【預けた財産の権利の帰属(預金者・権利者)を判断した裁判例(集約)】
1 預けた財産の権利の帰属を判断した事例(裁判例)
2 証券会社名義の株式→顧客に帰属(昭和43年判例)
3 保険代理店の普通預金→代理店に帰属(平成15判例)
4 無記名式定期預金→資金負担者に帰属(昭和48年判例)
5 マンション管理業者の定期預金→管理組合に帰属(東京高裁)
6 弁護士の預り金→弁護士の帰属(平成15年判例・概要)
1 預けた財産の権利の帰属を判断した事例(裁判例)
財産を預けたケースで,預かった者が破産した場合や,預けた財産が差押を受けた場合に法的にどのような扱いになるか,という問題があります。
そして,預けた者に権利が帰属するという判断によって預けた者が救済されることがあります。
詳しくはこちら|預けた財産の権利の帰属と信託による倒産隔離の全体像
本記事では,実際に財産を預けたケースにおいて権利の帰属を裁判所が判断した事例を紹介・説明します。
2 証券会社名義の株式→顧客に帰属(昭和43年判例)
証券会社は顧客の株式を預かります。最高裁は,この株式の権利は顧客(預けた者に帰属すると判断しました。
その結果,証券会社が破産しても,顧客には株式がそのまま返還されることになります。
<事案と争点の概要>
あ 事案
顧客が証券会社に株式購入代金を預託した
証券会社が便宜的に『証券会社名義で』株式を購入した(株式名義人となった)
証券会社が破産した
い 争点
株式が破産財団となるor顧客の財産となる
※最高裁昭和43年7月11日
<裁判所の判断(株式は顧客に帰属する)>
あ 『問屋』に該当;商法551条
証券会社は『他人のために物品の販売・買入を業とする者=問屋』に該当する
い 『問屋』の成立論
問屋はその性質上,自己の名においてではあるが,他人のために物品の販売 または買入をなすを業としている
→問屋の債権者は,問屋が委託の実行により取得した権利についてまでも自己の一般的担保として期待すべきではない
う 問屋の委託の実行により権利を取得する者
ア 『取引の相手方に対して』
権利を取得する者は,問屋であって委託者ではない
イ 実質的権利の帰属
権利は委託者の計算において取得されたものである
→これにつき実質的利益を有するものは委託者である
え 結論
取得した財産(株式)は委託者(顧客)に帰属する
※最高裁昭和43年7月11日
細かい明文規定・法律の解釈を排除した裸の価値判断にすぎないという批判がなされています。
3 保険代理店の普通預金→代理店に帰属(平成15判例)
保険代理店が顧客から預かった金銭を普通預金に預け入れて保管していました。この金銭(預金債権)が本体の保険会社と代理店のどちらに帰属するのかということについて見解が対立しました。
最高裁は,預金債権は代理店に帰属すると判断しました。
<事案と争点の概要>
あ 事案
Y株式会社はF保険株式会社の代理店であった
保険加入者(顧客)はY社に保険料を支払った
この金銭は『F保険株式会社代理店Y株式会社』という名義の普通預金口座に預け入れられていた
Y株式会社は手形の不渡りを出した
預金の預入先金融機関はY社への債務とこの預金を相殺した
い 争点
相殺は有効or無効
=『預金者』はF社orY社
う 注意点
『顧客の代わり(に保管)』という感覚ではない
→『顧客』に帰属,という考えは出てこない
※最高裁平成15年2月21日
<裁判所の判断>
あ 事情の評価
ア 預金口座開設者=Y社イ 口座名義=『F保険株式会社代理店Y株式会社』
これは預金者としてF社ではなくY社を表示している
ウ 代理権授与がない
F社がY社に対し『預金契約締結の代理権授与』を行っていない
エ 通帳・届出印の保管・口座管理
預金口座の通帳・届出印をY社が保管していた
入金・払戻の事務をY社が行っていた→Y社が『管理者』
い 裁判所の判断(結論)
顧客から受領した保険料の所有権はいったんY社に帰属する
Y社は,同額の金銭をF社に『送金する義務』を負担する
なお,仮に『代理』だとしても,金銭は『占有=所有』なので預金は,名義人=Y社に帰属する
詳しくはこちら|現金についての占有イコール所有権理論(法理)の基本的内容
※最高裁平成15年2月21日
<信託の成立の指摘>
前記の事案について
信託契約を認定してもよかった事案である
※新井誠著『信託法 第4版』有斐閣2014年p191,192
4 無記名式定期預金→資金負担者に帰属(昭和48年判例)
無形名の定期預金について,個人間で名義の貸し借りを行ったケースです。
最高裁は,この預金の権利は実際に資金を負担した者に帰属すると判断しました。つまり,定期預金の名義人は権利者ではないという判断です。
<判決の概要>
あ 事案
Aが資金を負担した
預金名義だけ『B』にした
い 預金者の判断(預金債権の帰属)
負担者を預金者とする
(判決文では 『出捐者(しゅつえんしゃ)』と表記されている)
→預金者はAである
う 相殺の効力
『B』への債権を反対債権とした相殺は無効である
最高裁昭和48年3月27日
5 マンション管理業者の定期預金→管理組合に帰属(東京高裁)
マンションの管理業者が,区分所有者から預かった管理費を普通預金として保管していて,さらに残高の一部が定期預金となったケースです。
感覚として,普通預金よりも負担した区分所有者とのつながりが薄くなっているように思えます。しかし,東京高裁は細かい事情を考慮して管理組合が預金者であると判断しました。正確には区分所有者の共有(の中の総有または合有)であるという判断です。
<マンション管理業者の定期預金→管理組合に帰属(東京高裁)>
あ 管理費の保管方法
管理業者がマンションの区分所有者から管理費を徴収した
管理費をマンションの管理業者名義の普通預金として保管していた
預金のうち剰余金を管理業者名義の定期預金に振り替えた
い 管理業者の主観
管理業者は定期預金を自己の資産であるとは考えていなかった
管理業者は区分所有者や管理組合に属するものとして取り扱っていた
う 区分所有者・管理組合の主観
区分所有者は管理費の剰余金が一定の金額に達すれば,剰余金が普通預金から定期預金に振り替えられることは知っていた
区分所有者は,定期預金の預入れから遅くとも1年以内の決算報告において定期預金がされていることを具体的に知った
え 権利の帰属の判断
定期預金の預金者は,マンションの管理組合である
預金債権は管理組合に帰属する
区分所有者全員に総有的ないし合有的に帰属する
※東京高裁平成11年8月31日
6 弁護士の預り金→弁護士の帰属(平成15年判例・概要)
弁護士が依頼者から預かった金銭,つまり預り金の権利の帰属が判断された判例(最高裁平成15年6月12日)もあります。
預り金は預かった弁護士に帰属すると判断しています。この判例は,預けた者(委任者・依頼者)の債権者からの隔離が認められたというものです。
この判例については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|弁護士が保管する預り金の倒産隔離(権利の帰属と信託・平成15年判例)
本記事では,預けた財産(金銭など)の権利の帰属を判断した判例を紹介,説明しました。
実際には,個別的な事情によって権利の帰属の判断は違ってきます。
実際に預けた財産の法的扱い(倒産隔離)の問題に直面されている方やこれから行う事業において倒産隔離の活用を検討されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。