【人工授精×法的親子関係|第三者の精子利用(AID)・冷凍精子で父の死後に妊娠】
1 人工授精のバリエーション|生殖テクノロジーの進化
2 AID(第三者の精子による人工授精)→出生×戸籍の扱い
3 妊娠時点で『父が既に亡くなっている』は民法の想定外
4 冷凍精子による『父の死後』の人工授精|愛情的リスク
5 『父の死後』の妊娠→出生|相続の肯定/否定説
6 『父の死後』の妊娠→出生|民法上の扱いの整理|判例
7 『父の死後』の妊娠→出生|『認知→親子関係』自体を認めない|判例
1 人工授精のバリエーション|生殖テクノロジーの進化
子供を持つことにハードルがある,という方は多くいらっしゃいます。
生殖テクノロジーの進化により,不妊に悩む方でも子供を持つ,という夢が叶いやすくなっています。
不妊の解決手法・テクノロジーの代表的なものが『人工授精』です。
人工授精についても進化して,いくつかのバリエーションがあります。
<人工授精のバリエーション>
あ 精子の提供者による分類
タイプ | 精子の提供者 |
AIH | 『夫』 |
AID | 第三者 |
い 人工授精・妊娠のタイミング
受精・妊娠タイミング | 状況・扱い |
精子提供者の存命中 | ノーマル |
精子提供者の死亡後 | 冷凍精子の場合→法的親子関係の問題発生 |
2 AID(第三者の精子による人工授精)→出生×戸籍の扱い
AIDによる出産の場合,子供が持つ遺伝子は『父』由来のものではありません。
第三者の精子(の遺伝子)に由来する状態です。
この点,戸籍上の『父』がどうなるのか,というレガシー法律の想定外が生じました。
この問題については下級審裁判例で一定のルールが作られています。
<AID(第三者の精子による人工授精)による出生>
あ 『夫』が同意した場合
『夫』が子の『父』となる
※東京高裁平成10年9月16日
い 『夫』が同意していない場合
嫡出推定が及んでしまった場合
→『父』から『嫡出否認の訴え』が可能
※大阪地裁平成10年12月18日
詳しくはこちら|親子関係・手続|基本・まとめ|背景・実情・法的根拠
3 妊娠時点で『父が既に亡くなっている』は民法の想定外
『精子を冷凍保存する』という進化したテクノロジーも登場しています。
『冷凍精子』だという理由だけで『戸籍・民法との抵触』が生じるわけではありません。
しかし『冷凍保存期間中に精子提供者=『父候補者』が亡くなった』という場合に『想定外』が生じます。
<冷凍精子vs民法→想定外・バグ発生>
あ 冷凍精子の想定外の挙動
『父候補者』が将来の人工授精のために精子を冷凍保存しておく
『父候補者』が亡くなった
『母候補者』が『父候補者』の冷凍精子を使い人工授精を行った
妊娠→子供の出産をした
い 既存民法の『想定外』
『認知請求・家裁の手続』は『父の死後』でも可能
『妊娠』が『父の死後』ということを想定した民法上の規定がない
詳しくはこちら|死後認知請求|手続=訴訟|当事者・申立期限3年・調停前置の例外
既存の民法の規定では『認知』が『父の死後』ということは想定されています。
しかし『妊娠』が『父の死後』ということは自然には生じないので想定されていないのです。
この場合の解釈論はちょっと複雑です。
順に説明します。
4 冷凍精子による『父の死後』の人工授精|愛情的リスク
元々『精子の冷凍保存』というテクノロジー自体が孕む法的・社会的リスクがあるのです。
<『冷凍精子』自体のリスク>
あ 前提=DNAの組み合わせ相手を選ぶ権利
ごく常識的に『男性=父候補者』は性交渉の相手の選択権がある
※男女相互の需給程度による『選択権』の優劣は別問題とする
い 『父』の気持ちに反したDNAの組み合わせ
『父』の愛情の対象者(パートナー)以外の女性が『受精』できる可能性がある
→『父』の『DNA組み合わせ相手の選択権』を奪う
なお精子の中の遺伝情報の損壊,などのテクノロジー自体のリスクは,本記事では触れません。
5 『父の死後』の妊娠→出生|相続の肯定/否定説
冷凍精子による『父の死後の妊娠』についての法的な解釈論の代表は『相続』の有無です。
<『母』の発想=相続肯定説|例>
パートナー=父候補者は資産を多く持っていた
自身は『婚姻』していなかった→相続権ゼロ
『子供ができれば相続で遺産を承継する』ことをアテにしていた
<反対の発想=相続否定説>
相続を肯定した場合,次のような弊害が生じることにつながる
ア 遺産目当てで『冷凍精子の奪い合う』イ 父の気持ちに反した財産の承継
民法上はっきりとしたルールがありません。
このように考え方としては賛成・反対の両方の見解があるのです。
6 『父の死後』の妊娠→出生|民法上の扱いの整理|判例
冷凍精子による『父の死後の妊娠』については『相続の有無』(前述)以外にも法的問題があります。
これらについてまとめて最高裁判例で判断が下されています。
なお『懐胎』とは『妊娠』のことです。
『死後懐胎(子)』だけは専門用語なのでそのまま用い,他の部分は分かりやすい『妊娠』の用語を用いています。
<死後懐胎×認知|法的扱いのまとめ>
あ 死後懐胎子の特殊性
『父』は妊娠(懐胎)前に死亡している
い 認知を認めた場合の効果
ア 親権
父は『親権者』になる可能性ゼロ
イ 扶養・監護
子が父から監護・養育・扶養を受ける可能性ゼロ
ウ 相続|原則
子が父の相続人になる可能性ゼロ
理由;『妊娠』時点で『父が生存=相続開始前』であることが前提となっている
※民法886条の解釈
エ 相続|代襲
代襲原因が死亡の場合,代襲の要件は『代襲相続人が被代襲者を相続する立場にある』こと
→死後懐胎子は,父の代襲相続人になる可能性ゼロ
※最高裁平成18年9月4日
結論としては『父の死後の妊娠』については『相続』も含めてすべて否定,ということになりました。
7 『父の死後』の妊娠→出生|『認知→親子関係』自体を認めない|判例
冷凍精子を使った『父の死後の妊娠』については法的な効果が生じる事項がない,という結論です(前述)。
そうすると『親子関係』を認めること自体が『メリットなし』ということになります。
そこで『認知(請求)』自体を認めない,という結論が下されています。
<死後懐胎×認知|裁判所の判断>
あ 現実的メリット
死後懐胎子と死亡した父との関係は,認知によって『法律上の親子関係』が生じない(前述)
い 生殖サイエンス×法律
ア 原則論
死亡した者の保存精子を用いる人工生殖による法的効果
→立法によって解決されるべき問題である
イ 結論
関係する法制は『死後懐胎子と死亡した父との間の親子関係』を想定(規定)していない
→立法がない以上,『法律上の親子関係の形成』は認めない
※最高裁平成18年9月4日
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