【二重起訴の禁止と相殺の抗弁】
1 二重起訴の禁止と相殺の抗弁
2 民事訴訟法142条(二重起訴の禁止)の条文
3 相殺の抗弁と二重起訴の禁止の問題とその分類
4 別訴先行型についての判例の見解(全体)
5 一部請求訴訟の残部債権による相殺
6 反訴請求債権による相殺
7 時効消滅した本訴請求債権による相殺
8 抗弁先行型についての裁判例の見解
9 学説の分布
10 通説=全面的肯定
11 多数説=全面的否定
12 有力説=別訴先行型肯定・抗弁先行型否定
1 二重起訴の禁止と相殺の抗弁
民事訴訟法には,同じ請求について2つの訴訟を申し立てることはできない,というルールがあります。二重起訴の禁止というもので,これ自体は当たり前といえます。
この点,訴訟の中で相殺の抗弁として主張する債権について,別の訴訟と重複することは禁止されるかどうか,という問題があります。本記事では,この問題について説明します。
2 民事訴訟法142条(二重起訴の禁止)の条文
最初に,二重起訴の禁止の条文を抑えておきます。条文上は2つの訴訟を禁止していることが分かります。
<民事訴訟法142条(二重起訴の禁止)の条文>
裁判所に係属する事件については,当事者は,更に訴えを提起することができない。
※民事訴訟法142条
3 相殺の抗弁と二重起訴の禁止の問題とその分類
相殺の抗弁は訴訟提起ではないので,二重起訴の禁止そのものには当たりません。しかし,二重起訴の禁止の趣旨は既判力の矛盾抵触を禁止するであり,このことは相殺の抗弁でも当てはまります。解釈の問題は,別訴先行型と抗弁先行型に分けて以下考えます。
<相殺の抗弁と二重起訴の禁止の問題とその分類>
あ 基本(共通事項)
相殺の抗弁で主張する債権は訴訟物ではない
→二重起訴の禁止は(直接)適用されるわけではない
しかし,相殺に供された自働債権には既判力が生じる
※民事訴訟法114条2項
既判力の矛盾抵触という問題が生じ得る
『い・う』の場合に二重起訴の禁止の法理を類推適用すべきか否かが問題となる
い 別訴先行型
債権Aが,係属中の(先行)訴訟において訴訟物となっている
別の訴訟において,債権Aを自働債権とする相殺の抗弁を主張する
う 抗弁先行型
(先行)訴訟において,債権Aを自働債権とする相殺の抗弁を主張した
債権Aを訴訟物とする別の訴訟を申し立てる
※加藤新太郎ほか編『新基本法コンメンタール 民事訴訟法1』日本評論社 2018年 p409
4 別訴先行型についての判例の見解(全体)
相殺の抗弁に二重起訴の禁止が類推適用されるかどうか,という判断をした判例のうち,最初に,別訴先行型についての判断を説明します。
全体としては,後行の訴訟における相殺の抗弁を否定する(二重起訴の禁止を適用する)判例と,一定の前提において肯定する判例に分けられます。
<別訴先行型についての判例の見解(全体)>
あ 否定説(二重起訴の禁止を適用する)
自働債権の存否につき審理が重複して訴訟上の不経済が生じること,確定判決により自働債権の存否が判断されると,相殺をもって対抗した額の不存在に既判力が生じ,別訴における別の裁判所の判断と抵触して法的安定性を害する可能性があることなどから,二重起訴の禁止の法意に反し相殺の抗弁を提出することは許されない
※最高裁昭和63年3月15日
※最高裁平成3年12月17日
い 肯定説(二重起訴の禁止を適用しない)
後行訴訟において相殺の抗弁を認める(二重起訴の禁止を適用しない)見解には,どのような状況に認めるか,ということについて見解がさらに分かれている
ア 一部請求訴訟の残部債権による相殺(後記※1)イ 反訴請求債権による相殺(後記※2)ウ 時効消滅した本訴請求債権による相殺(後記※3)
5 一部請求訴訟の残部債権による相殺
別訴先行型についての判例の中の肯定説をとった判例にはいくつかのものがあります。以下,順に紹介します。
まず,先行する一部請求訴訟の残部の請求権を,後行訴訟の相殺に供することを認めた判例があります。
<一部請求訴訟の残部債権による相殺(※1)>
あ 要点
一部請求であることを明示した訴訟の係属中に,残部債権を自働債権とする相殺の抗弁を認める
い 判例(抜粋)
明示の一部請求訴訟の係属中に残部債権を自働債権とする相殺の抗弁について,審理の重複や債権の一部と残部とで異なる判決がなされることによる判断の抵触の問題があるとしつつも,相殺の抗弁は訴えの提起と異なり,相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり,相手方の訴求する債権と簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有するものであるとの理由により,債権の分割行使による相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなどの特段の事情がない限り,正当な防御権の行使として許容される
※最高裁平成10年6月30日
6 反訴請求債権による相殺
本訴と反訴が係属している時に,被告(反訴原告)が,反訴で請求する債権を本訴における相殺に供することを認めた判例があります。
<反訴請求債権による相殺(※2)>
あ 要点
反訴請求債権を自働債権,本訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を認める
い 判例(抜粋)
本訴および反訴の係属中に,反訴請求債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁について,反訴原告が異なる意思表示をしない限り,反訴は,反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合には,その部分 については反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更されると解すれば,重複起訴の問題は生じないとして,そのような相殺の抗弁の主張をすることは許される
※最高裁平成18年4月14日
7 時効消滅した本訴請求債権による相殺
本訴と反訴が係属している時に,原告(反訴被告)が,本訴で請求している債権を,反訴で相殺の抗弁に供することは二重起訴の禁止の趣旨に合致するので,認められないように思えます。しかし,相殺に供する債権(本訴の請求債権)が時効消滅した債権であった場合には相殺を認める判例があります。
<時効消滅した本訴請求債権による相殺(※3)>
あ 要点
時効消滅した本訴請求債権を自働債権,反訴請求債権を受働債権とする相殺を認める
い 判例(抜粋)
本訴および反訴の係属中に,時効消滅している本訴請求債権を自働債権とし,反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁について,本訴において訴訟物となっている債権の全部または一部が時効により消滅したと判断される場合には,その判断を前提に,同時に審判される反訴において,当該債権のうち時効により消滅した部分を自働債権とする相殺の抗弁につき判断をしても,当該債権の存否に係る本訴における判断と矛盾抵触することはなく,審理が重複することはないとして,反訴において相殺の抗弁を主張することは許される
※最高裁平成27年12月14日
8 抗弁先行型についての裁判例の見解
次に,抗弁先行型の場合,先行訴訟で相殺に供した債権を後行訴訟で相殺に供することの可否を判断した裁判例を紹介します。肯定するものと否定するものがあります。
<抗弁先行型についての裁判例の見解>
あ 否定説(二重起訴の禁止を適用する)
(先行)訴訟において相殺の抗弁として主張した債権を訴訟物とする別訴の提起を認めない
※大阪地裁平成8年1月26日
※東京高裁平成8年4月8日
い 肯定説(二重起訴の禁止を適用しない)
(先行)訴訟において相殺の抗弁として主張した債権を訴訟物とする別訴の提起を認める
※東京高裁昭和59年11月29日
9 学説の分布
以上の説明は,二重起訴の禁止が相殺の抗弁に(類推)適用されるかどうかを判断した判例・裁判例でした。
一方,学説は見解が分かれています。全面的に肯定するのが通説ですが,これとは異なる見解もあります。
<学説の分布>
あ 通説=全面的肯定
別訴先行型・抗弁先行型ともに認める(後記※4)
い 多数説=全面的否定
別訴先行型・抗弁先行型ともに認めない(後記※5)
う 有力説=別訴先行型肯定・抗弁先行型否定
別訴先行型は認める,抗弁先行型は認めない(後記※6)
10 通説=全面的肯定
前述のように,通説は,別訴先行型・抗弁先行型のいずれでも,相殺の抗弁と訴訟における請求の重複を認めます。
<通説=全面的肯定(※4)>
相殺の抗弁は攻撃防御方法にすぎず,訴訟係属を生じさせるものではない
裁判所が相殺の抗弁について必ず審理判断するとは限らず,これが行われるかどうかが不確実な段階で相殺の抗弁を封殺するのは不当である
→別訴先行型・抗弁先行型のいずれも認める
※兼子一『条解民事訴訟法 第2版』弘文堂 2011年 p823
※中野貞一郎『民事訴訟法の論点 Ⅱ』判例タイムズ社 2001年 p162
※松本博之ほか『民事訴訟法 第8版』弘文堂 2015年 p354
11 多数説=全面的否定
多数説は,別訴先行型・抗弁先行型のいずれでも,相殺の抗弁と訴訟における請求の重複を認めません。
<多数説=全面的否定(※5)>
審理の重複と判断の矛盾抵触のおそれを回避することを重視する
→別訴先行型・抗弁先行型のいずれも認めない
※伊藤眞『民事訴訟法 第5版』有斐閣 2016年 p229
※川嶋四郎『民事訴訟法概説 第2版』弘文堂 2016年 p292
※菊井維大ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅲ 第2版』日本評論社 2018年 p185
※斎藤秀夫ほか『注解民事訴訟法(6)』第一法規出版 1993年 p267
※長谷部由起子『民事訴訟法 新版』岩波書店 2017年 p86
12 有力説=別訴先行型肯定・抗弁先行型否定
学説の中には,別訴先行型では(後行訴訟における相殺の抗弁を)認め,抗弁先行型では(後行訴訟の提起を)認めない,という見解もあります。
<有力説=別訴先行型肯定・抗弁先行型否定(※6)>
あ 別訴先行型(肯定)
別訴の被告は別訴において反訴を提起することが可能である
別訴の原告が相殺の抗弁を主張するには別訴を取り下げなければならないが,それに必要な相手方の同意(民事訴訟法261条2項)を得ることが非常に困難である
相殺の簡易決済機能や相殺の担保的機能に対する別訴原告の期待を保護すべきである
→別訴先行型は認める
い 抗弁先行型(否定)
本訴の被告は本訴における相殺の抗弁の提出によって既に相殺の担保的機能に対する期待を享受している
本訴の被告は相手方の同意なしに相殺の抗弁を撤回することができる
本訴の被告は別訴によらずに反訴を提起することが可能であり,あえて別訴を許容する必要がない
→抗弁先行型は認めない
※高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)第2版補訂版』有斐閣 2013年 p141
※高田裕成ほか『注釈民事訴訟法 第5巻』有斐閣 2015年 p227
※中野貞一郎ほか『新民事訴訟法講義 第3版』有斐閣 2018年 p192
※三木浩一ほか『民事訴訟法 第3版』有斐閣 2018年 p532
本記事では,二重起訴の禁止が相殺の抗弁に(類推)適用されるかどうか,ということを説明しました。
実際には,個別的な事情によって,法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に金銭の請求やその相殺(互いに請求し合う状態)の問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。