【不貞相手の責任|枕営業促進判決|風俗との比較論→慰謝料否定】
1 枕営業促進判決|事案
2 裁判所の判断|前処理=『営業』性の検討|枕営業
3 判断の基礎・参照=ソープランドケース
4 判断の基礎×『違法性阻却』|被害者の主張
5 判断の基礎×『違法性阻却』|裁判所の判断
6 枕営業vsソープランド|比較論|被害者の主張
7 枕営業vsソープランド|比較論|裁判所の判断
8 枕営業促進判決|裁判所の判断|結論
9 枕営業促進判決×評価・分析
1 枕営業促進判決|事案
平成26年に『枕営業』を正当化するような判決が登場しました。
『違和感がある』ものとして,話題となりました。
しかし内容を詳細に検討すると『単におかしい』だけではないようです。
本記事ではこの『枕営業促進判決』について説明します。
まずは前提としての事案をまとめます。
<枕営業促進判決|事案>
あ 当事者
クラブのママ=A
顧客男性=B
Bの妻=被害者=C
い 情交に至る経緯
Bは株式会社の代表取締役であった
Aが働くクラブへよく通っていた
月1,2回程度
1人や同業者と同行で訪問していた
う 情交関係
期間=約7年間
頻度=月に1,2回
昼食後,ホテルに行って午後5時に別れる
7年間で2,3回,お小遣いとして1万円を渡したことがある
双方連絡しなくなり,自然消滅となった
え 注意
『裁判所が認定していない=一方の主張のみ』も含む
ただし,裁判所はこれらを前提に判断している
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
2 裁判所の判断|前処理=『営業』性の検討|枕営業
裁判所の審理では性行為が『営業の一環』であることを分析しています。
<裁判所の判断|前処理=『営業』性の検討|枕営業>
あ 背景
クラブのママ・ホステスは,様々な営業活動を行っている
い 営業活動のターゲットとする顧客
ア 優良顧客
自分を目当てとして定期的にクラブに通ってくれる顧客
イ 同伴義務
クラブが義務付けている同伴出勤に付き合ってくれる顧客
う 枕営業の存在
『顧客の明示的又は黙示的な要求に応じるなどして,当該顧客と性交渉をする『枕営業』と呼ばれる営業活動を行う者も少なからずいることは公知の事実である』
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
要するに『ありふれたこと』である,という判断です。
このように表面的には『おかしい』判断と感じるところも多いです。
しかし全体を通してみると,別の背景も見えてきます(後述)。
3 判断の基礎・参照=ソープランドケース
枕営業促進判決では『判断する前提』として別のケースを使います。
『ソープランドでの性行為』を基礎・参照として使っているのです。
この基礎となる『ソープランド』のケースについて判決内容を整理します。
<判断の基礎・参照=ソープランドケース>
あ 参考事例
ソープランドに勤務する女性=売春婦
売春婦が対価を得て,妻のある顧客と性交渉を行った
い 判断内容|基本
性交渉は顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎない
→何ら婚姻共同生活の平和を害するものではない
う 判断内容|補足
長年にわたり頻回に行われた場合
→そのことを知った妻が不快感や嫌悪感を抱く
=精神的苦痛を受ける
→この場合でも不法行為を構成するものではない
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
判断の基礎としている『ソープランド』ですが違法営業と言えます。
違法行為を当然の前提としているところも妙味があります。
詳しくはこちら|グレーゾーンはベンチャーの聖域|濃いグレー・薄いグレー|大企業バリアー
とにかく『枕営業促進判決』が前提としたことはエキセントリックです。
『ソープランドプレイは慰謝料が発生しない』というものなのです。
これを基礎としたために,その後の審理がおかしな方向に進みます。
4 判断の基礎×『違法性阻却』|被害者の主張
被害者=原告は『ソープランドと枕営業は違う』という主張を展開しました。
前提がおかしな『ソープランドケース』なので仕方なく考えた主張なのでしょう。
<判断の基礎×『違法性阻却』|被害者の主張>
あ 一般的な売春行為
ソープランドのような一般的な売春行為
→『正当業務行為』である
→これによって違法性が阻却される
→不法行為に該当しなくなる
い 枕営業の扱い
想定される『営業』ではない
→『正当業務行為』に該当しない
→違法性は阻却されない
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
ソープランドでは嬢が『正当業務』であるという主張をしていました。
ここだけを取るとワケが分からないでしょう。
『ソープランドと枕営業は違う』ということにつなげたかったのです。
このおかしな主張に対する裁判所の判断を次に説明します。
5 判断の基礎×『違法性阻却』|裁判所の判断
被害者=原告はがんばって『違法性阻却』の主張をしました(前記)。
これについて裁判所は一蹴します。
<判断の基礎×『違法性阻却』|裁判所の判断>
一般的な売春行為で正妻に苦痛が生じてた場合
→婚姻共同生活の平和を害しない
→不法行為にならない(前記)
→被害者主張の『違法性阻却』を考えるまでもない
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
ソープランド嬢の行為が『正当業務行為』かどうかは関係ない,というものです。
被害者の主張を排斥した上でメインの争点の説明に移ります。
6 枕営業vsソープランド|比較論|被害者の主張
メインの争点は『枕営業とソープランドは同じor違う』というものです。
前提・基礎がおかしなものなので,このような理論構造になっているのです。
この比較論について,被害者の主張を整理します。
<枕営業vsソープランド|比較論|被害者の主張>
あ 比較論
比較項目 | ソープランド | 枕営業 |
直接的な対価 | あり | なし |
女性の意思での顧客の選択 | なし | あり |
い 主張の内容|概要
『違う』ところが多い
=一般的な売春とは異なる
→『恋愛』に近い
→正妻の受ける精神的苦痛が大きい
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
このように改めて被害者は『ソープランドとは違う』という主張を強調します。
7 枕営業vsソープランド|比較論|裁判所の判断
『枕営業とソープランド』で違うor同じ,という争点について裁判所が判断します。
<枕営業vsソープランド|比較論|裁判所の判断>
あ 直接的な対価
顧客がクラブに通って,クラブに代金を支払う
→この代金の中に『枕営業』の対価が含まれている
→『間接的』な対価支払がある
→直接的/間接的の差に過ぎない
=『差』は小さい
い 顧客の選択
ア 結論
売春の形態によっては『選択可能』なビジネスモデルもある
→『差』はない
イ 顧客を選択可能なビジネスモデル|例示
・出会い系サイトを用いる方法
・いわゆるデートクラブ
う 裁判所の判断|結論
枕営業はソープランド(などの売春)と同様である
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
結論として『ソープランドと同じ』という結論に至りました。
8 枕営業促進判決|裁判所の判断|結論
裁判所の判断の結論をまとめます。
<枕営業促進判決|裁判所の判断|結論>
A・Bの性的関係は『枕営業』である
一般的な売春=ソープランドのケースと同様である
不法行為には該当しない
慰謝料請求を棄却する
※東京地裁平成26年4月14日;枕営業促進判決
9 枕営業促進判決×評価・分析
枕営業促進判決は一見『変わっている』という感想が生じます。
しかし,しっかりと分析してみると背景が見えてきます。
研究者の分析を紹介します。
<枕営業促進判決×評価・分析>
あ コメンテーター
香川大学法科大学院准教授
松久和彦氏
い コメント|批判|概要
性交渉の形態に関わらず婚姻共同生活は破壊されるはずである
判決では,これを否定しているが,根拠が明確にされていない
『職業』による別扱いは不合理である
う コメント|実質的解釈
不貞行為の第三者の負う責任にはいくつか見解がある
『否定説』もある
判決は実質的には『否定説』を取っていると思われる
これ自体は妥当である
だったらそのように示せば良かった(趣旨・後記)
※『月報司法書士2015年9月』日本司法書士会連合会p70〜
え 判決の本音・推測
配偶者に苦痛は生じる
ただし責任は『夫婦間』の問題である
夫婦外の者は責任には関与しない
背景には『不貞相手の責任の学説・見解』が存在する,という指摘です。
なお,この理論的な見解・学説については別記事で説明しています。
(別記事『不貞相手の責任・見解』;リンクは末尾に表示)
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