【肖像権侵害|ドルガバ事件判例|写真撮影+公表→2ちゃん拡散→慰謝料】
1 写真撮影+サイトで公表
2 写真の構図・シャツのデザイン
3 ネットスラング・用語|日本の文化
4 2ちゃんねる×拡散
5 発覚→火消し→鎮火せず
6 裁判所の判断|肖像権侵害=肯定
7 裁判所の判断|表現の自由・違法性阻却
8 裁判所の判断|表現の相当性
9 問題点=争点|誹謗中傷×因果関係
10 裁判所の判断|誹謗中傷×因果関係
11 裁判所の判断|損害額=合計35万円
12 基準不明確問題×萎縮的効果|アート・表現の保護が必要
1 写真撮影+サイトで公表
公道での撮影が,後から違法と認定されることもあります。
理論や判断基準については別記事で説明しています。
(別記事『肖像権・人物の撮影』;リンクは末尾に表示)
本記事では実例として違法性が認められた判例を紹介します。
まずは事案を順にまとめます。
<写真撮影+サイトで公表>
あ キャメラで撮影
平成15年7月頃
Bが銀座界隈を歩いていた
キャメラマンAがBを承諾なく撮影した
Bは撮影されたことを知らなかった
Bは31歳前後の女性である
い 画像をウェブサイトで公表
ウェブサイト上に撮影した画像を投稿・掲載した
ファッション業界関連のウェブサイトである
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
この時の服装が後から大きな問題を起こす原因になります。
次に服装についてまとめます。
2 写真の構図・シャツのデザイン
撮影された写真の内容についてまとめます。
<写真の構図・シャツのデザイン>
あ 写真の内容|構図
Bが横断歩道上を歩いている
Bの右前方の位置から撮影した
Bの容貌を含む全身像が大写しされている
い 写真の内容|服装
ア シャツのブランド
『DOLCE AND GABBANA』
イタリアの有名ブランド
『ドルガバ』と略される
イ シャツのデザイン
パリコレクションに出展したもの
胸部に大きく赤い文字で『SEX』の文字が施されている
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
このシャツのデザインが後で想定外の出来事につながります。
シャツのデザインは,イタリア発祥です。
イタリアでは『性・ジェンダー』というニュアンスが強いと言えます。
それほど珍しいものではないでしょう。
一方で日本では『珍しい』として好奇心を引き起こすものです。
この後に日本のオンライン文化で『祭り』が生じるのです(後述)。
ドルガバにとって『想定外』の動きでしょう。
自身のデザインが日本の裁判所で審理されるとはドルガバも驚いているでしょう。
3 ネットスラング・用語|日本の文化
事案の説明を続けます。
ここで日本独特のオンライン文化を構成する登場人物が出てきます。
用語・ネットスラングを整理しておきます。
<ネットスラング・用語>
2ちゃんねる=オンラインの掲示板
『我が国で最も有名な掲示板サイト』←判決文引用
『スレッド』=個別的な掲示板
スレ立て=新規スレッドが作成されること
ちゃねらー=スレ住人=掲示板への投稿を行う者
4 2ちゃんねる×拡散
2ちゃんねるは,判決文で『我が国で最も有名』と指摘されました。
当時の最大規模の掲示板=2ちゃんねるでの動きをまとめます。
<2ちゃんねる×拡散>
あ 2ちゃんスレ
2ちゃんねるに多くのスレッドが立てられた
本件画像へのリンクが投稿された
複数のスレッドで下品な誹謗中傷が投稿された
い ちゃねらーによる誹謗中傷|例示
『オバハン無理すんな、絶対ブラ見せるなよ気分悪いから。』
『胸に大きく『SEX』って書いた服を着たエロ女発見!』
『あ、痴女だ。。。。。。』
う ちゃねらー個人のサイトへ拡散
他の個人サイトで複製された画像が掲載された
下品な誹謗中傷が掲載された
『自然と笑いがこみ上げてきませんか・・・?』
『そんなに犯されたいか・・・?』
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
5 発覚→火消し→鎮火せず
ネットの世界は,一般の世界からみたらとても小さいものです。
しかし,拡散の程度が著しかったようです。
<発覚→火消し→鎮火せず>
あ 抗議→削除
Bは友人から画像掲載を知らされた
Bはファッション業界ウェブサイトに抗議の連絡をした
このウェブサイトから本件画像は削除された
い ちゃねらー×不滅
2ちゃんからのリンクでは画像が表示されない状態となった
個人サイトでは本件画像の複製の掲載が継続していた
ちゃねらーはスレに『個人サイト』へのリンクを貼り直した
本件画像の複製を掲載する個人サイトも増殖していた
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
なお,インターネッツ時代を迎え従来にない現象が起きています。
その中に『祭り』=ネガティブ投稿の嵐,という現象があります。
詳しくはこちら|企業×SNS|基本|公式アカウント=中の人|従業員のSNS利用の監督
ドルガバ事件を『祭り』に位置付ける見解もあります。
以上の状況において,Bが提訴しました。
裁判所が法的責任を判断します。
6 裁判所の判断|肖像権侵害=肯定
裁判所は,まずは『肖像権侵害』について判断します。
<裁判所の判断|肖像権侵害>
あ 前提事情
一般人であれば,撮影されることに心理的な負担を覚える
写真撮影・ウェブサイトへの掲載を望まない
い 一般の『写り込み』との違い
Bの全身像に焦点を絞り込んでいる
容貌を含めて大写しに撮影している
う 結論
肖像権侵害を認める
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
肖像権は法律上の規定がありません。
判例上認められている権利です。
統一的な『判断基準』がありません。
ドルガバ事件の判断は,プライバシー権侵害の基準に近い枠組みと言えます。
東京地裁の『宴のあと』事件判例の基準が参考になります。
(別記事『プライバシー権のまとめ・判例の基準』;リンクは末尾に表示)
7 裁判所の判断|表現の自由・違法性阻却
裁判所は『表現の自由・違法性阻却』について判断しています。
<裁判所の判断|表現の自由・違法性阻却>
あ 公共性
ア 撮影・画像公表の位置付け
目的=東京の最先端のストリートファッションを広く紹介すること
撮影・公表はファッション推進の活動の一環である
衣類はファッション性が高い
イ ファッションの価値
ファッションは,自己実現・自己表現を図る契機となる
ファッション情報は我が国の社会生活上重要な意義を有する
ウ 結論
公共性が認められる
い 公益性
『公共性』が認められる活動である(上記『あ』)
→『公益性』も認められる
う 表現の相当性
次にまとめる
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
この判断プロセスも画一的なものではありません。
一般的に肖像権侵害の判断では『受忍限度論』が使われます。
※最高裁平成17年11月10日
(別記事『肖像権・人物の撮影』;リンクは末尾に表示)
本事案の判決では『受忍限度論』という用語・理論は使っていません。
むしろ『プライバシー権侵害・名誉毀損』に近い基準が使われています。
(別記事『プライバシー権のまとめ』;リンクは末尾に表示)
ただし,これらの『枠組みの違い』は判断結果を変えるほどではないでしょう。
実質的な判断・結果については違いはないと思われます。
8 裁判所の判断|表現の相当性
裁判所は『公共性・公益性』を認めました。
さらに最後の『表現の相当性』が認められれば『違法性なし』になります。
『表現の相当性』の判断を次にまとめます。
裁判所は,3つの項目に分けて検討しています。
<裁判所の判断|表現の相当性>
あ 承諾なし
撮影前にBの承諾を得ていない
事前に説明+承諾を得ることは十分可能であった
説明内容=写真撮影・ウェブサイトの趣旨・目的
→『承諾なし』について相当性を欠く
い 撮影方法
Bの全身像に焦点を絞り込んだ
容貌を含む形で大写しに撮影した
→この撮影方法は心理的な負担を覚えるものである
→撮影方法について相当性を欠く
う サイトへの掲載方法
人物の特定がされない措置をとることができた
人物・容貌は必要ではない
そうしても『ストリートファッションの紹介』の目的は達することができた
→サイトへの掲載方法について相当性を欠く
え まとめ
『表現の相当性』は認められない
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
要するに『目線』『ぼかし』で顔を隠せば良かった,という趣旨です。
これをしないことが『違法』という判断につながったのです。
9 問題点=争点|誹謗中傷×因果関係
『違法』という判断を前提として,別の争点もありました。
『因果関係』の範囲です。
『ちゃねらーによる誹謗中傷』の介在をどう捉えるかという問題です。
<問題点=争点|誹謗中傷×因果関係>
あ 因果の流れ
ア 『撮影・サイトへの掲載』
↓
イ ちゃねらーによる誹謗中傷
↓
ウ (誹謗中傷による)精神的苦痛
Bは心因反応に陥った→通院加療を要した
い 問題となった因果関係
『ア』と『ウ』に相当因果関係があるか/ないか
この間には『イ』が介在している
『イ』はキャメラマン・所属会社が関与したプロセスではない
責任が及ぶかどうかを裁判所が判断することになった
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
10 裁判所の判断|誹謗中傷×因果関係
因果関係についての裁判所の判断内容をまとめます。
<裁判所の判断|誹謗中傷×因果関係>
あ ファッションサイト閲覧者
ファッションサイトの閲覧者はファッションに関心のある者である
不特定多数の者である
い 予見可能なプロセス
サイト読者が他のサイト・掲示板に投稿することは予見可能であった
例;ファッションに関する個人的な意見・評価・感想のコメント
う 予見可能ではないプロセス
意見・評価・感想を超えた『悪意をもって特定個人を誹謗中傷すること』
→ちゃねらーの自由意思によるものである
→キャメラマン・所属会社は,予見可能ではなかった
え 結論
『誹謗中傷による精神的苦痛』については相当因果関係はない
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
結局『2ちゃねらーが生じさせたダメージ』は責任が及ばない,という結論です。
11 裁判所の判断|損害額=合計35万円
以上の違法性・因果関係の範囲を前提として損害額を算定します。
<裁判所の判断|損害額>
あ 撮影+公表によるダメージ
屈辱感・不快感・恐怖感などの精神的苦痛を生じた
い 将来の悪用への不安
ちゃねらーによる拡散が生じた
→将来,画像が悪用される心配・不安が生じた
う 『誹謗中傷との因果関係否定』との関係
誹謗中傷と精神的苦痛との因果関係は否定する(前記)
しかし『将来の不安』については慰謝料算定の考慮事情となる
え プラス情状
キャメラマン・所属会社はBからの抗議を受けて面会・謝罪している
すみやかに画像の削除をしている
お 損害額|結論
慰謝料=30万円
弁護士費用=5万円
合計=35万円
※東京地裁平成17年9月27日;ドルガバ事件
12 基準不明確問題×萎縮的効果|アート・表現の保護が必要
ドルガバ事件での慰謝料は金額としては大きくありません。
しかし『違法』という認定です。
もちろん,具体的状況を評価・判断したものです。
一般的な『町並みの風景の撮影』がすべて違法となったわけではありません。
それでも,多くの事業活動・アート・表現活動への効果が心配です。
具体的には『撮影』を過剰に差し控える・断念する,という傾向のことです。
アマチュア・プロのキャメラマンが『過剰に』活動を差し控えることは社会的損失です。
出版・報道・ファッションに取り組む方に萎縮効果が生じるかもしれません。
判例だけではなく立法での『基準の明確化』が望まれます。
この点,Googleのストリートビューについては素早い総務省の対応がありました。
総務省主催の研究会で一種のガイドラインが作られたのです。
詳しくはこちら|Googleストリートビュー×適法性・提言|ICT研究会・第1次提言
アート・表現の保護についても同様にすみやかな動きが期待されます。