【氏(苗字)の変更許可制度の基本(規定・許可基準)】
1 氏(苗字)の変更の条文規定と要件
『氏』つまり姓・苗字は、特殊な事情がある場合は変更することができます。
本記事では、氏の変更の手続について説明します。
まずは戸籍法の氏の変更の規定をまとめます。
<氏(苗字)の変更の条文規定と要件>
あ 条文規定(引用)
やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
※戸籍法107条1項
い 裁判所の許可の要件
氏を変更することについての『やむを得ない事由』
う 名の変更との比較(参考)
名の変更の要件は『正当な事由』である
※戸籍法107条1項
→氏の変更よりも緩やかな基準である
※斎藤秀夫ほか『注解 家事審判規則(特別家事審判規則)改訂』青林書院1994年p508
2 理論的な「氏」の分類
家庭裁判所の許可による氏の変更とは、理論的には、民法上の氏は変更せず、呼称上の氏だけを変更する、というものです。
なお、このことは離婚の際の続称(届)も同じです。
詳しくはこちら|婚姻と離婚による苗字(姓・氏)の変化(夫婦同姓・離婚時の復氏・続称届)
このように、理論的には「氏」(苗字)は2種類に分けられますが、日常的には意識すらしないことです。氏の変更許可の判断の中で、このような理論を使うことがあります。
<理論的な「氏」の分類>
あ 民法上の氏
民法上の氏とは、身分行為の結果、取得したり変動したりする氏を意味する
具体例=出生・婚姻・離婚・縁組・離縁
い 呼称上の氏
ア 意味
呼称上の氏とは、出生や身分行為と無関係に変動する氏を意味する。
具体例=婚氏続称・(家庭裁判所の許可による)氏の変更
※二宮周平ほか著『離婚判例ガイド 第3版』有斐閣2015年p180
イ 裁判例
戸籍法一〇七条所定の氏の変更は、民法上の氏の変更をするものではなく、単に、名とともに個人を特定するための呼称上の氏を変更するにとどまるものであって、民法七六七条二項に基づく戸籍法七七条の二の婚氏続称届をした場合も同様であり、離婚によって、民法上の氏は婚姻前の氏に復し、ただ、呼称上婚氏を続称することが許されるに過ぎないものと解するのが相当である。
※大阪高決平成3年9月4日
※村重慶一『精選 戸籍法判例解説』日本加除出版2007年p143、144
3 『やむを得ない事由』の解釈の基礎部分
氏の変更の条文規定では、変更を許可する要件は「やむを得ない事由」とだけしか記載されていません。
この解釈のうち、ごく基本的な部分は、変更の必要性と許容性に分類できます。
<『やむを得ない事由』の解釈の基礎部分>
あ 基本的事項
「い・う」のいずれにも該当する場合
→やむを得ない事由があるといえる
=氏の変更を許可する
い 必要性
当人にって社会生活上「氏」を変更を真に必要とする事情がある
う 許容性
「い」の事情が社会的客観的にみても是認されるものである
※大阪高裁昭和59年7月12日
4 氏の変更の現実的な理由の分類
氏の変更を申し立てるケースでは、現実的な問題、つまり変更する理由があるはずです。
現実的な変更の理由は、氏(苗字)自体が好ましくないものと、同じ環境に氏名が重複する者が存在して混同などの支障が生じるものの2つに分類できます。
<氏の変更の現実的な理由の分類>
あ 珍奇・難解・難読
氏が珍奇・難解・難読などである(後記※1)
い 同姓同名
同姓同名の者が周囲に存在する(後記※2)
※大阪高裁昭和59年7月12日
う 離婚後の氏の変更
離婚に伴う氏(姓)の選択期限後において
氏の変更をするケース
実質的に期限後の『姓の選択』といえる
詳しくはこちら|離婚後に氏(苗字)を変更する家庭裁判所の許可手続の許可基準
5 珍奇・難解・難読の判断基準
氏の変更の現実的理由の種類の1つは氏が珍奇・難解・難読であるというものです(前記)。
珍奇・難解・難読は、氏の機能に欠陥がある状態といえます。
変更が許可されるべきものです。
詳しい許可の判断基準をまとめます。
<珍奇・難解・難読の判断基準(※1)>
あ 難解・難読の判断
社会の通常人が一見して難読・難書であると感じる程度に顕著である場合
→社会生活上著しい困惑と不便を与える
→氏の変更を許可する
い 珍奇の判断
社会の通常人が奇異と感ずるか否かを基準として客観的に判断する
個人の主観を基準としない
この前提で『珍奇』に該当する場合
→氏の変更を許可する
う 難読・難解と判断されない典型例
『ア・イ』に該当する場合
→難読・難解(あ)とはいえない
→変更は許可されない
ア 単にその氏に使用される文字が当用漢字に含まれていないイ 時に誤りを生ずることがある
※名古屋高裁昭和44年10月8日
6 同姓同名による氏の変更の許可基準
同姓同名の者が存在すると個人を特定するという氏の機能が果たされません。
そこで、一般的には氏の変更が認められます(前記)。
実際には、著しい支障が本当に生じているかが判断基準となります。
<同姓同名による氏の変更の許可基準(※2)>
→社会生活上著しい支障がある場合
→『氏』の変更が許可される
※大阪高裁昭和59年7月12日
なお、同姓同名による混同を解消する方法として、名(名前)の変更もあります。
詳しくはこちら|同姓同名や類似の名による支障と名の変更の許可基準
氏の変更よりも名の変更の方が緩やかに認められます。
詳しくはこちら|名の変更の一般的・抽象的な許可基準
7 氏の変更が許可されない不適切な目的の典型例
前記のような基準をクリアしないと氏の変更は許可されません。
許可されないケースのうち典型的なものは目的自体が適切ではないというものです。
<氏の変更が許可されない不適切な目的の典型例>
あ 基本的事項
『い・う』の目的での氏の変更について
→『やむを得ない事由』には該当しない
→変更は許可されない
い 廃絶家の『氏』を復活する目的
う 祖先の『氏』に復する目的
※大阪高裁昭和59年7月12日
8 氏の変更の裁判例(概要)
実際に氏の変更許可が申し立てられるケースは多くあります。
いろいろな氏の変更を裁判所は認めています。
いずれも非常に変わっている氏です。
実例については別の記事で紹介しています。
詳しくはこちら|氏(苗字)の変更(一般的な珍奇な氏の裁判例集約)
詳しくはこちら|氏(苗字)の変更(職業を思わせる珍奇な氏の裁判例集約)
詳しくはこちら|氏(苗字)の変更(特殊事情の裁判例集約)
本記事では、家庭裁判所の氏(苗字)の変更許可制度の基本的なことを説明しました。
実際には、個別的な事情によって、法的判断や最適な対応は違ってきます。
実際に苗字に関する問題に直面されている方は、みずほ中央法律事務所の弁護士による法律相談をご利用くださることをお勧めします。
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