【不法行為による損害賠償請求権の3年時効の起算点(民法724条)(解釈整理ノート)】

1 不法行為による損害賠償請求権の3年時効の起算点(民法724条)(解釈整理ノート)

不法行為による損害賠償請求権の時効には2種類のものがありますが、「損害及び加害者を知った時から」カウントするものは(原則として)3年間の時効が適用されます。このカウント開始(起算点)についてはとても多くの解釈があります。本記事では、3年時効についての重要な解釈を整理しました。

2 民法724条の条文

民法724条の条文

(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
※民法724条

3 「知った」の基本的解釈→「賠償請求可能」レベルの認識

「知った」の基本的解釈→「賠償請求可能」レベルの認識

民法724条に定める3年の短期消滅時効は「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時」から進行する
時効の起算点は、被害者が加害者に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有することを、その賠償請求が事実上可能な程度に知った時からである
※最判昭和48年11月16日

4 「損害を知った」の解釈

(1)「損害を知った時」→現実認識時

「損害を知った時」→現実認識時

被害者に損害発生の調査義務を課すことは不当である
「損害を知った時」とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時を意味する
※最判平成14年1月29日

(2)必要な「損害」の認識の程度→損害発生や違法性

必要な「損害」の認識の程度→損害発生や違法性

損害の程度や数額を知る必要はない
違法行為による損害の発生の事実を知ることを要する
その処分が違法であること(不法行為であり、損害賠償を請求できること)を知ることを要する
※大判大正7年3月15日(不法な仮処分による損害)
※大判大正9年3月10日

(3)将来の損害→認識可能性で足りる

将来の損害→認識可能性で足りる

将来の損害(逸失利益や介護費用など)については、不法行為時に既発生と擬制され、将来の損害について認識可能性があれば時効が起算される
認識可能性がない後遺症についての損害賠償請求権は、時効は起算されない

(4)交通事故における車両損傷と身体傷害→損害認識は別

交通事故における車両損傷と身体傷害→損害認識は別

車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が加害者および車両損傷を理由とする損害を知った時から進行する
※最判令和3年11月2日

5 「加害者を知った」の解釈

(1)「加害者を知った時」→現実認識時

「加害者を知った時」→現実認識時

あ 基本

「加害者を知った時」とは、損害賠償を請求するべき相手方を知った時を意味する

い 認識の程度→請求可能レベル

加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもと、その可能な程度に加害者を知った時を起算点とする
※最判昭和48年11月16日民集27巻10号1374頁
単に加害者の顔を認識しているだけでは足りず、住所氏名を確認して初めて「加害者を知った時」に該当する

(2)使用者責任ケースの「加害者を知った」

使用者責任ケースの「加害者を知った」

あ 使用関係の存在の認識

被害者が直接の加害者と使用者との間の使用関係の存在を知った時から時効が進行する
※大判昭和12年6月30日

い 認識の程度→一般人基準

一般人が当該不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると判断するに足りる事実を認識した時から時効が進行する
※最判昭和44年11月27日

6 学説のバリエーション

学説のバリエーション

あ 認識可能時説(少数説)

通常人を基準として認識可能性があれば足りるとする説がある
被害者が別段の労力費用を要せずに損害を確知できる場合、または被害者と同様の立場にある一般人なら認識したであろう事情があれば、実際の認識がなくても時効が進行するとする見解

い 重過失基準説

ドイツ民法典と同様に、損害および加害者を知ることが容易で、知らないことに重過失がある場合も「知った時」に含めるべきとする見解がある

う 平成29年改正の経緯

平成29年の民法改正においても認識可能時とすべきか議論されたが、文言は変更されなかった

7 特殊類型における起算点

(1)継続的不法行為→個別進行

継続的不法行為→個別進行

不法行為が継続して行われ、そのため損害も継続して発生する場合には、損害が継続発生するかぎり、日々新しい不法行為に基づく損害として各損害を知った時から別個に消滅時効が進行する
※大連判昭和15年12月14日(土地の不法占有事例)

(2)後遺症→原則は受傷時・想定外後遺症は発生時

後遺症→原則は受傷時・想定外後遺症は発生時

あ 原則→受傷時

当初の受傷時に予見可能性があった損害と牽連一体性のある損害については、受傷時に「損害を知った」と解釈される

い 想定外の後遺症発生→発生時

受傷した被害者が、相当期間経過後に、受傷当時には医学的には予想しえなかった治療が必要となった場合、後日その治療に要した費用については、その時まで消滅時効は進行を開始しない
※最判昭和42年7月18日

(3)公害・職業病等の長期にわたる損害→行政上の段階的な決定時

公害・職業病等の長期にわたる損害→行政上の段階的な決定時

あ じん肺ケース

じん肺事例では、病気の性質上、軽い程度の行政上の決定を受けた段階ではなく、重い決定を受けた段階から時効が進行する
※最判平成6年2月22日

い B型肝炎

B型肝炎ウイルス感染による損害についても同様の判断がなされている
※最判令和3年4月26日

(4)信用組合の経営破綻→他の被害者による集団訴訟提起時

信用組合の経営破綻→他の被害者による集団訴訟提起時

信用組合が経営破綻の危険を説明すべき義務に違反して出資の勧誘をした場合、遅くとも同様の立場にある者による集団訴訟が提起された時点から時効が進行する
※最判平成23年4月22日

(5)海商法に関する特則(参考)

海商法に関する特則(参考)

船舶衝突による損害賠償請求について、商法798条1項の1年の消滅時効期間が定められているが、その起算点は民法724条によるものとされる
※最判平成17年11月21日

8 初日の扱い→不算入

初日の扱い→不算入

起算点の計算において、民法140条により初日は算入せず、不法行為の翌日から起算される
遅延損害金も同様に初日不算入で計算される
※最判昭和57年10月19日

9 関連テーマ

(1)債権の短期消滅時効の種類・時効期間と民法改正による廃止

詳しくはこちら|債権の短期消滅時効の種類・時効期間と民法改正による廃止

10 参考情報

参考情報

我妻栄ほか著『我妻・有泉コンメンタール民法 第8版』日本評論社2022年p1622〜1626
松本克美稿/大塚直編『新注釈民法(16)』有斐閣2020年p581、582
平野裕之著『債権各論Ⅱ』日本評論社2019年p454〜456

本記事では、不法行為による損害賠償請求権の3年時効の起算点について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に不法行為による損害賠償に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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