【エスクローの仕組みと出資法・資金決済法・信託業法との抵触】

1 エスクローの仕組み・必要となる取引|M&A・不動産取引
2 『出資法』の『預り金』規制
3 『資金決済法』の『為替取引』規制|資金移動業登録は100万円まで
4 日本の現行法を元にしたエスクローのスキーム
5 『信託契約』によるエスクロー
6 『信託業法』による規制
7 『不動産売買の同時履行=司法書士による決済』の機能拡張の可能性
8 銀行口座を用いた預託or支払委託契約によるエスクロー

1 エスクローの仕組み・必要となる取引|M&A・不動産取引

(1)エスクローの仕組み・機能

規模の大きい『取引』について『エスクロー』という仕組みのニーズがあります。

<エスクロー|一般的な内容>

あ エスクローの趣旨・目的

『同時履行』をパーフェクトに行う
→商取引の際に,信頼の置ける第三者を仲介させて,取引の目的を担保すること

い エスクローの仕組み

取引の際に代金や譲渡の目的物を直接相手方に交付しない
そして,暫定的に第三者に預託する
その後一定の条件を満たした場合に初めて第三者が相手方に対して,預託された代金・目的物を交付する

う エスクローの根本的機能

ア ロック 『条件成就』までの期間は『当事者が独断で金銭・財産を処分できない』
イ 倒産隔離 第三者=『当事者の債権者』の引き当てになるリスクがない

<実務での『同時交換』の対象>

取引の種類 預託する物
M&A取引 株式・代金
不動産取引 登記済権利証・代金

実務では,弁護士事務所がこれらの『預託』を受ける方式もあります。
代金については弁護士や弁護士法人名義の預金口座で保管する,という体裁です。

(2)エスクローに関する法規制

この点,日本では,エスクローに関する固有の法規制・法制度はありません。
そこで,スキーム中の個々のアクションについて,特定の法律に抵触する可能性があります(後述)。
なお,諸外国の例では,『エスクローエージェントの許認可制度』を作っている政府もあります。

2 『出資法』の『預り金』規制

エスクローの中で,エージェントが『資金を預かる』というプロセスがあります。
ところで,出資法において『預り金』の規制があります。
『預り金』の解釈は複雑です。結果的に『資金提供者に返還する義務がある』ものでなければ該当しません。
エスクローの場合は,原則的に資金提供者に預けた金銭を返しません。イレギュラー事態が生じ,取引が実質的に解消された場合に限り資金提供者への返還が行われるのです。出資法の『預り金』に該当しないでしょう。
出資法の『預り金』に該当する条件を次に示しておきます。

<出資法の『預り金』に該当する行為の条件(概要)>

あ 資金提供の勧誘+受入れ

不特定多数に対して資金提供の勧誘を行う
実際に金銭を受入れた

い 元本保証がある

資金の元本が金銭で返還されることが保証される
マイナスになることはない

う 提供するのは金銭or代替物である

原則的には金銭である
しかし,有価証券も該当すると判断した裁判例もある

え 返還されるのは金銭である

返還内容がサービス・商品の場合は除外される

お 勧誘対象は不特定多数である

会員限定の場合は除外される
しかし,会員の流動性が高い場合は『不特定』と認定される

詳しい内容や解釈論へのリンクは次の記事にまとめてあります。
詳しくはこちら|出資法の『預り金・出資金』規制の実務的なまとめ・解釈論の目次

3 『資金決済法』の『為替取引』規制|資金移動業登録は100万円まで

エスクロー資金の受け渡し部分が『資金決済法違反』となる可能性があります。
『決済』という機能が,資金決済法などの『為替取引』に該当するという可能性のことです。

<『為替取引』の解釈と規制>

あ 『為替取引』の解釈

隔地者間で直接現金を輸送せずに資金を移動する仕組みを利用して資金を移動することを内容とする依頼を受け,これを引き受けること
またはこれを引き受けて遂行すること
※最高裁平成13年3月12日
詳しくはこちら|『為替取引』の解釈と実際の具体的サービス(振込・送金・代金取立)

い 『為替取引』の規制

『為替取引』は『資金移動業』に該当する
『資金移動業』を行うには内閣総理大臣の『登録』を受ける必要がある
『資金移動業』として扱う上限は『100万円』である
※資金決済法2条2項,37条,施行令2条
詳しくはこちら|為替取引・資金移動業の規制の基本(銀行法の免許・資金決済法の登録)

要するに,一定の決済の機能を有するサービス為替取引として,銀行法の免許または資金決済法の資金移動業登録が必要なのです。
一般的なエスクローのスキームも,為替取引の中の振込と似ています。
これらの法規制の対象となる可能性もありえます。

4 日本の現行法を元にしたエスクローのスキーム

以上の法規制とは別に『信託業法』との抵触も考えられます。
というのは日本でのエスクローの実現の際は『信託契約』を使うことがあります。
また『信託契約』という言葉を使わない場合でも『信託と同様のスキーム』であれば『信託業法違反』というリスクがあります。
次に,実務で使われるスキームを整理します。

<日本で使われるエスクローのスキーム>

あ 信託契約を利用する方法
い 信託契約を利用しない方法

銀行口座を用いた預託or支払委託契約によるエスクロー

この2つのスキームのうち『信託契約』は重要な機能を持っています。

<信託契約を用いるメリット>

あ 委託者の倒産リスクからの隔離機能

『受託者の財産』ではなくなるため

い 受託者の倒産リスクからの隔離機能

分別管理義務;34条1項
受託者の財産との隔離;25条

『信託』は,一方で,一定のデメリットもあります。

<信託契約を用いるデメリット>

手続が煩雑,取引の迅速性を損ねる
・事前の説明義務・法定記載事項がヘビー
・契約書が長文になりやすい

5 『信託契約』によるエスクロー

エスクローのうち『信託』を利用したスキームをまとめます。

<信託契約を利用したエスクローのスキーム>

あ 当事者の設定
委託者 買主
受託者 エスクローエージェント
受益者 売主(+買主)
い エスクローのスキーム内容

委託者は,エスクロー金額相当の金銭等を信託財産として受託者に預託する
受託者は,エスクロー期間中,信託財産を管理・運用する
→エスクロー契約に定めた『一定の条件の成就』を確認した場合に,売主に引き渡す

信託契約を用いると『倒産隔離』という非常に有用な機能が得られます。
詳しくはこちら|預けた財産の権利の帰属と信託による倒産隔離の全体像

6 『信託業法』による規制

(1)『信託業』の定義と規制

『信託』は非常に有用なのですが『信託業法』による大きな規制があります。

<『信託業』の定義と規制>

あ 定義

信託の引受けを行う『営業』
※信託業法2条1項

い 免許制

信託業の営業には内閣総理大臣の免許が必要
※信託業法3条

う 対象外

『営業』ではない場合
例;親族間で個別的・単発で信託契約を締結すること

一般的に『反復継続の意思』があると『営業(事業)』と認められています。
詳しくはこちら|業法一般|『業』=反復継続意思+事業遂行レベル|不特定多数は1事情
つまり,エスクロー業務を行うには『信託業免許』が必要ということです。
『免許』のハードルは高いのですが,緩和する制度もあります。

(2)信託業免許+緩和制度のバリエーション

『信託業』を行える者のバリエーションをまとめます。

<エスクローエージェントとなり得る者>

あ 『信託業免許』を受けた信託会社

原則的・本来的な『信託会社』

い 『管理型信託業登録』を受けた信託会社

『免許』から簡略化し『登録』で足りるという制度

う 『信託業兼営認可』を受けた銀行等の金融機関

『銀行』などが『兼業』として信託業務を行う制度
※金融機関の信託業務の兼営等に関する法律1条

(3)エスクローは『管理型信託業』の範囲内→登録で足りる

『信託業』のうち,一定の簡略化した範囲内の業務はハードルの低い『登録』で足りることになっています。

<管理型信託業→登録でOK>

あ 『管理型信託業』の定義

ア 委託者or委託者より授権を受けた者のみの指示により信託財産の管理・処分が行われる信託イ 信託財産につき保存行為or財産の性質を変えない範囲内の利用行為・改良行為のみが行われる信託 ※信託業法2条3項

い 『管理型信託業』の規制

管理型信託業を行うには内閣総理大臣の『登録』が必要
※信託業法7条

(4)弁護士の特例

結局,事業として『信託』を行う場合は信託業の免許や登録が必要ということです。
この点,信託の引受のうち一定のものは,例外として信託業法の適用を除外することとされています。つまり,免許や登録が不要となるのです。
具体的には,委任や請負契約に伴って顧客の資産を預かる行為が適用除外となります。典型例は,弁護士が弁護士業務に必要な範囲で依頼者から資産を預かる状況です。
詳しくはこちら|委任・請負に付随する信託引受に関する信託業法の適用除外
ただし,あくまでも『弁護士業務に必要』という条件があります。
エスクロー(金銭を預かること)だけを単体で受任する,ということは対象外です。

7 『不動産売買の同時履行=司法書士による決済』の機能拡張の可能性

不動産売買ではもともと『代金支払』と『登記移転』の同時履行システムが既に存在します。
『司法書士がハブになる』という方法です。
いくつかの法律・解釈により『司法書士による同時履行システム』が実現します。
これについては別の記事で詳しく説明しています。
詳しくはこちら|司法書士の不動産売買決済の立会の流れ(代金支払と登記移転の同時履行)

8 銀行口座を用いた預託or支払委託契約によるエスクロー

(1)銀行口座を利用したエスクロー

『信託』を使わない(回避した)エスクローのスキームもあります。

<銀行口座を利用したエスクロー>

あ 銀行口座の用意

エスクローエージェントor買主or売主名義の『エスクロー用』銀行口座を用意する

い 買主の支払

買主はエスクロー金額を『エスクロー用口座』に送金する

う エスクローエージェントの任務

エスクロー期間中,エスクローエージェントがこの資金を管理・運用する
→エスクロー契約に定めた『一定の条件の成就』を確認した場合に,売主に引き渡す

(2)銀行口座を利用したエスクローのメリット

銀行口座を使った単純なスキームです。

<銀行口座を利用するメリット>

コストを抑えられる場合が多い
迅速にエスクローの準備・実行が可能

(3)銀行口座を利用したエスクローのデメリット=倒産隔離なし

一方,デメリットがあります。

<銀行口座を利用するデメリット>

倒産隔離が不十分

信託では『倒産隔離機能』がしっかりしていたのに対して,ノーケアの状態です。

(4)倒産隔離の欠陥とフォロー方法

具体的な問題点とその対応方法をまとめます。

<倒産隔離についての問題点と対策>

あ 銀行口座が当事者・エージェント名義の場合

名義人の差押の対象となる(=倒産隔離機能なし)
↓対応策

い 銀行の別段預金(雑預金)口座等を利用する方法

ア デメリット回避 当事者の差押の対象にはならない
イ 回避できないデメリット 当事者とエスクローエージェントとの関係は支払委託等となる=(準)委任契約

買主が破産した場合
支払委託契約は終了する;民法653条
↓対応策

う 銀行口座への質権設定(『あ・い』との併用)

個別的に設定すればリスクヘッジとなる

(5)債権への質権設定は機能を満たさない

一般的に,銀行預金については『質権設定(担保設定)』が禁止されています。
仮に個別的に『質権設定の承諾』を得られたとしても『質権による保護』はエスクローとしては機能が不十分です。
債権への質権設定の要点をまとめます。

<債権への質権設定の効果;民法366条>

あ 質権者

対象債権を直接に取り立てることができる

い 質権設定者

自ら取り立てることができなくなる
※大判大正15年3月18日
※大判昭和5年6月27日

『質権者が取り立てできる』というところがクリティカルな欠陥です。
『一定条件の成就までは債務者双方が資金を動かせない』というエスクローの根本的な機能が実現されないのです。
詳しくはこちら|債権に設定した質権の実行|通常の差押に加えて『直接取立』も可能

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