【行政指導の一般原則(濫用が多いので禁止・行政手続法32条)】
1 行政指導の一般原則(濫用が多いので禁止・行政手続法32条)
「行政指導」については定義の規定があり、相手方の任意の協力を求めるものということがハッキリしています。
詳しくはこちら|「行政指導」の定義(行政手続法2条6号)
この点、行政手続法32条は、改めて、行政指導について任意であるということが強調しています。
本記事では行政手続法32条の趣旨や解釈について説明します。
2 行政手続法32条の条文
最初に本条の条文自体を確認しておきます。条文自体は特に難しいものではありません。
行政手続法32条の条文
第三十二条 行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務または所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
3 行政手続法32条1項の趣旨→事実上の強制の横行に対する抑止策
行政指導は定義上、任意の協力を求めるものにとどまります。しかし実情としては事実上の強制として作用し、行政機関がこれを濫用(悪用)する傾向がみられます。
詳しくはこちら|行政の肥大化・官僚統治|コスト・ブロック現象|小規模事業・大企業
そのため、行政手続法32条1項では、わざわざ任意であることを確認して、濫用を禁止しているのです。
行政手続法32条1項の趣旨→事実上の強制の横行に対する抑止策
この条文の中の文言については以下、順に説明します。
4 行政手続法32条1項の文言の解釈
(1)規律を受ける者→「行政指導に携わる者」
「行政指導に携わる者」とは、当該行政機関にあって自己の職務として行政指導に何らかの形で関与する者を広く含むとされており、特定の行政指導について、これに該当する者が複数存在することを予定しています。
行政指導が事実行為であることから、これに関与する職員を広く捉えて規律の対象者に含めているのです。
規律を受ける者→「行政指導に携わる者」
あ 行政指導に携わる者
行政指導に関与する職員を広く捉えて規律する必要から、本条による規律を受けるのは、行政指導に携わる者とされている
い 行政指導に携わる者の具体的範囲
(ア)法律上の指導権限を有する者(イ)窓口または現場において直接相手方に対して行政指導を行う者(ウ)行政指導方針の策定等に関与する者
(2)行政指導の範囲→行政機関の任務+所掌事務
行政指導が当該行政機関の任務または所掌事務の範囲を逸脱してはならないということは、「行政指導」の定義と重複します。つまり行政手続法2条6号の定義を確認的に規定したものです。
「いやしくも」というより強い否定を示す表現を使うことにより、行政指導の範囲逸脱に対する強い戒めが示されています。逸脱が横行している実情の裏返しといえます。
行政指導の範囲→行政機関の任務+所掌事務
あ 範囲→行政機関の任務または所掌事務
行政指導を行うにあたり、いやしくも当該行政機関の任務または所掌事務の範囲を逸脱してはならないとい
い 範囲外の行政指導→違法
行政指導がその内容上の限界を逸脱してはならない当然の事柄を述べたものであり、これに反する行政指導は違法となる
う 判例
県が介護保険法の規定のない移送行為について行政指導を行うことは、介護保険事業の運営が健全かつ円滑に行われるようにするために、関係する法規制等との調整を計る必要な指導であるとして、違法性を否定した
※福岡地判平成16年5月31日
(3)行政指導の効力→強制力なし
行政指導は相手方の任意の協力によってのみ実現されるべきであり、これは行政指導の定義(2条6号)から導かれる当然の性質です。この規定により、行政指導が強制力を持たないこと、相手方の自発的な協力が不可欠であることが示されています。
ただし、行政指導の結果、社会的制約(業界の村八分など)を受けることまで法律で禁止することはできません。
行政指導の効力→強制力なし
あ 強制力→なし
行政指導は相手方に義務を課し権利を制限するものではない、求めるところを単に要請する行為にすぎない
行政指導の相手方が指導に協力するか否かの決定は、その自発的な意思に基づくものでなければならない
い 社会的制裁→対象外
行政指導に対する任意性は、具体的な事情を捨象して絶対的なものとして常に主張しうるわけではなく、行政指導の趣旨に即した社会的制約を受けることは否定できない
(4)規律の効力→任意性を侵す行政指導の禁止
本条では留意しなければならないという要請の形をとっていますが、実質的には任意性を侵すような行政指導を禁止する趣旨です。つまりこれは訓示規定ではなく、法的拘束力を持つものです。
つまり、行政指導が法的限界を越えてなされた場合、その行政指導は違法となります。
規律の効力→任意性を侵す行政指導の禁止
あ 効力規定
条文では「留意しなければならない」という「内心」に対する要請という形式をとっているが、実質的には、そのような任意性を侵すような行政指導を禁止する趣旨
法的拘束力のない訓示規定ではなく、法的拘束力を持つ効力規定
い 違反の効果
行政指導がそのような限界を越えてなされた場合には、その行政指導は違法なものとなる
う 判例
町に事業者の地位を不当に害することのないような配慮義務を認め、これを怠った「条例が規制対象とする事業場であることの認定処分」を違法とした
※最判平成16年12月24日
5 不利益な扱いの禁止(2項)
行政手続法32条2項は、行政指導に従わなかったことを理由とする不利益な扱いを禁止しています。この不利益扱いとは、行政指導に従わなかったことを理由としてなされたものに限ります。別の理由で不利益扱いがなされることは別問題です。
不利益な扱いの禁止(2項)
あ 「従わなかったことを理由とする」
ア 不協力が固有の理由→不利益扱い禁止
行政指導への不協力のみを理由とする不利益な扱いは禁止される
イ 他の処分要件事実に該当→不利益扱い可能
法律が、作為を命じる下命規範・不作為を命じる禁止規範とその違反者に対する罰則規範を定めている場合で、その作為・不作為を求める行政指導に従わなかったときは、行政指導ではなく、法律に定めた義務への違反として罰則が適用される
い 「従わない」のワードチョイス→定義規定に対応
従うまたは従わないという表現は必ずしも適切ではないが、行政指導の定義(2条6号)である一定の作為・不作為をの求めるという表現を用いていることに対応している
う 趣旨→もともと任意なので不利益を受けない
行政指導に協力するか否かは相手方の任意であり、不協力は特段の法的意味をもたないため、不利益な扱いを受ける根拠がない
6 「不利益な取扱い」の内容
(1)「不利益な取扱い」→任意性を否定する制裁
禁止される不利益な取扱いとは、任意性を否定するようなもののことです。この規定が適用されるのは、法律上の規定がない場合の不利益な取扱いであり、法律上の規定があるときは(当然ですが)不利益な取扱いも許されます。
「不利益な取扱い」→任意性を否定する制裁
あ 「不利益な取扱い」→任意性を否定する制裁
ここでいう不利益な取扱いとは行政指導への不協力を理由としてなされた取扱いで、相手方にとって行政指導への協力が任意であることを否定するような不当な制裁行為
い 適用範囲→法規定なき場合
ア 法律上の規定なし→不利益扱いは違法
行政指導への不協力を理由として、法律の根拠なく相手方の権利義務に関わる不利益行為を行うことが違法となることは、法治主義原則から当然である
イ 法律上の規定あり→不利益扱いは適法
改善命令等の下命行為や氏名等の公表を行うことができる旨の法律上の規定がある場合は本項の適用はない
う 任意性を否定する行為の例(判例)
給水契約締結拒否を背景にした寄付金納付要請は違法である
※最判平成5年2月18日
(2)公表措置→個別的に行政指導該当性を判断
実際には、行政指導に従わなかった場合に氏名を公表する、という規定がよくあります。氏名公表は権利義務に直接関わらないので許されるというのが基本的な解釈です。
ただし、制裁目的であれば不利益扱いにあたるという見解もあります。また、他の事情も考慮して判断するという見解もあります。
公表措置→個別的に行政指導該当性を判断
あ 公表措置の目的により区分する説
ア 公表措置が制裁目的
不利益な取扱いに該当し禁止される
イ 公表措置が情報提供目的
一般国民への注意を喚起する意図に出るものであるから、不利益な取扱いに当たらない
い 総合的かつ個別的に判断する説
公表措置の目的のみではなく、仮に制裁的要素があっても、以下の要素から総合的かつ個別的に判断する
(ア)行政指導により求められる協力内容の社会的妥当性・緊急性の有無、程度(イ)不協力の評価とそれに対する制裁的取扱いとの比較と均衡(ウ)公表によって受ける利益の制限と知らされる権利利益の質的量的な比較(エ)公表の対象となっている内容等
う 裁判例
ア 公表措置は行政指導には当たらないとする裁判例
公表は、一定の社会的事実、関連してなされた行政指導の趣旨およびこれに対する相手方の対応等に関する情報等を国民一般に提供し、その評価を国民の判断に委ねつつも一定の行動を期待することにより、速やかな目的の実現を期するものであるとしても、それ自体が行政指導には当たらない
※大阪高判平成16年2月19日
イ 公表措置の違法性を総合的に判断する裁判例
公表そのものが行政指導と観念上区別されるべきであるとしながらも、食中毒の原因の公表につき、その公表自体は法律の根拠がなくともさしつかえないが、目的、方法、生じた結果の諸点から是認できるものであることを要する
公表の方法について注意義務に違反があったことにより、生じた不利益の賠償責任を認めた
※東京高判平成15年5月21日
(3)公表措置の手続規律→意見を述べる機会付与が適切
以上のように公表措置は適法となることが多いですが、不利益を与える以上は、手続として、意見を述べる機会(弁明の機会)を与えるべきであると考えられています。
公表措置の手続規律→意見を述べる機会付与が適切
※紙野健二稿/室井力ほか編著『コンメンタール行政法1 行政手続法・行政不服審査法 第3版』日本評論社2018年p260
(4)協力者への利益的扱い→不協力者との均衡逸脱により違法
規定上は、協力しない者の不利益扱いが禁止されており、協力した者の扱いについては何も書かれていません。そこで、協力した者を有利に扱うことは適法であるのが原則ですが、不協力者との均衡がとれていない場合には、実質的な不協力者への不利益扱いとなる(違法となる)こともあります。
協力者への利益的扱い→不協力者との均衡逸脱により違法
あ 利益的な取扱いとその許否
ア 協力者への利益的な取扱い→禁止規定なし
不協力に対する不利益な取扱いの禁止は定められているが、逆に協力者に対する役務提供や奨励金の給付等、利益的な取扱い自体の適否については規定するところがない
イ 不協力者への利益的な取扱いの拒否→違法可能性あり
不協力者に対する利益的な取扱いの拒否が憲法または法律上保障された権利利益を制限する場合、またはその拒否が不協力との関係において著しく均衡を失している場合には、当該取扱いは本項に照らして違法となる
い 判例
ア 平成11年最決
水道の供給拒否は、水道法15条1項の正当な理由に該当するか否かの問題である
特定の行政指導への不協力とは関係ない
※最決平成元年11月8日
イ 平成6年東京地判
行政指導に協力した事業者の建築した共同住宅には、一般の住宅よりも手厚く敷地内からごみを収集することとしていた場合に、不協力を理由としてこれを拒否しても、法令上市には敷地内からの収集義務はないから違法ではない
※東京地判平成6年9月9日
7 行政指導の取消訴訟・違法確認訴訟→否定
行政指導はもともと定義上任意のものですので、取消の対象にはなりません。処分性がないということもできます。
詳しくはこちら|行政訴訟・取消訴訟|処分性|基本|処分の定義・給付請求との並立
そこで、違法であることを確認する(訴訟)、という発想も出てきますが、これも否定されています。
行政指導の取消訴訟・違法確認訴訟→否定
※紙野健二稿/室井力ほか編著『コンメンタール行政法1 行政手続法・行政不服審査法 第3版』日本評論社2018年p260、261
8 地方自治体の行政指導→行政手続条例が適用される
以上で説明したのは、国(政府)による行政指導が前提となっています。この点、地方自治体も行政指導を行います。地方自治体の行政指導については、行政手続法は適用されません。各自治体の行政手続条例が適用されます。とはいっても、行政手続法と同じ内容が条例となっているものが大多数です。
地方自治体の行政指導→行政手続条例が適用される
あ 基本→法律ではなく条例の適用
地方公共団体の行う行政指導については本法ではなく行政手続条例の規律を受ける。
い 条例の立法の傾向→行政手続法トレース
これについての苦情の申出の規定を置く例もあるが(神奈川県)、大多数は、本章とほぼ同一の規定を置くにとどまる(大阪府)。
不協力の場合にとりうる措置のうち、公表の取扱いの可能性を明示しつつ、その際に意見を述べる機会または弁明の機会を与える例(神奈川県、四日市)がある。
法制定直後の本条についての解釈上の論点について、特に規定を置いたものといえよう(室井紙野・行政手続168頁~169頁〔紙野〕、高橋滋「地方自治と行政手続」都市問題研究88巻5号〔1997年〕61頁)。
※紙野健二稿/室井力ほか編著『コンメンタール行政法1 行政手続法・行政不服審査法 第3版』日本評論社2018年p261