【夫婦間の契約取消権の無効化の変遷(事案・判断の概要の集約)】
1 夫婦間の取消権の無効化の流れ
2 預金の折半→取消無効(権利濫用・控訴院)
3 仮装的建物譲渡→取消無効(権利濫用・大審院)
4 不動産贈与・慰謝料3億円→取消無効(締結時破綻・高裁)
5 建物・借地権・預金譲渡→取消無効(締結時破綻・最高裁)
6 土地の贈与→取消無効(取消時破綻・最高裁)
7 土地の贈与→取消無効(取消時破綻・高裁)
8 書面によらない贈与→財産分与として取消否定(最高裁)
9 夫婦間の貸借の取消→取消無効(概要)
1 夫婦間の取消権の無効化の流れ
夫婦間の契約については取消権の規定があります。
詳しくはこちら|夫婦間の契約取消権の基本的事項(背景・趣旨・実害・条文削除意見)
しかし,この取消権は現在の解釈ではほぼ使えない状態となっています。時代とともに解釈が少しずつ変化してきました。本記事では夫婦間の契約取消権が制限されてゆく解釈論の流れを説明します。
まず,大きな流れの全体をまとめます。
<夫婦間の取消権の無効化の流れ>
あ 有効時代(〜昭和初期)
大昔は取消権の行使を特に制限なく認めていた
※大判昭和7年10月13日
い 権利濫用時代(昭和20年代頃)
権利濫用として制限する理論が主流となった
※大判昭和19年10月5日(後記※1)
う 締結時の破綻により否定(昭和30年代頃)
『契約締結』の時点に夫婦関係が破綻していること
→これを理由に取消権行使を否定する理論
※最高裁昭和33年3月6日(後記※2)
え 取消時の破綻により否定(現在)
取消時に破綻している場合は取消ができない
※最高裁昭和42年2月2日
お 条文自体の削除(予想・未来)
取消権の条文自体が無意味になっている
→条文を削除する法改正の意見がある
詳しくはこちら|夫婦間の契約取消権の基本的事項(背景・趣旨・実害・条文削除意見)
以下,時代の流れに沿って,代表的な判例・裁判例を紹介します。
2 預金の折半→取消無効(権利濫用・控訴院)
権利濫用が主流となりつつあった時代の控訴院の裁判例です。現在の高裁に相当する裁判所です。
<預金の折半→取消無効(権利濫用・控訴院)>
あ 対象財産
預金(実質的な妻の稼働収入相当部分)
い 書面
なし
う 登記
なし(預金の名義自体を変更済み)
え 法的構成
贈与
お 取消に関する判断
権利濫用として否定した
か 離婚
なし
き 根本要因
夫と婚外女性との交際(フルコミット)
夫による妻の虐待
※長崎控訴院昭和16年7月30日
詳しくはこちら|預金の折半→取消無効判決(権利濫用・控訴院)
3 仮装的建物譲渡→取消無効(権利濫用・大審院)
権利濫用による取消権の否定の理論を大審院が採用した判例です。現在の最高裁に相当する裁判所です。
<仮装的建物譲渡→取消無効(権利濫用・大審院)>
あ 対象財産
建物(土地は夫の母に譲渡した)
い 書面
あり(虚偽の『売渡証書』)
う 登記
保存登記あり
え 法的構成
贈与
お 取消に関する判断
権利濫用として否定した
か 離婚
なし
き 根本要因
夫の婚外交際・婚外子誕生(フルコミット)
夫の浪費・放蕩
※大判昭和19年10月5日
詳しくはこちら|仮装的建物譲渡→取消無効判決(権利濫用・大審院)
4 不動産贈与・慰謝料3億円→取消無効(締結時破綻・高裁)
権利濫用が主流の時代が終わったことを告げる裁判例です。契約締結時の夫婦の状況が『破綻』であることを理由に取消権を否定しました。
<不動産贈与・慰謝料3億円→取消無効(締結時破綻・高裁)>
あ 対象財産
土地・建物
金銭5万円(現在の価値は約3億円)
い 書面
不動産の贈与については契約書あり
金銭の慰謝料(分割払い)については不明
う 登記
不動産については移転登記あり
え 法的構成
贈与
お 取消に関する判断
契約締結時の破綻を理由に否定した
詐欺・強迫の主張も排斥した
か 離婚
なし(事実上の離婚であるが法律上は婚姻中である)
き 根本要因
夫の婚外交際・婚外子3人誕生(遊郭キャストへのフルコミット)
※高松高裁昭和27年6月16日
詳しくはこちら|不動産贈与・慰謝料3億円→取消無効判決(締結時破綻・高裁)
5 建物・借地権・預金譲渡→取消無効(締結時破綻・最高裁)
契約締結時の破綻を理由に取消権を否定した最高裁判例です。それまで下級審レベルで流行していた理論をついに最高裁が採用したものです。
<建物・借地権・預金譲渡→取消無効(締結時破綻・最高裁)>
あ 対象財産
建物・借地権・預金
い 書面
差し入れ型の書面あり
う 登記
なし(移転請求を認容した)
え 法的構成
贈与
お 取消に関する判断
契約締結時の『破綻』を理由に否定した
か 離婚
なし
き 根本要因
夫と婚外女性との交際(フルコミット)
※最高裁昭和33年3月6日
詳しくはこちら|建物・借地権・預金譲渡→取消無効判決(締結時破綻・最高裁)
6 土地の贈与→取消無効(取消時破綻・最高裁)
この事案では『贈与契約』が2回ありました。そのうち少なくとも片方の契約の時点では『婚姻関係維持』の前提でした。従前の判例の理論だと夫婦間の取り消しは可能となるはずでした。
しかしこの判例では『取消時点の破綻』により取消権を否定しました。破綻の識別時点をずらした初めての最高裁判例なのです。
<土地の贈与→取消無効(取消時破綻・最高裁)>
あ 対象財産
土地4筆
い 書面
2回の贈与のうち
あり・なしが各1回
う 登記
4筆のうち1筆だけ移転登記済み
他はなし(他の親族への妨害的移転登記あり)
え 法的構成
贈与
お 取消に関する判断
取消時の破綻を理由に否定
か 離婚
なし
き 根本要因
明確・特定のものはない
※最高裁昭和42年2月2日
詳しくはこちら|土地の贈与→取消無効判決(取消時破綻・最高裁)
7 土地の贈与→取消無効(取消時破綻・高裁)
既に最高裁で採用された『取消時破綻』を理由とする取消権の否定を流用した高裁の裁判例です。
<土地の贈与→取消無効(取消時破綻・高裁)>
あ 対象財産
土地
い 書面
なし
う 登記
移転登記あり
え 法的構成
贈与
お 取消に関する判断
取消時の破綻を理由に否定した
か 離婚
なし
き 根本要因
夫の連れ子の育児にまつわるいさかい
過去に夫は離婚2回・死別1回があった
※東京高裁昭和55年2月28日
詳しくはこちら|土地の贈与→取消無効判決(取消時破綻・高裁)
8 書面によらない贈与→財産分与として取消否定(最高裁)
このケースは,夫婦間の契約取消権は登場しません。参考として紹介します。
取消の主張はなされたのですが,その根拠は『書面によらない贈与』です。
<書面によらない贈与→財産分与として取消否定(最高裁)>
あ 対象財産
建物・動産
い 書面
なし
う 登記
なし(移転請求を認容した)
え 法的構成
財産分与(請求権)
お 取消に関する判断
(書面によらない贈与の取消について)
『贈与』ではないので否定した
か 離婚
協議離婚済み
き 根本要因
夫と婚外女性との交際(フルコミット)
※最高裁昭和27年5月6日
詳しくはこちら|書面によらない贈与→改正民法の財産分与として取消否定(最高裁)
9 夫婦間の貸借の取消→取消無効(概要)
夫婦間の契約の取消が主張される事例はほとんどが『贈与』に関するものです。この点,貸し借り,つまり金銭消費貸借の取消が主張されるケースもあります。裁判例については別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|夫婦間の金銭消費貸借の取消→取消時破綻を理由に否定(地裁)
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