あ,性格の一致,とかいらないんで,とりあえずコンピ1億2000万円ください。
1 「性格の不一致」では離婚できない
2 「同居しなくてイイので(実家に戻りますので)とりあえず毎月27万円ください」
3 コンピ地獄;裁判所が離婚を認める別居期間10〜20年はコンピを払う義務が続く
4 「協議離婚して欲しいなら結婚債権1億2000万円ください」
5 割引率は認められないこともある
6 まとめ;現行法での不合理回避策は「夫婦財産契約」の活用くらいしか
あ,性格の一致,とかいらないんで,とりあえずコンピ1億2000万円ください。
タイトルは日野瑛太郎さんの著書から発想をいただきました。
「結婚制度の拘束の強さ」について前回のコラムで触れました。
別項目;借地,雇用,結婚;共通点=「期間限定」の流行り
今回も同様のテーマです。
<さっくりいうと;概要>
あ 『性格の不一致』は実務上,離婚原因にはならない→妻の要求に応じないと離婚できない
い 収入が大きい夫は「妻の要求額」が異様に大きくなる;例=1億2000万円
↓
結婚制度の検討課題の1つだと思います。
インターネット時代,スピード重視の傾向。
細かい説明は脚注や個々のコンテンツへのリンクだけ残して「ざっくり」モードで行きます。
私が扱う案件の類型の1つに「経営者,会社役員,研究者の離婚」があります(※1)。
実例を元にアレンジを加えた「リアリティある設定」を用いて説明します。
1 「性格の不一致」では離婚できない
<設定>
あ 夫
事業主
年収5000万円
い 妻
専業主婦
う 子供
なし
え 発端
夫が別の女性と「浮気」してしまった
これが発覚してしまった
別項目;不貞行為の発覚→証拠となるものの類型は決まっている
夫婦は話し合いを重ねましたが,「別れる」という方向性になりました(2※)。
話し合いのテーマは離婚の条件に移ります(※3)。
妻の要求は「1億2000万円」!
夫『裁判にすれば,離婚が認めてもらえるかな?』
でも,この浮気問題以外では双方『不貞』『暴力』は一切なかったです。
この点,実務上,離婚原因の1つとして『性格の不一致』というのがあります(※4)。
夫は,思い返します。
日常の関係は冷めてきていたようにも思えます。
ここで解説を加えます。
「性格の不一致」
実は「NGワード」なんです。
これでは離婚できません。
訴訟にしたら裁判官は言うでしょう。
『性格の不一致では離婚できないよ。もっといい原因持ってこい!』と言わんばかりに(※5)。
理由は『結婚という契約に織り込み済み』ということです。
不貞行為,暴力,長期間の別居がないとダメなんです。
もちろん,自分が作った原因は除外です。
詳しくはこちら|有責配偶者からの離婚請求を認める判断基準(3つの要件)
とにかく,性格の不一致,価値観の不一致は一蹴され『妻の提示する金額を払えるか』という話に移るのです。
夫は「仮に離婚訴訟を提起しても認容(離婚を認める)されない」ということです(※6)。
別項目;「性格の不一致」はNGワード,これだけでは離婚できない
2 「同居しなくてイイので(実家に戻りますので)とりあえず毎月27万円ください」
このように,夫が「対処法」を検討している間に妻は・・・
近県の実家に戻りました。
「別居」のスタートです。
ここで法律の適用。権利義務です!
妻の生活費
<妻の生活費として夫は送金すべきか;3択クイズ>
(※7)
あ 離婚を妨害しているのは妻。夫が妻に生活費なんか渡さなくてよい。
い そうは言っても離婚が成立していない。1人分の生活費10万円やそこらは渡すべき。
う 夫は収入が多いんだから。妻にも贅沢させないと。月額約30万円!
<答え>
『う』の月額約30万円(27万円)。
法律上「婚姻費用分担金」と言います。略して『コンピ』。
『あ』『い』と思った方は考えが甘すぎます!
妻『あ,同居とかはいらないんで。とりあえず毎月27万円ください。定時(送金日)を過ぎたら得意先への債権の差押をしますので』
3 コンピ地獄;裁判所が離婚を認める別居期間10〜20年はコンピを払う義務が続く
夫『月額30万円か!ま,払えないわけではないが・・・でもここまで「夫婦の仲」が終わっているのに。で,これ,いつまで続くんだろう』
コンピ(婚姻費用分担金)終了は「離婚成立まで」です。
では,離婚はいつ終わるのか。
<離婚の基本2類型>
あ 協議離婚→妻が納得すれば成立
い 離婚訴訟→別居期間10〜20年間
離婚訴訟,の方は「決め手」がないと認容(離婚を認める判決)になりません。
「決め手」は,(相手方の)不貞,暴力,長期間別居です。
長期間別居は,「有責配偶者」からの離婚請求については10〜20年が1つの相場です。
(※他の部分もそうですが,個別的事情によって大幅に違います)
別項目;Q&Aをお読みになる方へのご注意
では,別居がズルズル続いた場合も含めてもう1回まとめます。
<夫の置かれている立場の整理;最終版>
あ 協議離婚→妻の言いなりに1億2000万円を払わないといけない
い 離婚訴訟→妻が拒否する限りは棄却
う 別居→コンピ支払継続;毎月27万円×(10〜20年間)(※8)
※法的には「婚姻費用分担金」です。
当面『う』となるのです。
これを,業界用語で『コンピ地獄』と言います。
4 「協議離婚して欲しいなら結婚債権1億2000万円ください」
実は上記の「立場の整理」の『あ』と『う』。
実はリンクしているのです。
リンクを数式で表した関数というべきものが「結婚債権評価額算定式」です(※9)。
別項目;結婚債権評価額;有責タイプ
単純な金融工学の考え方です。
参考;金融日記,藤沢数希さん
5 割引率は認められないこともある
結婚債権評価額は,単なる「協議離婚に応じる条件として妻が提示した」という私的な戦略にすぎない,というわけでもないんです。
妻の弁護士も主張するでしょうし,裁判所も判決で採用している計算方法なんですよ(※10)。
しかもすごいんですよ。
裁判例では「割引率」ゼロ,という傾向があるんです。
別項目;「扶養的財産分与」の算定上「割引率=ゼロ」とされることが多い
6 まとめ;現行法での不合理回避策は「夫婦財産契約」の活用くらいしか
<不合理の抽出>
あ 法律婚にしないと不利益がある
→せざるを得ない
→すると想定しない拘束が適用される
→想定できるなら法律婚にはしない→(戻る)(※11)
い 仕方がないので「結婚する」場合
→「事実上」デフォルト設定のルールが一律に適用される=選べない
本当は選べる,設定できるのですが,事実上使いにくいです(※12)。
私としては↓の理想を望んでいます。
<理想>
『当事者双方が納得できる適切な程度の拘束を設定』
→「契約締結(=結婚)」が増える
→出産,円満なファミリーが増える
詳しくはこちら|夫婦財産契約(婚前契約)によって夫婦間のルールを設定できる
法解釈というよりも,立法的な改善策などの発想もありますが,また別の機会に論じます(※13)
脚注
※1 私(当事務所)が扱う案件の典型類型の1つ
私が主に扱っている案件の類型は,不動産,企業法務,相続です。
実際に「問題・トラブル」は込み入った形で生じます。
そして,「共通点」が見えてきます。
「法則」,「仮説」と言えるものです。
<トラブルの典型類型>
事業を行っていて,業績はとても好調
一家(親)も代々土地を中心とした資産を承継している
→事業上の建物,土地賃貸でオーナーvs借主で対立が発生
→兄弟間の対立は表立ってなかったが,相続を期に対立が表面化。
配偶者(外野)のコントロールが「想定外」!
→事業は好調,相続も対策万全で順風満帆→夫婦や外部女性との関係が表面化!
<再現性のある法則>
オフィシャルが順調だと,夫婦の問題が「異常に」大きくなる
↓
オフィシャルがうまくいっている時はプライベートに注意
今回のコラムもこの「法則」に関するものです。
→本文に戻る
※2 離婚する決断
実際にはこの決断に至るまでには多くの苦悩があります。
最終的には「修復可能な限度を超えた」という判断をする方も多いです。
双方のために,離婚をしてリセット,リスタートをする,という方向性です。
ある意味前向きな方向性です。
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※3 離婚の条件として金銭を要求
夫婦の双方が『元には戻れない』『修復不可能』と判断することがあります。
この場合,一定の条件下では,では離婚届を出そう,という単純な進み方はしません。
コラムで後で出てきます。
逆に一定の条件に該当しない場合は,比較的単純に進むことになります。
→本文に戻る
※4 『性格の不一致』という言葉
民法の条文上の離婚原因(法定離婚原因)の中に性格の不一致という言葉はありません。
実務上は使われる用語です。
次のように,裁判所の一般の方向けのフォームでも使われています。
→本文に戻る
家庭裁判所には,離婚調停申立書のフォーム,が用意されています。
「申立の動機」として「性格があわない」というのが真っ先(1番)にあります。
最高裁判所のサイト;離婚調停申立書
※5 「もっと良い離婚原因を持ってこい」のセリフは脚色あり
このセリフのとおりに実際に裁判官が言うわけではありません。
警察,検察のノリ,で「心の声」を再現してみました。
警察,検察では,被害者の供述でも証拠レベルの「決定打」が弱いと急激に落胆すします。
『職務熱心』な方も居てるのです。
『それで?』『それじゃーダメだよ』というセリフが出ることがあります。
『たとえ話』で説得する刑事が『もっとたとえやすいネタを持ってこい』と言ったケースもあるようです。
→本文に戻る
※6 「離婚原因」不十分でも「離婚訴訟提起」は無駄ではない
実務上は「離婚請求棄却」は少ないです。
「離婚原因」不十分でも「離婚請求訴訟」を提起した後,条件交渉→和解(離婚)成立,ということも多いのです。
別項目;離婚訴訟では,結論としての「棄却判決」は少ない
→本文に戻る
※7 コンピの強さ
婚姻費用分担金,は「夫婦」に起因する権利義務です。
仲が悪くても,別居していても,相手が別の異性と同居していても認められます。
別項目;婚姻費用×有責性;原則,例外
『協議離婚を理由なく拒否している』場合でも認められます。
むしろ,コンピがあるから離婚を拒否する,というような状況とも言えます。
金額は,『生活維持の最低限』=生活保護の基準,ではないです。
『夫婦の裕福度が同じになるレベル』という基準です。
フロー(収入)が多い方だと払うコンピの額がすごいことになります。
一般的な給与所得者の収入を超えることもあります。
この「法的な地位」と「仲が悪い」が結合すると『妻+その一家』の1大プロジェクトとなります。
夫の立場を「コンピ地獄」と描写することが多いです。
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※8 コンピが継続すると想定される期間は10年を超える程度が目安
有責の配偶者からの離婚請求が訴訟で認められる別居期間の目安は10年を超える程度とされます。20年に達していればほぼ確実といえるでしょう。
※状況によって大きく異なります。具体的判断は法律相談をご利用ください。
詳しくはこちら|有責配偶者からの離婚請求を認める判断基準(3つの要件)
この「長期間」と「コンピ」が結合すると,長期間のコンピ,が既得権益化するのです。
金融工学ではありふれた議論です。
債券(クーポン)の売買の僅かな差額の利益を狙って取引する場合の考え方です。
参考として,別の分野と比較します。
保護,拘束が強い法体系として,結婚制度と並ぶものに「雇用」があります。
これは関係解消(解雇)の時に,せいぜい年収1〜2年分の退職金で済むのが相場です。
10〜20年分というのは桁違いです。
・結婚と雇用の「解消」の場面での違いの本質
「雇用」の場合,「解消」後には,労働者は労務提供,から解放されます。
「結婚」の場合。別居している想定だと,妻が提供するものはないんです。家事労働,というものすらないんです。
これが「譲歩しない」理由なんですね。「義務の免除」がないわけですから。
法律実務上の一般論として「保護をたくさんもらっている」ほど,解消時に「対価をたくさんもらえる」という法則があります。
「恩を仇で返す理論」と呼んでいます。
不動産の明渡料や解雇時の退職金にも当てはまります。
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※9 結婚債権が存在する根拠
次の2つの前提事象によって,結婚債権が存在するのです。
<結婚債権高額化を支える民法理論>
「妻が拒否する限り協議離婚は認められない」
「裁判所は,有責配偶者からの離婚請求は別居10〜20年程度くらいないと認めない」
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※10 弁護士は依頼者に最大限有利な手法を選択する
実際にはこのような提案内容を弁護士が提示し,依頼者(本人)が了承する,というシーンになります。
弁護士には「依頼者の権利」「正当な利益」の「実現」を図る義務があります(弁護士職務基本規程21条)。
「最善の弁護活動」という規定もあります(同規程46条)。
こちらは刑事弁護についての規定ですが,スピリットは共通とされます。
「最大限有利な」内容,「最適戦略」の提案,をするのです。
これについて依頼者(本人)が積極的(または消極的)に同意するというプロセスが背景にあります。
[弁護士職務基本規程]
第二十一条(正当な利益の実現)
弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める。
第四十六条(刑事弁護の心構え)
弁護士は、被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める。
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※11 「事実婚(内縁)で代替」する方も多いが弊害が
現行法でも,事実婚,内縁という方法を取ることが可能ですし,多いです。
しかし,一定の弊害を受けます。
<事実婚の弊害>
あ 社会的,事実上の弊害
世間としては差別的な見方をされることがまだまだ多いです。
い 法的な弊害,差別
弊害1 大部分の人が「世間」を気にする状態(少なくとも今は)
弊害2 公的手当の差別
弊害3 夫婦間の相続が適用されない
遺贈とかあるが,遺留分とか回避不可能なものもある。税金なんて特に。
弊害4 「子供」の相続の不公平→平成25年最高裁判決で解消済
弊害5 夫婦双方で「法律婚」のルール適用を回避したのに,適用されることがある
別項目;内縁関係の成立要件
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※12 夫婦財産契約が事実上活用できない理由
日本独特の文化なのか,結婚の時に離婚のことは考えてはダメ,という風潮があるようです。
アメリカを始めとする諸外国では,結婚前にもろもろの破綻時の処理内容,を合意,書面化することが普及しています。
アメリカではprenuptial agreement(略してprenup)と呼ばれています。
<現代社会の晩婚化,未婚化の要因分析>
・フロー(収入)が大きい男性,という前提
男性視点=結婚すると負担する「結婚債権」が異常に大きい
女性視点=「玉の輿」。すごい安定・利益(→既得権)を獲得
→「強い拘束→契約締結を避ける→保護の対象に入らない→保護されない」
別項目;前回のコラム;借地,雇用,結婚;共通点=「期間限定」の流行り
→本文に戻る
※13 取り上げられなかったテーマ,雑記
本コラム執筆にあたって検討したものや発想などを集約しておきます。
次回以降のコラムや,個別的法律解釈のQ&Aとして取り上げる予定です。
<付随的制度によるケア>
・教育指導要領
「公民」に「コンピ算定式」「事例」を入れる
・婚姻届出用紙の裏に「重要事項説明」を記載する
結婚債権算定式,などを記載する
<本コラム内容の補足的>
・「子供あり」だと,負担がもっと大きくなる
金額だけではなく,子供との面会交流の拒否など問題がもっと熾烈化します。
<心理的分析>
・最初は愛情満開だったのに憎悪MAXになる心理的分析
この変化の極端さに着目する研究者は多いです。
心理的な説明ができるかもしれません。
<本コラム以外の法律婚の弊害>
・夫婦同姓
結婚したいのに,「別姓を選べない」から結婚できない
→「両性の合意のみで結婚できる」という憲法24条1項違反として主張している方もいます。
[日本国憲法]
第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2(略)