【保全における担保の金額の算定(考慮)要素とその内容】
1 保全における担保の金額の算定(考慮)要素とその内容
民事保全(仮差押・仮処分)の際には通常,担保の金額が定められます。担保の機能は,債務者の損害の引き当てという趣旨と,濫用的な保全の申立の防止という2つがあります。
詳しくはこちら|民事保全の担保の基本(担保の機能・担保決定の選択肢・実務の傾向・不服申立)
裁判所は,この2つの担保の機能に沿うように,多くの事情を考慮して担保の金額を算定します。
本記事では,担保の金額の算定のために考慮する要素(事情)について説明します。
なお,担保金額の基準については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|保全の担保金額算定の基本(担保基準の利用・担保なしの事例)
2 担保の金額の算定要素(判断材料)
保全の担保金額を算定する時に考慮する事情(判断材料)を大きく分類します。
担保の金額の算定要素(判断材料)
あ 保全命令の種類
どのような保全命令及び保全執行がされるのか
い 保全目的物の種類・価額
う 被保全権利の種類・価額
え 予想される債務者の損害
債務者の職業・財産・信用状態その他の具体的事情に即した予想される損害
お 疎明の程度
被保全権利や保全の必要性に関する立証活動としての疎明の程度(裁判官の心証の程度)
『ア・イ』もこの中の要素として含まれる
ア 相手方の不合理性イ 保全されない場合の不利益の程度
か 債権者の資力(参考)
原則として考慮しない
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p56
※裁判所職員総合研修所著『民事保全実務講義案 改訂版』司法協会,2007p20
それぞれの項目の内容については,以下,順に説明します。
3 保全命令の種類の考慮
保全命令の種類によって,類型的に債務者が受ける損害の程度が異なります。当然,担保金額の算定に大きく影響します。
保全命令の種類の考慮
あ 基本事項
現状に変更が生じないタイプ(い)よりも現状に変更が生じるタイプ(う)の方が,違法・不当な保全命令により債務者が被る損害が大きくなる
→担保の額が大きくなる方向になる
い 現状に変更が生じないタイプ
ア 仮差押イ 処分禁止の仮処分ウ 占有移転禁止の仮処分のうち債務者使用型のもの
う 現状に変更が生じるタイプ
ア 仮の地位を定める仮処分(明渡断行の仮処分)イ 占有移転禁止の仮処分のうち執行官保管型・債権者使用型のもの ※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p56
4 保全目的物の種類・価額の考慮
保全の執行によって,その目的物(対象物)は,処分や利用が制限されます。そのため,保全の目的物によって債務者が受ける損害の程度が違うことになります。これも担保金額に影響します。
保全目的物の種類・価額の考慮
あ 不動産
仮差押の目的物が不動産である場合
債務者は任意処分を禁止され,転売利益を喪失する
→担保額は目的物価額を基準に算定される(傾向になる)
い 債権
目的物が債権である場合
例=預金
保全命令により,債務者の信用が毀損されるおそれがある
→被る不利益が大きい
→(不動産を目的物とする場合と比べ)担保額は高額となる
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p56
5 被保全権利の種類・価額の考慮
被保全権利の種類によって立証の難易が違います。例えば手形債権は券面そのものを見れば,偽造でもない限り,債権が存在する可能性はとても高いです。そこで,保全執行の後から,実は被保全権利(手形債権)がなかったことが判明するという可能性は低いです。結局,債務者の損害の引き当てを確保する必要性は低いということです。そこで担保金額は低めでよいということになります。
一方,不法行為は,契約書があるわけではなく,類型的に被保全権利(損害賠償請求権)の存在の立証は高めです。債務者の損害の引き当てとしての担保金額は高めになる傾向があります。
被保全権利の種類・価額の考慮
あ 立証容易な権利
存在の蓋然性が高い類型の権利を被保全権利とする場合
例=手形・小切手債権
→担保の額は比較的低額となる
い 立証困難な権利
疎明が容易ではなく,存在の確実性に劣る権利を被保全権利とする場合
例=特殊不法行為による損害賠償請求権
→担保の額は高くなる
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p56
6 予想される債務者の損害の考慮
以上の類型的な事情以外にも,個別的な事情から予想(判断)される債務者の損害の程度は,当然,担保金額に影響します。
預金の仮差押を例にとれば,債務者(預金者)が事業者かそうでないかによって現実的な債務者が受ける不利益は異なります。そのため,担保金額に影響するのです。
予想される債務者の損害の考慮
あ 預金の仮差押の例
例えば,預金の仮差押について
状況によって債務者が受ける損害の程度が『い』のように異なる
い 状況による損害の程度の違い
状況 | 債務者が受ける損害の程度 | 担保への影響 |
債務者が非事業者個人である | 不利益は小さい | 小さくなる傾向 |
債務者が事業者・法人である | 不利益は大きい | 大きくなる傾向 |
債務者が営業不能の状態にある・既に取引が凍結されている | 不利益は小さい | 小さくなる傾向 |
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p56
7 被保全権利の疎明の程度(心証の程度)の考慮
保全の審理における,債権者の立証(疎明)の程度によって,被保全権利が存在する可能性は違います。専門的には,立証の程度の評価のこと,つまり,裁判官の心象の程度ともいえます。
この立証の程度によって,違法な保全によって損害賠償責任が生じる可能性が違ってきます。そこで,担保金額に影響するのです。
被保全権利の疎明の程度(心証の程度)の考慮
あ 基本事項
債権者による被保全権利の立証活動について
疎明の程度・裁判官の心証の程度が担保の額に影響する
『い〜え』のような例がある
い 特に高い立証レベル
立証活動の結果,裁判官の心証の程度が疎明を超えて証明の程度まで高まった場合
→担保の額は特に低くなる
う 高い立証レベル
ア 担保の額への影響
被保全権利の存在の蓋然性が高い場合
→担保の額は低くなる
イ 具体例
債務者自身が被保全権利の存在を認めている
確実な資料が提出されている
え 低い立証レベル
ア 担保の額への影響
被保全権利の存在の立証のレベルが低い場合
→担保の額は高くなる
イ 具体例
債務者が否認している
債務者が抗弁を主張することが予想される
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p56,57
8 債権者の資力の考慮(否定)
保全の担保の機能の1つは債務者が受ける損害の引き当てです(前記)。
そうすると,債権者の資力が十分であれば,担保を立てる必要性は小さいということになります。
しかし,担保の機能はそれだけではなく,濫用的申立の防止というものもあります。そこで,債権者の資力は担保金額に影響しない(考慮しない)という扱いが一般的です。
実際に国や地方自治体が債権者(申立人)であるケースでも担保なしで発令されているわけではありません。
債権者の資力の考慮(否定)
詳しくはこちら|民事保全の担保の基本(担保の機能・担保決定の選択肢・実務の傾向・不服申立)
→債権者の資力は担保額の算定にあたって原則として考慮されない
※山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法』日本評論社2014年p57
本記事では,保全の担保金額の算定で考慮する事情を説明しました。
実際には,個別的な事情や主張・立証のやり方次第で担保に関する判断は違ってきます。
実施に保全の担保に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。