【協議合意による時効完成猶予の実務ガイド(民法151条の活用法と合意書サンプル)】

1 協議合意による時効完成猶予の実務ガイド(民法151条の活用法と合意書サンプル)

平成29年の民法改正で、「協議を行う旨の合意による時効完成猶予」のルールが新設されました(民法151条)。この改正は、訴訟に至る前に当事者間の友好的な紛争解決を奨励するという政策的意図を反映しています。改正の趣旨や基本事項は別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|協議を行う旨の合意による時効の完成猶予(民法151条)(解釈整理ノート)
本記事では、実務において、民法151条を活用する方法を説明し、また、合意書のサンプルも紹介します。

1 協議合意による時効完成猶予の実務ガイド(民法151条の活用法と合意書サンプル)

(1)第1項の解説

第1項は、権利に関する協議を行う旨の合意が書面でなされた場合に、時効の完成が猶予されるという核心的な規定です。具体的には、以下のいずれか早い時までの間、時効は完成しません。
(a) 合意があった時から1年を経過した時
(b) 合意において当事者が協議を行う期間(1年未満に限る)を定めたときは、その期間を経過した時
(c) 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6か月を経過した時

(2)第2項の解説

第2項は、時効の完成猶予期間中に、再度協議を行う旨の合意がなされた場合について規定しています。再度の合意も同様に時効の完成猶予の効力を有しますが、時効が猶予されなかった場合に完成するはずだった時点から通算して5年を超えることはできません。

(3)第3項の解説

第3項では、民法150条の催告との関係が明確にされています。催告によって時効の完成が猶予されている期間中に第1項の協議を行う旨の合意がなされても、その合意による時効の完成猶予の効力は生じません。同様に、第1項の規定により時効の完成が猶予されている期間中に催告がなされても、その催告による時効の完成猶予の効力は生じません。

(4)第4項・第5項の解説

第4項は、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録)によって協議を行う旨の合意がなされた場合についての規定です。このような電磁的記録による合意は書面によってされたものとみなされます。
第5項は、第4項の規定を第1項第3号の協議の続行を拒絶する旨の通知について準用するものです。

3 合意による時効完成猶予の要件

(1)有効な合意の成立

最も重要な要件は、当事者間に問題となっている権利について協議を行うという相互の合意が存在することです。この合意は、当該権利について交渉を行う意思を明確に示すものでなければなりません。単なる話し合いの申し入れや一般的な連絡だけでは、この要件を満たすとは言えません。

(2)書面または電磁的記録による合意

民法151条1項は、協議を行う旨の合意が書面でされることを要求しており、4項で電磁的記録による合意も書面によるものとみなしています。
口頭での合意では、時効完成猶予の効果は認められません。

(3)書面と電磁的記録の要件

書面による合意の具体的な様式は法律で定められていませんが、一般的には当事者の特定、協議の対象となる権利の明確な記載、時効の完成猶予を目的とした協議を行う旨の合意文言、協議期間の定め(1年未満の場合)などを含めることが推奨されます。
電磁的記録による合意としては、電子メールなどが考えられます。ただし、LINEのような簡易なメッセージングプラットフォームは、合意内容の明確な記録や保存に適さない場合があります。電磁的記録による合意の場合、電子署名は必ずしも必要とされていませんが、当事者を特定できる情報が含まれていることが重要です。

4 時効完成猶予の効果と期間

(1)時効期間の一時停止

民法151条に基づく有効な合意がなされると、時効期間の進行は一時的に停止します。猶予期間中は時効の進行が止まり、猶予期間が終了すると再び進行を開始します。これにより、権利者は時効完成の恐れなく交渉に集中することができます。

(2)時効の更新との違い

民法151条に基づく時効の完成猶予は、それ自体では時効の更新(中断)(カウンターがリセットされる)の効果を生じません。時効の更新は、債務の承認や裁判上の請求など、より明確な権利行使の意思表示があった場合に認められます。交渉が成立し、債務者が債務の存在を認める行為があった場合は、民法152条に基づく時効の更新事由となる可能性があります。

(3)猶予期間の上限

再度の合意を繰り返して時効の完成を猶予する場合でも、その効力は最初に時効が完成するはずだった時から通算して5年を超えることはできません。この上限は、時効制度の根幹である法的安定性を考慮したものです。

5 催告との関係

(1)催告の意義

催告とは、権利者が債務者に対して履行を請求する意思表示であり、裁判外で行われます。催告があった場合、その時から6か月間は時効が完成しません。

(2)併用の制限

民法151条3項により、催告によって時効の完成が猶予されている期間中に同条1項の協議を行う旨の合意がなされても、その合意に基づく時効の完成猶予の効力は生じません。同様に、協議を行う旨の合意によって時効の完成が猶予されている期間中に催告がなされても、その催告に基づく時効の完成猶予の効力は生じません。

6 協議不調の場合の対応

(1)協議続行拒絶の通知

協議が不調に終わった場合、または一方の当事者が協議を打ち切りたいと考えた場合、その当事者は相手方に対して協議の続行を拒絶する旨を書面で通知することができます。この通知は電磁的記録によっても行うことが認められています。

(2)拒絶通知後の猶予期間

協議の続行を拒絶する旨の書面による通知が相手方に到達した場合、その通知の時から6か月間は時効が完成しません。この期間は、権利者が訴訟などの次の法的措置を検討し、準備するための猶予期間として設けられています。

7 実務上の留意点

(1)効果的な猶予合意書の作成

民法151条に基づく時効完成猶予の合意書を作成する際には、当事者の特定情報、協議対象となる権利の明確な記載、民法151条に基づく時効完成猶予の合意文言、協議期間の定め、合意の成立年月日、当事者の署名などを含めることが重要です。

(2)電子的手段の活用

電子メールなどの電磁的記録で合意を行う場合は、合意の内容が明確に示された電子メールのやり取りを保存し、必要に応じて印刷できるようにしておくことが重要です。一時的にしか保存されない可能性のあるメッセージングアプリの利用は避けるべきです。

8 協議を行う旨の合意書のサンプル

時効の完成猶予を目的とした協議を行う旨の合意書のサンプルを紹介します。実務では、個別の事案に応じて適宜調整することをお勧めします。

協議を行う旨の合意書のサンプル

協議を行う旨の合意書
第1条(合意の趣旨)
甲と乙は、甲が乙に対して有する以下の権利(以下「本件権利」という。)について、円満な解決を目指し、誠実に協議を行うことに合意する。
(本件権利)
金銭消費貸借契約に基づく令和●年●月●日付けの貸付金債権
債権者:甲
債務者:乙
債権額:●●円
第2条(協議期間)
甲及び乙は、本合意締結日から1年間を協議期間とする。ただし、両当事者間の別途合意により、この期間を延長することができる。
第3条(協議の方法)
甲及び乙は、本件権利に関する協議を、両当事者が相互に協力し、誠意をもって行うものとする。協議の具体的な方法については、両当事者間で別途協議して定める。
第4条(時効の完成猶予)
甲及び乙は、本合意に基づき、本件権利の消滅時効の完成が民法151条の規定により猶予されることを確認する。
第5条(協議不調)
前条の協議期間内に本件権利に関する合意に至らなかった場合、甲及び乙は、別途協議の上、調停、訴訟その他の紛争解決手段を検討するものとする。
第6条(有効期間)
本合意の有効期間は、本合意締結日から1年間とする。ただし、第2条に基づき協議期間が延長された場合は、その延長期間満了日までとする。
第7条(管轄)
本合意に関連して紛争が生じた場合は、●●地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
第8条(完全合意)
本合意は、本件権利に関する甲と乙との間の完全な合意であり、書面によらない合意または黙示の合意は存在しないことを確認する。
上記のとおり合意したので、本書2通を作成し、各自署名捺印の上、各1通を保有する。
令和●年●月●日
(甲)
住所:
氏名:(署名や記名と押印)
(乙)
住所:
氏名:(署名や記名と押印)

9 まとめ

民法151条は、権利に関する協議を行う旨の合意を書面または電磁的記録で行うことで、一定期間時効の完成を猶予する制度を定めています。この制度は、訴訟などの法的手段に訴える前に、当事者間の話し合いによる紛争解決を促進する重要な役割を果たします。時効完成の差し迫った状況でも、当事者は合意によって時間的な余裕を得て交渉に臨むことができ、より友好的な解決を望む場合に特に有効です。
本記事では、協議合意による時効完成猶予(民法151条)について説明しました。
実際には、個別的事情により法的判断や主張として活かす方法、最適な対応方法は違ってきます。
実際に債権の消滅時効など、債権回収に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。

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