【民事保全の事件記録の閲覧謄写ができる者(利害関係人)の範囲】
1 民事保全の事件記録の閲覧謄写ができる者(利害関係人)の範囲
民事訴訟(一般的な訴訟)の記録は裁判所に保管されていて、原則として一般の方が閲覧、謄写をすることができます。この点、民事保全(仮差押・仮処分)の手続については、閲覧、謄写をすることができるのは利害関係人に限定されています。
本記事では、具体的にどのような立場の人が利害関係人にあたるのか(閲覧謄写できるのか)ということをまとめました。
2 民事保全法5条の条文
民事保全法5条の条文
第五条 保全命令に関する手続又は保全執行に関し裁判所が行う手続について、利害関係を有する者は、裁判所書記官に対し、事件の記録の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は事件に関する事項の証明書の交付を請求することができる。ただし、債権者以外の者にあっては、保全命令の申立てに関し口頭弁論若しくは債務者を呼び出す審尋の期日の指定があり、又は債務者に対する保全命令の送達があるまでの間は、この限りでない。
※民事保全法5条
3 債権者・債務者→肯定
債権者・債務者→肯定
債務者については、閲覧等の請求ができる時期に制限がある(民事保全法5条1項ただし書)
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p110
4 他の債権者
(1)他の債権者→否定
他の債権者→否定
一般債権者が記録閲覧等をするについて有する利益は、自己が債権者となって強制執行や仮差押をするために対象物を特定したり、債務者の資力状態を調査することにあるのが通常である
これらはいずれも事実上の利益にすぎないと考えられる
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p110、111
(2)配当要求が予定される債権者・同一目的物の仮差押債権者→否定
配当要求が予定される債権者・同一目的物の仮差押債権者→否定
これらの者が記録閲覧等をするについて有する利益は、競合債権者の請求債権額を知ることによって将来の強制執行における自己の配当額の予測等をすることなどにある
当該仮差押事件が強制執行に移行するか否かが未確定の状態にある仮差押手続の段階では、将来の強制執行における配当額を予想する利益は、いまだ事実上の利益にとどまる
したがって、これらの者についても、当該保全手続が強制執行に移行し、又は他の強制執行手続が競合した場合等を除き、閲覧等はできない
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p111
(3)抵触可能性あり・同一目的物の仮処分債権者→肯定
抵触可能性あり・同一目的物の仮処分債権者→肯定
同一債務者に対して同一目的物について処分禁止又は占有移転禁止の仮処分の執行をした他事件の債権者も、保全事件に関する法的利害関係を有しているため、利害関係人に当たる
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p111
5 第三債務者
(1)債権仮差押ケースにおける第三債務者→肯定
債権仮差押ケースにおける第三債務者→肯定
第三債務者には、いわゆる権利供託(民事保全法50条5項、民事執行法156条1項)、義務供託(民事保全法50条5項、民事執行法156条2項・3項)等の規定が置かれている
第三債務者は、保全執行についても執行抗告ができる(民事保全法50条5項、民事執行法145条5項)
したがって、債権仮差押事件における第三債務者は、法的な利害関係を有する者に当たる
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p111、112
(2)債権仮処分ケースにおける第三債務者→肯定
債権仮処分ケースにおける第三債務者→肯定
第三債務者は、仮処分に対する不服申立て等の結果により、自己に対する債権の帰属について直接的な影響を受ける
したがって、債権仮処分事件における第三債務者は、法的な利害関係を有する者に当たる
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p112
(3)第三債務者による閲覧→濫用として否定も一応あり
第三債務者による閲覧→濫用として否定も一応あり
このように閲覧権の濫用と解される場合は、閲覧等を許可しないことができる
ただし、閲覧等の目的が濫用的な場合か否かの判断は実際上は困難である(閲覧はかなり広く認められることになる)
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p112
6 所有者(過去、将来含む)
(1)登記を得た所有者→登記時期問わず肯定
登記を得た所有者→登記時期問わず肯定
登記又は仮登記が当該仮差押又は仮処分の登記に先立ってされたか、あるいは当該仮差押又は仮処分の登記に後れてされたかは問わない
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p112
(2)未登記所有者→肯定
未登記所有者→肯定
訴訟手続等で所有権を主張しているにすぎない者も、利害関係人に当たる
これらの者も、仮差押又は仮処分の存在によって自己の権利に直接影響を受けるという点において、登記又は仮登記を経由した所有権取得者と異ならないからである
これらの者は、売買契約書や訴訟記録の資料を提出する必要がある
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p112、113
(3)前所有者・取得予定者→否定
前所有者・取得予定者→否定
あ 前所有者→否定
仮差押・仮処分債務者の単なる前所有者は、利害関係人に当たらない
前所有者は、仮差押又は仮処分の存在により自己の権利を失うという危険にさらされているわけではない
い 買取予定者→否定
目的不動産の買取予定者も利害関係人には含まれない
買取予定者は、いまだ現実に当該仮差押・仮処分によって影響を受けるべき具体的な権利ないし法律関係を取得していない
買取予定者が民事保全事件の記録の閲覧等をするについて有する利益は、将来権利ないし法律関係を取得するかどうかの判断をする資料を得るという、事実上のものにすぎない
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p113
(4)共有者→否定方向
共有者→否定方向
Aは当該仮差押の記録の閲覧の利害関係人にはあたらない
※東京地裁、当事務所扱い事例
(B持分の仮処分であれば利害関係人にあたる可能性もあると思われる)
7 担保権者
(1)後順位担保権者・未登記担保権者→肯定
後順位担保権者・未登記担保権者→肯定
あ 後順位登記の担保権者→肯定
登記又は仮登記を経由したが順位が仮差押・仮処分に後れる担保権者は、利害関係人に当たる
これらの担保権者は、仮差押又は仮処分の存在によって自己の権利が左右されるから、法的な利害関係を有する
い 未登記担保権者→肯定
未登記の担保権者も仮差押又は仮処分の存在によって自己の権利が左右されるから、法的な利害関係を有する
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p113
(2)優先担保権者・担保取得予定者→否定
優先担保権者・担保取得予定者→否定
あ 保全に優先する担保権者→否定
仮差押・仮処分の前に担保権を取得して対抗要件を具備し、仮差押・仮処分に優先する担保権者は、利害関係人に当たらない
これらの担保権者は、仮差押・仮処分の結果によって自己の権利が左右されるという関係にはないから、法的な利害関係があるということはできない
い 担保権取得予定者→否定
目的不動産について担保権を取得しようとする者は利害関係人に含まれない
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p113、114
8 用益権者
(1)保全に劣後する用益権者→肯定
保全に劣後する用益権者→肯定
あ 執行後に用益権取得→肯定
仮差押・仮処分の執行後に権利を取得した用益権者は、利害関係人に当たる
仮差押・仮処分の存在により自己の権利を失う危険があるから、法的な利害関係を有する
い 失効後に対抗要件取得→肯定
仮差押・仮処分の執行前に用益権を取得したが、その執行までに対抗要件を具備しなかった用益権者も、利害関係人に当たる
仮差押・仮処分の存在により自己の権利を失う危険があるから、法的な利害関係を有する
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p114
(2)保全に優先する用益権者→仮差押では否定、仮処分では肯定
保全に優先する用益権者→仮差押では否定、仮処分では肯定
あ 仮差押に優先する用益権者→否定
仮差押の執行前に対抗要件を具備した用益権者は、利害関係人に当たらない
この用益権者の権利は、その仮差押が強制執行に移行しても買受人に引き受けられて消滅しないため、法的な利害関係を認めることはできない
い 仮処分に優先する用益権者→肯定
仮処分の執行前に対抗要件を具備した用益権者は、利害関係人に当たる
目的物件の所有権の帰属に争いがあり、用益権者にとって目的物件の所有者が誰であるかは自己の権利の相手方が誰であるかという問題として、自己の権利義務に影響があるといえる
利害関係人に含めるのが相当である
う 用益権取得予定者→否定
目的不動産について用益権を取得しようとする者は利害関係人に含まれない
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p114
9 建物保全ケースにおける敷地所有者→仮差押ケースは否定、仮処分ケースは肯定
建物保全ケースにおける敷地所有者→仮差押ケースは否定、仮処分ケースは肯定
あ 仮差押ケース→否定
仮差押の目的物が建物である場合の敷地所有者は、利害関係人に含まれない
敷地所有者は、建物所有者について強制執行がされた場合に建物の所有者が変わる可能性があるという抽象的な利害関係を有するにすぎないからである
い 仮処分ケース→肯定
仮処分の目的物が建物である場合の敷地所有者は、利害関係人に当たる
建物の所有権の帰属に争いがあり、建物の従たる権利である賃借権等の帰属にもかかわる問題であるから、敷地所有者に法的な利害関係を認めるのが相当である
※山崎潮監『注釈民事保全法(上)』きんざい1999年p114
本記事では、民事保全の事件記録の閲覧謄写ができる者の範囲について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に民事保全(仮差押・仮処分)に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。