【民事訴訟における責問権の放棄・喪失(対象となる事項とならない事項)】

1 責問権の放棄・喪失(対象となる事項とならない事項)
2 責問権の放棄・喪失を規定する条文
3 訴えの変更・反訴の要件に関する責問権喪失
4 口頭弁論期日の呼出に関する責問権喪失
5 送達に関する責問権喪失
6 証拠調べ手続に関する責問権喪失
7 訴訟手続の中断中の行為に関する責問権喪失
8 責問権の放棄・喪失の対象とならない事項
9 責問権喪失の対象とならない事項の具体例

1 責問権の放棄・喪失(対象となる事項とならない事項)

民事訴訟法では,手続に関するルール違反があったとしても,当事者が異議を述べないと違反として扱われなくなることがあります。手続の瑕疵が治癒されたという言い方をすることもあります。
これを責問権の放棄・喪失と呼びます。
本記事では,これについて説明します。

2 責問権の放棄・喪失を規定する条文

責問権の放棄・喪失は民事訴訟法90条に規定されています。まずは条文を押さえます。

<責問権の放棄・喪失を規定する条文>

(訴訟手続に関する異議権の喪失)
第九十条 当事者が訴訟手続に関する規定の違反を知り、又は知ることができた場合において、遅滞なく異議を述べないときは、これを述べる権利を失う。ただし、放棄することができないものについては、この限りでない。
※民事訴訟法90条

条文だけでは,どのような行為(事項)が責問権の放棄・喪失の対象となるのかが分かりません。
以下,典型的な対象となる事項を説明して,その後に,対象とならない事項を説明します。

3 訴えの変更・反訴の要件に関する責問権喪失

責問権の放棄・喪失の対象となる事項の典型の1つは訴えの変更と反訴の提起です。
両方とも一定の要件がありますが,要件のうち形式的なものについては,違反があったとしても,相手方が異議を述べないと治癒されます。

<訴えの変更・反訴の要件に関する責問権喪失>

あ 訴えの変更の形式的な要件

訴えの変更の要件(民事訴訟法143条)のうち『ア・イ』のような形式的な瑕疵は責問権の放棄・喪失の対象となる
ア 書面の提出or送達の欠缺 ※最高裁昭和31年6月19日
イ 請求の基礎を変更したこと ※大判昭和11年3月13日
ウ 遅滞させない要件(否定) 訴訟手続を著しく遅滞させないという要件について
→責問権の放棄・喪失の対象とはならない(後記※2

い 反訴の要件

反訴の要件のうち本訴の請求or防御方法との関係を欠くこと
→責問権の放棄・喪失の対象となる
※東京地裁昭和36年4月26日

4 口頭弁論期日の呼出に関する責問権喪失

口頭弁論期日の呼出に関して手続的な違反があっても,当事者が異議を述べないと治癒されます。

<口頭弁論期日の呼出に関する責問権喪失(※1)

口頭弁論期日の呼出に違法があること
→責問権の放棄・喪失の対象となる
※民事訴訟法94条,139条参照
※大判昭和4年5月23日

5 送達に関する責問権喪失

訴訟手続ではいろいろな場面で送達が用いられます。送達に関する手続的な違反があっても,当事者が異議を述べないと治癒されます。

<送達に関する責問権喪失>

あ 期日呼出状の送達

責問権の放棄・喪失の対象となる(前記※1

い 訴状の送達(138条1項)

ア 判例 不変期間の起算点となる送達について
例=控訴期間(285条)の起点となる判決書の送達
→責問権の放棄・喪失の対象となる
※最高裁昭和28年12月24日;禁治産者が受領した訴状について
※大決昭和8年7月4日;法定代理人・訴訟能力を獲得した本人による放棄についての一般論
イ 反対説 公益性の強さから反対する見解も多い
※葛西正俊ほか編『新・コンメンタール 民事訴訟法 第2版』日本評論社2013年p346

6 証拠調べ手続に関する責問権喪失

証拠調べ手続に関しては細かいルールが多くあります。形式的な違反があっても,当事者が異議を述べないと治癒されるものが多いです。

<証拠調べ手続に関する責問権喪失>

あ 全体

証拠調べ手続に関する形式的な瑕疵(い〜お)について
→責問権の放棄・喪失の対象となる

い 法定代理人と証人の区別ミス

法定代理人を証人尋問の手続で尋問した
※大判昭和11年10月6日

う 証人と当事者の区別ミス

証人を当事者本人として尋問した
※東京高裁昭和31年2月28日

え 宣誓実施ミス

宣誓させるべき証人を宣誓(民事訴訟法201条)させずに尋問した
※最高裁昭和29年2月11日

お ミスによる受命裁判官による尋問

受命裁判官に裁判所外で証人尋問をさせた
民事訴訟法195条各号の事由(要件)がなかった
※最高裁昭和50年1月17日

7 訴訟手続の中断中の行為に関する責問権喪失

一定の事情があると訴訟手続きが中断します。中断している時には訴訟行為はできないのですが,仮に行ってしまい,かつ,相手方が異議を述べないと有効な訴訟行為として扱われることがあります。

<訴訟手続の中断中の行為に関する責問権喪失>

訴訟手続の中断がなされている間に訴訟行為がされた
※民事訴訟法124条参照
→責問権の放棄・喪失の対象となる
※大連判大正6年3月9日
※大判昭和14年9月14日参照

8 責問権の放棄・喪失の対象とならない事項

手続的な違反については,当事者が異議を述べないとなんでも有効となる(治癒される)というわけではありません。
責問権の放棄・喪失の対象とはならない事項もあります。
大雑把にいうと,公益を保護するための規定(についての違反)です。性質的に当事者が処分できないものということもできます。

<責問権の放棄・喪失の対象とならない事項>

裁判所や訴訟制度の信頼や効率性に関わる規定は
公益を保護する目的を有する
→これに対する違反があった場合には,責問権の放棄・喪失の対象とはならない
ただし書きの『放棄することができないもの』に該当する
※葛西正俊ほか編『新・コンメンタール 民事訴訟法 第2版』日本評論社2013年p345

9 責問権喪失の対象とならない事項の具体例

公益保護の規定であるために責問権放棄・喪失の対象とはならない事項の具体例をまとめます。
実際には,公益の性質がどの程度強いのかで決まるので,はっきりと判定できないということもあります。

<責問権喪失の対象とならない事項の具体例>

あ 裁判所の構成

※裁判所法18条,26条参照

い 専属管轄

※民事訴訟法13条参照

う 裁判官の除斥

※民事訴訟法23条

え 公開主義

※憲法82条参照

お 直接主義

民事訴訟法249条1項参照

か 判決の言渡

※民事訴訟法252条

き 判決の確定

※民事訴訟法116条参照

く 既判力の存在

※民事訴訟法114条参照

け 訴えの変更の遅滞要件(※2)

訴えの変更の要件に『著しく訴訟手続を遅滞(させないこと)』がある
※143条1項ただし書
遅滞させても訴えの変更ができるとした場合
他の事件の進行にも影響して公益上の問題が生じる
→責問権の放棄・喪失の対象とはならない
※葛西正俊ほか編『新・コンメンタール 民事訴訟法 第2版』日本評論社2013年p345

本記事では,責問権の放棄・喪失について説明しました。
実際には個々の訴訟行為(手続)の違反について,異議を述べないことで有効となる(治癒される)かどうかがハッキリと判断できないことが多いです。
実際に訴訟手続のルールに関する問題に直面されている方はみずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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