【人格権の基本(概念・法的性質・根拠・分類)】
1 人格権の基本(概念・法的性質・根拠・分類)
2 人格権の概念
3 人格権の法的性質
4 人格権の根拠(まとめ)
5 判例における人格権の根拠
6 憲法(公法)と民法(私法)の区別
7 一般的人格権と個別的人格権
8 身体的人格権と精神的人格権
9 受動的人格権と能動的人格権
1 人格権の基本(概念・法的性質・根拠・分類)
いろいろな場面で人格権が使われます。具体的なトラブルの中では,人格権の性質や根拠などの基本的理解が主張を組み立てる際,必要となることがあります。
本記事では,人格権の意味や法的性質,根拠などの基本的なことを説明します。
2 人格権の概念
人格権が何を意味するか,ということについて法律上の明文があるわけではありません。人格権は,法(ルール)が作られる以前の古い時代の自然状態でも認められる権利(自然権)と結びついています。
ただし,広範で曖昧な内容の「権利」として捉えると,それは実定法上の「権利」ではなく,俗称の「権利」という位置づけに近づいてしまいます。
実定法の議論の中での人格権とは,あくまでも法的に保護されるものという限定があります。
<人格権の概念>
あ 歴史的な理解
(人格権について)
「歴史的には,自然権概念と結びついて,人間の根源的な権利であり,あらゆる権利の派生する源であると解されていた。」
しかし,このような広範な概念は,かえって実定法上の権利として承認しにくいことにつながる
い 別の定義
「人格権を比較的狭く解し,それは,主として生命・身体・健康自由・名誉・プライバシーなど人格的属性を対象とし,その自由な発展のために,第三者による侵害に対し保護されなければならない諸利益の総体である,と定義したい。」
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p9,10
3 人格権の法的性質
以上のような実定法上の人格権は,誰に対しても主張できるものであり,また,特定の者だけが持つことができる,という性質(特徴)を持ちます。
<人格権の法的性質>
あ 絶対権
ア 妨害排除・予防
人格権は,物権と同様,排他性を有する絶対権であり,天下万人に対して主張できる権利である。
その侵害に対して,妨害予防または排除(差止)の請求が可能である。
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p13
※最大判昭和61年6月11日・北方ジャーナル事件
イ 不法行為の被侵害権利(参考)
不法行為における被侵害権利となる(権利ではなく利益であっても保護されるものはある)
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p11
い 一身専属性
人格権は,ある人の人格に専属する権利である。
人格権そのものは譲渡できず,債権者代位権の対象とならない
※民法423条1項ただし書
人格権そのものは相続の対象とはならない
※民法896条ただし書
ただし,人格権の侵害により具体化した損賠償請求権(金銭債権)は一身専属性を有しない
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p13
4 人格権の根拠(まとめ)
繰り返しになりますが,人格権は法律上に明文はありません。歴史的には法律などのルールができる前から存在した(自然権に由来する)という考えもあります。
現在では,憲法13条を根拠として,実体法上の権利とし認められているといえます。
<人格権の根拠(まとめ)>
あ 「権利」といえるための要件(前提・概要)
実定法上の権利といえるためには,法律によって定められている必要がある
詳しくはこちら|「権利」「◯◯権」の意味(実定法・立法・政策論・講学上による違い)
い 人格権の根拠(まとめ)
判例(後記※1)は,新たな人格権を承認する場合には,つねに憲法13条を引き合いに出しているといえる。
民法上の名誉権についても憲法13条に基礎をおいている。
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p17
5 判例における人格権の根拠
人格権の根拠について裁判所(判例)はいろいろな理論を示しています。全体として憲法13条を根拠としているといえます。
<判例における人格権の根拠(※1)>
あ 「宴のあと」事件
(プライバシー権について)
「日本国憲法のよって立つところでもある個人の尊厳という思想」
※東京地判昭和39年9月28日・「宴のあと」事件
い 「逆転」事件1審判決
(プライバシー権の定義として)
「人格的自律ないし私生活上の平穏を維持するという利益」
憲法13条に依拠するという意味である
※東京地判昭和62年11月20日・「逆転」事件1審判決
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p16
う 「逆転」事件控訴審判決
(プライバシー権について)
「個人の尊重と人格の尊厳とを基調とするわが国の法秩序の下においては・・・」
※東京高判平成元年9月5日・「逆転」事件控訴審判決
え 肖像権判例
(肖像権について)
「警察官が,正当な理由もないのに,個人の容ぼう等を撮影することは,憲法13条の趣旨に反し,許されない」
※最大判昭和44年12月24日
お 氏名権判例
(氏名権について)
「氏名は,・・・・・・人が個人として尊重される基礎である」
※最判昭和63年2月16日
か 北方ジャーナル事件
(民法で認められている名誉権について)
「表現行為により名誉侵害を来す場合には,人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し・・・」
※最大判昭和61年6月11日・北方ジャーナル事件大法廷判決
6 憲法(公法)と民法(私法)の区別
憲法は国に対する請求(要求)を規定したものだ,という伝統的な理解があります。これによると,憲法を根拠とした権利は対国だけであって,対私人には適用されないという発想になります。
しかし,現代では,対国と対私人とで区別しないという解釈の傾向もでてきています。結局,憲法13条を元に,私法上の権利(人格権)を認めることが肯定されています。
<憲法(公法)と民法(私法)の区別>
あ 伝統的理解
もっとも,人格権を自由権ととらえるかぎり,わが国でも,伝統的な見解によれば,憲法上の人格権は,個人の人格的利益を国やその他の公共団体の侵害から守るべき基本的人権であり,これに対し,民法上の人格権は,私人による人格的利益の侵害に対する権利として,両者は区別される。
い 近年の理解
しかしこの区別は,公法と私法の古典的区別が消滅した今日,成り立たない。
国による人格権の侵害に対し,被害者が差止めや損害賠償を求めるかぎり,それは民法の領域の問題でもあり,少なくとも民法学者は,侵害者が国か私人かで基本的に区別しているわけではない。
それゆえ,今日では,人格権の領域においても,憲法と民法の区別ははっきりしなくなっている,といえる。
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p18
7 一般的人格権と個別的人格権
以上の説明では,単に「人格権」といっていましたが,実は,複数の意味があります。
実定法の人格権は,肖像権,名誉権のように限定された内容を持つ個々の権利として認められています。一方,それらの総体という意味で人格権ということもあります。
<一般的人格権と個別的人格権>
あ 一般的人格権
個別的人格権(い)の総体である
い 個別的人格権
氏名権・肖像権・名誉権のように,かなり限定された構成要件をもつ権利である
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p10
8 身体的人格権と精神的人格権
人格権は,前述のように,個別的な内容ごとに個別的人格権として認められています。個別的人格権にはいろいろなものがありますが,身体的人格権と精神的人格権に分類できます。実際に使われる(紛争の中で登場する)ことが多いのは精神的人格権の方です。
<身体的人格権と精神的人格権>
あ 身体的人格権
生命・身体・健康など人間の身体的属性に対する権利をいう
これを人格権とすることにはほとんど異論がない
い 精神的人格権
今日では,名誉権,氏名権,肖像権,プライバシー権などを中心として,人格権の中心的地位を占めている
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p19,20
9 受動的人格権と能動的人格権
人格権を受動的と能動的という性質で分類することもできます。というより,基本的には受動的なものだけでしたが,最近では能動的な人格権が認められる傾向も出てきつつある,という状況です。
<受動的人格権と能動的人格権>
あ 受動的人格権
人格権は,これまで主として,第三者による侵害に対し保護を求めるという受動的な面に,特徴を有していた。
い 能動的人格権
近時,アメリカにおけるプライバシー権の理解は,しだいに「自己情報コントロール権」にシフトし,「自律的自己決定権」に重点が移りつつある
そして,その流れが,わが国にも影響を及ぼし始めている
※五十嵐清著『人格権法概説』有斐閣2003年p20
本記事では,人格権の基本的事項を説明しました。
実際には個別的事情によって法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に人格権に関する問題に直面されている方は,みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。