【日照権侵害|建築基準法などの違反・違法がないと『違法性なし』の傾向が強い】
1 『日照権』は判例上権利として認められている
2 日照権の法的根拠はいくつかの見解がある
3 日照権侵害の違法性は『受忍限度』で判断する;受忍限度論
4 日照権侵害の『受忍限度』の判断基準
5 公共事業により日照権侵害が生じた場合の通達による補償基準も同様
6 日照権侵害の『違法性』段階説|差止と損害賠償はレベルが違う
7 日照権侵害は『建築基準法などの法規違反』がない限り認められることはほとんどない
8 日照権紛争の解決手段|行政・裁判所の制度がそれぞれいくつかある
9 売買時のセールストーク×法的責任|眺望・日照
1 『日照権』は判例上権利として認められている
『日照権』というのは,法律・条文に明記されていませんが,多くの判例で認められています。
具体的な状況によって『日照権が侵害されている』と認められれば,建築が『侵害行為』として違法になります。
その場合は,建築自体を差し止める請求や損害賠償請求が可能となります。
最近は,太陽光発電システムを導入する建物が増えています。
日照確保の要請は従来の枠組みを超えてきています。
2 日照権の法的根拠はいくつかの見解がある
多くの裁判例では,「日照権」の法的根拠を説明しているものも,一切説明していないものもあります。
というのは,この法的根拠は,結論として建築差し止め・損害賠償請求を認めるかどうか,という結論に直結しません。
そこで,あまり議論の対象にならないのです。
法的根拠を整理しておきます。
<日照権の法的根拠>
あ 物権的請求権説
日照を居住する権利,というものが土地(や建物)の所有権の一環として含まれる,という解釈です。
い 人格権説
これ自体が条文に規定(明記)されていない権利である
しかし,存在することは当然の前提とされている
※大阪高裁昭和50年11月27日
う 不法行為説
日照妨害という行為が違法性のある行為である,という解釈
民法709条の不法行為を適用する,という見解
この説では,不法行為には『差止』という制度がないというところが弱点である
※民法722条,417条→金銭賠償のみ
え 環境権説,日照権説
ダイレクトに,環境権や日照権という新しい権利を認める考え方
環境権とは,健康で快適な生活を維持する環境を享受する権利である
もっと具体的に特定し,日照を享受する権利として日照権として認める考え方もある
この説については,根拠が不十分で,明確な権利とは言いにくい,という弱点がある
<日照権の判例における法的根拠>
物権的請求権説(あ)・人格権説(い)を指摘するものが多い
※大阪地裁平成8年12月18日
なお,太陽光発電が阻害され,発電→売電に被害が生じた,というケースが増えつつあります。
今後は新たな権利侵害の形態として問題が拡がることも考えられます。
詳しくはこちら|太陽光発電システム;日照阻害,販売,設置,運用トラブル予防策
3 日照権侵害の違法性は『受忍限度』で判断する;受忍限度論
どの程度日当たりが悪くなったら建築差止や損害賠償が認められるのか,という基準について説明します。
隣地に僅かでも日陰ができたら違法,ということはありません。
では,違法となる程度ですが『受忍限度論』という理論が実務上採用されています。
次のようなものです。
<受忍限度論>
権利の制限の程度が社会生活上一般に受任すべき限度を超えた場合に違法となる
※最高裁昭和47年6月27日
簡単に言えば,常識を超えた場合に違法となるというものです。
4 日照権侵害の『受忍限度』の判断基準
日照権侵害についての『受忍限度』の基準について説明します。
「受忍限度」の判断においては,加害建物の建築基準法違反の有無,地域性,日照阻害の程度,が重要な要素です。
実際に,日照阻害の受忍限度,を考える際には,多くの事情が考慮に含まれます。
大きな分類は次のとおりに整理されます。
<日照阻害の受忍限度判断要素>
あ 加害建物の建築基準法違反の有無
実際には,建築基準法に適合している場合には,違法性が認められることは極端に少ないです。
別項目;建築基準法における日影規制
い 地域性
都市計画法上の用途地域が主なものです。
典型例は,住居地域の方が,商業地域よりも日照が重視される→日照権侵害が認められやすい,というものです。
実際の土地利用状況も関係してきます。
う 日照阻害の程度
具体的な数値的データとしては,建築基準法で用いられるものを流用することが多いです。
《用いられる日照条件》
・冬至日の午前8時から午後4時における,被害建物南側開口部付近の日照状況(日影時間)
・春分・秋分時の日照状況(他の条件は同上)
また,地盤面より1.5メートル,など一定の高さを日影時間の基準とすることもあります。
え その他
(あ)加害,被害回避の可能性
加害建物側,被害建物側で,日照阻害を少なくする手段があるかどうか,ということです。
具体的には,代替手段つまり計画変更が現実的に可能かどうか,という着眼点です。
(い)加害,被害建物の用途
《建物の用途の例》
・加害建物が公共的な建物→建設の必要性が高い
・被害建物が幼稚園・病院である→日照確保の必要性が高い
・被害土地に太陽光パネルが設置してある→日照確保の必要性が高い
(う)加害建物と被害建物の先後関係
被害側に太陽光発電パネルが設定されている場合,日照確保の必要性が高いです。
別項目;太陽光発電システム;日照阻害,販売,設置,運用トラブル予防策
(え)加害建物建築に至る交渉経緯
加害側と被害側との説明・交渉(意見交換)→設計変更を行った,など,双方がどの程度相手方への配慮を行っているか,ということも重要な要素です。
5 公共事業により日照権侵害が生じた場合の通達による補償基準も同様
公共施設設置によって生じた「日陰」についての補償の基準が通達して存在します。
この通達でも,原則的に建築基準法の日陰が生じる時間の基準を流用しています。
<日照権侵害に関する通達>
[公共施設の設置に起因する日陰により 生ずる損害等に係る費用負担について]
昭和51年2月23日建設事務次官通知 改正 平成15年7月11日
埼玉県のHP上の掲載
6 日照権侵害の『違法性』段階説|差止と損害賠償はレベルが違う
日照権侵害における『差止』と『損害賠償』の関係について説明します。
建築差止については,建築中止→建築物撤去,ということを強制するものです。
当然,影響が非常に大きくなるのが通常です。
そこで,建築差止は,特に違法性が高い場合に限って認める,という傾向があります。
その一方,損害賠償請求は,その程度を金額で調整できます。
加害建物サイドでは,建築差止がされず,建築→運用(営業)ができる前提であれば,なおさら,一定額の負担を負うことも受け入れやすいという側面もあります。
裁判例においても,建築差し止めは棄却+損害賠償請求認容というものが結構あります。
<違法性段階説を反映した判例>
次のように結論に違いが生じた
建築差止請求 | 棄却 |
損害賠償請求 | 認容 |
※東京地裁平成7年2月3日
※東京高裁平成14年11月18日
このことを違法性段階説と呼ぶこともあります。
7 日照権侵害は『建築基準法などの法規違反』がない限り認められることはほとんどない
日照権侵害の判断基準については前述のとおり,ちょっと複雑です。
しかし,現実的に問題になるケースの多くでは『違法性なし』というものです。
<日照権侵害|大まかな違法性判断>
建築基準法その他の法規に違反している点がない
→違法性なし
この背景には次のような考え方があります。
<日照権侵害|根本的考え方>
あ 所有者視点
不動産は所有しているだけでコスト・リスクを負担する
→明確な法規を超える『活用の制限』は避けるべきである
→明確な法規に適合しても『違法』となると建築の計画・遂行が不安定になる
い 社会全体の視点
不動産の有効活用は社会全体の利益になる
特に都市部は住居・事業が過密している→有効活用が望まれる
→特に都市部では『法規』以外の規制は極力避けるべきである
ちょっと極端な説では『東京には日照権は認めない』というものもあります。
実際に東京などの大都市では建築制限が非常に細かく決まっています。
実際に建物の建築の場面では,施主は多くの制限を遵守しています。
さらに制限を加える,ということは妥当ではない,と判断されることがほぼすべてです。
8 日照権紛争の解決手段|行政・裁判所の制度がそれぞれいくつかある
日照権侵害についての紛争解決手段について説明します。
建築紛争調整,建築確認に対する審査請求,仮処分,調停,訴訟,などのメニューがあります。
建築問題プロパーの手段として,裁判所以外の解決手段もあります。
当然,裁判所を利用した手続きもあります。
<日照権侵害の解決手段>
あ 建築紛争調整
都道府県において,建築紛争の調整などの名称の手続きを設けています。
あっせんや調停と呼ばれることもあります。
当然,裁判のように強制的な判断を下す,ということはありません。
専門家が介在して話し合いをするので,対立が熾烈でなければ,この手続きで解決に至ることもあります。
別項目;建築に関する紛争の解決手段として都道府県が行う建築紛争調整手続がある
い 建築確認に対する審査請求
建築確認自体にミスがあったという場合は,審査請求によって,建築確認の撤回を要請する方法もあります(建築基準法94条)。
う 裁判所による仮処分
建築禁止の仮処分などです。
暫定的な証拠・主張で,工事自体を止めてしまうものです。
一定の保証金が必要です。
また,事後的に,本案訴訟での請求が認められなかった場合は,逆に損害賠償請求を受ける可能性もあります。
仮処分申請は慎重に検討すべきです。
え 民事調停
簡易裁判所で,調停委員を介して話し合いをする手段です。
裁判所によっては,調停委員として,建築のプロ(建築士・土地家屋調査士など)か話し合いに関与してくれることもあります。
お 訴訟
最終手段として,裁判所に強制的な判断を求めるものです。
建築が始まっているなど,急を要する程度によっては,積極的・スピーディーに提訴することも多いです。
訴訟の中で,建築のプロが専門委員として関与する制度もあります。
詳しくはこちら|民事訴訟における専門委員の関与の制度(性質・決定の要件)
9 売買時のセールストーク×法的責任|眺望・日照
不動産売買の際,セールストークが過剰になる傾向があります。
セールストークとして眺望・日照などの環境が強調されることが多いです。
購入後に説明した内容と実際の状況が違うというケースもあります。
この場合の法的責任についての判例を別記事で説明しています。
詳しくはこちら|セールストーク×法的責任|環境保証タイプ|眺望・日照・通風・騒音