【公正証書原本不実記載等罪の虚偽の申立と不実の記載・記録】
1 公正証書原本不実記載等罪の虚偽の申立と不実の記載・記録
2 虚偽の申立と不実の記載の具体例
3 虚偽の申立の意味
4 不実の記載・記録の意味
5 虚偽の登記原因日付の重要性の判断の例
6 民法上の意思表示の瑕疵と不実の判断
7 記載が真実と一致するケースにおける不実の判断基準
8 記載が真実と一致するケースの具体例(不実肯定裁判例)
9 虚偽の申立と不実の記載の関係
10 登記の対抗力の有効性との関係(参考・概要)
1 公正証書原本不実記載等罪の虚偽の申立と不実の記載・記録
登記や戸籍などの一定の公的な記録について,不正な申請(届出)をすると,公正証書原本不実記載等罪が成立することがあります。
詳しくはこちら|公正証書原本不実記載等罪の基本(条文と公正証書の意味)
本記事では,公正証書原本不実記載等罪の犯行行為である虚偽の申立やその結果としての不実の記載(記録)の意味や解釈について説明します。
2 虚偽の申立と不実の記載の具体例
虚偽の申立と不実の記載ということが条文に規定されています。ちょっと分かりにくい概念です。最初に具体例を知ると理解しやすくなると思います。
申請するという行為と,それによって公的な記録として記載(記録)されることです。登記申請と登記簿に記載されるという2段階です。
<虚偽の申立と不実の記載の具体例>
あ 虚偽の申立(行為)の具体例
登記申請の内容が虚偽である
例=売買契約がない・抵当権設定契約がない
い 不実の記載(結果)の具体例
不実(真実と異なる)の内容が登記簿に記録される
(登記官により登記が実行される)
例=所有権移転登記・抵当権設定登記
3 虚偽の申立の意味
公正証書原本不実記載等罪の犯行行為は虚偽の申立をすることです。申立の内容が虚偽であるのが典型ですが,真正な申立人以外が申立をすることも虚偽に含みます。
<虚偽の申立の意味>
あ 基本的解釈
虚偽の申立とは
存在しない事実を存在するとし,または存在する事実を存在しないとして,申立をすることである
※大判明治43年8月16日
い 虚偽の内容
申立事項の内容について虚偽がある場合に限らず
申立人の同一性に関して虚偽がある場合をも含む
※大判明治41年12月21日(代理名義を偽って公証人に申し立てた)
※大判明治44年5月8日(名義人ではないのに名義人として表示登記を申請した)
う 名義借り
自己の名義をもってすると,他人の名義をもってするとにかかわらない
※大判明治42年2月15日
4 不実の記載・記録の意味
公正証書原本不実記載等罪が成立するには,結果として不実の記載または記録がなされることが必要です。
<不実の記載・記録の意味>
あ 不実の意味
不実とは
権利義務関係に重要な意味(後記※1)を持つ点において客観的な真実に反することである
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第3版 第8巻』青林書院2014年p185
い 不実の記載の意味
不実の記載とは
存在しない事実を存在するものとし,または存在する事実を存在しないものとして記載することをいう
う 不実の記録の意味
不実の記録とは
『い』と同様に,客観的な事実に反するデータを入力して電磁的記録に記録することをいう
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第3版 第8巻』青林書院2014年p185
5 虚偽の登記原因日付の重要性の判断の例
前記の不実とは,文字どおり真実ではないという意味です。ただし,真実と記録の食い違いが重要でない(軽微である)場合には,不実とは認めないこともあります。具体例は登記原因日付です。虚偽の登記原因日付でも,これによって生じる影響の程度によって重要(不実)かどうかが決まります。
<虚偽の登記原因日付の重要性の判断の例(※1)>
あ 一般的な登記原因日付
抵当権設定登記における登記原因日付の齟齬について
→重要な意味を持つものとはいえない
※大隅簡裁昭和41年9月26日
い 影響が生じる登記原因日付(概要)
準禁治産者である債務者が,自己の債務を担保する手段として,その所有の山林につき所有権移転登記の仮登記をした
債権者の同意を得て,日付を遡らせ,準禁治産宣告以前の売買であるように仮装して申請し,登記簿にその旨を記載させた
※大判昭和9年9月14日
詳しくはこちら|公正証書原本不実記載等罪の成立を認めた判例の集約
6 民法上の意思表示の瑕疵と不実の判断
民法では,意思表示の瑕疵に関する規定があります。この規定によって,意思表示(契約など)があっても効力が否定されることもあります。所有権移転の効力がないのに所有権が移転したという記録がなされたら,不実といえます。意思表示の瑕疵の種類によって違いがあります。
<民法上の意思表示の瑕疵と不実の判断>
あ 通謀虚偽表示
通謀虚偽表示(民法94条)
→無効である
→通謀虚偽表示に基づく記載は客観的事実に反する
=不実に該当する
※大判大正5年6月2日
い 詐欺,強迫
詐欺,強迫による意思表示(民法96条)
取り消されるまでは有効に存在している
→不実の記載とはならない
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第3版 第8巻』青林書院2014年p185
う 心裡留保
心裡留保による意思表示(民法93条)
効力を妨げられない
→不実とはいえない
※大判大正8年3月19日
7 記載が真実と一致するケースにおける不実の判断基準
申請内容に虚偽があっても,結果として登記に記録された内容が真実と一致している場合は,理論的に不実の記載には該当しません。ただし,現実的に権利や利益の侵害が生じている場合には不実の記載として認められることもあります。
なお,登記された事項の一部(登記原因など)が真実と反する場合は,その食い違いの重要性によって不実といえるかどうかが判断されます(前記※1)。
<記載が真実と一致するケースにおける不実の判断基準>
あ 基本的な考え方
記載に至るまでの間に虚偽があっても,記載内容(結論)が真実に反していなければ不実の記載とはいえない
い 第三者の侵害の影響
『あ』の虚偽が,第三者の利益を害するような場合
→公正証書の原本に記載された内容が真実に合致しているからといって,単純に不実記載でないということにはならない
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第3版 第8巻』青林書院2014年p186
8 記載が真実と一致するケースの具体例(不実肯定裁判例)
結果としての記載(記録)が真実と一致するケースの具体例を説明します。
最初から間違った者の所有権登記やその者の債権者による差押登記がなされていた,というものです。本来であれば,真実の所有者は,協議や訴訟でこれらの登記の抹消を実現するべきです。しかし,真実の所有者は,登記上の地番のミスを活用して建物滅失登記で済ませようと考えました。そして委任されていないのに,委任された代理人として建物滅失登記の申請をしたのです。登記申請のプロセスに虚偽があるとして,公正証書原本不実記載等罪の成立が認められました。
<記載が真実と一致するケースの具体例(不実肯定裁判例)>
あ 事案
建物がA(所有者ではない)に保存登記され,登記簿にAに対する滞納処分による差押登記がされている
たまたま登記簿上の地番が誤っていた
真実の所有者Bは,登記簿を閉鎖させる意図で,Aの代理人として,建物滅失登記の申請をし,登記簿にその旨を記載させた
滞納処分による差押登記の抹消を申請することはしなかった
い 裁判所の判断
滞納処分者(差押債権者)の利益を害する
→公正証書原本不実記載等罪が成立する
※札幌高裁昭和37年9月22日
9 虚偽の申立と不実の記載の関係
以上の説明は,公正証書原本不実記載等罪の行為である虚偽の申立とその結果である不実の記載(記録)についてのものでした。
この行為と結果に因果関係があってはじめて公正証書原本不実記載等罪が成立します。
<虚偽の申立と不実の記載の関係>
虚偽の申立と不実の記載or記録の間には因果関係が認められなくてはならない
※大阪高裁昭和41年11月14日
※大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第3版 第8巻』青林書院2014年p185
10 登記の対抗力の有効性との関係(参考・概要)
ところで,登記申請と実体に食い違いがあることによる公正証書原本不実記載等罪の成否と,登記の対抗力の有効性は別の問題です。たとえば,贈与とすべきところを売買という登記原因として申請した場合に,公正証書原本不実記載等罪は成立しますが,登記の対抗力は否定されないというのが原則です。
登記の対抗力の有効性については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|登記の対抗力の有効要件の全体像(形式的有効要件と実質的有効要件の内容)
本記事では,公正証書原本不実記載等罪の行為である,虚偽の申立と不実の記載(記録)について説明しました。
実際には,細かい事情や主張・立証のやり方次第で結論が違ってきます。
実際に公正証書原本不実記載等罪に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。