【民法上の正当防衛|加害行為の違法性の要否|必要性・相当性|防衛の意思】
1 民法上の正当防衛|基本的事項
2 民法上の正当防衛|加害行為の『違法性』→不要という傾向
3 民法上の正当防衛|加害行為の『違法性』の見解×結論への影響
4 民法上の正当防衛|必要性・相当性|基本的事項
5 民法上の正当防衛|必要性・相当性|肯定した判例
6 民法上の正当防衛|必要性・相当性|否定した判例
7 民法上の正当防衛|防衛の意思
8 民法上の正当防衛|自招危難
本記事では民法上の正当防衛について説明します。
便宜的に,刑法上の正当防衛のカテゴリに配置しています。
1 民法上の正当防衛|基本的事項
通常『正当防衛』と言えば,刑法上のものを意味します。
この点,ややマイナーですが,民法上も『正当防衛』の制度があります。
最初に基本事項をまとめます。
<民法|正当防衛の要件>
あ 前提事情
客観的に不法な行為(後記※2)
い 防衛行為
ア 目的=自己または第三者の利益防衛イ 『やむを得ず』にした;必要性・相当性(後記※3)ウ 防衛の意思(後記※4)
う 効果
不法行為責任が生じない
※民法720条1項
おおまかに見れば,刑法上の正当防衛とあまり変わりません。
2 民法上の正当防衛|加害行為の『違法性』→不要という傾向
民法上の正当防衛の要件の中で『加害行為の違法性』の要否についてまとめます。
必要/不要の両方の見解があるのです。
<『他人の不法行為』(※2)>
他人の行為についての解釈論
あ 判例・通説
故意・過失・責任能力は不要
※我妻・事務管理・不当利得・不法行為p148
※幾代ほか『不法行為法』p101〜
※四宮『事務管理・不当利得・不法行為(中)p367
い 通説以外の見解
『不法行為』=違法性までが必要
※平井宣雄『債権各論2不法行為』弘文堂p95〜
実務上は『違法性不要』と扱うのが通常です。
3 民法上の正当防衛|加害行為の『違法性』の見解×結論への影響
民法上の正当防衛の『違法性』の要否が,結果に影響を及ぼすケースを説明します。
<『責任能力』の要否→具体的な影響>
『責任無能力者による加害行為』に対する反撃
↓
正当防衛に『責任能力』が必要かどうか | 反撃行為の扱い |
責任能力は不要 | 正当防衛は成立する→責任なし |
責任能力が必要 | 正当防衛は成立しない→責任あり |
民法上の『責任能力』はおおむね12歳前後とされています。
理解・判断能力がこの程度未満,という場合に『責任能力なし』となるのです。
4 民法上の正当防衛|必要性・相当性|基本的事項
民法上の正当防衛では反撃について『必要性・相当性』が必要です。
<必要性・相当性(※3)>
あ 防衛行為の必要性
ア 基本的基準
他に危難を回避する『適当な手段』がない
イ 該当しない場合
法律上許容されている他の手段により是正・回避される場合
→成立しない
※東京地裁平成元年2月27日
い 防衛行為の相当性;法益の均衡
ア 基本的解釈
『防衛する法益』と『防衛行為による結果』との比較
→社会通念上『ほぼ合理的な均衡』があればよい
※通説
イ 防衛行為が必要な程度を超えた場合
正当防衛に該当しない
※大判昭和11年12月11日
※名古屋地裁昭和41年10月28日
5 民法上の正当防衛|必要性・相当性|肯定した判例
民法上の正当防衛について,具体例を説明します。
まずは,正当防衛が肯定されたケースをまとめます。
<反撃の『相当性』|肯定例|傘を奪って突き刺した>
あ 加害行為
加害者は,執拗に暴行を繰り返した
い 反撃行為
被害者は,傘を奪い取った
そして傘を突き出した
加害者は刺傷を負った
う 裁判所の判断
正当防衛が成立する
※東京高裁昭和53年7月31日
<反撃の『相当性』|肯定例|自衛隊の投石『自衛』事件>
あ 加害行為
過激な投石による抗議運動が生じた
い 反撃行為
自衛隊員が投石をし返した
う 裁判所の判断
正当防衛が成立する
※岡山地裁昭和61年5月28日
6 民法上の正当防衛|必要性・相当性|否定した判例
民法上の正当防衛が否定された事例をまとめます。
<反撃の『相当性』|否定例|素手vsナイフ>
あ 加害行為
素手での暴行
い 反撃
ナイフを使って反撃した
う 裁判所の判断
正当防衛は成立しない
※浦和地裁平成4年10月28日
<反撃の『相当性』|否定例|ドアノブつかんだvs自動車急発進>
あ 加害行為
加害者が暴行を繰り返した
加害者は,続いて,自動車のドアノブをつかんで開けようとした
い 反撃行為
被害者は,自動車を急発進させた
う 裁判所の判断
正当防衛は成立しない
※甲府地裁昭和55年11月11日
<反撃の『相当性』|否定例|包丁を奪い取り頸部刺す>
あ 加害行為
加害者は,包丁を持って突き刺してきた
い 反撃行為
被害者は,包丁を奪い取った
加害者は素手でのパンチを繰り出した
被害者は加害者の頸部を刺した
う 裁判所の判断
正当防衛は成立しない
※名古屋地裁昭和41年10月28日
<反撃の『相当性』|否定例|反撃が強く→網膜剥離>
あ 加害行為
加害者は暴行を始めた
い 反撃行為
被害者は加害者を殴打した
強烈であったため,加害者の眼が網膜剥離に至った
う 裁判所の判断
正当防衛は成立しない
※東京地裁平成3年12月25日
<反撃の『相当性』|否定例|バックドロップ>
あ 加害行為
加害者は,執拗かつ一方的な暴行を加えた
い 反撃行為
被害者は,加害者を斜め後ろに背負うように投げた
加害者は,頭部をコンクリートに強打した
う 裁判所の判断
正当防衛は成立しない
※東京高裁平成10年7月17日
7 民法上の正当防衛|防衛の意思
民法上の正当防衛では『防衛のため』という目的が前提とされています。
この『防衛の意思』についてまとめます。
<防衛の意思(※4)>
あ 基本的事項
防衛の意思が必要である
い 該当しない場合
専ら加害目的の場合
→成立しない
『結果的に法益を守ることにつながった』場合でも同じ
※熊本地裁八代支部昭和32年2月1日
8 民法上の正当防衛|自招危難
形式的には『正当防衛』に該当する場合でも,被害者が原因を作った,というケースもあります。
被害者が加害者に『挑発』した,というようなケースが典型です。
この場合『正当防衛』は成立しません。
<自招危難>
反撃した者が自己の過失により危難を生じさせた場合
→『他人の不法行為』に該当しない+『やむを得ず』に該当しない
→正当防衛に該当しない
=不法行為責任が生じる
※岡山地裁昭和43年12月18日