【判決による意思表示の擬制(意思表示の強制執行・民事執行法177条)】

1 判決による意思表示の擬制(意思表示の強制執行・民事執行法177条)

「意思表示をする義務」があっても、自発的に意思表示をしない場合、「意思表示をすること」の強制執行(強制履行)によって実現します。判決で意思表示をしたことを擬制する制度のことです。本記事ではこのことを説明します。

2 民事執行法177条の条文

最初に、判決によって意思表示を擬制することを規定する条文を確認しておきます。

民事執行法177条の条文

(意思表示の擬制)
第百七十七条 意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し、又は和解、認諾、調停若しくは労働審判に係る債務名義が成立したときは、債務者は、その確定又は成立の時に意思表示をしたものとみなす。ただし、債務者の意思表示が、債権者の証明すべき事実の到来に係るときは第二十七条第一項の規定により執行文が付与された時に、反対給付との引換え又は債務の履行その他の債務者の証明すべき事実のないことに係るときは次項又は第三項の規定により執行文が付与された時に意思表示をしたものとみなす。
2 債務者の意思表示が反対給付との引換えに係る場合においては、執行文は、債権者が反対給付又はその提供のあつたことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
3 債務者の意思表示が債務者の証明すべき事実のないことに係る場合において、執行文の付与の申立てがあつたときは、裁判所書記官は、債務者に対し一定の期間を定めてその事実を証明する文書を提出すべき旨を催告し、債務者がその期間内にその文書を提出しないときに限り、執行文を付与することができる。

3 法改正の経緯→条文の繰り下げ+民法から移動

以下、民事執行法177条(前記)について説明しますが、その前に、法改正の経緯も確認しておきます。というのは、このルールについては法改正が繰り返されていて、過去の判例、文献では法律名や条文番号が違うのです。

法改正の経緯→条文の繰り下げ+民法から移動

旧法736条は、反対給付後に意思表示をすべき場合について、執行文を付与した時にその効力が生ずる旨を定めていた。
本条(本法制定時の173条)は、意思表示義務について、
①債権者が証明すべき事実の到来に係る場合、
②反対給付との引替えに係る場合、
③債務者の証明すべき事実のないことに係る場合
のそれぞれについて、執行文付与時に擬制されることを明確にし、とくに③の場合について、執行文付与の際に債務者が証明文書を提出するための手続を設けた。
平成15年法律134号により173条として間接強制についての規定がおかれたのに伴い、意思表示の擬制の規定は174条に繰り下げられた
また、労働審判法の制定(平成16年法律45号)に伴い、意思表示が擬制される債務名義として労働審判が加えられた。
平成29年法律44号(民法の一部を改正する法律)による改正前の民法414条2項ただし書は、
「ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる」
旨を定め、本条はこれに対応する手続規定であるとされていた(奥田編著後揭注1)582頁〔奥田=坂田))。
同改正により、民法414条2項本文および3項に対応する規定が本法171条に規定され、これらの規定が削除されるのに伴い、民法414条2項ただし書も削除された(法171参照)。
令和元年改正(令和元年法律2号)により174条から176条として子の引渡しの強制執行についての規定がおかれたのに伴い、意思表示の擬制の規定は177(本)条に繰り下げられた
※青木哲稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1667、1668

以下で引用する判例や文献では古い時代の法律や条文番号が出てきますが、本記事では現在の「民事執行法177条」として説明します。

4 対象となる意思表示の種類→観念の通知などを含む

この規定が対象とする「意思表示」には、いろいろなものが含まれます。講学上「意思表示」とは異なる「観念の通知」、たとえば債権譲渡の通知も含みます。

対象となる意思表示の種類→観念の通知などを含む

本条の意思表示には、法律行為の要素である意思表示のほか、準法律行為のうち観念の通知(債権譲渡の通知など)や意思の通知(催告など)が含まれる。
公法上の意思表示(官公署に対する許認可申請・登記申請等)や第三者に対する意思表示も含まれる(中野=下村872頁)。
※青木哲稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1668

5 判決による意思表示の擬制の典型例

(1)登記請求権

実際に、判決による意思表示の擬制が使われる典型は登記手続請求です。判決により被告の登記申請意思が擬制されることによって、原告だけで登記申請をしても、共同申請と同じ扱いとなるのです。これについては別の見解もありますが結論として単独申請ができることに変わりはありません。

登記請求権

不動産についての権利に関する登記の申請は、原則として、登記権利者および登記義務者が共同してしなければならない(共同申請主義(不登60))が、その一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決による登記は、その他方が単独で申請することができる(不登63)。
登記請求権の強制的実現については、不動産登記法の規定により債権者が確定判決を得て単独で登記申請をなしうることから、(平成29年法律44号による改正前の)民法414条2項ただし書による意思表示の擬制により説明しない見解(我妻栄『債権総論』(岩波書店・新訂版・昭39)96頁、中田裕康「債権総論』(岩波書店・第4版2)109頁)もみられる。
しかし、登記申請は、国家機関である登記所に対する手続法上の意思表示であるから、本法本条の適用により共同申請をすべき者の一方の登記申請の意思表示が擬制されることを前提に、不動産登記法63条は、登記申請の手続について、その他方が単独で申請することができる旨を定めているというべきである(中野=下村875注(1)七戸克彦監修『条解不動産登記法』(弘文堂・平25)413頁〔七戸=加藤政也])。
※青木哲稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1668、1669

登記請求権については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|登記請求権の基本(物権の効力・判決による単独申請)

(2)占有移転の意思表示

民法上、占有を移転する方法がいくつかあります。その中に、意思表示によって占有を移転するというものがあります。この意思表示を判決によって擬制する実例もあります。

占有移転の意思表示

意思表示により行われる占有移転(簡易の引渡し(民182②)、占有改定(183)および指図による占有移転(民184))について、これらの方法により引渡しをすべきことを命ずる判決の確定により、占有移転の効力が生ずる。
※青木哲稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1669

(3)契約の承諾

一般論として「契約」を締結するかどうかは自由なので、当事者2名が合意して初めて契約が成立します。しかし、特殊な局面では契約を締結する義務があります。

契約の承諾

あ 漁業組合の加入

漁業協同組合への加入申込みに対する組合の承諾の意思表示について、最判昭55・12・11民集34-7-872は、漁業協同組合の組合員たる資格を有する者が組合への加入の申込みをしたときは、組合は、正当な理由がない限り、その申込みを承諾しなければならない私法上の義務を負うとして、組合に対して、加入申込みに対する承諾の意思表示を命じた。

い NHK受信契約

また、最大判平29・12・6民集71-10-1817は、受信設備を設置した者は日本放送協会と受信契約をしなければならない旨を定める放送法64条1項について、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であるとした上で、日本放送協会からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には、日本放送協会はその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求めることができ、その判決の確定によって受信契約が成立すると判示する。
※青木哲稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1669

(4)共有者が多数決で決定した事項(概要)

共有物に関する(狭義の)管理行為は原則として共有持分の過半数(多数決)で決定します。たとえば第三者との賃貸借契約を締結する、ということを決定した場合、その後、共有者全体として第三者と契約を締結します。また、すでに賃貸借契約がある場合に賃借人への解除をするという意思決定をした場合、その後、共有者全体として賃借人に対して解除の意思表示をすることになります。
このような契約締結(申込または承諾の意思表示)や解除の意思表示について各共有者は(意思表示をする)義務を負います。自発的な意思表示を拒否する場合は判決による意思表示の擬制を使って実現する方法も選択肢の1つとなります。
詳しくはこちら|共有物の賃貸借の解除の意思表示の方法(反対共有者の扱い)

(5)債権譲渡の通知(概要)

債権譲渡をした場合、それを債務者や第三者に対抗するには、譲渡人から債務者への通知が必要になります。譲渡人が譲渡通知を自発的にしない場合には、判決によって実現することもできます。この点たとえば、譲受人が譲渡通知をする代理権の付与を受けた上で通知を行えば、わざわざ判決によって意思表示を実現することにはなりません。実務ではこのような予防策をとっておくことが多いです。
詳しくはこちら|債権譲渡の通知を譲受人が行う方法(代理は可能、債権者代位は不可)

6 執行文付与の要否→原則不要

判決による意思表示の擬制は、強制執行の1つです。一般的には強制執行をするためには執行文付与が必要です。しかし、意思表示の擬制については例外的に執行文付与は不要です。ただし、条件成就や反対給付が必要な場合は(原則に戻って)執行文付与が必要になります。

執行文付与の要否→原則不要

原則として、意思表示を命ずる裁判の確定または債務名義の成立により、意思表示が擬制される。
その後の執行機関による執行手続を予定していないので、執行機関に執行力を公証するために執行文を付与する必要はない
確定判決により登記申請をする場合(不登63)にも、原則として、執行文の付与は不要である。
※青木哲稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1671

7 判決の効果→確定時に表白扱い・別途到達が必要

意思表示を命じる判決が確定すれば、条文上、意思表示をしたものとみなすことになります。ただ、みなされる(擬制される)のは、意思表示をしたことだけです。その意思表示が到達したことまでみなされるわけではありません。具体的には、原告が意思表示の相手方に確定判決を示す必要があるのです。

判決の効果→確定時に表白扱い・別途到達が必要

あ 意思表示を命じる判決の効果の発生時点(前提)

意思表示が擬制される時点は、原則として、意思表示を命ずる判決その他の裁判の確定時(判決につき、民訴116)または債務名義の成立時である。

い 意思表示の擬制の効果

債務者が有効かつ適式・・・意思表示をしたものとみなされる

う 意思表示の相手方への到達(通知)(基本)

本条(注・民事執行法177条)により擬制されるのは意思表示の表白だけであり、意思表示の相手方への到達(民97①)は擬制されない

え 意思表示の相手方への到達(第三者への通知)

意思表示の相手方が第三者である場合には、債権者が債務名義の正本または謄本を第三者に提示または送付した時(送達の必要はない(松本339頁))に、表白を擬制された意思表示が到達したことになる(中野=下村873頁)。
※青木哲稿/伊藤眞ほか編『条解 民事執行法 第2版』弘文堂2022年p1673、1674

本記事では、判決による意思表示の擬制について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に意思表示の強制に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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【債権譲渡の通知を譲受人が行う方法(代理は可能、債権者代位は不可)】
【債権譲渡の対抗要件(民法467条の通知・承諾)の解釈(判例・学説)】

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