(ア)共同相続人全員の同意により遺産であった財産を処分した場合は、本制度の対象外である(イ)共同相続人ではなく第三者による処分の場合は本条2項の適用はない(ウ)誰が処分したか不明の場合も適用はなく、残余の財産で遺産分割を行う(エ)「処分」は法律上の処分に限らず、滅失・毀損も「処分」に該当する

う 同意要件

ア 基本 処分者(処分財産を処分した共同相続人)以外の共同相続人全員が、処分財産を遺産分割の対象に含めることに同意している
イ 被保佐人の同意の要否→確立見解なし 共同相続人の一人に被保佐人が含まれていた場合において、当該被保佐人が本条の同意をすることについて、保佐人の同意(13条)を要求すべきかについては解釈に委ねられる
ウ 同意の撤回→不可 同意の撤回は原則として許されない

5 民法906条の2の効果→みなし遺産となる

民法906条の2の効果→みなし遺産となる

あ みなし遺産

処分された財産も遺産分割時に遺産として存在するものとみなすという実体法上の効果が生じ、遺産分割の対象に含めた精算を行うことができる

い 代償財産→無関係

この効果は処分された財産に限られ、処分の対価としての売却代金などの代償財産は含まれない

6 民法906条2が適用された遺産分割の具体例

(1)法定相続割合の共有持分(不動産)の譲渡

法定相続割合の共有持分(不動産)の譲渡

あ 事案

相続人=A、B、C3名(法定相続分1/3ずつ)
遺産=1400万円(500万円(不動産甲)+900万円(不動産乙))
特別受益=Aに対して生前贈与400万円あり
Aが相続開始後に不動産乙の持分1/3(300万円分)を第三者に譲渡した

い 具体的相続分の計算

Aの具体的相続分=(1400万+400万)×1/3-400万=200万円
B、Cの具体的相続分=(1400万+400万)×1/3=600万円

う 遺産分割(審判)の例

Aに、(すでに取得した)不動産乙の持分1/3(300万円分)を取得させる
Bに、不動産乙の持分2/3(600万円分)を取得させる
Cに、不動産甲(500万円)を取得させる
Aは、Cに対し、代償金100万円を支払え

え 最終的な取得額(検算)

最終的な取得分は、A、B、Cとも各600万円となり、公平な遺産分割が実現する

(2)法定相続割合を超える財産の処分(預金払戻)

法定相続割合を超える財産の処分(預金払戻)

あ 事案

相続人=A、B2名(法定相続分1/2ずつ)
遺産=1400万円(400万円(甲不動産)+1000万円(預金))
特別受益=Aに対して生前贈与1000万円
Aが相続開始後密かに1000万円の払戻しをした

い 具体的相続分の計算

Aの具体的相続分=(1400万+1000万)×1/2-1000万=200万円
Bの具体的相続分=(1400万+1000万)×1/2=1200万円

う 遺産分割(審判)の例

遺産分割の対象=400万円(残余財産)+1000万円(加算額)=1400万円
Aに、(すでに取得した)預金1000万円を取得させる
Bに、不動産甲(400万円)を取得させる
Aは、Bに対し、代償金として800万円を支払え

え 最終的な取得額(検算)

Aの取得額=1000万円(遺産分割による取得)-800万円(代償金債務)+1000万円(特別受益)=1200万円分
Bの取得額=400万円(遺産分割による取得)+800万円(遺産分割により取得する代償金)=1200万円分

7 不法行為・不当利得との関係

不法行為・不当利得との関係

あ 不法行為・不当利得の成立(前提)

相続開始後に共同相続人による財産処分が行われた場合に、他の共同相続人との関係で、不法行為(709条)または不当利得(703条・704条)が成立することはある(法改正以前と同じ)

い 民法906条の2との関係→択一関係

他の共同相続人が当該処分をした相続人に対してこれらの不法行為の損害賠償請求あるいは不当利得返還請求による救済を求めている場合には、本条の定める遺産分割との関係では、他の共同相続人は遺産分割における精算を希望していないものと考えられ、民法906条の2の適用はないものと考えられる

8 みなし遺産の判定を確定する手続→遺産確認訴訟

みなし遺産の判定を確定する手続→遺産確認訴訟

みなし遺産であることの確認の訴えは適法である
※最判昭和61年3月13日民集40巻2号389頁

9 参考情報

参考情報

副田隆重稿/潮見佳男編『新注釈民法(19)』有斐閣2019年p350〜359

本記事では、遺産分割前の遺産処分におけるみなし遺産制度について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に遺産分割前の遺産処分におけるみなし遺産制度に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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