【不慣れな弁護士のミス→賠償責任|相続・遺言・消滅時効編】
1 遺言作成時に『処分できない内容』を指摘しなかった弁護士→責任あり
2 遺産分割手続は遂行したが『遺留分減殺請求』漏れ→時効消滅
3 消滅時効にかけてしまった|自賠責保険金と一般の損害賠償請求権の混同が原因
弁護士のミスにより,依頼者・相談者に被害が生じたというケースを紹介します。
ユーザー(依頼者)としては,弁護士を選ぶことの重要性が分かります。
また弁護士にとっては『他山の石』として業務改良の一環とできます。
本記事では『相続・遺言』とこれに伴う『消滅時効』に関する案件について整理しました。
1 遺言作成時に『処分できない内容』を指摘しなかった弁護士→責任あり
弁護士が遺言作成をサポートすることは良くあります。
依頼者の希望を聴取し,条項を作成する,また公正証書の作成に立ち会う,などの業務です。
当然,依頼者本人の素朴な『希望』がそのまま『法的に有効』とは限りません。
ここでは遺言作成に立ち会った弁護士が『無効の条項』を指摘しなかった,というケースを紹介します。
<遺言の『処分できない内容』を指摘しなかった>
あ 遺言書作成・立会業務の依頼
A弁護士は『遺言書』(危急時遺言)の作成に立ち会い,証人として調印した
A弁護士は,遺言執行者への就任を予め承諾した
い 遺言内容に『効力ない』条項があった
遺言内容に『ある法人の財産の処分』が含まれていた
う 相続開始
遺言者の死後,相続人Xは『想定された財産の承継』ができなくなった
え Xの提訴
XがA弁護士に対する損害賠償請求の訴訟を提起した
<裁判所の判断>
あ 評価
A弁護士は,外見上の受遺者Xに対して『効力がないこと』を説明する義務があった
い 判決
500万円の賠償責任を認めた
※東京地裁昭和61年1月28日
実際の現場では『説明・是正』があまりできない,ということもあります。
判断能力(意思能力)が乏しく,意思表示自体がようやく受け取れる,という状況もあるのです。
逆に言えば『容易に注意喚起できる』という場合は『アドバイスは義務』と言えるでしょう。
2 遺産分割手続は遂行したが『遺留分減殺請求』漏れ→時効消滅
相続の中では,遺留分減殺請求を行うケースもよくあります。
遺留分減殺請求は消滅時効が『1年』と短いので弁護士として気を遣います。
受任弁護士が遺留分減殺請求権を時効にかけてしまったケースを紹介します。
<遺産分割の効力の誤解→遺留分減殺請求権が時効消滅>
あ 相続発生→遺産分割
昭和63年9月,相続発生
遺言『遺産全部を包括して,Qに4分の2,RとSに各4分の1の割合で相続させる』
相続人の1人(非嫡出子)Xは遺言上一切記載がなかった
QRSの3名で遺産分割を行い,完了した
不動産登記移転も完了した
い 遺産分割から除外された相続人が相談・依頼
XはA弁護士に遺産分割を依頼
平成6年,遺産分割調停の申し立て
不成立で調停終了
土地の所有権移転登記更正登記手続請求訴訟を提起(別件訴訟)
平成9年,口頭弁論期日にて『遺留分減殺の意思表示』を行った
相手方らは『時効消滅』を主張した
う 別件訴訟の判決内容
『遺留分減殺請求権は調停終了日から1年の経過により時効消滅した』
え Xは提訴した
XはA弁護士に対し損害賠償を請求する訴訟を提起した
<裁判所の判断>
あ 評価
Xが遺産分割に参加する資格はなかった
遺産分割協議は有効である
い 判決
500万円の賠償責任を認めた
責任論に関して,なぜ時効にかけてしまったのか,が気になります。
これについてのコメントを紹介します。
<事案に対するコメント>
A弁護士が『遺留分減殺請求の意思表示』をしなかった理由
『遺産分割に相続人の1人であるXが参加していなかったので無効』と信じていたからと推測される
→仮にそう信じていたとしても『法定相続での承継をすべき』とはならない
(がここも誤解して法定相続になると信じたのではないか)
※高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂p148〜
原因の推測自体があまりハッキリしていません。
一般的に弁護士の業務では『事実認定があとから訴訟で決まる』ということは多いです。
つまり『グレー』の状態,ということがよく生じるのです。
ですから『分からなかったら,より安全な手段を取る』という一般原則があります。
このケースの場合であれば『遺産分割の手続が関係してもしていなくても遺留分減殺請求の通知を出しておく』ということです。
3 消滅時効にかけてしまった|自賠責保険金と一般の損害賠償請求権の混同が原因
弁護士が消滅時効にかけてしまったケースをさらに紹介します。
これは交通事故に関する事案です。
『自賠責保険金請求権』と『一般の損害賠償請求権』は別である,という理解が不足していたように思えます。
<交通事故の損害賠償請求権が時効消滅した>
あ 事案
XはA弁護士に交通事故の損害賠償請求を依頼した
A弁護士は『自賠責保険金請求権』の時効中断の承認申請を行った
損害賠償請求権(本体)の時効中断の措置は取らなかった
↓
損害賠償請求権(本体)の消滅時効が完成した
XはA弁護士に対する損害賠償を請求し訴訟を提起した
い 裁判所の判断
損害賠償責任を認めた
《損害賠償の金額》
ア 逸失利益
・3123万円×2名
・200万円×1名
イ 慰謝料
・100万円×2名
・50万円×1名
※東京地裁平成16年10月27日
う 弁護士会による懲戒処分(参考)
戒告処分
依頼者に対する責任とは別に,弁護士会による懲戒責任も『戒告』が認められました。
<参考情報>
高中正彦『判例弁護過誤』弘文堂