【賃貸建物の使用不能による賃料減額や解除(震災・火災・新型コロナなど)】

1 賃貸建物の使用不能による賃料減額や解除

建物賃貸借において、天災や新型コロナウイルス感染症によって建物の一部や全部の使用ができないことになった場合、賃料が減額となることや、賃貸借契約を解除できることがあります。このことは土地の賃貸借でも同様です。
本記事ではこのように、賃貸借の目的物が使用収益ができない状況では、法的にどのような扱いとなるのか、ということを説明します。

2 平成29年改正後の民法の条文

賃貸の目的物の一部が使用不能となった場合の扱いについては、民法611条が定めています。平成29年で改正されているので、改正後の条文を最初に押さえておきます。
賃貸借の目的物の一部が、使用・収益をすることができなくなった場合には、まず、賃料が減額となるということになり、さらに、残存部分では借りた目的を達することができない場合には契約の解除もできる、ということになっています。

平成29年改正後の民法の条文

(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
第六百十一条 賃借物の一部滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される
2 賃借物の一部滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる
※民法611条

3 賃料減額の原因(改正による変更)

前述のように、民法611条は平成29年改正で変更されています。変更点のひとつは、賃料減額の原因です。改正前は一部の滅失だけしか記載されていませんでした。改正後は、(一部の)滅失は一例とされており、広く(一部の)使用及び収益をすることができない状況があれば賃料減額となる、という記載に変わりました。実は改正前の解釈がこのとおりであり(後述)、それを明文化したにすぎません。

賃料減額の原因(改正による変更)

賃借物の「滅失」に限定せず、一部につき使用・収益することができない場合(一部不能の場合)を含めて、賃料減額の対象とし・・・
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第7版』日本評論社2021年p1284

4 賃借物の一部の使用不能による賃料減額(改正前)

前述のように、平成29年の改正前は、一部の滅失の場合だけ、賃料減額請求ができる、という規定でした。ただ、解釈としては、賃借物の一部が滅失はしていないけれど、他の理由で使用・収益ができない状態であれば、(類推適用により)減額請求ができることになっていました。この解釈を採用した裁判例を紹介しておきます。

賃借物の一部の使用不能による賃料減額(改正前)

あ 全額免除の否定(前提)

原審が適法に確定した事実によれば、本件で問題となつた昭和二二年七月から昭和二三年六月までの間本件土地に対する上告人の使用収益が全面的に不能であつたものとは認められないから、上告人が右期間における賃料の支払義務を当然に免れたものということはできない
※最判昭和34年12月4日

い 減額請求権の発生(判例・通説)

右認定の事実によれば、本件建物二階部分の少なくとも三分の二が、昭和五六年九月一日以降同五八年七月末日まで原告の修繕義務の不履行により使用できない状態にあったことが認められるところ、修繕義務の不履行が賃借人の使用収益に及ぼす障害の程度が一部にとどまる場合には、賃借人は、当然には賃料支払い義務を免れないものの(最高裁判決昭和三四年一二月四日民集一三巻一二号一五八八頁参照)、民法六一一条一項の規定を類推して、賃借人は賃料減額請求権を有すると解すべきである。
※名古屋地判昭和62年1月30日
※大判大正5年5月22日(同趣旨)
※大判昭和13年6月29日(同趣旨)

う 当然減額(有力説)

使用収益に支障が生じた程度に応じて賃料の当然減額(または消滅)が生じる
※民法536条1項
※幾代通ほか編『新版 注釈民法(15)債権(6)』有斐閣1989年p228参照

5 減額請求の要否(否定・改正による変更)

平成29年改正の前は、賃料の減額を請求することができるという記載になっていました。ただ、解釈としては、減額請求(意思表示)をすれば、一部の使用収益ができなくなった時点にさかのぼって減額されることになっていました。
改正後は、減額請求(意思表示)がなくても、一部の使用不能が発生した時点から当然に賃料が減額される、ということになりました。

減額請求の要否(否定・改正による変更)

通説的な考え方等に従って、賃料債務は一部滅失時から当然に減額されることを明文上明らかにした
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第7版』日本評論社2021年p1284

6 賃借物の一部の使用不能による解除(改正による変更)

以上は(民法611条)1項による賃料減額の説明でした。
一方、2項は解除を規定しています。
賃借物の一部が使用不能となった場合とは、残りの部分は使用できるという状態です。ただ、実際には、残った部分だけを使うことはできても、それではもともと(賃借人が)借りた目的を達成(実現)できない、ということもあります。そのような場合には借り続けても意味がないので、解除できる、というルールです。
平成29年改正の前は、一部滅失の原因が賃借人にある場合には解除できないことになっていました。しかし、改正後は、原因が誰にあっても解除できるようになりました。仮に賃借人に原因があっても、ペナルティーとして賃貸借を継続するのは不合理で、賃借人の責任は損害賠償として認める、という考えです。

賃借物の一部の使用不能による解除(改正による変更)

残部では賃貸借の目的を達することができない場合の解除権については、改正前2項を改正し、賃借人に帰責事由がある場合でも解除ができるように変更された。
目的を達成することができないのに解除権行使を否定して賃貸借契約を継続させることは妥当ではないし、賃借人に帰責事由がある場合には、賃借人の損害賠償責任によって清算を図る方法が合理的だからである。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第7版』日本評論社2021年p1285

7 全面的使用収益不能による賃料支払義務消滅

(1)賃料支払義務→消滅

民法611条は、(滅失その他の理由により)賃借物の一部が使用できなくなったという場合の扱いが規定されています。
そうではなく、賃借物の全部の使用ができなくなった場合はどうでしょう。このようなケースは民法611条に当てはまりません。この場合は(理論については見解が分かれていますが)賃料支払義務がなくなるという解釈が一般的です。

全面的使用収益不能による賃料支払義務消滅(※1)

あ 使用収益不能による賃料支払義務消滅

賃貸借契約は、賃料の支払と賃借物の使用収益を対価関係とすることからみて、賃借物が滅失したときには賃貸借契約は終了し、賃借物が滅失するに至らなくても、客観的にみてその使用収益ができなくなったときには、賃借人は当然に賃料の支払義務を免れると解すべきであるが・・・
※大阪高判平成9年12月4日(借家)
※大判大正4年12月11日(同趣旨)
※大判昭和9年11月20日(同趣旨)

い 天災による全面的な使用収益制限を理由とする解除

更に、建物や居室の賃貸借契約において、建物や居室が天災によって損壊されて使用収益が全部制限され、客観的にみて賃貸借契約を締結した目的を達成できない状態になったため、賃貸人による修繕が行われないままに賃貸借契約が解約されたときにも、公平の原則により、双務契約上の危険負担に関する一般原則である民法五三六条一項を類推適用して、解約の時期を問わず、天災による損壊状態が発生したときから、賃料の支払義務を免れると解するのが相当である。
※大阪高判平成9年12月4日(借家)

(2)賃貸借契約そのものの終了

以上の説明は、賃貸借契約自体は存続していることを前提にしていました。たとえば一時的な使用不能で、事後的に使用可能な状態に戻ることが想定されるケースです。
一方、使用収益が全面的にできない状態で、その後も回復しないようなケースでは、賃貸借契約自体が(解除などのアクションをしなくても)当然に終了する扱いとなります。
詳しくはこちら|目的物の使用収益不能による賃貸借契約終了(民法616条の2)(解釈整理ノート)

8 新型コロナ関連の営業不能と賃料の関係

令和2年から、新型コロナウイルス感染症(covid-19)が拡がり、社会的にいろいろな対策が続けられています。特に飲食店は営業ができない状況が多く発生しています。この場合に賃料はどうなるのか、という疑問が出てきます。
1つの考え方として、以上で説明したような天災によって賃借物の使用(収益)の一部や全部ができない状況だととらえることもできます。この考え方を前提とすると、営業が現実的にまったくできない場合には解除できる(賃料は発生しない)、縮小した営業をせざるをえない(にとどまる)場合には賃料が減額となる、ということになります。
ただ、実際には現実的にどこまでの営業ができるのか、という判断(評価)には幅があるので容易に判断できないケースが大部分だと思います。

新型コロナ関連の営業不能と賃料の関係

なお、不動産を賃借して飲食業などを営んでいる者が、新型コロナウイルスの関係で一時的に営業ができなくなった場合に、これを「天災」の一種と考えることができれば、以下の裁判例が参考になる。
(大阪高判平成9年12月4日(前記※1))
事案は、最終的に契約の解除をしているので、改正前536条1項を類推適用しているが、一部営業(テイクアウト等)の場合には、本条(改正後民法611条)の適用ないし、類推適用の問題になると思われる。
※我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第7版』日本評論社2021年p1284、1285

本記事では、賃貸借の目的物の一部や全部が使用(収益)できない場合の法的扱いを説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に賃貸借契約において、目的物(建物や土地)が使えないことに起因する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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