【一時使用目的の建物賃貸借は借地借家法の適用がない】
1 一時使用目的の建物賃貸借は借地借家法の適用がない
建物の賃貸借については、原則として借地借家法が適用され、借主がとても強く保護されます。しかし、一時使用目的の建物賃貸借は例外的に借地借家法の適用がなくなります。本記事では、一時使用目的の建物賃貸借はどのような場合に認められて、どのように扱われるのか、ということを説明します。
2 一時使用目的の建物賃貸借の条文
最初に条文を確認しておきます。とてもシンプルで、一時使用のためということが明らかである場合には、「この章の規定」、つまり借地借家法の中の建物の賃貸借に関するルールのすべてが適用されない、という規定になっています。
一時使用目的の建物賃貸借の条文
第四十条 この章の規定は、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、適用しない。
※借地借家法40条
3 目的の判定基準
建物を貸す側(オーナー)としては、借地借家法の適用をなくすために一時使用目的の建物賃貸借を使いたいと考えるところですが、単に契約書のタイトルを「一時使用目的(建物賃貸借)」とする、あるいは「これは一時使用を目的とする賃貸借である」という条項を契約書に盛り込む、ということでクリアするわけではないです。具体的な状況から、長期的に貸すのではなく短期限定という意図であったと判断されることが必要です。
目的の判定基準
あ 昭和36年最判
借家法八条(注・借地借家法30条に相当する規定)にいわゆる一時使用のための賃貸借といえるためには必ずしもその期間の長短だけを標準として決せられるべきものではなく、賃貸借の目的、動機、その他諸般の事情から、当該賃貸借契約を短期間内に限り存続させる趣旨のものであることが、客観的に判断される場合であればよいのであつて、・・・
※最判昭和36年10月10日
い 昭和43年東京地判
建物の賃貸借が一時使用のためのものであるというためには、その賃貸借の目的、動機その他の事情から、当事者が賃貸借の期間を短期に限り、期間経過後は賃貸借を継続させる意思がなかったと認むべき相当の理由がある場合でなければならない。
※東京地判昭和43年9月6日
い 昭和54年東京地判
一時使用のための借家とされるには、賃貸借契約締結の動機、目的建物の種類、構造、賃借人の賃借目的および契約後の使用状況、賃料その他の対価の多寡、期間その他の契約条件等の諸要素を総合的に勘案し、長期継続が予期される通常の借家契約をなしたものでないと認めるに足りる合理的な事情が客観的に認定されなければならない
※東京地判昭和54年9月18日
4 期間の上限→5年程度が目安
一時使用目的の建物賃貸借の期間について、借地借家法では、上限や下限が規定されていません。ただし、あまりにも長い期間が決められていると、短期間に限定して貸すとはいえないので、一時使用の目的とは認められない、という傾向があります。具体的な基準はないですが、5年程度が上限ではないか、という指摘があります。
期間の上限→5年程度が目安
あ 1年超過→可能
(注・一時使用目的の建物賃貸借について)
・・・その期間が一年未満の場合でなければならないものではない。
※最判昭和36年10月10日
い 5年程度を上限とする見解
あまりにも長期間にわたる場合には「一時使用」という概念からかけ離れてしまうので、5年程度を上限として考えるべきであろう(同旨、塩崎新裁判実務大系243)。
※五島京子稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p337
5 居住用・非居住用による目的の判定の違い
一時使用の目的にあてはまるかどうかの判断では、居住用とそうでないもので区別すべきだ、という見解もあります。居住用の場合だけは賃借人の事情、つまり賃借人がその建物を長期間使う必要がない(短期間で退去したい)というケースに限るべきだ、という見解です。その理由は、賃貸人の事情で短期限定にしたいなら定期借家契約にしておくべきだ、というものです。
居住用・非居住用による目的の判定の違い
あ 居住用→賃借人の事情に限定する見解
・・・居住用建物の賃貸借の場合には、家主の事情で一時的に建物を賃貸するときは38条と39条によるものとし、本条(注・借地借家法40条)による契約はあくまでも借家人の事情で家を借りるときに限ると解すべきである(121参院会議録5-18)。
たとえば、選挙事務所や別荘、あるいは簡易宿泊所(東京高判昭52.4.7判時856-42)などがその例として考えられる。
※五島京子稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p337、338
い 非居住用→限定なし
ただし、居住用以外の建物の賃貸借の場合はこのような区別は無用であろう。
すなわち、旧法下で一時使用の借家であることが認められた駅構内の建物を賃借した上、売店営業をなす契約(東京地判昭31.3.14下民7-3-596)や区民会館内の施設の一つとして設置されたサロンを使用させることにした場合の建物使用関係(東京地判昭38.7.26判夕148-95)は、本法下においても一時使用の借家と解することができると考える。
※五島京子稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p338
6 一時使用の目的の具体例
次に、一時使用の目的にあたる事情としてどのようなものがあるでしょうか。
具体例を分類すると、賃貸人が、長期間は貸せない、という事情、賃借人が、長期間は借りたくない、という事情、両者が紛争の解決として(相互の妥協点として)短期間に限定して貸す(明渡を猶予した)という事情、というように分けられます。いろいろな具体的な事情をまとめてみました。
一時使用の目的の具体例
あ 賃借人側の事情
賃借人が避暑・(期間限定での)療養のため、環境の良い避暑地に居住する
賃借人が自己の建物を建築中であり、工事期間限定で仮住まいに居住する
い 賃貸人側の事情
ア 敷地(利用権)の制限
区画整理・収用により、一定期間経過後に、賃貸人(建物所有者)が敷地(利用権)を失うことが分かっている
敷地が定期借地であり、賃貸人(建物所有者)は一定期間経過後に建物を解体する義務がある
イ 賃貸人による建物の具体的利用計画
賃貸人が海外旅行や海外赴任・地方赴任のため、一定期間限定で住居地を移す
賃貸人が対象建物を売却し(売買契約書調印)、引渡までの猶予期間が残っている
う 紛争解決としての短期限定貸借
建物明渡請求訴訟、調停などの結果、和解や調停内容として明渡を一定期間猶予する趣旨として賃貸借が条項化された
7 一時使用目的が否定される典型例
前述のように、一時使用の目的は、客観的な事情(実際の事情)から、短期間に限定する必要がある状況だったのかということが判断されます。そこで、具体的な事情はないけれど契約書上、一時使用という文言を使った、「建物再築までの1年間」という条項はあるが再築計画はない、ということだと、後から一時使用目的ではないということになってしまいます。
一時使用目的が否定される典型例
契約書のタイトルが一時使用目的賃貸借契約となっているが、期間限定の理由が明確ではない
契約書に「建物を再築するため」と明記してあるが、再築計画が具体化していない
8 「結婚するまで」→一時使用目的肯定・否定の実例
ここで、一時使用目的かどうかが、どのように判断されるのかがみえてくる裁判例を2つ紹介します。オーナーが「結婚するまで」という期間の限定があったのは共通しています。しかし、一方は結婚相手(候補者)として特定の人がいたわけではなく、単に適齢期だった、というだけでした。もう一方のケースは、すでに婚約していて、結婚する時期もある程度具体化した段階にありました。
裁判所は、結婚予定が具体化していないケースでは、一時使用目的を否定し、具体化していたケースでは肯定しました。ある意味、判断しやすい事例だったといえるかもしれません。
「結婚するまで」→一時使用目的肯定・否定の実例
あ 抽象的な結婚の想定→一時使用目的否定
本件賃貸借契約を締結するにいたつた動機ないし主観的意図が、原告の結婚するまで特に二年間という一定期間を限つて賃貸借を存続させようとするものであつたとしても、原告本人尋問の結果によれば、本件賃貸借契約締結当時原告の結婚は何ら具体化していなかつたことが認められるのであつて、原告の結婚は賃貸人である原告の意思にのみかかつている事情であり、その時期も非常に不明確で、右のような原告の主観的意思があつたからといつて、本件賃貸借が直ちに客観的に一時使用を目的とするものであると断定することはできない。
※東京地判昭和40年6月30日
い 具体的な結婚の予定(婚約済)→一時使用目的肯定
原告は、将来自己の住家に供する目的をもって昭和三九年六月頃当時新築の本件建物を買受けた。当時原告は現在の妻Hと婚約中であり、一、二年のうちには同女と結婚できる見込であったが、さしあたり本件建物を空家にしておくわけにもゆかず、短期間に限りこれを第三者に賃貸しようと考え、不動産屋の仲介により被告に対し前記のような約定でこれを賃貸した。右賃貸にあたって、原告は被告に対し右のような事情を打明け、二年後には必らず本件建物を明渡してくれるよう申し向け、被告はこれを諒承した。”原告はその後昭和四〇年三月右H
と結婚”し、現在二児を儲け、父義雄の借家に同居中である。
右認定の事実によれば、本件賃貸借当時原告が近い将来遅くとも二年以内には本件建物を自らの住居として使用する必要性の生ずることは、相当の確実性をもって予見され得たものであり、被告もこれを十分に諒知していたものであって、両当事者とも二年経過後は本件賃貸借を継続させる意思がなかったものと認めるのが相当である。したがって、本件賃貸借は一時使用の賃貸借というべきである。
※東京地判昭和43年9月6日
9 一時使用目的の建物賃貸借の扱い
建物賃貸借が一時使用の目的である(と認められる)場合には、前述のように、借地借家法の規定のすべてが適用されなくなります。ということは、原則に戻って、民法の(中の賃貸借の)規定がそのまま適用されるということになります。
要するに、期間満了の時に法定更新がない、つまり、期間が満了したら単純に契約が終了になる(退去する)という、「約束を守る」という単純明快なルールになるという結論です。
ただし、それ以外の規定については、一部、類推適用を認めるという見解もあります。
一時使用目的の建物賃貸借の扱い
あ 総論
本法(注・借地借家法)の規定が適用されないので、一時使用のための借家契約については、民法601条以下の一般賃貸借法が適用される。
※五島京子稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p336
い 適用されない個々の規定
ア 更新関連
更新に関する規定の適用が排除されることについては異論がなく、更新排除の特約が可能であるので(26条、30条)、更新拒絶の要件を定める28条も適用されない。
イ 賃貸人による解約(期間の定めなしの場合)
賃貸人からする解約の申入れも6カ月前である必要がなくなり(27条)、
ウ 期間の制限(1年未満不可)
賃貸借期間は1年未満でもよい(29条)。
エ 対抗力
借家権の対抗力すら認められない(31条、37条)が、これについては適用されるとする反対説がある(高島借地借家192)。
オ 賃料増減額請求・造作買取請求
借賃増減請求権(32条)についても類推適用を認めてよいとする説があり(篠塚新版注民(15)794)、
造作買取請求権(33条)についても明示または黙示の買取請求の特約を認める説がある(星野・借地借家626)。
旧法当時の2種類しか借家契約が存在しなかった時代におけるこれらの類推適用説は、従来一時使用の借家として更新排除が認められた一類型が賃貸人不在期間の建物賃貸借(旧38条)として規定され、それがさらに一般的な定期建物賃貸借(現38条)に拡大された今日でもそのままあてはまるのか疑問が残る。
これらの類推適用で保護しようとしていた利益は、定期建物賃貸借契約を締結することによってほとんどカバーできると考えられるからである(月岡=田山・基本コンメ125では、第3章のいくつかの規定を類推適用する必要は少なくなかろうと指摘する)。
カ 転借人の保護(通知必要など)
このほか、借家契約終了後も転借人は保護されず(34条、37条)、
キ 借地上の建物の賃貸借の場合の明渡猶予期間付与
借地上の建物の賃借人であっても明渡しにつき期限の許与はなされない(35条、37条)。
ク 賃借人死亡+相続人なし→内縁者が承継
借家権も承継されない(36条)。
ケ 定期借家・取壊予定建物の賃貸借
確定期限を定めて更新排除の特約を付しても38条の適用はなく、取壊し予定の建物の賃貸借であっても39条の適用は受けない。
※五島京子稿/稻本洋之助ほか編『コンメンタール借地借家法 第4版』日本評論社2019年p338、339
10 定期借家の活用(参考)
以上のように、一時使用目的は、後からあてはまらないと判断されるリスクがあります。この点、現在では定期借家という契約の方式があります。これを用いれば、確実に更新がないという内容を実現できます。
詳しくはこちら|定期借家の基本(更新なし=期間満了で確実に終了する)
この点、実務では、定期借家として契約したつもりだったけれど手続の不備で定期借家として認められないケースについて、一時使用目的の契約として扱えないかという形で問題となることも多いです。
本記事では、一時使用目的の建物賃貸借について説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に建物の賃貸借に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。