【営業に関する差押対象物|差押対象物の要件=独立性・換価可能・譲渡性】

1 差押の対象となる財産は、独立性、換価可能、譲渡性が必要

民事執行法では、差押の種類として、不動産や債権が規定されています。最後に『その他の財産』の差押の規定もあります。
そうするといろいろな営業上の権利や価値を差し押さえることができるように思えます。
しかし、強制的に押さえる(取り上げる)→売却する(換価)という方法が可能なものでないと差押ができません。
まとめると次の3つの要件です。

差押(強制執行)の対象の要件(概要)

あ 独立性

それ自体単体で処分可能

い 換価可能性

金銭的評価が可能

う 譲渡性

譲渡が可能
※深沢利一『民事執行の実務(中)3訂版』新日本法規p372〜
詳しくはこちら|「その他の財産権」に対する強制執行(趣旨・3要件・具体的財産の該当性)

2 営業権・事業全体を差し押さえることはできない

一般的に事業譲渡などの形で、事業が売却されることはあります。
事業譲渡の場合、次のような資産などが譲渡、承継の対象となります。
また、譲渡人競業避止義務を課さないと実効性が薄いです。
通常、事業譲渡には競業避止義務が必須とされています。

事業譲渡の内容

あ 譲渡、承継する資産等

・事業を構成する個々の動産、不動産などの物権
・事業を構成する債権、債務
・取引先

い 他の要件

譲渡人が競業避止義務を負う
取引先の承継など、譲渡人による一定の行為が含まれる

結局事業営業は、独立性譲渡性が不十分です。事業営業権という単独のモノがある、というわけではないのです。
差押の対象財産としては認められません。
現実にも、強制的に売却する、ということは想定しにくいです。
なお、営業権という言葉自体が、実定法上の権利を意味するものではなく、いわば俗称としての権(利)であるということができます。
詳しくはこちら|営業権(のれん)の意味と一般的な評価方法

3 株式差押→経営権獲得は可能だが実効性に乏しいこともある

(1)法的に株式差押の手続は用意されている

差押の対象となるのは、債務者の財産です。
債務者が株式会社である場合、この会社の株式、の所有者は別の人(や会社)であるはずです。
その会社代表者個人が、会社の株式を所有していて、債務の保証人となっている場合は、結局、株式の差押も可能です。
可能だとしても、実際に換価が実現するかどうかは別です。

(2)株式差押のハードル

株式の差押については、原則として、債権差押のルールが適用になります(民事執行法167条1項)。
うまく行けば、株式取得→役員交代、ということで支配権獲得合法乗っ取りが実現します。
ただし、ちょっと複雑であったり、ハードルが高かったりします。
非公開会社の場合は『譲渡承認が必要』とされているのが通常です。
また、株券が発行され、債務者自身が管理している場合は、動産執行、のルールが適用されます。
結局『換価=売却』の実現のハードルが高いのです。
例外的に『国税庁などの租税の滞納処分→差押』は売却が実現することが多いです。
非公開会社の株式の差押については別記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|譲渡禁止特約付債権・非公開・譲渡制限株式の差押|租税滞納→株式公売は多い

一方、上場会社の株式は、当然ですが、株式市場での売却が容易です。

4 許可・認可類を差し押さえることはできない

相手の会社(債務者)が許認可類を持っている場合があります。
許認可を差し押さえる、という発想があります。

当然、許認可は、当事者自身を審査してなされたものです。
別の人に気軽にパスできるものではありません。
運転免許証や大学の合格証を他の人にお金で売ることができないのと同じことです。
譲渡性がないため、差押の対象となる債権などの財産として認められません。

5 店舗内の動産執行は可能

相手の会社の店舗内の動産を差し押さえる方法もあります。
『動産執行』手続です(民事執行法122条)。
ただし、実効性については、あまり高くないこともあります。

(1)換価可能なほど価値のあるものが少ない

一般に、店舗で使用されている什器備品類は、ほとんど値が付かない、ということが多いです。
購入する時はそれなりの金額でも、売却する時はまったく状況が違うのです。

(2)所有者が確定しにくい

単純な場合は、問題は生じないことも多いです。
しかし、経営者・店のオーナー(株主)と、店舗内の個々の動産の所有者、は一致しないこともよくあります。
フランチャイズにして、店舗名だけ同じにしている、とか、什器備品をリースで借りている、などです。
なお、仮差押の場合は、申立の段階で所有者まである程度は証明(疎明)しなくてはなりません。
相手に確認しないと分からないという状態だと却下になってしまうことが多いです。
詳しくはこちら|動産執行・自動車執行|店舗・事務所などに直接趣く|ハードルが高い・インパクトは大きい

6 賃借権を差し押さえることはできない

相手が店舗、事務所として建物を賃借していることは多いでしょう。
この『賃借権』を差し押さえるという発想があります。
この点、任意の取引としては賃借権の譲渡というものはあります。
しかし仮に、賃借権が譲渡されたとした場合、譲受人は、賃貸人から承諾を得る必要があります。
詳しくはこちら|賃借権の譲渡・転貸の基本(賃貸人の承諾が必要・無断譲渡・転貸に対する明渡請求)
また、譲渡人は対象物件(店舗)の占有も取得しないと意味がありません。
店舗内の什器備品、という意味ではなく、店舗自体の占有という意味です。
要は、現在の占有者に退去してもらい、新たに占有する、という意味です。
このように、他のアクションがないと、単独で賃借権だけ処分(売却)しても意味がないのです。
譲渡性が不十分です。
そこで、『賃借権』は債権差押の対象財産としては認められません。

この点賃借権がなくなれば債務者は営業できないようになって困る→任意に弁済するという流れが想定されます。
しかし、差押の直接的な目的は債権回収です。
ペナルティではないので、このような想定は制度化されていません。

7 敷金・保証金を差し押さえること自体は可能だが、実効性に欠ける

(1)敷金・保証金の差押自体は可能

相手が店舗・事務所を賃借している場合、敷金保証金を賃貸人に預託しているはずです。
そこで、敷金保証金を差し押さえる、という発想があります。
敷金保証金は明渡の際に一定の控除がなされた上で返還されるものです。
返還請求権に該当します。
そこで、債権差押として敷金保証金の返還請求権を差し押さえることはできます。

(2)敷金、保証金の差押の実効性は低い

実際に敷金保証金を現金化するのは多少難しいです。
オーナー(賃貸人)に敷金返還を請求しても、元々明渡時までは支払われないものです。

敷金・保証金が実際に返還されるタイミング

賃貸借契約終了(契約解除など)

賃借人が退去する

敷金返還が実現する
詳しくはこちら|敷金の基本|法的性質・担保する負担の内容・返還のタイミング・明渡との同時履行

結局、差押をしても、債権者としては、債務者が対象物件を退去した時にやっと返還を受けられる、という状態になるに過ぎません。
なお、一般的に店舗の賃貸借契約で、差押を受けた時が契約解除事由として規定されていることが多いです。
そうすると、上記のように契約終了となり、敷金返還が実現する可能性も一応はあります。
しかし、実際にそのような条項による解除が有効となるとは限りません。
また、賃貸人が解除しない場合は、退去が実現しないことになります。
結局、敷金や”保証金
”の差押は実効性に乏しいのです。
詳しくはこちら|敷金(保証金)の差押がされてもすぐには敷金返還・退去しなくてよい

8 売掛金が特定できれば、差押は実効性が高い

相手の売掛金を差し押さえることは、債権差押の中でも典型的なものの1つです。
当然、取引先について特定できないと申立ができません。
これは、売掛金が存在した場合は、当然、実効性が高いです。
相手としても、継続的な取引先であれば、その後への悪影響が生じることでしょう。
むしろ、得意先に発覚することを避けて任意の支払がなされる心理につながるでしょう。
そのため、『得意先への債権差押』を予告することが効果的なこともあります。

9 債権回収はペナルティではないので、法律の規定以上のことはできない

発想

債務者が返済をしないのに営業を続けるのは感覚として不当だと思う
法的にこのようなことが許されるのか疑問である
法が悪質な経営者の営業活動を保護しているように思える

このような発想もあり得ることでしょう。
しかし、債権の性質としては回収が最終目的です。
ペナルティを目指すことはこの目的を外れてしまうのです。
もちろん、批判として評判に影響をする、ということはありましょう。
司法の役割としては、批判、評判、悪感情というものだけで権利義務を判断することはできません。
予測可能性を害しますし、自由な競争による市場の最適化、が実現されなくなってしまいます。
逆に言えば、このような『債権回収のコスト、リスク』自体が、営業活動に含まれている、ということです。

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