【訴訟上の和解が無効となった実例(裁判例)】

1 訴訟上の和解が無効となった実例(裁判例)

訴訟上の和解(裁判上の和解)が成立した後に、無効であると考える、という状況もあります。期日指定の申立など、和解の無効を主張する手続も決まっています。
詳しくはこちら|訴訟上の和解の無効を主張する手続(期日指定申立など)
ただし、実際に訴訟上の和解が無効であると判定されることはほとんどありません。本記事では、「訴訟上の和解が無効である」と判決の中で判断された実例(裁判例)を紹介します。

2 和解が無効であるという判断

この裁判例のケースは、建物賃貸借の明渡請求で、立退料として賃貸人がいくら支払えば賃借人が応じるか、ということについて和解交渉が行われていました。
当初賃借人は、立退料として340万円をもらわないと承諾しない、と主張していました。
そして、最終的に、賃借人が220万円まで譲歩して、和解が成立していました。
その後、賃借人は、「340万円という主張を維持していた、220万円で受け入れたことはない」と主張したのです。
裁判所が、「和解は無効である」と判断した理由は、340万円という主張が一貫(固執)していたことから、220万円を承諾するかのような言動は真意ではないというものです。
和解を成立させる時に、裁判官が(書記官も同席して)当事者に対して和解条項を読み上げたはずですが、これについては和解条項の内容が単純ではないことから、賃借人が理解したとはいえない、と判断されました。

和解が無効であるという判断

あ 控訴人(賃借人)の立退料の主張の一貫性

以上の認定事実に基づいて判断するに、控訴人は、本件和解期日の当日を別として、本件訴訟前に本件貸室の明渡請求を受けた平成二二年九月から、当審における口頭弁論終結日である平成二六年五月一三日までの間、一貫して三四〇万円の立退料の支払を求める旨主張しており、これを譲歩したことは、本件和解期日でのやり取りを除いて一度もない。
特に、前任裁判官が控訴人に対し、四回の和解期日において和解の勧奨をしたにもかかわらず、和解が成立していないものである。
後に述べるとおり、控訴人の立退料の請求は、およそ考慮するに値しない高額なものであるが、控訴人が一貫してそのような主張をしてきたことは、疑いのないところである。

い 和解内容と控訴人主張(真意)の乖離

このように一切譲歩の姿勢を見せない控訴人が、仮に和解期日において、三四〇万円より減額した金額で明け渡すことを承諾したかのような言葉を発したとしても、控訴人の上記姿勢を考慮すれば、本件はそれが控訴人の真意に出たものであるかどうかについての確認に慎重を期すべき事案であり、些かでも疑問がある場合には、担当裁判官としては、和解を不成立とし、本来の訴訟進行に戻って判決をすべきものである。
このような観点から上記認定事実をみると、本件和解期日における原審裁判官と控訴人とのやり取りは、そのほとんどが和解室での両名だけの会話であったものであり、和解期日の終了に際して書記官及び双方当事者が立会いの上で原審裁判官が読み上げたと推認される和解条項の内容を見ても、それが控訴人の真意に基づいたものであることが明白であるといえるほどに単純なものではなく控訴人が本件和解期日後に和解の成立を前提とする行動をとった事実もない

う 和解期日後の事務連絡文書の評価

控訴人は本件和解期日後に裁判所あてに、「口座番号等につきましては、二一日(火)までにFAXをお送りします」との事務連絡文書を提出しているが、結果としてその期日までに口座番号の連絡はなかったものであり、この書面の送付をもって、本件和解が有効に成立したことを前提とする行動とみることはできない

え 結論

そして、このほかに、本件和解条項が控訴人の真意に出たものであることを認めるに足りる証拠はないから、本件和解は無効であるといわざるを得ない。
※東京高判平成26年7月17日

3 和解期日後に作成された書面の評価(有効性への影響)

このケースでは、訴訟上の和解が成立した後に、賃借人代理人と賃貸人の間で、和解は有効であるという内容の合意書の調印が行われ、かつ、賃借人自身が、その合意書の内容に従うようにも読める陳述書を作成していました。
これらは一見、和解が有効であることを前提とする行動(書面)だと思えます。
裁判所は、このような事情があってもなお、和解は無効だと判断したのです。そのポイントは、適正な立退料(との関係)にありました。法律的に適正な立退料は40万円だったのです(後述)。
つまり、220万円という立退料の金額は賃借人にとって有利だったので、賃借人の代理人弁護士が和解を成立させることを強く望み、依頼者である賃借人を説得する、という関係がありました。そこで、本人(賃借人)の理解が不十分なまま和解を成立させ、その後も本人が和解を受け入れた方向に読み取れる陳述書にサインをさせた、という認定がなされたのです。

和解期日後に作成された書面の評価(有効性への影響)

あ 合意書と陳述書の作成の事実

控訴人は、本件和解の無効を主張して以降、弁護士の代理人を選任して訴訟を追行しており、控訴人原審代理人は、被控訴人代理人との間で、本件和解が有効に成立したことを相互に確認する旨の合意書を作成し、控訴人は、当該合意書の内容に従う旨を述べているようにも読める陳述書を作成している。
これらの合意書及び陳述書をどう評価するかであるが、上記(1)に認定した事実に照らせば、控訴人原審代理人としては、控訴人が二二〇万円の立退料の支払を受けるという内容の本件和解は、法律家の観点からすれば、控訴人に著しく有利であるものと容易に認識し得たものと推認される。

い 合意書の評価

したがって、控訴人原審代理人が本件和解の有効性を認めるよう控訴人を説得することは、弁護士である代理人として合理的な行動であるといえる。
上記の合意書の記載は、その趣旨で理解することができる。

う 陳述書の評価

また、上記陳述書の内容は、やや明瞭さを欠くものの、上記合意書が控訴人の依頼した代理人の関与の下に作成されたものであって、控訴人はそれに従う立場にあるが、控訴人としては、あくまで和解成立に異議があり、和解無効の判断をしてもらいたいとの趣旨を述べるものであるということができる(控訴理由書〈省略〉七頁四行目ないし九行目も同旨)。

え 結論

したがって、上記の合意書の内容や陳述書の記載内容が本件和解の有効性を裏付けるものということはできない
※東京高判平成26年7月17日

4 訴訟物についての判断

以上のように、裁判所は、「和解は無効である」と判断しました。そこで、和解成立前の審理に戻ることになります。つまり、このケースで立退料はいくらが妥当か、という判断です。
この裁判例では、自ら判断を行いました。結論として、立退料は40万円と定められました。
結果的に、賃借人は、立退料として340万円を主張し、220万円の和解を否定できたのですが、その結果は40万円ということになりました。

訴訟物についての判断

あ 和解の有効性と訴訟物の判断の関係

本件和解は上記のとおり無効であるから、次に、被控訴人の控訴人に対する請求について判断すべきことになるが、上記一(1)オで認定した原審での手続経過に照らすと、当事者の攻撃防御は尽くされており、本件について、これ以上審理する必要はないものと認められるから、被控訴人の請求につき、当審で自判することとする。

い 判断の内容

・・・
したがって、被控訴人の控訴人に対する本件貸室の明渡請求は、控訴人が被控訴人から立退料四〇万円の支払を受けるのと引き換えに明け渡すよう求める限度で理由があるものというべきである。
・・・
したがって、控訴人は、被控訴人に対し、平成二五年四月一日以降、本件貸室の明渡済みまで月額三万二〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由がある。
※東京高判平成26年7月17日

5 訴訟上の和解が無効となる状況(裁判例の読み方)

一般論として、訴訟上の和解を無効とすることは、「紛争が解決した」という当事者の信頼を裏切る、つまり、「和解」というものへの信用をなくすことにつながります。そう簡単に無効であると判断できないはずです。この裁判例では、訴訟上の和解を無効であると判断しましたが、無効としなくてはならない決定的事情がみえてきません。判決文に現れていない事情があったのかもしれません。
ただ、この裁判例が示す事案の内容には、特殊な事情があります。それは、和解無効を主張する者にとって、判決の方が不利であった、ということです。逆にいえば、和解無効を主張される側にとっては、和解よりも判決の方が有利だった、ということです。
和解を無効としても、無効と主張される側にとって、結果的には害がない、という構造があったのです。この訴訟(期日指定申立以降の手続)の中で、賃貸人(無効と主張される側)が、「和解を無効としても構わない」というような意向が示されていた(明示かまたは黙示)ということも想定できます。
結局、この裁判例から、どのような事情があれば訴訟上の和解が無効となるかというような一般論を読み取ることは難しいと思います。

本記事では、訴訟上の和解の無効を主張する手続について説明しました。
実際には、個別的事情によって、法的判断や最適な対応方法は違ってきます。
実際に、訴訟上の和解に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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