【警察・検察が捜査をする義務(不履行の違法性)の基本】
1 警察・検察が捜査をする義務(不履行の違法性)の基本
2 告訴・告発と警察の対応に関する規定
3 犯罪捜査規範の性格(参考)
4 国家賠償請求における反射的利益論(平成2年判例の判決文)
5 行政訴訟の原告適格・反射的利益論(前提)
6 国家賠償請求への反射的利益論の適用に関する見解(全体)
7 国家賠償請求への反射的利益論の適用(平成2年判例の分析)
8 警察の捜査義務(裁判例)
9 捜査義務の不履行による国家賠償請求(裁判例・肯定)
10 警察が被害を阻止する義務(概要)
1 警察・検察が捜査をする義務(不履行の違法性)の基本
一般的に,犯罪にあたる行為を受けた者(被害者)としては,警察や検察(捜査機関)に捜査や起訴をして,犯人に刑罰を与えて欲しいと考えます。では,被害者が要求(告訴)した場合に,捜査機関は捜査をする義務があるのでしょうか。
本記事では,捜査機関が捜査をする義務の基本的な内容について説明します。
なお,告訴や告発については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|告訴・告発の基本|受理の拒否・民事不介入|不当な拒否に注意
2 告訴・告発と警察の対応に関する規定
まず最初に,告訴や告発があった場合に警察がどのように対応するのか,に関する法令の規定を押さえておきます。
刑事訴訟法では,告訴・告発を受けた場合に,警察は事件に関する書類・証拠物を検察官に送付することが義務付けられています。捜査するかどうかについては記載がありません。
犯罪捜査規範では,告訴・告発を受けた場合に,すみやかに捜査を行うことの努力をするという規定があります。
このように法令上の規定として捜査をする義務が明確に示されているわけではないのです。
<告訴・告発と警察の対応に関する規定>
あ 刑事訴訟法242条
第二百四十二条 司法警察員は,告訴又は告発を受けたときは,速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。
い 刑事訴訟法246条(参考)
第二百四十六条 司法警察員は,犯罪の捜査をしたときは,この法律に特別の定のある場合を除いては,速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し,検察官が指定した事件については,この限りでない。
う 犯罪捜査規範67条
(告訴事件および告発事件の捜査)
第六十七条 告訴または告発があつた事件については,特にすみやかに捜査を行うように努めるとともに,次に掲げる事項に注意しなければならない。
一 ぶ告,中傷を目的とする虚偽または著しい誇張によるものでないかどうか。
二 当該事件の犯罪事実以外の犯罪がないかどうか。
3 犯罪捜査規範の性格(参考)
前記の犯罪捜査規範という規則の性格について補足しておきます。
これは国家公安委員会の規則です。要するに,警察(という組織)が自身の行動の指針(心構え)を規則(文章)にしたものです。もともとこの規定によって法的な義務が発生する,という性格(位置づけ)のものではありません。
<犯罪捜査規範の性格(参考)>
あ 制定
犯罪捜査規範は国家公安委員会規則である
い 規則の目的(1条)
(この規則の目的)
第一条 この規則は,警察官が犯罪の捜査を行うに当つて守るべき心構え,捜査の方法,手続その他捜査に関し必要な事項を定めることを目的とする。
※犯罪捜査規範1条
う 解釈
犯罪捜査規範は,警察官が捜査を行うにあたって守るべき心構え,捜査の方法,手続などを警察が自らの権限と責任において定めたものである
刑事訴訟法,刑事訴訟規則,警察法などの関係法令に基づいている
※警察庁刑事局編『逐条解説犯罪捜査規範』東京法令出版1995年p12
4 国家賠償請求における反射的利益論(平成2年判例の判決文)
被害者としては,捜査機関が捜査や起訴をしてくれない場合に不満を持ちます。法的な責任追及の手段としては国家賠償請求があります。
実際に国家賠償請求の訴訟を提起したケースがありました。最高裁は,捜査は公益目的であることを指摘します。これを前提として,被害者に報いることになるのは結果論(反射的利益)であり,結果的に被害者が不満を持つとしても法的には保護しないと指摘しました。
結論としては,国家賠償請求を認めないという判断です。ただし,判例は捜査する義務の有無を判断したわけではありません。
<国家賠償請求における反射的利益論(平成2年判例の判決文)>
あ 捜査・告訴の法的性格
犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は,国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって,犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではない
告訴は,捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え,検察官の職権発動を促すものにすぎない
い 反射的利益論
被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は,公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎない
法律上保護された利益ではない
う 国家賠償請求との関係(否定)
したがって,被害者ないし告訴人は,捜査機関による捜査が適正を欠くこと又は検察官の不起訴処分の違法を理由として,国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできない
※最高裁平成2年2月20日
5 行政訴訟の原告適格・反射的利益論(前提)
前記のように,平成2年判例は,反射的利益論を明確に示しました。ところで,もともと反射的利益論は,国家賠償請求では用いられていませんでした。平成2年判例以前から行政訴訟で用いられている理論でした。
<行政訴訟の原告適格・反射的利益論(前提)>
あ 原告適格
行政事件訴訟のうちの抗告訴訟の原告適格について
行政処分の取消について,単なる事実上ないし経済的利益を受けるだけでは足りない
当該処分を定めた行政法規が,個々人の個別的利益を保護すべきものとしている場合に,初めて,この利益を侵害された者が原告適格をもつ
※判例・通説;法律上保護された利益説
※波床晶則稿『被害者ないし告訴人からの捜査の不適正又は不起訴処分の違法を理由とする国家賠償請求は許されない』/『判例タイムズ790号臨時増刊 平成3年度主要民事判例解説』1992年p102参照
い 反射的利益論
不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させている場合には
この法規に違反した行政処分は公益一般を侵害するにとどまる
この法規が存在することによって私人が利益を受けていることがあっても,この利益は『反射的利益』にとどまる
=これを侵害された私人が行政処分の取消を求めて出訴することはできない
※波床晶則稿『被害者ないし告訴人からの捜査の不適正又は不起訴処分の違法を理由とする国家賠償請求は許されない』/『判例タイムズ790号臨時増刊 平成3年度主要民事判例解説』1992年p102参照
6 国家賠償請求への反射的利益論の適用に関する見解(全体)
前記のように,平成2年判例では,国家賠償請求に反射的利益論を用いました。しかし,これは最高裁判例としては初めての判断です。それ以前は,国家賠償請求に反射的利益論を用いないという見解が主流でした。
<国家賠償請求への反射的利益論の適用に関する見解(全体)>
あ 問題点
反射的利益論が国家賠償請求訴訟にもあてはまるか
い 従来の判例の傾向
ア 一般的傾向
否定される傾向があった
※遠藤博也『国家賠償法(上)』p412〜参照
イ 不起訴処分の認容の実例
検察官の不起訴処分について国家賠償請求が認容される余地を肯定する判例もある
※名古屋地裁昭和48年4月5日
※東京高裁昭和61年10月28日
う 学説の状況
多数説は否定している
※阿部泰隆『国家補償法』p183〜参照
※波床晶則稿『被害者ないし告訴人からの捜査の不適正又は不起訴処分の違法を理由とする国家賠償請求は許されない』/『判例タイムズ790号臨時増刊 平成3年度主要民事判例解説』1992年p103
7 国家賠償請求への反射的利益論の適用(平成2年判例の分析)
平成2年判例は最高裁として初めて国家賠償請求に反射的利益論を適用しました。判決文として明確に示してはいませんが,違法性の要件に該当しないという判断であったと解釈されています。
<国家賠償請求への反射的利益論の適用(平成2年判例の分析)>
あ 平成2年判例の意義
最高裁平成2年2月20日の判例は
『反射的利益論』が国家賠償請求訴訟でも意味を持つことを明らかにした(点に意義を有する)
しかし,本判決においては,国家賠償法1条1項のいかなる要件との関連で反射的利益が問題となるのかは判決文上必ずしも明らかではない
※波床晶則稿『被害者ないし告訴人からの捜査の不適正又は不起訴処分の違法を理由とする国家賠償請求は許されない』/『判例タイムズ790号臨時増刊 平成3年度主要民事判例解説』1992年p103
い 国賠法上の要件との関係
ア 参考となる判例
国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使にあたる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えた時に成立する責任である
※最高裁昭和60年11月21日
イ 解釈
公務員がもっぱら公益保護の職務に任ぜられている場合に,その義務を懈怠しても対個別の国民との関係で(この判例にいう)職務上の義務違反となることはない
→結局,反射的利益の侵害があっても国家賠償法1条1項にいう『違法性』の要件を満たすことがありえないということになる
※波床晶則稿『被害者ないし告訴人からの捜査の不適正又は不起訴処分の違法を理由とする国家賠償請求は許されない』/『判例タイムズ790号臨時増刊 平成3年度主要民事判例解説』1992年p103
8 警察の捜査義務(裁判例)
前記のように,平成2年判例では,捜査機関の捜査や起訴に関する対応に対して国家賠償請求ができないという結論になっています。
しかし,下級審裁判例では,国家賠償請求を認めるものもあります。その中で捜査する義務を認めているものもあります。まずは捜査の義務に関する部分を紹介します。
<警察の捜査義務(裁判例)>
あ 警察の権限(前提)
およそ警察は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防,鎮圧及び捜査等に当たることをもってその責務とするものである(警察法2条1項参照)
警察官は,上官の指揮監督を受けて警察の事務を執行するものである(警察法63条参照)
警察官には,警察の前記責務を達成するための各種の権限が法令により与えられている(警察官職務執行法参照)
い 捜査の義務
犯罪により害を被ったとする者から告訴がされた場合に,警察官が,告訴に係る犯罪の種類,性質,規模,態様等諸般の状況に即応してこの権限を適切に行使し,個人法益をも保護するために当該事案につき,適切に捜査に着手する等必要な措置を講ずべきことは,法令の定める職務上の義務である
犯罪捜査の時期,方法,態様等は犯罪捜査機関の大幅な裁量に委ねられている
※東京高裁昭和61年10月28日
9 捜査義務の不履行による国家賠償請求(裁判例・肯定)
前記の裁判例のうち,国家賠償請求を認めるという部分を紹介します。
この事案では,公訴時効が完成したために起訴することができなくなってしまった,という事情が影響していると思われます。要するに,適切に,すみやかに捜査をすれば起訴して刑事責任を追及できたし,そうすべきだった,という事情(判断)が根底にあるのでしょう。
<捜査義務の不履行による国家賠償請求(裁判例・肯定)>
あ 要件
犯罪により害を被った者から告訴があったにもかかわらず,担当の警察官が,故意又は過失によつて,何ら合理的理由なしに違法に,その権限を行使せず,職務上の義務を怠って必要な措置を講じないまま,漫然と不当に期間を徒過し,その結果,罪を犯した被告訴人(被疑者)が公訴時効の完成により不起訴処分をされて刑事訴追を免れるに至り,これにより告訴人に相当因果の関係にある損害が発生した(場合には)
い 国家賠償請求(効果)
(『あ』に該当する場合)
公権力の行使に当る当該警察官がその職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたものとして,その警察官の属する公共団体は告訴人に対し損害賠償の責に任ずべき場合(国家賠償法第1条参照)があり得る
※東京高裁昭和61年10月28日
10 警察が被害を阻止する義務(概要)
以上で説明したのは捜査機関が捜査や起訴をするという義務の有無というものでした。前提としているのは,過去に犯罪行為があり,これについての責任追及(つまり起訴して刑罰を与えること)をすることが法的に要求されているか,ということです。
これと似ているけど少し違う問題があります。それは,警察が捜査やそれ以外の措置をとって犯罪を中止させるとか,犯罪を防止する,つまり被害を阻止(予防)することが法的に要求されるか,というものです。
これについては別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|警察が捜査などにより犯罪被害を阻止(防止)する義務(不履行の責任)
本記事では,警察や検察が捜査をする義務の基本的事項を説明しました。
実際には個別的な事情によって結論が違うこともあります。
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